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三つ編み①
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◆三つ編み
中谷さんは工場長に向き直って、
「木村さん、小山田さんに何てことをするんだ!」と怒鳴った。
「あの女が、みんなの見ている前で、あることないことを言うからだ!」
工場長は真っ赤な顔で反論した。
こいつには何を言っても無駄だ・・中谷さんの怒りが頂点に達し、工場長の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした時、
女性社員の悲鳴が聞こえた。
女性社員の一人が、小山田さんが埋もれていた場所を指し、
「小山田さんの頭・・」と声を震わせていた。
同時に経理部長が「わあっ」と大人げない驚きの声を上げた。
驚くのも無理はなかった。
小山田さんは、よろりと起き上がっていた。だがその顔は血だらけだった。
「小山田さん・・だ、大丈夫か?」
中谷さんが声をかけたが、すぐに彼女の異変に気がついた。
小山田さんの髪にあるはずの物がなかったのだ。
無くなったのは、彼女の大事な三つ編みだった。
中谷さんが、小山田さんの顔を凝視していると、彼女は「へっ?」と首を傾げ、
「中谷係長、私の顔、なんか、おかしいですか?」と訊いた。
課員たちは、小山田さんに起こった現象を即座に理解した。
小山田さんが倒れ込んだ場所に、シュレッターが倒れていたのだ。工場長に突き飛ばされた際に、彼女の体がぶつかり倒れたのに違いない。
その時の誤作動で、彼女の三つ編みがシュレッター口に吸い込まれたと思われた。
機械の異様な音はシュレッターの音だったのだ。
シュレッターは転倒すれば安全装置が働き動作はストップするはずだ。それが機能しなかったとしか考えられない。
彼女の顔が血だらけなのは、機械が彼女の髪を吸い込もうとした際に、彼女の髪と一緒にその頭皮・・肉も引っ張り込もうとしたのだろう。
だが不思議なことに小山田さんは自分の大怪我に気づいていなかった。彼女の痛覚が麻痺しているのか、それとも何か別の力が作用しているのか。
小山田さんは、自分が皆の注目を浴びていることをおかしいと思ったのか、ようやく事態に気づいた。
彼女は、頭にあるはずのものを探すようにした後、
「あああっ!」
小山田さんは頭を抱え込み大きく叫んだ。
「私の髪が・・・髪がああああっ!」
痛みよりも大事な髪を失ったことの方が精神的ダメージが大きかったみたいだ。
頭髪をベタベタと触りまくるので、血がそこら中に飛び散った。どこかの皮膚片がポタリと落ちた。
すぐに強烈な痛みが彼女を襲ったのか、頭を抱えたままへたり込んだ。
声も上げずその状況を見守っていた女性社員たちが、ようやく非難の目を工場長に向けた。
「何てひどいことを!」
「女を女とも思っていないんだわ」
中には顔を覆って小山田さんの状態を正視できない課員もいたそうだ。
総務部長が、「はやく、小山田さんを病院に!」と声を張り上げ、
「警察も呼ぶんだ! 男性社員は、皆で工場長を押さえろ!」と指示した。
その緊迫した様子に、工場長は後ずさり、
「わ、私は悪くないぞ!」と声を震わせて言った。
そして、「そんなことまで知るか。私はただ・・」と言いかけ、その後の言葉が続けられない。状況が自分に不利であることに気づいたのだろう。
「最低!」
「セクハラ男!」
さっき小山田さんが放った言葉を他の女性課員が口ぐちに言い始めた。
「あんな人がうちの会社にいたなんて信じられない!」
「事務の山下さんも可哀相よ。いいように弄ばれていたのね」
女性課員は彼を非難し、男性社員は部長の指示通りに捕まえようと詰め寄ってきた。
工場長の木村さんは、立ち去ることもできず、課員たちを正視することもできずに、中谷さんの方へ向き直った。
「お前も見ていたよな」と確認しながら、
「あの女が急に現れて、おかしなことを言い始めるからだっ。俺は悪くない!」と叫んだ。
工場長が喚き立てた時、その異変は怒った。
工場長の顔面が、何かで塞がったのだ。
顔を塞いでいるのは細い棒のようなものだ。数本の格子のように彼の顔に垂れている。
いや、棒が垂れているのではない。細く長い5本の指が、工場長の頭を丸ごと掴み込んでいるのだ。
それは三つ編みを失った小山田さんの右手だった。
女性課員たちは、あれほど細く長い指は、通常の人間では考えられない。他の誰か別の人間の指に見えた、と言っていた。
その細く長い指は、まるでゲームセンターのクレーンゲームのアームのように、真上から商品の本体をパクッと包み込んでいた。
けれど、頭は商品ではない。強く掴み過ぎると潰れてしまう。
その不気味な光景は課員たちを驚かせるには十分だった。
「小山田さん、いったい何をしているの?」と女性課員が騒ぎ、
「あれは、本当に小山田くんなのか?」と経理部長が驚きの声を上げた。
工場長を捕まえようとしていた男性課員たちはこの様子に怯んでしまっている。
当の工場長は、自分の状況が理解できないのか、「へっ?」と間の抜けたような声を上げた。
細い指の間に工場長のギョロリとした目が見えている。
何が自分の顔を塞いでいるのか、分からないのだろう。
その顔からタラタラと血が流れている。その血は、自分の頭皮を触りまくった小山田さんのものだ。彼女の頭から肩にかけて血が流れている。出血が止まらないようだ。
その小山田さんの口から「はああああっ」と長い息を吐くような音が漏れた。
だが、この声質・・小山田さんのものではない。課員たちはそう思ったらしい。
「なんだか、寒いわ・・」
一人の女子が両腕で胸を抱きしめだすと、他の課員も同じように「やだ、どうしてこんなに冷えるの?」と騒ぎ始めた。
寒さに震える女性課員の一人が、「見て、小山田さんの指!」と指した。
「どうして、あんなに指が長いの・・」
長身の小山田さんに掴まれた工場長の頭蓋骨に長く細い指がめり込んでいる。
小山田さんは、意識せずこのようなことをしているのか、無表情のまま「おっ、おっ、おっ」と断続的な声を上げていた。
中谷さんは工場長に向き直って、
「木村さん、小山田さんに何てことをするんだ!」と怒鳴った。
「あの女が、みんなの見ている前で、あることないことを言うからだ!」
工場長は真っ赤な顔で反論した。
こいつには何を言っても無駄だ・・中谷さんの怒りが頂点に達し、工場長の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした時、
女性社員の悲鳴が聞こえた。
女性社員の一人が、小山田さんが埋もれていた場所を指し、
「小山田さんの頭・・」と声を震わせていた。
同時に経理部長が「わあっ」と大人げない驚きの声を上げた。
驚くのも無理はなかった。
小山田さんは、よろりと起き上がっていた。だがその顔は血だらけだった。
「小山田さん・・だ、大丈夫か?」
中谷さんが声をかけたが、すぐに彼女の異変に気がついた。
小山田さんの髪にあるはずの物がなかったのだ。
無くなったのは、彼女の大事な三つ編みだった。
中谷さんが、小山田さんの顔を凝視していると、彼女は「へっ?」と首を傾げ、
「中谷係長、私の顔、なんか、おかしいですか?」と訊いた。
課員たちは、小山田さんに起こった現象を即座に理解した。
小山田さんが倒れ込んだ場所に、シュレッターが倒れていたのだ。工場長に突き飛ばされた際に、彼女の体がぶつかり倒れたのに違いない。
その時の誤作動で、彼女の三つ編みがシュレッター口に吸い込まれたと思われた。
機械の異様な音はシュレッターの音だったのだ。
シュレッターは転倒すれば安全装置が働き動作はストップするはずだ。それが機能しなかったとしか考えられない。
彼女の顔が血だらけなのは、機械が彼女の髪を吸い込もうとした際に、彼女の髪と一緒にその頭皮・・肉も引っ張り込もうとしたのだろう。
だが不思議なことに小山田さんは自分の大怪我に気づいていなかった。彼女の痛覚が麻痺しているのか、それとも何か別の力が作用しているのか。
小山田さんは、自分が皆の注目を浴びていることをおかしいと思ったのか、ようやく事態に気づいた。
彼女は、頭にあるはずのものを探すようにした後、
「あああっ!」
小山田さんは頭を抱え込み大きく叫んだ。
「私の髪が・・・髪がああああっ!」
痛みよりも大事な髪を失ったことの方が精神的ダメージが大きかったみたいだ。
頭髪をベタベタと触りまくるので、血がそこら中に飛び散った。どこかの皮膚片がポタリと落ちた。
すぐに強烈な痛みが彼女を襲ったのか、頭を抱えたままへたり込んだ。
声も上げずその状況を見守っていた女性社員たちが、ようやく非難の目を工場長に向けた。
「何てひどいことを!」
「女を女とも思っていないんだわ」
中には顔を覆って小山田さんの状態を正視できない課員もいたそうだ。
総務部長が、「はやく、小山田さんを病院に!」と声を張り上げ、
「警察も呼ぶんだ! 男性社員は、皆で工場長を押さえろ!」と指示した。
その緊迫した様子に、工場長は後ずさり、
「わ、私は悪くないぞ!」と声を震わせて言った。
そして、「そんなことまで知るか。私はただ・・」と言いかけ、その後の言葉が続けられない。状況が自分に不利であることに気づいたのだろう。
「最低!」
「セクハラ男!」
さっき小山田さんが放った言葉を他の女性課員が口ぐちに言い始めた。
「あんな人がうちの会社にいたなんて信じられない!」
「事務の山下さんも可哀相よ。いいように弄ばれていたのね」
女性課員は彼を非難し、男性社員は部長の指示通りに捕まえようと詰め寄ってきた。
工場長の木村さんは、立ち去ることもできず、課員たちを正視することもできずに、中谷さんの方へ向き直った。
「お前も見ていたよな」と確認しながら、
「あの女が急に現れて、おかしなことを言い始めるからだっ。俺は悪くない!」と叫んだ。
工場長が喚き立てた時、その異変は怒った。
工場長の顔面が、何かで塞がったのだ。
顔を塞いでいるのは細い棒のようなものだ。数本の格子のように彼の顔に垂れている。
いや、棒が垂れているのではない。細く長い5本の指が、工場長の頭を丸ごと掴み込んでいるのだ。
それは三つ編みを失った小山田さんの右手だった。
女性課員たちは、あれほど細く長い指は、通常の人間では考えられない。他の誰か別の人間の指に見えた、と言っていた。
その細く長い指は、まるでゲームセンターのクレーンゲームのアームのように、真上から商品の本体をパクッと包み込んでいた。
けれど、頭は商品ではない。強く掴み過ぎると潰れてしまう。
その不気味な光景は課員たちを驚かせるには十分だった。
「小山田さん、いったい何をしているの?」と女性課員が騒ぎ、
「あれは、本当に小山田くんなのか?」と経理部長が驚きの声を上げた。
工場長を捕まえようとしていた男性課員たちはこの様子に怯んでしまっている。
当の工場長は、自分の状況が理解できないのか、「へっ?」と間の抜けたような声を上げた。
細い指の間に工場長のギョロリとした目が見えている。
何が自分の顔を塞いでいるのか、分からないのだろう。
その顔からタラタラと血が流れている。その血は、自分の頭皮を触りまくった小山田さんのものだ。彼女の頭から肩にかけて血が流れている。出血が止まらないようだ。
その小山田さんの口から「はああああっ」と長い息を吐くような音が漏れた。
だが、この声質・・小山田さんのものではない。課員たちはそう思ったらしい。
「なんだか、寒いわ・・」
一人の女子が両腕で胸を抱きしめだすと、他の課員も同じように「やだ、どうしてこんなに冷えるの?」と騒ぎ始めた。
寒さに震える女性課員の一人が、「見て、小山田さんの指!」と指した。
「どうして、あんなに指が長いの・・」
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