血を吸うかぐや姫

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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顔の渦の中

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◆顔の渦の中

 気がつくと、委員長の神城涼子の姿がどこにも見えない。
 不安になって「おい、神城はどこに行ったんだ」と佐々木に尋ねると、
「涼子ちゃんは担任の先生に報告しに職員室に行っちゃいましたよ」と答えた。

 僕は佐々木の背を押し、「とにかく、ここから離れよう」と促した。
 佐々木も「その方がいいですね」と同意した。
 僕たち二人は物置から遠のき、グラウンドを逃げるように歩き出した。
 佐々木が、
「あれは何だったんでしょうか? 私には淫行には見えなかったのですけど」と言った。
 それに対して僕は、
「なんだか、伊澄さんが、大崎先生を食っているように見えた」と答えた。
 佐々木は「食う?」と僕の言葉が腑に落ちないように言って、
「私には伊澄さんが大崎先生の口の中に何かを入れているように見えましたよ」と言った。
 僕は、
「そうだな、そうかもしれない」とあやふやに言った。要するに何もわからないのだ。

 すると前方から、職員室に行った神城と担任の女教師、上里先生が急ぎ足で向かってきた。
 上里先生は、僕と目が合うと、
「屑木くん。本当なの? 大崎先生が伊澄さんと物置で、って」と尋ねた。
 自分の目で確かめないと信じないのだろう。
「本当です」と僕は答えて「もう終わってるかもしれませんけど」と言った。
 それは僕の勘だ。
 あれ以上のその先が想像することができない。

 上里江美子先生は「とにかく」と言って物置に向かった。
 そして、物置の壊れかけのような扉に向かって、
「ちょっとっ、大崎先生!」と中に向かって大きく呼びかけた。「中にいるんですか。いたら返事をしてください」
 そう言って上里先生は僕たちを振り返り、
「大崎先生って、理事長の息子さんなのよ」と小さく言って「だから扱いには困るの」と苦笑しながら説明した。
 だから、他の女子生徒の時も学校側は握りつぶしていたのか。

そう言った先生に佐々木奈々は、
「上里先生、私、見たけど、普通じゃないんですよ」と強く言った。
 佐々木の言う通り、理事長の息子とか、そんな話以前に中の様子がおかしい。
 神城涼子が「ちょっと奈々、普通じゃないって、どういうこと?」と尋ねた。

 上里先生は、生徒達に淫行の現場を見せることはよくないと思ったのか、
 ポケットから鍵をじゃらっと出し。
「あなたたちはここで待ってなさい」と言って物置のドアの鍵を開けた。

 すぐに中から、
「大崎先生! ちょっと何をしてるんですか」と上里先生の大きな声がした。
「相手は学校の女子生徒ですよ!」

 我慢できなくなった僕たち三人は物置小屋の中へとなだれ込んだ。
 二人の体位はその時のままだった。
 しかし、さっき見た時と違うのは、二人の体に熱が失われているように思えたことだ。
 つまり、大崎先生の体は痙攣していないし、ディープキスのようなものもしていない。ただ、伊澄瑠璃子が大崎先生に組し抱かれている、それだけのことにも見える。

 上里先生の呼びかけが聞こえたのか、大崎先生がむくりと起き上った。
 行為に及ぼうとしていたはずの先生自身が状況を掴みかねているような顔をしている。
 そして、更に驚いたのは、
「上里先生・・どうしてここに? どうして俺は・・」
 そう言った大崎先生の顔には穴が開いていた。友達の松村のように。

 その顔は目を細めて見ると、顔の中を渦が巻いているように見える。
 神城も目を細め「がらんどうだわ」と言った。
 佐々木奈々も目を凝らし「松村くんの顔みたい・・ですね」と同調した。

 僕たちの言葉に上里先生も目を細めながら、
「ええっ、ちょっと大崎先生、顔がおかしいですよ」と正直に言った。
 上里先生は女子生徒を凌辱しようとしていたことよりも大崎先生の顔のことに注意が注がれた。
 大崎先生は、
「俺の顔が?」と言って、
 自分の顔に手を当てまさぐるようにし始めた。「どう僕の顔がおかしいんですか」
 大崎先生は信じられないという風に、
 壁に掛けられてある細長い鏡を見つけると、「あそこに鏡が・・」とゆっくりと向かった。
 伊澄瑠璃子が既に立っていたが、彼女には目もくれず、鏡の前に立った。
 
 上里先生が伊澄瑠璃子を見て「伊澄さん、大丈夫? 何かされたの?」と心配そうに声をかけた。
「いいですよ。上里先生。私、まだ何もされていませんから」
 伊澄瑠璃子はそう言って少し微笑んだ。
 まだ何もされていない・・
 彼女は大崎先生に何もされなかったというのか。違う。僕たちは見た。

 上里先生は伊澄瑠璃子に「伊澄さんはどうしてここにいるの? 大崎先生に呼び出さされでもしたの?」と強く訊ねた。
 対して伊澄瑠璃子は「はい」と頷いて、
「それより、大崎先生の方が心配ですね」と大崎先生の方に皆の注意を向けた。
 上里先生は「大崎先生が?」と言って、
 鏡の前の大崎先生を見た。
 その瞬間、女教師の上里先生は、
「ひいっ、大崎先生、いったい何をされてるんですかっ」と大きな声を張り上げた。
 大崎先生の方を見ると、
「これは・・これは、僕の顔じゃないな」
 そう言って、自分の顔の皮膚を掻きむしっている。目の下、そして、頬と、ずりずりと擦りながら、更に、皮膚を取り除こうとしているような指の動きだ。
 鏡の中には、大崎先生の顔が見えているが、やはり、そこには空虚な穴が渦巻いていた。
 大崎先生はその穴の中に手を入れようとしているのだろうか?

 床に血が落ち始めた。
 その状況を見て上里先生が、「大崎先生、早く保健室に」と慌て始めた。
 しかし、大崎先生は動かない。鏡に向き合ったままだ。
 
 すると、
 伊澄瑠璃子が大崎先生の傍らまで歩を進め、
「大崎先生・・上里先生がお呼びですよ」と息を吹きかけるように言った。
 その抑揚の感じられない声に、大崎先生は、
「ああ・・そうだったな」と従順な声を出し鏡から離れた。
 こちらを見たその顔は、爪で深く掻きむしった傷跡と血で酷い有り様だった。
 上里先生と佐々木が小さな叫びを洩らし、神城は顔を背けた。

 伊澄瑠璃子はそんな大崎先生の顔を見ても平気なのか、
「あら、大崎先生、お顔が大変なことに」と言って、
「はやく保健室に行って手当を受けてくださいね」と促した。
 大崎先生は「ああ、そうだな・・わかった」と答え歩き出した。
 そして、伊澄瑠璃子は、
「先生、ちゃんと自分の力で行くのですよ」と子供に言うように声をかけた。
大崎先生はまるでロボット、機械仕掛けの人形のように外に出て、歩き出した。

 その時だ。
 物置の奥でがさがさと音がした。
 マットやがらくたを雑に積み上げている場所だ。
 その音にいち早く反応した伊澄瑠璃子はその方向を見据えると、何やら「しゅっ」という声、いや、音を出した。
 すると、がさがさという音は静まったが、大きな黒い影が、ずるずると移動するのが見えたような気がした。
 佐々木奈々は上里先生が来るまでに言っていた。
「ねえ・・あの中に、もう一人、誰かいなかった?」と。
 僕の見たのがそれだったのかはわからない。

 上里先生は伊澄瑠璃子に「伊澄さん、本当に何もされなかったのね」と念を押した。
 伊澄瑠璃子は静かに微笑み、「ええ」と答えた。

 上里先生は「なら、よかったわ」と言って僕たちと伊澄瑠璃子に、
「大崎先生には、手当てが終わったら、ちゃんと話を聞いておくことにするわ」と言って「あなたたちは教室に戻りなさい。もうすぐ授業が始まるわよ」と指示した。

 グラウンドを歩きながら、佐々木奈々が、「どうも気持ち悪いですよね」と言ったり、神園涼子が「伊澄さんは本当に何もされなかったのかしら?」と疑問を呈したりした。

 そんな僕たちの後ろを伊澄瑠璃子が歩いている。佐々木が時折振り返り「伊澄さん、大丈夫?」と声をかける。
 伊澄瑠璃子は女子生徒の憧れの対象だ。
 これがお近づきのチャンスと言いたいところだが、神城も佐々木もそうは思っていないようだ。明らかに敬遠している。

 さっき顔を出したばかりの太陽が再び陰り、不穏なムードで一杯になる。
 教室に入ると、神城が「じゃあ、伊澄さん。今度の金曜日ね」と言った。
 金曜日には彼女と取り巻きの二人と例のお化け屋敷、旧ヘルマン邸二号館に行く約束をしている。
 神城は「なんか、あそこの屋敷に行くの気が進まなくなったわ」と言った。
 佐々木も「どうして伊澄さんは、私たちと一緒に屋敷に行く、なんて言ったんでしょうね」と言った。

 それにしても・・
 大崎先生がしていた行為は淫行ではなかったのか?
 淫行を否定した伊澄瑠璃子の意図は何だったのか?
 あれはどう見ても、淫行と呼べるものではなかったのかもしれないが、何らかの行為には違いないだろう。
 伊澄瑠璃子は明らかに大崎先生の体内に何かを入れていた。舌とかではなく、もっと大きなものだ。それに、あの物置小屋には二人以外にも誰かがいた。
 誰かは、人ではなく動物だったのかもしれない。あるいは・・それ以外のもの。
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