血を吸うかぐや姫

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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小山蘭子の体

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◆小山蘭子の体

 すると、
 吉田女医は、僕らの方に首をくるっと回し、向き直った。
 えっ?
 吉田女医の目がおかしい。目が開いているのに、開いていない。
 つまり、瞳孔が死んでいるように見えるのだ。
 その目を見ていると吉田女医は、
「屑木くん。これで催眠は大丈夫でしょう?」と僕たちを安心させるように微笑んだ。

 その目を同じように見ていた君島さんが「どういうことなの? 吉田先生には催眠が通用しないの?」と言った。
「何なの、あの先生の目・・まるで、マネキン人形の目みたい」
 そう言ったのは神城だ。
 吉田女医には、小山蘭子の催眠が効かないのか?

「そうよ、私には暗示や催眠なんて、効かないわ」吉田女医はそう言って、
「まだ心の未成熟な子供の心には、遊ぶように暗示をかけられるかもしれないけれど、私は大人の女よ」と笑った。
 どういうことなんだ?
 僕たちが吉田女医の様子を見ていると、小山蘭子は不快な表情に変わり、
「自分に暗示をかけたのね」と言った。
 自己暗示・・?
 その言葉の意味を解したのは佐々木だけだった。
「おそらく、吉田先生は、小山蘭子さんに催眠かけられる前に、自分に暗示をかけたのだと思いますよ」佐々木はそう言った。

 人形のような目をした吉田女医の口から、白い牙のような歯がズズッと伸びてきた。
 だが、その牙を見たのはほんの一瞬だった。
 吉田女医の体は、瞬間移動のように、小山蘭子の正面に移動していた。そして、小山蘭子の体を固定するようにその肩をがしっと押さえ込んだ。
 小山蘭子の血を吸う気なのか? 僕がしたくもできたなかったことを・・吉田女医ならできるのか?
 誰でもいい。小山蘭子の暴走を止めてくれるのならば。
 吉田女医は、小山蘭子の首筋にその口を這わしながら、  
「私はね、あんたが気にくわないのよ」と言った。
 そして、
「あんたが、吸血鬼の研究なんてしなければ、私の友達は!」と叫ぶように言った。
 僕は吉田女医から、その身に起きたことを聞いている。
 吉田女医は女友達に血を吸われたのだ。そして、伊澄瑠璃子に「あれ」を入れられそうになった時、同血族である吉田女医の父親が現れ、「あれ」は半分ほどしか入れられずに終わった。つまり、僕と佐々木と同じ状態だ。
 僕はまだ吉田女医の血を吸った女友達のことを知らなかった。
 彼女がその後、どうなったのか?

 だが、今はそれよりも、小山蘭子の様子だ。
 彼女は表情を全く変えていないのだ。吉田女医が人形のような顔だとすれば、小山蘭子は、氷だ・・冷たい氷そのものだ。
 その氷の顔をした女が、こう言った。
「あら、お友達の復讐ごっこのつもりなの?」
 その言葉に吉田女医の頬がぴくっと引き攣ったように痙攣した。
「お友達は残念だったわねえ。その顔だと、もう死んじゃったようねえ」
 小山蘭子は吉田女医をからかうように言った。
 すると吉田女医の体が、ビクンと大きく痙攣した。
「きさまああっ!」
 それは、吉田女医の怒りが頂点に達したような声だった。
 同時に吉田女医は、小山蘭子の喉元に、自分の牙を立てた。
 ずぶぶっと先生の牙が刺さり、小山蘭子の皮膚に食い込んでいく。
 その瞬間、僕は見た。小山蘭子の瞳を・・
 彼女の瞳は、あまりに空虚だ。
 吉田女医の攻撃など、何とも思っていやしない。
 ゾゾッとした。冷気が体を襲った。伊澄瑠璃子が現れた時に感じたような冷たい感覚だ。

「先生、ダメだ!」
 出血のせいか、上手く声が出ない。けれど、
「先生、逃げて!」精一杯の声を出して言った。
 僕の大きな声に吉田女医が「何?」と、目を僕に向けた。
 やはり無理だったんだ。小山蘭子には僕らでは太刀打ちできないんだ。

「あら、和也くんは、分かってくれたようよ」
 小山蘭子は全く動じていない様子だ。逆に吉田女医の顔には困惑の表情が浮かんでいる。
「ど、どうしてなの?」
 そう言った吉田女医の口元から、タラーッと血が垂れた。その血が小山蘭子の血なのか、吉田女医の血なのか、判別ができない。
「うぷっ!」吉田女医は小山蘭子の首から口を離した。
 そして、苦しそうに両手で喉を押さえた。
「うふふっ、保険医の先生、どうかしたの? ずいぶんと苦しそうね」
 小山蘭子は不敵な笑みを浮かべている。
 まさか・・
 吉田女医の苦しむ理由がすぐに分かった。催眠にかかったのだ。吉田女医は催眠を封じたつもりだったが、既にそれは効かなくなっていた。
 吉田女医は、小山蘭子に近づき過ぎたのだ。
 そして、小山蘭子は僕たちや吉田女医の想像を遙かに超えた存在だ。
 確かなことは言えないが、佐々木が言ったように、もはや、人間ではないという可能性もある。君島さんが見た巨大な「あれ」。
 小山蘭子は、「あれ」そのもののような気がした。
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