悪夢の淵までさよなら

野木千里

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この先、口を開くべからず

星の夜の約束

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 あの冷たい無彩色の世界から戻った私に、管理人さんは暖かい暖炉と飲み物を用意してくれていた。
 温かい薔薇の香りのお茶が、涙が出るほど美味しかった。

 私と管理人さんは手紙を交わし続けた。私は時々子犬を連れて、柵から外の様子を眺める日が増えていった。雪が溶けて、柵の外にも花が咲いている。

「外の世界では雪が溶けて、花が咲くんだね」

 子犬が嬉しそうに尻尾を振っている。
 私は柵の外に手を伸ばして、咲いている白くて小さい花を摘み取った。

『外でも花が咲く季節になったようです。私、見たこともないのに、緑が生い茂って、木の実がなって、また雪が降ることを知っているんですよ。そして、そういう風に時が過ぎていくことが素敵だと思っています』

 そんな手紙を出すと、管理人さんは『その心を持つ駒鳥を誇らしく思う』なんてちょっと照れくさい返事を書いてくれた。手紙には白い花の栞が添えられていた。

『ここが素晴らしい場所だと、わかっているつもりです。でもなぜか、時々胸の中がひどく寂しい。世界で一人きりで取り残されたみたい』
『私は近くにいる。心配するな』

 はらはらと落ちていく涙を拭いながら、私は手紙を書いた。

『顔を見て話すことはできませんか』

 震える手で書いただろう、皺になった返事が返ってきた。

『私は酷く醜い生き物である。楽園の一つである駒鳥にこのような姿を見せるわけにはいかない』
『あなたの歌声は綺麗です』
『ならば夜毎、駒鳥のために歌おう』

 手紙を交わすたび、あの無機質な文字を見るたびに胸が切り裂かれたみたいに痛む。それなのに私は、返事を求めて毎日手紙を書いた。

 夜毎、寝床に入ると管理人さんは私のために子守唄を歌った。どこかで聞いたことがあるような、優しい音の子守唄。
 その歌声を聞くたびに胸の中が焼けたように痛くなって、私は丸まって眠った。満たされた胸の中から涙が溢れて止まらない。

 この痛みは一体何ですか、と手紙に書いたら『郷愁である』と短くそっけない返事が返ってきた。

 本当に、管理人さんの言う通りだろうか。
 彼から返ってきた返事を持ったまま、溶けていきそうな歌声を聞く。寂しさだけじゃない胸の痛みが、窓の外の星を滲ませた。

 私が眠ったことを確認した管理人さんが、ガラスの花に触れるかのように私の手のひらにそっと触れた。

「あなたの顔が見たいな」

 私に触れていた指先が、怯えるように引っ込んだ。
 目を開けて管理人さんの方を見る。

「あなたが醜いかどうかなんて知らないわ。自分で見て感じたいの」

 暗がりの中で彼は笑った。

「楽園の主人が許せば、明朝、一番高い塔の上で待っていよう」

 ここの主人はあなたじゃないのね、と言おうとしてやめた。
 食事を支度するのも、家を整えるのも、屋敷の主人の仕事ではない。彼はこの美しい屋敷を保つための道具の一つに過ぎないのだ。ただ、ここで飼われている子犬や私と同じように。

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