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夢叶うまで
たった一つの願いごと
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王宮からやってきた男たちが家の前にずらりと並ぶと、真っ白い馬車が家の前に停まった。村人たちが集まって不思議そうにその光景を眺めている。
青々と茂った木々に白い馬車が映える。
中から立派な刺繍をした上着を羽織った男が出てきた。顎をつんと上げ、『権威』を指し示すようにうんざりするほど遅く降りてくる。
「ベルトラム子爵夫人、エラ嬢はどちらに?」
「おりません」
「本日迎えに上がると手紙を差し上げました。どちらに?」
エラが王子妃に選ばれたと分かったのは、迎えの日だけが書かれた手紙だった。
王子妃のためのパレードの準備の連絡会でも相手は知らされず、まさかこんなに足早に連れて行かれるなんて想像もしていなかった。手元で育てていた娘を掠め取られる。まさにそんな表現がぴったりだ。
馬車から降り立った男は私をジロリと睨みつけた。
「エラ・ベルトラム子爵令嬢はおりません」
私が服の裾を持ち上げあの靴を覗かせると、男は顔を顰めてじっと眺めた。
痛みに痙攣し、まともに立っていられないほどに熱い。最早つま先の感覚はなかった。
「それは……」
男は呆気に取られて息を飲み込み、奮い立たせるように頭を軽く振った。
「これがどういうことかお分かりか、ベルトラム子爵夫人」
「……わかりかねます」
本当に、わからないのだ。
さっきから自分が何をしているのか、なぜこんなに意固地になって、義理の妹の結婚を邪魔しているのか。こうなってしまってはもう戻れない。そんなことしか頭にない。
「正式な嫡子《ちゃくし》がいないのであれば、ベルトラム家は廃嫡《はいちゃく》となります。あなたも子爵夫人の地位を剥奪されますが、お分かりか」
「……初めからそのつもりです」
言葉と共に、足元から火が噴き上がる。
まるで、私を包み込むように。
周囲から悲鳴が上がる。王宮からの使者たちが恐怖に顔を歪ませ、村人たちが水を持って走ってくるのが見えた。
「帰ってください! 二度と来てはなりません!」
さっきまですまし顔で私を見下ろしていた男が、転がり込むように馬車に飛び込み、扉も閉め切らないままに馬車が逃げていく。
村人たちが水を私にかけるが、炎の勢いは止まらない。
「エラを……よろしくね……塔の一番上に、いるわ……」
誰かが塔の方へ駆け出して行った。
走り去っていく赤い靴が若草に眩しい。
1人、また1人と私から視線を逸らせて逃げていく。それで良い。こんな姿を誰にも見られたくない。
震える足が、まるで踊りでも踊るかのように庭に足を進めた。熱くて脱ぎたくてたまらないのに、愛の靴は決して私から離れない。
痛い。
痛い熱い苦しい悲しい怖い。
炎は燃え広がらず、私を罰するようにまとわりついては肌や髪を焼いた。地獄の業火というものが本当にあるのならば、きっとこれのことだ。神はこのようにして罪人に裁きを下されるのだ。
誰かに助けを求めたかったのだろうか。私は太陽があると思った方を見上げた。
空に向かって伸びる塔。窓辺に、金髪の少女が座っている。
「お姉様」
そう聞こえた気がした。
音が遠い。
景色はどこまでも眩しい。
青い空、どこまでも広がる染まりかけた麦畑。ニワトコの白い花といちごの甘酸っぱい香り。
この夢のような庭で、誰かがいるところで、ずっと生きていたかった。
「夢は、叶うのね……」
叶わないのなら、死にたかった。それだけだ。
目尻から涙がこぼれ落ち、業火に焼かれて消えた。
私は明るい日差しの中で死んで良いと、誰かに認められたかっただけなのかもしれない。そして、このたった一つの願いのために生きていたのかもしれない。
◇
塔の階段を登る少女がいた。
無垢な金髪、寝巻きのように白い服。
1人の人間が階段を登っているとは思えないほど静かな足音。まるで猫が登っているかのような。
彼女は自分の首にかけていた小さな鍵を外すと、そっと鍵穴に差し込んだ。
部屋の中ではエラが静かに泣いていたが、誰かが部屋の鍵を開けたことに気づいてそっと扉を開けた。
「誰なの……?」
すみわたる青空のような声に返事はなかった。足元には灰で汚れた猫の足跡があったが、もうどこかに行ってしまったらしい。扉に刺さっているはずの銀の鍵もない。
「誰が開けてくれたの……?」
返事のない廊下に、エラの声が響く。
エラは階段の窓からそっと庭を覗くと、美しい瞳から一粒涙を流し、階下から登ってくる村人たちのために笑顔を浮かべた。
きっと彼女はこう言うのだろう。
私は無事です。今は、魔女が去ったことを祝いましょう、と。
それが、領主としての最初で最後の彼女の仕事であることを、誇り高い彼女は知っているからだ。
青々と茂った木々に白い馬車が映える。
中から立派な刺繍をした上着を羽織った男が出てきた。顎をつんと上げ、『権威』を指し示すようにうんざりするほど遅く降りてくる。
「ベルトラム子爵夫人、エラ嬢はどちらに?」
「おりません」
「本日迎えに上がると手紙を差し上げました。どちらに?」
エラが王子妃に選ばれたと分かったのは、迎えの日だけが書かれた手紙だった。
王子妃のためのパレードの準備の連絡会でも相手は知らされず、まさかこんなに足早に連れて行かれるなんて想像もしていなかった。手元で育てていた娘を掠め取られる。まさにそんな表現がぴったりだ。
馬車から降り立った男は私をジロリと睨みつけた。
「エラ・ベルトラム子爵令嬢はおりません」
私が服の裾を持ち上げあの靴を覗かせると、男は顔を顰めてじっと眺めた。
痛みに痙攣し、まともに立っていられないほどに熱い。最早つま先の感覚はなかった。
「それは……」
男は呆気に取られて息を飲み込み、奮い立たせるように頭を軽く振った。
「これがどういうことかお分かりか、ベルトラム子爵夫人」
「……わかりかねます」
本当に、わからないのだ。
さっきから自分が何をしているのか、なぜこんなに意固地になって、義理の妹の結婚を邪魔しているのか。こうなってしまってはもう戻れない。そんなことしか頭にない。
「正式な嫡子《ちゃくし》がいないのであれば、ベルトラム家は廃嫡《はいちゃく》となります。あなたも子爵夫人の地位を剥奪されますが、お分かりか」
「……初めからそのつもりです」
言葉と共に、足元から火が噴き上がる。
まるで、私を包み込むように。
周囲から悲鳴が上がる。王宮からの使者たちが恐怖に顔を歪ませ、村人たちが水を持って走ってくるのが見えた。
「帰ってください! 二度と来てはなりません!」
さっきまですまし顔で私を見下ろしていた男が、転がり込むように馬車に飛び込み、扉も閉め切らないままに馬車が逃げていく。
村人たちが水を私にかけるが、炎の勢いは止まらない。
「エラを……よろしくね……塔の一番上に、いるわ……」
誰かが塔の方へ駆け出して行った。
走り去っていく赤い靴が若草に眩しい。
1人、また1人と私から視線を逸らせて逃げていく。それで良い。こんな姿を誰にも見られたくない。
震える足が、まるで踊りでも踊るかのように庭に足を進めた。熱くて脱ぎたくてたまらないのに、愛の靴は決して私から離れない。
痛い。
痛い熱い苦しい悲しい怖い。
炎は燃え広がらず、私を罰するようにまとわりついては肌や髪を焼いた。地獄の業火というものが本当にあるのならば、きっとこれのことだ。神はこのようにして罪人に裁きを下されるのだ。
誰かに助けを求めたかったのだろうか。私は太陽があると思った方を見上げた。
空に向かって伸びる塔。窓辺に、金髪の少女が座っている。
「お姉様」
そう聞こえた気がした。
音が遠い。
景色はどこまでも眩しい。
青い空、どこまでも広がる染まりかけた麦畑。ニワトコの白い花といちごの甘酸っぱい香り。
この夢のような庭で、誰かがいるところで、ずっと生きていたかった。
「夢は、叶うのね……」
叶わないのなら、死にたかった。それだけだ。
目尻から涙がこぼれ落ち、業火に焼かれて消えた。
私は明るい日差しの中で死んで良いと、誰かに認められたかっただけなのかもしれない。そして、このたった一つの願いのために生きていたのかもしれない。
◇
塔の階段を登る少女がいた。
無垢な金髪、寝巻きのように白い服。
1人の人間が階段を登っているとは思えないほど静かな足音。まるで猫が登っているかのような。
彼女は自分の首にかけていた小さな鍵を外すと、そっと鍵穴に差し込んだ。
部屋の中ではエラが静かに泣いていたが、誰かが部屋の鍵を開けたことに気づいてそっと扉を開けた。
「誰なの……?」
すみわたる青空のような声に返事はなかった。足元には灰で汚れた猫の足跡があったが、もうどこかに行ってしまったらしい。扉に刺さっているはずの銀の鍵もない。
「誰が開けてくれたの……?」
返事のない廊下に、エラの声が響く。
エラは階段の窓からそっと庭を覗くと、美しい瞳から一粒涙を流し、階下から登ってくる村人たちのために笑顔を浮かべた。
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