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平屋集落
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◆平屋集落
「ええっ、こんな場所が伊澄さんの家なの?」
神城は驚きの声を上げた。
神城は「こんな場所」と言った。
確かに、神城が驚くのもわかる。
僕たちの目の前には、同じ形の平屋が連なって続いていた。その棟が二本ある。
低い屋根が続く二棟の間の空間は、ただ雑草が生い茂っているだけだ。遊ぶ子供もいないし、そんな声も聞こえない。
家々の壁はトタンのものもあったり。土壁もあったりする。屋根がめくれ上がってる家もある。
一部の家では、外に出した長椅子に数人の杖を手にした老婆が腰をかけ談笑している。
のどかな光景であると同時に異様な風景だ。僕らの町にこんな家並みが存在していたことに驚かされる。僕が知らなかっただけなのか、それともこの家々ごと、この町に突如として出現したのか。そんな不思議な空間だった。
人によってはノスタルジーを感じる風景。だが、伊澄瑠璃子に対してこれまで僕が抱いてきたイメージとは遥かにかけ離れている。
イメージも離れているが、ここはあの屋敷から距離にして一キロは離れている。
僕が想像していたのは、あの幽霊屋敷ではないしにろ、彼女には、洋館に住んでいる深窓の令嬢のようなイメージがあった。そんな場所を勝手に想像していた。
それにこの一帯に住む人たちはかなりの低収入の人間たちのように思える。だがそれも僕の勝手な解釈だ。
どんよりした空の広がる土曜日の午後。僕と神城、そして、君島さん。保護者のような渡辺さんと共に伊澄瑠璃子の家に来た。
伊澄瑠璃子は「みなさんとゆっくり話が出来たら」と言っていた。伊澄さんはその場所を自宅に指定した。他に彼女と話す場所は無かった。
なぜなら、教室で彼女と話をしようとすると、結界が出来て、取り巻きの二人に囲まれてしまうからだ。
神城は「住所、ここで合っているわよね」と、伊澄瑠璃子から渡されたメモを何度も見ている。
渡辺さんがメモを覗き「合っているよ。ここで間違いない」と強く言った。
君島さんが「何か、匂うわ」と小さく言った。
君島さんの言う匂いは、ファミレスで言っていたような「血の匂い」ではなく、ゴミを焼くような臭いのことだろう。さっきからずっと臭っている。
長椅子に座り込んでいる老婆たちが談笑をやめ、侵入者のような僕たちを興味深げに見ている。
そんな視線を気にしながら神城は、
「話だけなら、いつものファミレスでもよかったんじゃない?」と小さく言った。
「けれど、伊澄さんのことを知るいい機会だ」僕は神城に言った。
渡辺さんもそれに同意した。渡辺さんは伊澄瑠璃子のことが知りたくて仕方ないのだろう。それは記事のねたになるからだろうか?
「それで、この中のどれが伊澄さんの家なの?」君島さんが言った。そして「それにしても汚い家ばかり」と付け足した。
伊澄瑠璃子は、君島律子にとって自分の高嶺の花の位置を奪われた相手だ。その相手がこんな場所に住んでいること自体が、君島さんの優越感を充足させるのだろう。
「でも、彼女は転校生だろ? 新しい家にこんな場所を選んだっていうのか」
僕は誰ともなく言った。
神城は伊澄さんから渡されたメモを見て「左側の棟の一番奥みたいよ」と言った。
そして、
「ねえ、屑木くん。危なくないのかな?」と神城は僕に訊いた。
「危ないって?」
「あの屋敷みたいに、怖いことが起きたりしない?」
「でも、ここは家だし。周りにも人がいるし」と僕は答えた。周りの人は老人ばかりのようだが、それでも屋敷の雰囲気とはまるで違う。それに日が高く、曇りとはいえまだ明るい。
神城は僕の返事に気を取り直し、先に進んだ。
その後に僕らは続いた。
二棟の平屋の間を歩く。家々の窓は閉ざされているが、擦りガラスの窓の向こうに人の気配を感じる。中の住民が僕らを見ているのだ。そう思った。
君島さんは相変わらず「くさい」と、文句を言っている。
そんな君島さんが、こんな場所にまでついてくるのはある意味感心する。いくら、僕と血を吸い合う仲とはいえ、これまでの彼女ならこのような集落には来たりはしなかっただろう。
奥の平屋に辿り着くと、その表札めいたものに確かに「伊澄」と書かれてある。
「やっぱり、イメージが違うわね」神城が再び言った。
ボタンだけの呼び鈴を押すと、木戸が開き、伊澄瑠璃子が出てきた。
「お待ちしていましたわ」
そこにいるのは、教室で見る伊澄瑠璃子そのものだった。
変わらない美貌。切れ長の瞳。前髪を揃えた長い髪。違うのは制服ではなく、薄紫色のワンピースを着ていることだ。
伊澄瑠璃子は、渡辺さんを見て、「そちらが、昨日、神城さんが言っていた方?」と尋ねた。渡辺さんのことは、神城が予め言っておいたらしい。
「記者の方が、こんな場所に来ても面白くないと思うのだけれど」
そう伊澄瑠璃子は言って、
「中にあがって」と言った。「汚い場所だけれど」
汚い場所・・伊澄瑠璃子からその言葉が出てくるのは不思議だった。
汚れた心。醜い心。嫉妬や邪心。そんなものが彼女の忌み嫌うものだ。
けれど、場所にはこだわらない。
僕らは薄暗い居間に案内された。僕らが丸テーブルを囲むように座った。
伊澄瑠璃子は、窓を背に座布団を敷いて座った。顔が逆光で見づらい。
神城は「ええっ、伊澄さん、ご両親は、いないの?」とすぐに言った。
「いるわよ」
伊澄瑠璃子はそう言って「奥の部屋に・・」と言った。
別に挨拶がしたいわけではないが、隣の部屋でも声がまる聞こえのような場所で、伊澄さんの両親に会わないのは不自然な気がする。
「まあいいじゃないか」と渡辺さんは言った。渡辺さんの関心はあくまでも伊澄瑠璃子その人だ。他はどうでもいいのだろう。
「ええっ、こんな場所が伊澄さんの家なの?」
神城は驚きの声を上げた。
神城は「こんな場所」と言った。
確かに、神城が驚くのもわかる。
僕たちの目の前には、同じ形の平屋が連なって続いていた。その棟が二本ある。
低い屋根が続く二棟の間の空間は、ただ雑草が生い茂っているだけだ。遊ぶ子供もいないし、そんな声も聞こえない。
家々の壁はトタンのものもあったり。土壁もあったりする。屋根がめくれ上がってる家もある。
一部の家では、外に出した長椅子に数人の杖を手にした老婆が腰をかけ談笑している。
のどかな光景であると同時に異様な風景だ。僕らの町にこんな家並みが存在していたことに驚かされる。僕が知らなかっただけなのか、それともこの家々ごと、この町に突如として出現したのか。そんな不思議な空間だった。
人によってはノスタルジーを感じる風景。だが、伊澄瑠璃子に対してこれまで僕が抱いてきたイメージとは遥かにかけ離れている。
イメージも離れているが、ここはあの屋敷から距離にして一キロは離れている。
僕が想像していたのは、あの幽霊屋敷ではないしにろ、彼女には、洋館に住んでいる深窓の令嬢のようなイメージがあった。そんな場所を勝手に想像していた。
それにこの一帯に住む人たちはかなりの低収入の人間たちのように思える。だがそれも僕の勝手な解釈だ。
どんよりした空の広がる土曜日の午後。僕と神城、そして、君島さん。保護者のような渡辺さんと共に伊澄瑠璃子の家に来た。
伊澄瑠璃子は「みなさんとゆっくり話が出来たら」と言っていた。伊澄さんはその場所を自宅に指定した。他に彼女と話す場所は無かった。
なぜなら、教室で彼女と話をしようとすると、結界が出来て、取り巻きの二人に囲まれてしまうからだ。
神城は「住所、ここで合っているわよね」と、伊澄瑠璃子から渡されたメモを何度も見ている。
渡辺さんがメモを覗き「合っているよ。ここで間違いない」と強く言った。
君島さんが「何か、匂うわ」と小さく言った。
君島さんの言う匂いは、ファミレスで言っていたような「血の匂い」ではなく、ゴミを焼くような臭いのことだろう。さっきからずっと臭っている。
長椅子に座り込んでいる老婆たちが談笑をやめ、侵入者のような僕たちを興味深げに見ている。
そんな視線を気にしながら神城は、
「話だけなら、いつものファミレスでもよかったんじゃない?」と小さく言った。
「けれど、伊澄さんのことを知るいい機会だ」僕は神城に言った。
渡辺さんもそれに同意した。渡辺さんは伊澄瑠璃子のことが知りたくて仕方ないのだろう。それは記事のねたになるからだろうか?
「それで、この中のどれが伊澄さんの家なの?」君島さんが言った。そして「それにしても汚い家ばかり」と付け足した。
伊澄瑠璃子は、君島律子にとって自分の高嶺の花の位置を奪われた相手だ。その相手がこんな場所に住んでいること自体が、君島さんの優越感を充足させるのだろう。
「でも、彼女は転校生だろ? 新しい家にこんな場所を選んだっていうのか」
僕は誰ともなく言った。
神城は伊澄さんから渡されたメモを見て「左側の棟の一番奥みたいよ」と言った。
そして、
「ねえ、屑木くん。危なくないのかな?」と神城は僕に訊いた。
「危ないって?」
「あの屋敷みたいに、怖いことが起きたりしない?」
「でも、ここは家だし。周りにも人がいるし」と僕は答えた。周りの人は老人ばかりのようだが、それでも屋敷の雰囲気とはまるで違う。それに日が高く、曇りとはいえまだ明るい。
神城は僕の返事に気を取り直し、先に進んだ。
その後に僕らは続いた。
二棟の平屋の間を歩く。家々の窓は閉ざされているが、擦りガラスの窓の向こうに人の気配を感じる。中の住民が僕らを見ているのだ。そう思った。
君島さんは相変わらず「くさい」と、文句を言っている。
そんな君島さんが、こんな場所にまでついてくるのはある意味感心する。いくら、僕と血を吸い合う仲とはいえ、これまでの彼女ならこのような集落には来たりはしなかっただろう。
奥の平屋に辿り着くと、その表札めいたものに確かに「伊澄」と書かれてある。
「やっぱり、イメージが違うわね」神城が再び言った。
ボタンだけの呼び鈴を押すと、木戸が開き、伊澄瑠璃子が出てきた。
「お待ちしていましたわ」
そこにいるのは、教室で見る伊澄瑠璃子そのものだった。
変わらない美貌。切れ長の瞳。前髪を揃えた長い髪。違うのは制服ではなく、薄紫色のワンピースを着ていることだ。
伊澄瑠璃子は、渡辺さんを見て、「そちらが、昨日、神城さんが言っていた方?」と尋ねた。渡辺さんのことは、神城が予め言っておいたらしい。
「記者の方が、こんな場所に来ても面白くないと思うのだけれど」
そう伊澄瑠璃子は言って、
「中にあがって」と言った。「汚い場所だけれど」
汚い場所・・伊澄瑠璃子からその言葉が出てくるのは不思議だった。
汚れた心。醜い心。嫉妬や邪心。そんなものが彼女の忌み嫌うものだ。
けれど、場所にはこだわらない。
僕らは薄暗い居間に案内された。僕らが丸テーブルを囲むように座った。
伊澄瑠璃子は、窓を背に座布団を敷いて座った。顔が逆光で見づらい。
神城は「ええっ、伊澄さん、ご両親は、いないの?」とすぐに言った。
「いるわよ」
伊澄瑠璃子はそう言って「奥の部屋に・・」と言った。
別に挨拶がしたいわけではないが、隣の部屋でも声がまる聞こえのような場所で、伊澄さんの両親に会わないのは不自然な気がする。
「まあいいじゃないか」と渡辺さんは言った。渡辺さんの関心はあくまでも伊澄瑠璃子その人だ。他はどうでもいいのだろう。
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※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
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