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室内灯の傘①
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◆室内灯の傘
取り敢えずは良かった。母の悲しむ顔を見ずに済んだ。
ゆっくり義父を階下に降ろすことにしよう。そして、母の帰りを待つことにしよう。
「お義父さん、ゆっくり下に降りてください。気分が悪いのでしたら、トイレで戻してください。じきにお母さんが帰ってくると思います。それとも救急車を呼んだ方がいいですか?」
そう声をかけた時、ある異変に気づいた。
あれ?
・・さっきまでの苦悶の声が聞こえない。義父はもう苦しんでいないのか? それどころか先を歩く様子もない。じっとしている。息遣いだけが聞こえる。
「はあ、はあ」と声が高ぶっている。
気がつくと、義父の腹に回した私の手に義父の手が添えられていた。体を支える為に私の手を持っているのではない。明らかにそうではないことが分かる。
何故なら、義父の手は私の手の甲を撫で回すように摩っているからだ。
「くっ、くっ」と断続的な笑い声が聞こえた。笑いたくないのに、自然と声が洩れるような声だ。
「おお、さゆりの手の肌、すべすべで柔らかくていいなあ」
さっきまでと様子が全然違う!
どういうことなのっ?
義父のイヤらしい手を振り解こうとしたが、物凄い力だ。私が逃げられないように両腕をしっかりと握り締めている。それだけではなく、更に私の両腕をぐいと自分の方へと引き寄せた。
そのせいで、私の顔は義父の背中に押し付けられるようになった。
すごい悪臭だ。煙草の匂い、汗の匂い、中年の独特な匂い、それら全てが奔流となって鼻孔に流れ込んできた。
強烈な吐き気が胸を襲った。「やめてください」と言った声がくぐもってしまい。その意味を成さなくなる。
私は体を揺さぶって義父から逃れようとしたが、義父は私の両腕を引き付けたまま体をぐるりと回転させた。
嘘でしょ!
あろうことか私と義父は向き合ったまま体を密着させることになってしまった。
義父が私を見下ろしている。ニヤニヤ笑いが止まっていない。こんなに緩んだ顔の人を見たのは初めてだ。
義父の口元から涎がつーっと垂れてきた。
いやっ!
声を出してはいけない。口を開けると、運が悪ければ、そのドロリとした液体が口腔に入ってしまう。
私は口をつぐみ顔をそむけた。けれど、うまく顔が動かせない。何故なら義父の出っ張った腹のせいだ。
垂れてきた涎は幸いにも私の肩に落ちて助かったが、私の顔は義父の腹に埋もれてしまった。抜け出せない上に物凄く臭い。
こんなのってないわ!
私は義父の危機を救ったのに、どうしてこんな目に遭うの!
取り敢えずは良かった。母の悲しむ顔を見ずに済んだ。
ゆっくり義父を階下に降ろすことにしよう。そして、母の帰りを待つことにしよう。
「お義父さん、ゆっくり下に降りてください。気分が悪いのでしたら、トイレで戻してください。じきにお母さんが帰ってくると思います。それとも救急車を呼んだ方がいいですか?」
そう声をかけた時、ある異変に気づいた。
あれ?
・・さっきまでの苦悶の声が聞こえない。義父はもう苦しんでいないのか? それどころか先を歩く様子もない。じっとしている。息遣いだけが聞こえる。
「はあ、はあ」と声が高ぶっている。
気がつくと、義父の腹に回した私の手に義父の手が添えられていた。体を支える為に私の手を持っているのではない。明らかにそうではないことが分かる。
何故なら、義父の手は私の手の甲を撫で回すように摩っているからだ。
「くっ、くっ」と断続的な笑い声が聞こえた。笑いたくないのに、自然と声が洩れるような声だ。
「おお、さゆりの手の肌、すべすべで柔らかくていいなあ」
さっきまでと様子が全然違う!
どういうことなのっ?
義父のイヤらしい手を振り解こうとしたが、物凄い力だ。私が逃げられないように両腕をしっかりと握り締めている。それだけではなく、更に私の両腕をぐいと自分の方へと引き寄せた。
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強烈な吐き気が胸を襲った。「やめてください」と言った声がくぐもってしまい。その意味を成さなくなる。
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嘘でしょ!
あろうことか私と義父は向き合ったまま体を密着させることになってしまった。
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いやっ!
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垂れてきた涎は幸いにも私の肩に落ちて助かったが、私の顔は義父の腹に埋もれてしまった。抜け出せない上に物凄く臭い。
こんなのってないわ!
私は義父の危機を救ったのに、どうしてこんな目に遭うの!
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