悪夢の淵までさよなら

野木千里

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夢叶うまで

集められた花々

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 美しい令嬢たちが床に花を伏せたような立派ドレスを身にまとい、鈴をくすぐったような声をあげて話している。

 付き添いの親族の声も楽しげだ。すでに王子に選ばれるわけがないと思っているのか、見合いの相談をしている者もいる。私たちもその輪の中に入りたいところだ。

「オディリア・ベルトラム子爵夫人並びにエラ・ベルトラム子爵令嬢!」

 名前が呼ばれ広間に出ると、広間は水を打ったように静まり返った。
 令嬢たちのドレスは淡い桃色、黄色、空色、若草色と豊富で、繊細なレースやリボン、果ては宝石が眩《まばゆ》いばかりに縫い付けられている。それに比べれば、小さな真珠粒を取り付けただけのエラのドレスは地味すぎた。だが、貴族たちの視線は嘲笑ではなかった。まさに呆気に取られたような、そんなため息が聞こえてくる。

 エラは自分がじっと見つめられていることに気づくと、やや困惑したように、そして気はずかしそうに口元を扇子で覆った。

「お姉様、こんなに見られたら恥ずかしいわ」
「壁際に立っていなさい。猫や犬を見つけても撫で回したりしないで、へらへらと町娘のように笑ったりしないで、大人しくしていること」
「言われなくてもそうしているつもり」

 私たちの進む方に向かって人が割れ、なんとも居心地が悪い。地方の舞踏会に何度かお邪魔したことはあるが、こんなことは今まで一度もなかった。その時の私も壁際で大人しく立たされて、母が見繕ってきた男の人と話したり踊ったりしていた。
 今にして思えば、母は私が心配でたまらなかったのだろう。今の私と同じように。

 壁際にただ立っているだけでも、エラは注目の的だ。

「ベルトラム子爵夫人。お久しぶりです」

 声をかけられて振り返ると、人当たりの良さそうな壮齢の男が立っていた。

「ゼーベルク伯爵。お久しゅうございます」

 彼は何度か私を舞踏会に招待してくれた親交のある領主だ。母亡き後に私を助けてくれた人でもある。
 心優しく、誠実な彼には、いつも本当に良くしてもらっている。そろそろエラもお茶会に出しても良い頃かもしれない。頼んでみようか。

「いつも話しておられた妹君があんなにお美しいとは……」
「伯爵令嬢も、噂に違わぬお美しさですわ」

 私は視線を群衆の中に向ける。
 彼が連れてきたのは末娘だろうか。15、6歳といったところか。見るからに思慮深そうな娘で、王宮ウケも良さそうだ。伯爵令嬢でなければ間違いなく一番初めに王妃候補に挙がっていただろう。

「随分緊張されていますね」

 ゼーベルク伯爵はエラをちらと見ると微笑ましそうに頬を緩めた。

「ええ、初めての舞踏会ですもの。お前は選ばれることはないのだから安心しなさいと声をかけたのですが……」

 楽しい談笑の背後で咳払いが聞こえた。

 振り返ると、難しい顔をした王宮仕えの男が、私に耳打ちをするために身を屈めた。
 ひやり、と嫌な冷たさが胸の中に落ちた。彼の身に纏った血のように赤い布が目に焼き付いて離れない。

「ベルトラム子爵令嬢は選ばれました。どうぞ、前まで」

 誰に、何を。
 そんなことを問うことなど決してできない。
 そのためにこの場にいる花々は国中から集められてきたのだから。

 私はエラに視線をやると、宮仕えについていくように視線をやった。
 エラはやや緊張した面持ちで玉座の方へ向かって歩き出す。彼女が歩くたびに人の群れが割れる。舞踏会とはそういうものかと勘違いしてることだろう。
 
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