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ナイフ
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◆ナイフ
「少し、面白いことをしてみようかしら?」
小山蘭子は囁くように言った。意地悪な口調だ。
小山蘭子は、僕から顔を離し、
「そうねえ」と品定めするように、神城たちを眺めた後、
「あら、あの子、まだ血を吸われたことがないようねえ」と楽しげに言った。
神城のことだ。
「ねえ、和也くん。あの子の血。とても美味しいわよ。私が保証するわ」
「ど、どういう意味だ?」
「どういう意味って・・少しは頭を使ったら?」
小山蘭子は、「それくらいは自分で考えなさい」と言った後、
「この私を罠にかけるようなことをして、ただで済むと思っているの!」と大きく言った。
体が震えた。これまで経験したことのないような恐怖だった。
全ての恐怖は、この小山蘭子の中にある。
小山蘭子の言った意味が分かった時には、僕の体はその目的の為に動こうとしていた。
心臓がドクンッと跳ね上がった。同時に小山蘭子から離れ神城に向かって歩き始めた。
僕は神城の血を吸おうとしている。
「神城っ、今すぐ、公園から出るんだ!」
僕はありったけの声を出した。
「そんなこと言われても、無理よ。私、体が動かないの」
だから、ここに来ちゃいけない、と言ったのに!
「佐々木! 君島さん。神城を連れて公園を出てくれ」
だが、
「屑木くん、ダメですよぉ。私も体が動きませんよ」佐々木が言った。
同じく君島さんも「なんなのこれ。体の自由が利かない」と体をよじらせながら言った。
これが小山蘭子の力なのか。
僕らは彼女の力を甘く見過ぎていた。彼女こそが吸血鬼としての最高作品なのではないだろうか。
「神城、僕は君の血を吸う・・」
小山蘭子の催眠によって、体が制御されている。
その催眠を解除する方法・・それは一つしかない。
神城の血を吸おうとする衝動と、理性との戦いだ。
僕はナイフを取り出した。松村の形見のナイフだ。
何とか、ここまでは体が動いた。あとは自分の・・
僕はナイフを振り上げた。ナイフの向かう先は、僕の腕だ。
強烈な痛みが手を襲った。だが、これで催眠は解けるはずだ。
血が出始めたかと思うと、シューッと音を立てて噴き出てきた。
血が出過ぎだ!
こんなはずではなかった。催眠を解除するのが目的だったはずなのに・・
僕の腕から、血が糸のようになって宙を舞いながら飛んでいく。
その先には、
口を開けた小山蘭子が待っていた。糸状になった血が彼女の口の中に吸い込まれるように入っていく。
そして、彼女は僕の血を体に仕舞い込むようにゴクンと呑み込んだ。
牙の伸びた口元を拭いながら、
「美味しいわ。やっぱり、あの人の子供だけあって、同じ匂いがするわ」と言った。
僕の父のことか。
「催眠は解けたようだけど・・和也くん、ここからが大変よ。これだけ血が出たのだから、あなたの体はいずれミイラのように萎んじゃうわよ」
その通りだ。血を吸われ過ぎた人間はミイラのように萎んでしまう。僕はこれまでもそんな人間を多く見てきた。
その言葉を聞いた君島さんが「いやああっ」と叫び、佐々木は「そんなっ」と無力な自分を嘆いている。
神城は、「屑木くん、私のせいで・・」と自分がここに来たことを悔やんでいる。
みんな、ごめん。
小山蘭子の力は、僕たちの予想を遙かに超えている。
小山蘭子は皆の動揺には目もくれずに、こう言った。
「ねえ、和也くん。体が萎みたくないのなら、『あれ』をもっと入れる? 和也くんの中には、まだ半分くらいしか入っていないようだから」
体が「あれ」で満たされれば、体は回復する。そして、欲望を制御できるようになる。
けれど、それでは、完全な吸血鬼と化してしまう。
伊澄瑠璃子や、その取り巻き連中の仲間入りだ。だが、このままでは・・
「さあ、和也くん。どうするの? まだ死にたくないでしょう」
小山蘭子は決断を迫るように言った。
「死にたくない・・」
僕は呟くように応えた。
「それが、和也くんの答えね」小山蘭子は冷笑した。
「和也くんは、うちの景子のお気に入りだものねえ。ちゃんと私が生かしてあげるわよ」
そう言いながら、小山蘭子は僕の両肩をがしっと捉えた。
小山蘭子と向き合う形になると、彼女は、
「うふふっ、こうして顔を近づけると、和也くんのお父さんといるようだわ」と感慨深く言った。
父と小山蘭子の不倫・・分かってはいるが、改めて口に出されると、僕の母が可愛そうに思え、同時に、小山蘭子の夫も不憫に思えた。どうして、こんな関係になったのだろう。
それは子供には到底理解できない話なのだろうか。
僕は小山蘭子に身を任せた。
小山蘭子は僕に口づけをするようにその唇を寄せたかと思うと、
彼女の口が大きく開き、「あれ」が顔を覗かせた。
だが、何度も見たそれとは違う。どこが違うのか? すぐに分かった。
「あれ」が光っている。
その瞬間、僕は二つのことを思い出した。
一つ目は、伊澄瑠璃子から聞いた話だ。
彼女が行方不明の姉のレミを探していると、小山蘭子が現れて山の方を探しなさい、と言われた。伊澄瑠璃子は、姉のレミの亡骸を見つけた時、
「山の中の地面が光っていたのよ」と言っていた。
二つ目は、あの自転車事故の惨劇だ。
車に轢かれたと思われた自転車に乗っていた少女は吸血鬼だった。だが、問題はその後だ。見物人たちの血が次々と抜かれていった。
彼らの首筋から血が糸状となって空中に飛び出したのだ。
巨大な「あれ」が潜んでいたのだ。その姿は僕は見なかったが、一緒にいた君島さんが見ていた。
「私には、人の形をしているように、見えたわ」
人型?
「暗かったのに、よく見えたな」と僕が言うと、
君島さんはこう言った。
「だって、その人の形をした物は、光っていたもの」
光る「あれ」は、小山蘭子その人だったのではないだろうか?
だが、それが分かってももう遅い。
僕の視界が覆われ、口腔がこじ開けられるようにして、「あれ」が侵入してきた。
ああ、これで楽になれる。
みんな、ごめん。僕は、まだ死にたくないんだ。
景子さんに会いたい。お姉さんに・・
そう思った瞬間、ズルッと「あれ」が口腔から抜け出た。
小山蘭子が「あれ」を引き上げ、体内に戻した。
何が起きた?
その時、
公園の反対側の入り口から一人の大人の女性が歩み寄ってくるのが見えた。
「少し、面白いことをしてみようかしら?」
小山蘭子は囁くように言った。意地悪な口調だ。
小山蘭子は、僕から顔を離し、
「そうねえ」と品定めするように、神城たちを眺めた後、
「あら、あの子、まだ血を吸われたことがないようねえ」と楽しげに言った。
神城のことだ。
「ねえ、和也くん。あの子の血。とても美味しいわよ。私が保証するわ」
「ど、どういう意味だ?」
「どういう意味って・・少しは頭を使ったら?」
小山蘭子は、「それくらいは自分で考えなさい」と言った後、
「この私を罠にかけるようなことをして、ただで済むと思っているの!」と大きく言った。
体が震えた。これまで経験したことのないような恐怖だった。
全ての恐怖は、この小山蘭子の中にある。
小山蘭子の言った意味が分かった時には、僕の体はその目的の為に動こうとしていた。
心臓がドクンッと跳ね上がった。同時に小山蘭子から離れ神城に向かって歩き始めた。
僕は神城の血を吸おうとしている。
「神城っ、今すぐ、公園から出るんだ!」
僕はありったけの声を出した。
「そんなこと言われても、無理よ。私、体が動かないの」
だから、ここに来ちゃいけない、と言ったのに!
「佐々木! 君島さん。神城を連れて公園を出てくれ」
だが、
「屑木くん、ダメですよぉ。私も体が動きませんよ」佐々木が言った。
同じく君島さんも「なんなのこれ。体の自由が利かない」と体をよじらせながら言った。
これが小山蘭子の力なのか。
僕らは彼女の力を甘く見過ぎていた。彼女こそが吸血鬼としての最高作品なのではないだろうか。
「神城、僕は君の血を吸う・・」
小山蘭子の催眠によって、体が制御されている。
その催眠を解除する方法・・それは一つしかない。
神城の血を吸おうとする衝動と、理性との戦いだ。
僕はナイフを取り出した。松村の形見のナイフだ。
何とか、ここまでは体が動いた。あとは自分の・・
僕はナイフを振り上げた。ナイフの向かう先は、僕の腕だ。
強烈な痛みが手を襲った。だが、これで催眠は解けるはずだ。
血が出始めたかと思うと、シューッと音を立てて噴き出てきた。
血が出過ぎだ!
こんなはずではなかった。催眠を解除するのが目的だったはずなのに・・
僕の腕から、血が糸のようになって宙を舞いながら飛んでいく。
その先には、
口を開けた小山蘭子が待っていた。糸状になった血が彼女の口の中に吸い込まれるように入っていく。
そして、彼女は僕の血を体に仕舞い込むようにゴクンと呑み込んだ。
牙の伸びた口元を拭いながら、
「美味しいわ。やっぱり、あの人の子供だけあって、同じ匂いがするわ」と言った。
僕の父のことか。
「催眠は解けたようだけど・・和也くん、ここからが大変よ。これだけ血が出たのだから、あなたの体はいずれミイラのように萎んじゃうわよ」
その通りだ。血を吸われ過ぎた人間はミイラのように萎んでしまう。僕はこれまでもそんな人間を多く見てきた。
その言葉を聞いた君島さんが「いやああっ」と叫び、佐々木は「そんなっ」と無力な自分を嘆いている。
神城は、「屑木くん、私のせいで・・」と自分がここに来たことを悔やんでいる。
みんな、ごめん。
小山蘭子の力は、僕たちの予想を遙かに超えている。
小山蘭子は皆の動揺には目もくれずに、こう言った。
「ねえ、和也くん。体が萎みたくないのなら、『あれ』をもっと入れる? 和也くんの中には、まだ半分くらいしか入っていないようだから」
体が「あれ」で満たされれば、体は回復する。そして、欲望を制御できるようになる。
けれど、それでは、完全な吸血鬼と化してしまう。
伊澄瑠璃子や、その取り巻き連中の仲間入りだ。だが、このままでは・・
「さあ、和也くん。どうするの? まだ死にたくないでしょう」
小山蘭子は決断を迫るように言った。
「死にたくない・・」
僕は呟くように応えた。
「それが、和也くんの答えね」小山蘭子は冷笑した。
「和也くんは、うちの景子のお気に入りだものねえ。ちゃんと私が生かしてあげるわよ」
そう言いながら、小山蘭子は僕の両肩をがしっと捉えた。
小山蘭子と向き合う形になると、彼女は、
「うふふっ、こうして顔を近づけると、和也くんのお父さんといるようだわ」と感慨深く言った。
父と小山蘭子の不倫・・分かってはいるが、改めて口に出されると、僕の母が可愛そうに思え、同時に、小山蘭子の夫も不憫に思えた。どうして、こんな関係になったのだろう。
それは子供には到底理解できない話なのだろうか。
僕は小山蘭子に身を任せた。
小山蘭子は僕に口づけをするようにその唇を寄せたかと思うと、
彼女の口が大きく開き、「あれ」が顔を覗かせた。
だが、何度も見たそれとは違う。どこが違うのか? すぐに分かった。
「あれ」が光っている。
その瞬間、僕は二つのことを思い出した。
一つ目は、伊澄瑠璃子から聞いた話だ。
彼女が行方不明の姉のレミを探していると、小山蘭子が現れて山の方を探しなさい、と言われた。伊澄瑠璃子は、姉のレミの亡骸を見つけた時、
「山の中の地面が光っていたのよ」と言っていた。
二つ目は、あの自転車事故の惨劇だ。
車に轢かれたと思われた自転車に乗っていた少女は吸血鬼だった。だが、問題はその後だ。見物人たちの血が次々と抜かれていった。
彼らの首筋から血が糸状となって空中に飛び出したのだ。
巨大な「あれ」が潜んでいたのだ。その姿は僕は見なかったが、一緒にいた君島さんが見ていた。
「私には、人の形をしているように、見えたわ」
人型?
「暗かったのに、よく見えたな」と僕が言うと、
君島さんはこう言った。
「だって、その人の形をした物は、光っていたもの」
光る「あれ」は、小山蘭子その人だったのではないだろうか?
だが、それが分かってももう遅い。
僕の視界が覆われ、口腔がこじ開けられるようにして、「あれ」が侵入してきた。
ああ、これで楽になれる。
みんな、ごめん。僕は、まだ死にたくないんだ。
景子さんに会いたい。お姉さんに・・
そう思った瞬間、ズルッと「あれ」が口腔から抜け出た。
小山蘭子が「あれ」を引き上げ、体内に戻した。
何が起きた?
その時、
公園の反対側の入り口から一人の大人の女性が歩み寄ってくるのが見えた。
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