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「ベルギー印象派」って何?
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◆「ベルギー印象派」って何?
小山とは次の休憩時間に打ち合わせをすることになった。
それまでドキドキが続いていた。
そんなに男子に人気がある三崎涼子という女の子と、こんなにも早く知り合いになれるとは思わなかったからだ。 それに、そんな彼女が交際している男子がいないことも不自然に感じられた。
小山が言う事の経緯はこういうことだった。
「実は、三崎さんに、絵画展に誘われたんだよ」小山はそう切り出した。
誘われたと言っても、三崎さんは、絵画展のチケットを二人分持っていて、同性の友人を誘ってみたが全員断られた。それで、小山のところまで誘ってきたということだった。
つまり、誰も、絵画には興味を示さなかったということだ。どうせなら映画とかであれば話に乗ってくる友人もいたと思うが、よりによって絵画展だ。
と思ってみたものの、それほど男子に人気があるのなら、誰か無理してでも、絵画展につき合いそうなものだと思ったが、
小山が言うには、男子で誘われたのは、唯一、小山だけだったということだ。
小山は、「僕は男としてみられていないのかもしれないね」と苦笑した。
小山について分かったことが一つある。
彼は非常に真面目な男だ。漱石の「三四郎」を愛読しているからかどうか、それは分からないが、女子の信頼は厚いようだ。少なくとも三崎涼子は小山を信頼していると思う。
それに小山の言う通り、彼女は小山を男として見ていないのかもしれない。
そして、三崎涼子が信頼している小山でさえ、
「僕、あまり、絵画には興味はないんだよ」と言っている。
夏目漱石にしか興味がない小山が思い出したのが、僕だったという訳だ。
「北原くん、三崎さんにOKと返事を伝えておくけど、いいだろ?」小山は念を押すように言った。
「僕なんかでいいのか?」と思ったけど、そうは言わず、
曖昧に「ああ、かまわないよ」と答え、
「絵画展って・・どんな絵画なんだ? 全然分からないよ」と訊ねると、小山は少し間を置いて、
「確か、ベルギー印象派・・と言っていたな」と答えた。
ベルギー印象派・・何のことかさっぱり分からない。
文学でも分からないのに、それに加えて、絵画も分からない。
分からない世界がどんどん増えていくような気がした。
三崎涼子は、海外文学やSFにも興味がある上に、絵画にも詳しいのか・・とてもついていけそうにない。
断るべきかな? と一瞬思ったけど、そうはしなかった。
なぜなら、
大学に入ったら、勉学に向き合うことも大切だったが、恋愛もしてみたいというのが本当のところだったからだ。
金持ちの子息たちで賑わうキャンパスに放り込まれたような僕は、このまま親しい友もできず、彼女もできなければ、これからの四年間、彼らの様子を羨ましげに見ながら過ごすということになりかねないと思っていた。
「三崎さんとどんな話をすればいいんだろう?」
僕が言うと小山は、
「実は僕もよく知らないんだ」と言った。
「えっ?」
三崎涼子は小山に信頼を寄せていると思っていたが、当の小山は三崎さんのことを何も知らないのか。
よく分からない関係だ。
「彼女の趣味とかも知らないのか?」
「知らないよ。そんな話はしたこともない」
「本当に?」
僕が強く訊ねると、小山は思い出したように、
「ああ、そうそう。三崎さんの方からじゃないけど、僕から彼女に話しかけたことはあるよ」と言った。
「何て言って話かけたんだ?」
僕が訊ねると、小山はこう言った。
「三崎さんは、『三四郎』を読んでいないって言うから、『読まないの?』って訊いたんだよ」
思わず吹き出しそうになったが、そこは堪えることにして、「そう言ったら、三崎さんは何て返したんだ?」
「三崎さんは何も言わずに笑っていたよ」小山はそう言って、「なんでかな?」と不思議な顔をした。
三崎涼子が小山を信用した理由が少し分かった気がした。小山は、何か話すきっかけがあると、「三四郎を読んでる?」と訊ねるそうだ。
ある意味、小山は女性が安心して話せるタイプなのだろう。少なくとも警戒心は抱かれないと思う。
話は元に戻り、
僕が、「三崎さんとどんな話をすればいいか分からない」と言うと、小山は、
「三崎さんに合わせておけばいいんじゃない?」と言った。
彼女に合わせる・・
そんなことを言われても、僕は未だ彼女のことを何も知らなかった。知っているのは名前とその容姿だけで、三崎涼子の趣味や家族などの環境も知らないし、性格も気性も何もかも知らなかった。
僕が「難しい」と困ったように言うと、小山はこう言った。
「たぶん、三崎さんは、北原くんと気が合うと思うよ」
彼女が僕と気が合う?
その言葉もさっぱり分からなかった。
続けて小山はこう言った。
「三崎さんは、北原くんとならつき合うと思うけどなあ」
三崎涼子が僕と交際する・・
そんな夢みたいな話を、小山は淡々と言った。
いつものように、「このお菓子、君にあげるよ」と、そんな口調だった。
小山とは次の休憩時間に打ち合わせをすることになった。
それまでドキドキが続いていた。
そんなに男子に人気がある三崎涼子という女の子と、こんなにも早く知り合いになれるとは思わなかったからだ。 それに、そんな彼女が交際している男子がいないことも不自然に感じられた。
小山が言う事の経緯はこういうことだった。
「実は、三崎さんに、絵画展に誘われたんだよ」小山はそう切り出した。
誘われたと言っても、三崎さんは、絵画展のチケットを二人分持っていて、同性の友人を誘ってみたが全員断られた。それで、小山のところまで誘ってきたということだった。
つまり、誰も、絵画には興味を示さなかったということだ。どうせなら映画とかであれば話に乗ってくる友人もいたと思うが、よりによって絵画展だ。
と思ってみたものの、それほど男子に人気があるのなら、誰か無理してでも、絵画展につき合いそうなものだと思ったが、
小山が言うには、男子で誘われたのは、唯一、小山だけだったということだ。
小山は、「僕は男としてみられていないのかもしれないね」と苦笑した。
小山について分かったことが一つある。
彼は非常に真面目な男だ。漱石の「三四郎」を愛読しているからかどうか、それは分からないが、女子の信頼は厚いようだ。少なくとも三崎涼子は小山を信頼していると思う。
それに小山の言う通り、彼女は小山を男として見ていないのかもしれない。
そして、三崎涼子が信頼している小山でさえ、
「僕、あまり、絵画には興味はないんだよ」と言っている。
夏目漱石にしか興味がない小山が思い出したのが、僕だったという訳だ。
「北原くん、三崎さんにOKと返事を伝えておくけど、いいだろ?」小山は念を押すように言った。
「僕なんかでいいのか?」と思ったけど、そうは言わず、
曖昧に「ああ、かまわないよ」と答え、
「絵画展って・・どんな絵画なんだ? 全然分からないよ」と訊ねると、小山は少し間を置いて、
「確か、ベルギー印象派・・と言っていたな」と答えた。
ベルギー印象派・・何のことかさっぱり分からない。
文学でも分からないのに、それに加えて、絵画も分からない。
分からない世界がどんどん増えていくような気がした。
三崎涼子は、海外文学やSFにも興味がある上に、絵画にも詳しいのか・・とてもついていけそうにない。
断るべきかな? と一瞬思ったけど、そうはしなかった。
なぜなら、
大学に入ったら、勉学に向き合うことも大切だったが、恋愛もしてみたいというのが本当のところだったからだ。
金持ちの子息たちで賑わうキャンパスに放り込まれたような僕は、このまま親しい友もできず、彼女もできなければ、これからの四年間、彼らの様子を羨ましげに見ながら過ごすということになりかねないと思っていた。
「三崎さんとどんな話をすればいいんだろう?」
僕が言うと小山は、
「実は僕もよく知らないんだ」と言った。
「えっ?」
三崎涼子は小山に信頼を寄せていると思っていたが、当の小山は三崎さんのことを何も知らないのか。
よく分からない関係だ。
「彼女の趣味とかも知らないのか?」
「知らないよ。そんな話はしたこともない」
「本当に?」
僕が強く訊ねると、小山は思い出したように、
「ああ、そうそう。三崎さんの方からじゃないけど、僕から彼女に話しかけたことはあるよ」と言った。
「何て言って話かけたんだ?」
僕が訊ねると、小山はこう言った。
「三崎さんは、『三四郎』を読んでいないって言うから、『読まないの?』って訊いたんだよ」
思わず吹き出しそうになったが、そこは堪えることにして、「そう言ったら、三崎さんは何て返したんだ?」
「三崎さんは何も言わずに笑っていたよ」小山はそう言って、「なんでかな?」と不思議な顔をした。
三崎涼子が小山を信用した理由が少し分かった気がした。小山は、何か話すきっかけがあると、「三四郎を読んでる?」と訊ねるそうだ。
ある意味、小山は女性が安心して話せるタイプなのだろう。少なくとも警戒心は抱かれないと思う。
話は元に戻り、
僕が、「三崎さんとどんな話をすればいいか分からない」と言うと、小山は、
「三崎さんに合わせておけばいいんじゃない?」と言った。
彼女に合わせる・・
そんなことを言われても、僕は未だ彼女のことを何も知らなかった。知っているのは名前とその容姿だけで、三崎涼子の趣味や家族などの環境も知らないし、性格も気性も何もかも知らなかった。
僕が「難しい」と困ったように言うと、小山はこう言った。
「たぶん、三崎さんは、北原くんと気が合うと思うよ」
彼女が僕と気が合う?
その言葉もさっぱり分からなかった。
続けて小山はこう言った。
「三崎さんは、北原くんとならつき合うと思うけどなあ」
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そんな夢みたいな話を、小山は淡々と言った。
いつものように、「このお菓子、君にあげるよ」と、そんな口調だった。
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