土人形のコリンズ男爵は愛しの大魔導師様を幸せにしたいのだけれど。

梅村香子

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最終話

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小鳥たちが鳴いて、朝を告げている。
それらは、庭木の端や屋根の上を、楽しそうに飛び跳ねては、日光浴をしていた。
少し前まで、目の前の家が凍りついていたとは、知りもしない様子で――

「起きて……朝だよ」

氷が消えて、十五年ぶりに穏やかな日常を取り戻したコリンズ男爵家。
二階にある寝室のベッドの上では、兄弟が朝の目覚めを迎えようとしていた。

「ア~ニ~? 起きよう。ね?」

小鳥のさえずりを聞きながら、エリオットは自分にしがみついて寝ているアーノルドの背中を優しく撫でる。
色々あって三歳年上になった弟だが、相変わらず朝が弱い。
むしろ、十五年前より、起床に時間がかかるようになった気がする。
けれど、面倒だとは思わなかった。
ゆっくりと目を覚ます弟を見守るのは、幸せなひと時だ。

「ほら。ティムは、もう起きてるよ」

枕元に置いてある、うさぎのぬいぐるみを引き合いに出して、広い肩をそっと揺さぶる。
しかし、アーノルドは起きるのを拒むように、エリオットの胸に顔を擦りつけてきた。
今日も、なかなか手ごわそうだ。
弟の体をぎゅっと抱きしめながら、エリオットは柔らかく目を細めた。


コリンズ家の氷が消えた直後、帝都は大騒ぎとなった。
人類の脅威である魔力共鳴を、大魔導師が世界の常識をくつがえして、完全に解明した。
十五年前の悲劇を知っている人々は驚嘆して、すぐに帝都中がコリンズ家の話題一色となった。
すると、我が家に数多の野次馬が押しかけてきてしまい、アーノルドが思いきり顔をしかめたのは記憶に新しい。
好奇の目により、我が家での生活がお預けになったのは残念だったが、その間に盗賊が全員捕まったことは嬉しかった。
先祖の魔力を奪いにきた者も、彼らの拠点であるリントン王国にいた残党も。
一人残らずしっかりと逮捕され、帝国と王国のそれぞれで刑罰に処されることが決定した。
犯罪歴の長い、大きな盗賊団だったらしく、厳罰はまぬがれないだろう。
ちなみに、コリンズ家に莫大な魔力が封じられているのは、一部の関係者のみが知る極秘事項になった。
広く知られてしまえば、再び犯罪に巻き込まれる可能性もあるので一安心だ。
そうして、帝都民の嵐のような好奇心が落ち着いた頃。
十五年ぶりに、兄弟での穏やかな生活が始まった。
二十四歳の弟は、九歳のころよりも輪をかけて甘えん坊だ。
食事から風呂から、ちょっとした移動まで、いつも一緒じゃないと気が済まない。
もちろん、ベッドの上でも……だ。

「アーニー。いい子だから、目を開けよう?」
「…………」
「僕、朝ごはん食べたいなぁ」
「……っ」
「一緒に作ったマフィン、まだ残ってるから食べようよ」

食欲を刺激すると、アーノルドの体がもぞりと動く。
よし。今日は朝ごはんをチラつかせると起きてくれそうだ。
オリバーの時に、すっかり料理好きになってしまい、我が家に戻ってからも、色々と作るようになった。
魔法省ではシチューだけの弟だったが、今では何でも嬉しそうに口にしてくれる。
それが楽しくて、料理本を片手に台所に立っていたら、アーノルドはエリオットが作ったものしか食べなくなってしまった。
シチューしか食べないよりはマシだが、料理初心者には少しばかり荷が重い。
けれど、弟の食欲旺盛おうせいな姿を見ていると、もっと色んなものを食べさせてあげたくなり、つい新たな料理本を手にする日々を送っていた。

「シチューもいっぱい作ってあるよ。食べる?」
「……うん……」

小さく返事が返ってくる。
しかし、まだ起床する気はないようだ。
いつもなら気長に待つところだが、今日はそうもいかない事情があった。

「今日は魔法省に行く日でしょ? そろそろ起きないと、朝ごはんを食べる時間がなくなるよ」
「…………」

本日の予定を告げると、アーノルドは無言で強く抱きついてきた。
しまった。出勤を理由に急かすのは逆効果だったか。

兄を魔力共鳴から救うと、用は済んだとばかりに、大魔導師は魔法省から姿を消した。
共鳴の研究成果を全て魔法省に譲渡して、今度はコリンズ家に引きこもったのだ。
そして、大魔導師のくらいを返上するとまで言い出したので、帝国側は騒然とした。
現在、アーノルド・コリンズは世界的英雄だ。
アーノルドの偉業のおかげで、世界中の被災地が、続々と魔力共鳴から解放されはじめている。
これから研究を進めていけば、共鳴を未然に防ぐことも可能になっていくだろう。

そのためにも、大魔導師には共鳴研究の第一人者として、引き続き世界的に活躍してもらいたい――!

というのが、帝国の望みだ。

それを全て拒否するというのだから、関係者は慌てて引き止めようとした。
兄としては弟の思いを最優先したいところだが、帝国側の気持ちもよく分かる。
お互いの妥協点を見つけてもいいのでは? と思い、何度も兄弟で話し合った。
その結果、コリンズ家で自由気ままに研究を行うことを条件に、アーノルドは大魔導師を続ける選択をした。
帝国側からすれば不本意かもしれないが、穏やかな生活を最優先したいエリオットたちにとっては、これぐらいが丁度いい。
アーノルドも今の暮らしがすっかり気に入った様子で、魔法省には近寄りもしなくなった。
しかし、今日は重要な会議。
スティーヴンから、これだけは絶対に出席するようにと厳命されていた。

「コリンズ先生っ。今起きたら、シチュー大盛りですよ!」

すぐに起きてもらうには、どうすればいいか。
本気で二度寝しようとしているアーノルドを前に少し悩んで、オリバーになりきってみることにした。
すると、アーノルドが小さく笑う。
いい感じだ。

「マフィンも好きなだけ食べていいですよ。ハムに卵にジャムに……先生は、何をはさむのが好きですか?」
「兄さんと食べるなら、何でも好き」
「アーニー……」

愛情に満ちた言葉が嬉しくて、弟の頬を思いきりナデナデすると、笑い声が大きくなった。

「兄さん、くすぐったいよっ」
「起きるまで続けるよ」
「分かった。起きる、起きるからっ」

やっと目を開けたアーノルドと、じっと見つめ合う。
カーテンの隙間から入る朝日に輝く漆黒の瞳は、今日もとびきり美しかった。

「おはよう、兄さん」
「おはよう、アーニー」

朝の挨拶を交わすと、アーノルドが喜びを噛みしめるように微笑んだ。
十五年前から変わらない、エリオットの好きな笑顔だ。

「兄さん……」
「ん?」
「……今日の会議、行かないとダメ……?」
「スティーブが大事な会議だって言ってたからね。きっと、帝国一番の魔法使いである、アーニーの意見を聞きたいんだよ」
「それなら、兄さんもだ」
「えっ? いやっ、僕たちの魔力は共鳴したままだけど、さすがにそれは――っ」

極端な弟の言葉に、兄は思わず声を大きくした。
アーノルドは兄弟の共鳴を永遠に解く気はないようで、互いの魔力はすっかり一つに溶け合ってしまった。
弱小魔法使いが、突如として強大な魔力を得たようなもので、エリオットは現在も大混乱中なのだけれど……。

「兄さんと俺は一心同体だよ」

アーノルドは、兄の戸惑いなど露知らず。
無邪気な顔で、エリオットの頬に口づけてくる。

「……大魔導師様と魔力が一つだなんて、おそれ多いね」
「そんな寂しい言い方しないでよ。兄さんは魔法学をしっかり勉強してるんだし。すぐに高位魔法も使えるようになるよ」

最近、エリオットはアーノルドから魔法学を習っている。
少し前に、魔法学校に通わなかった後悔を口にしたら、『俺が教える!』と言って、弟は目を輝かせた。
大魔導師に先生をお願いするなんて、とんでもなく贅沢な話だ。
手間をかけるのも申し訳なかったのだが、アーノルドはやる気満々。
基本的な魔力制御、魔法の成り立ち、呪文のしくみ。
幼い子が学ぶようなことを一から丁寧に教えてくれて、エリオットは楽しく魔法を学んでいた。

「ねぇ、兄さん。朝ごはん食べたら、魔法の勉強をしようよ……」

エリオットをぎゅうぎゅうと抱きしめて、アーノルドは魔法省へ行くのを嫌がった。

「アーニー。会議はそんなに長くないって聞いてるし、頑張ってみよう?」
「…………」
「魔法省には、僕も一緒に行くから」

ぐずる弟を説得していると、大きな手が腰から尻の辺りを撫でてくる。
そして、寝間着の中に入ってこようとして――

「あ、アーニーっ。だ、だめだよっ」

エリオットは、あらぬ動きをする手を、慌ててつかんだ。
今から甘い時間に突入してしまったら、確実に会議は欠席になってしまう。

「つ、続きは、その……夜にしよう? ね?」

弟の唇にちゅっと軽く口づけてなだめると、すねていた表情がキリっと引き締まった。
会議に出席する気になってくれたのだろうか。
真剣な顔つきになったアーノルドは、強い決意をにじませた声で言った。


「俺……もう魔法省には行かない。ずっと兄さんと一緒にいる」





おわり








アーニーの幸せは、僕の幸せ





皆さん、大変お疲れ様でございましたっ。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!!
いいねやエール、感想も、非常に励みになりました。
感謝感激でございます!!
想定より連載期間が長くなりまして、待っていてくださった方には、本当に申し訳なく……!
無事にコリンズ兄弟を幸せにできて、ほっと安堵しています。
次ページには、今作への思いやAIイラストなどを載せております。
よかったら見てやってください!
それでは、誠に誠にありがとうございました~!!
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