血を吸うかぐや姫

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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急ぐ男女

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◆急ぐ男女

「君島さん・・大丈夫ですかね」
 佐々木が不安そうに言った。
 今日も神城は病欠だ。僕は佐々木奈々と、二日連続で行動を共にしている。
 今日の放課後・・友人の松村が君島律子と連れ立って、あの幽霊屋敷に行くということだ。
 僕はそれを制止したい。その気持ちは佐々木も同じだが、
 佐々木は女の子だ。あの場所は危険だ。
 
 佐々木にそう言うと、
「でもですねえ・・私、松村くんが心配なんですよ」と言った。 佐々木と松村は幼馴染だ。気になって仕方ないのだろう。
 さて、どうするか?
「放課後、僕が松村にちゃんと言って、行くのを止めさせてみるか・・」
「それが一番いいんですけど・・松村くんのあの勢いを見ている限りでは、無理のようです。それに、今日、行かなかったとしても、私たちの知らない日に行ってしまえば、それで終わりですよね」
 それもそうだな。
「それと、私・・あの屋敷に興味があるというか、あの屋敷の中に、実際に何があるのか、知りたいんですよ」
 そう佐々木は好奇心たっぷりに言ったが、
「僕もそれなりに興味はあるが・・あの中には何か得体の知れないものがありそうで怖いんだ」
 怖い・・
 僕がそう言うと、佐々木は「そうですね・・確かに」と同意して、
「昨日、屑木くんが吉田女医から聞いた話もありますからね」
 
 僕は昨日の帰り、吉田女医に遭遇し、彼女から聞いた話を佐々木に伝えたが、僕に関することは言っていない。
 そんなことは言えない。僕が血を吸われ、吸血願望があることを話せば、僕と佐々木の関係も即終わりだ。当然、神城とも。

「いずれにせよ・・屋敷の近くまで行ってみるか」と僕は提案した。
 佐々木もそれに賛成し、結局二人で行くことになった。
 今回は伊澄瑠璃子がいないし、あの腰巾着の二人もいない。
 それに、目的は松村が君島さんを屋敷内に連れ込むことを阻止するだけのことだ。

 屋敷に向かいながら佐々木は、「でもお二人が、本当にデートとして、あの屋敷を選んでいたのなら、私たち、ただのお邪魔虫ですよね」と言って笑った。
 僕は「それもそうだが・・場所が悪すぎる」と言って、
「もしただのデートだとしても・・佐々木、あれを見たのを憶えているだろ? あの屋敷に大きな楽器のケースがズラリと並んでいたことを?」
「はい、きっちり憶えていますよ」
「あれってさ・・人を入れる・・棺(ひつぎ)に見えなかったか?」
「棺桶・・ですか・・そう言われたら見えないこともなかったですけど・・屑木くんの考え過ぎじゃないですかぁ?」
 だといいが・・
 そう思っていると、佐々木が前方を指差し、
「あの二人・・松村くんと君島さんですよ」と言った。

 男子高生と女子高生・・一見お似合いのカップルにも見えるが、松村の方は少し野暮ったく、君島さんは上品で、どことなく気品に溢れている。
 どうも釣り合いが取れていない二人のように思えるが、松村は、あの教室での惨事で君島さんを体育の大崎の毒牙から守ろうとしたナイトだ。君島さんが心惹かれても不思議はない。

 二人の向こうには、あの幽霊屋敷が見えている。
 僕は前を行く二人に「おーい」と声をかけた。
 すぐさま立ち止まり振り返った二人に「どこに行くんだよ」と訊いた。
 松村は、「屑木・・それに、佐々木」と僕ら二人を見比べ言った。
 君島さんは僕たちには関心がなさそうに目を反らした。

「松村くん・・やっぱり、屋敷に行くのはやめた方がいいと思います」佐々木が忠告する。
 僕は松村に、「また血を吸われたりしたらどうするんだ」と強く言った。
 その言葉に君島さんが松村を見上げて、
「ねえ、松村くん・・血を吸うって、何のことなの?」と訊いた。
 その返事の代わりに松村は、僕に、
「おい、屑木、変なことを言うなよ。君島さんが不安がってるじゃないか」と言った。
「変なことって・・松村、お前、忘れたのかよ」
 松村は屋敷内で首筋に穴が空き、血が出てきたと言っていた。
 そのことを喚起させるように松村に言うと、
「だからと言って、君島さんを屋敷に連れていってはダメだということにはならない」と返された。「それに、僕のことを君島さんにもっと知ってもらいたいんだ」
 あれ? 松村は自分を指すときに「僕」ではなく「俺」と言っていたはずだが・・
「松村のことを君島さんに知ってもらうって?」
「ああ、そうだよ。君島さんは、僕のことをもっと知りたがっている」
 すると佐々木が堪えかねて、
「君島さん・・松村くんの言っていることは本当ですか?」と尋ねた。

 佐々木の問いに、君島さんは髪を丁寧にかき上げ、
「私、松村くんが一緒に行きたいって言う所なら、どこにだってついて行くし、松村くんのことをもっと知りたいの」と言った。
 佐々木は、「ええっ!・・いつもの君島さんらしくない」と言った。
 確かに、君島さんらしくない発言だ。
 君島さんはどちらかと言うと、松村のような男には目もくれないし、自分の行きたい所は自分で決めるというタイプだ。

 もしかすると・・
 僕が、あることを推測するのと同時に、横の佐々木が僕の脇腹をつつき、
「これって、催眠なのでしょうか?」と小さく言った。「松村くんが、君島さんに催眠をかけている・・そう言うことなのでしょうか?」
「いや、松村にそんな能力があるとは思えない・・」と僕は応えた。
「だったら?」
 だったら・・君島さんに催眠をかけているのは、松村ではない。
 だとすると、催眠は松村の中に仕込まれている・・そう考えると道理がつく。
 どうやって?
 それは、伊澄瑠璃子が松村の体の中に入れたものだ。

「なあ、佐々木・・伊澄さんは、誰かの体の中に何かを入れることによって、その対象の人間を支配下においているんじゃないか?」 
「信じられませんけど・・そう仮定して、目の前の松村くんと君島さんを見ると、頷けますよね」そう佐々木は同調した。
「だったら、あの二人を止められないな」
「そうですよね。あの二人を、別の力が動かしているのでしたら」

 そう結論づけた時、
「屑木くん・・あれは?」と佐々木が言った。佐々木の視線の先に、おそらく大学生のカップルと思える男女が屋敷の敷地内に入っていくのが見えた。
「あれが・・屋敷付近でよく目撃される『逢引』する男女、というやつか」
 だが、その男女の姿は仲睦まじく歩くというよりも、何かの儀式に参列するような二人にも見えた。それは松村と君島さんにも言える。

 あの屋敷は、愛し合う男女が互いに求め合う場所ではない。
 若い男女が求め合うのではなく、
 二つの命を貪り合う・・そんな場所に感じる。
 しかし、何故そう思う? なぜ僕にはそれが分かる?

 佐々木が、
「他にもいたんですね・・」と言った。「私、あの屋敷でカップルが逢引するなんてこと、ただの噂とばかり思っていましたよ」
「そうだな・・本当にいたようだな」

 だが、僕と佐々木の思いとは別に、松村は全く違うことが頭に浮かんでいるようだった。
「先を越される」
 そう松村は誰ともなく言った。
 だが、僕はその言葉を聞き逃さなかった。
「おい、松村、誰に、何を先を越されるんだ?」
「屑木には関係ないよ」と松村は応え、「さあ、君島さん、中に入ろう」と言って君島さんをエスコートした。
 そんな様子を見て佐々木が「止めるのは無理のようですね」と言った。
「佐々木は、松村と幼馴染なんだろ・・佐々木が説得したら、中に入るのをやめるんじゃないか」
「そう思ったのですけど、今の松村くんは、他に目がいっているような気がしてなりません」
「君島さんの方を見ているということか?」
 幼馴染の佐々木奈々よりも、クラスの高嶺の花の君島律子の方を。
「違うと思います・・たぶん、あの屋敷の中にしか関心がないような・・」
 だったら・・
「だったら、僕たちも、中に入るか・・」
 佐々木には、無理にとは言わない・・佐々木にはそんな言い方をした。
「屑木くん。私も中に入ります・・松村くんが心配ですから」
 ひょっとしたら、佐々木は・・松村に好意を抱いているのか? しかし、松村の方は佐々木を見てはいない。

 先を行く松村と君島さんを追いかけるような格好で、僕と佐々木は後に続いた。
 二人は僕らに目もくれない。
 よくカップルが周囲の視線を気にしないのと同じなのかもしれない。
 だが、この二人の場合・・よくあるカップルの心情とは一線を画するように見える。

 僕と佐々木は、またあの鉄条網を抜け、鬱蒼とした茂みの中を歩く羽目になった、
 何度来ても、慣れない場所だ。いや、こんな場所に慣れることは決してないだろう。
 先を見ると、松村と君島さんは大きな扉の向こうに消えていた。
 空を見上げると、もう日が暮れているのがわかった。前回来たのとほぼ同じような時刻だ。
 前回と大きく異なるのは、メンバーの中に伊澄瑠璃子がいないことだ。
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