一度は逃がしてあげたが、次は無いよ

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1 「でもさぁ、付き合ってたんでしょ?君たち」

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強く頭を鷲掴むと、僕の好きな人…は、その性器を僕の喉奥に打ち付ける。
苦しくて涙が出ても止めてはくれなくて……僕は、そんな酷い事をされても萎えない自らの性器に手を伸ばす。

『いつ触っていいと言った?』

『…ごめんなさ、っごめんなさい…』

『悪い子リス…もっとちゃんと咥えなさい』



……そんな妄想で手の中に吐き出した白濁液を、僕は虚しい気持ちで拭き取る。

「は~~…やってしまった」

僕は、リスの獣人で…この獣人の暮らす街の中でも、非常に小柄な体型にもさもさの尻尾……友人達も恋人には困っては居ないようだが、僕はこうして毎日自分を慰める日々だった。

僕だってモテないわけではない。
むしろ、引く手あまたと言ってもいいだろうが、どの人も僕にとっては興味の対象外。


「出勤前からこんなに出しちゃった……でも、出しておかないと…あの人の前で勃っちゃったら嫌だし」

もう身を固めている友人も多い中、こうして無謀な片思いを拗らせて、朝から自慰に耽っていた。

僕の勤め先は病院で、勤め先の少ないリス獣人でも職にありつけるよう勉強したのが功を奏し、なんとか看護師としてやっていけている。

「おはよう~」

毎朝決まった時間に出勤する僕は、オウム獣人の理学療法士との世間話が日課になっていた。

「あ、おはようございます……」

「あれ、なんか元気無い?」

「うう…朝から…また性欲が抑えられず…わーん…翔太郎さん~~」

「ああ、そうか…。今日奏は…センセイの健診に付き添う日だもんね」

最初こそ業務的な会話しか行わなかったが、数年働くにつれ、ここまで軽口が叩ける関係になった。

僕達は、同僚とはいえ下の名前で呼び合う程の仲だ。僕は奏かなで、理学療法士さんの事は翔太郎さん、と。

そして、朝から僕の性欲を駆り立てるその人……先生と呼ばれたのが僕の想い人。

「何時から?学校の健診なら行くのは昼過ぎだよね?来るの早くない?」

生真面目な僕と違い、翔太郎さんは何処かいつも気怠げで…今も恐らく勤務時間だというのに、休憩室の椅子に座り込むと僕に興味を向ける。

「午後からなんですけど…一応、持っている患者さんの容態見ておきたかったので……あと、先生と車に乗るだけで僕緊張しちゃうし…少し慣らしておきたいんです」

遠くから見ているだけでも心臓が鳴る程、僕はあの人が好きだった。


「でもさぁ、付き合ってたんでしょ?君たち」

その言葉は、僕にとって大きな棘となり心臓を貫く。

「うう…言わないでください……昔の自分が憎くなりますから…」

そう、こんなにも大好きな先生と僕は半年程前まで交際関係にあった……と思う。

忘れもしない、先生と僕がお別れした日。



『先生……キス…してもいいですか』

その時、付き合って三ヶ月程が経とうとしていた。僕は当時、数年片思いしていた先生との交際が夢の様で、今と変わらず毎日の様に、先生との…行為を想像しては、悶々と生きていたと思う。

もう我慢が出来なくなった僕は、先生にそう問うた。

黙ったままの先生に…首に腕を回し、自ら顔を近づける。だが、起こったのは唇への甘い感触ではなく、先生が僕を突き放した衝撃だった。

『奏、もう終わりにしよう。別れて欲しい』


あの日から半年なんて…僕はどうやって生きてきたのだろう。思い出しても嘘のようで…自惚れかもしれないが、先生とはうまくやってきたと思っていたから…信じられない、納得出来ないという気持ちは否めない。

だが、僕はその拒絶に耐えられず、呆気なくただの医師と看護師に戻る事となった。


「んで、お前と別れた瞬間セフレちゃん取っかえ引っ変えだろ?しかもここ数年、お前と付き合うまで僧みたいに生きてきた、堅物先生がねぇ。あの猫獣人の美人医師も振ったってのに、お前とは付き合って……結果、三ヶ月で破局、何故かヤリチン化……意味わかんねーよなぁ」

事実でしかないその言葉たち。

僕の目には、小さな海が出来上がり…今にも外に決壊し、流れていきそうだ。

それに気づいたのか、翔太郎さんが僕を抱きしめる。

「っ、どわ!悪かった、悪かったから……頼む、泣くな!患者診に行くんだろ~?お前が泣いてたら患者も困るから、な?なっ?」

すんでのところで溜まった涙を一生懸命ティッシュに吸わせ、僕は目を腫らせずに済んだのは幸いだった。





「今日はお身体どうですか?」

翔太郎さんが必死に慰めてくれたお陰もあり、患者さん達の前には笑顔で出る事が出来た。

僕の上半身分くらいある尻尾を抱きながら、午後の健診までに、診終わる様に走り回る。

「ああ、奏ちゃん…今日は凄くいいよ」

「良かった、僕…今日は学校の健診で午後はおりませんから…何かあったら他の看護師に、ちゃんと伝えて下さいね」


患者さん達に、口々に言われるありがとうは…先生に拒絶された僕の心を唯一癒してくれる暖かな存在。

今朝の涙も忘れる程に機嫌を取り戻し、ナースステーションへと向かう。

だが、先生の凛とした立ち姿をステーション内に見つけ、僕の心はまたしても苦しみの中に引き戻された。

「奏」

この人は、今でも僕を……そう呼ぶ。

「っ、あ…先生……健診、もう向われますか?まだ少し早いけど、準備出来ているのでいつでも仰ってください」

僕は、あくまで医師に接する様にそう呟くと、先生は無言のまま僕の後ろに立った。

「……先生?もう行くんですか?」

「奏、あの男に何かされたのか」

地を這う様な低い声……そして…先生の人差し指で僕の後ろ髪を優しく梳く。

それだけで…泣きそうになるくらいに心臓が痛い。

「……あのおとこって、」

「理学療法士の」

「……っ、ああ…翔太郎さん…?何かって、何ですか」

「今朝、あいつに抱き締められて泣いてたでしょう」

見られていたのか……でも、何故泣いていたか知らない態度の先生は、話の内容までは聞いていなかったらしい。

「……ちょっと、悲しい事があったから…話していたら泣いてしまっていたんです、翔太郎さんは慰めてくれて…」

先生は、車のキーを取ると出口に向かって歩き始め、僕はそれに付いていく形になった。

「そうですか、あまり……院内で……いや、違う…あの男に……いや、何でもない。泣く程に嫌な事があったのなら、休暇はちゃんと申し入れなさい」

先生は、なかなか僕の苦しい片思いを終わらせてはくれない。

別れてからも……先生が交際関係で無い人達と寝ていても……こうして、先生は僕に優しくするのだ。

先生、教えて……なんで、僕とはキスもしてくれなかったのに他の人は抱くの。


僕はもうせんせが分からない。
本当は僕の知らないこの人の一面があり、最低な男だったという事なのか…僕に食指が動かず遊び癖が出来てしまったのか。

そう結論づけないとこの人に対する整理が出来ない。

セフレを取っかえ引っ変え作っては、最悪な形で拒絶した元恋人にも優しくする先生。

僕も、セフレの一人にしてくれたらいいのに。

そんな風に思い始めてから、先生への劣情を抱えた僕の妄想は、今朝みたいなクズ男に性欲処理に使われる僕、という構図になっている。

「奏?」

うまく返事が出来ないでいる僕に、先生が詰め寄った。肯定しか許さない様な圧で見下ろす。

「……はい」

「君は小さい、あまり密室で男性と二人きりになると何があるか分からないから…なるべく気をつけるように」


僕にずっと期待を持たせては恋心を離してはくれないこの人を、酷く好きな事が悔しかった。

付き合ってた時にしてくれたみたいに、助手席のドアを開けてくれて、挟まない様に尻尾を持ち上げ僕に抱かせる。

なんでこの人は……あの時と何も変わらずに居られるんだろう。





「頑張ったね、偉かったね、お大事にしてください」

まだ相手は小学生、泣いてしまう子が多い中…この検診室に響く最後の泣き声が去っていく。


健診はつつがなく終了し、流石に疲労の浮かぶ先生に僕は飴玉を渡した。

「先生、さっきの子で全員終わりました。お疲れ様です」

行きの車ではほとんど会話は無かったので、少し気恥しそうにその飴玉を受け取ると、赤い舌が飴玉を迎え…口の中に消えていった。

それすらも羨ましくなる僕は、まだ学校内だと自分に言い聞かせた。

「あ、ありがとう…奏」

先生の言葉に胸がきゅうと苦しくなるが、先程の子供たちの笑顔や感謝を浮かべていると不思議と和らいでいく。

持ち帰るものを整え終わると、先生は僕の代わりに荷物を黙って持ち上げた。

飴玉が僕助けたのか、発進する高級車の車内は、行きよりも温和な雰囲気である。

「先生…やっぱり、先生は健診お上手です。一年生で泣いている子でも…先生が気を逸らさせるとすぐに注射させてくれて…痛くなかったって、たくさん言って貰えました」

この人は医師としても人としても…僕が一番尊敬してきた人だ。

興奮気味にそう伝えると、先生は車を運転しながらも穏やかに微笑む。

「奏も…泣いている子を頑張ってあやしていた」


ぽんぽんと、抱え込んだ尻尾を叩かれ…触られた場所からほかほかとした、感情がなだれ込んできた。

先生は、こうして車で健診に行く時にこんな風に看護師に触れるのだろうか。

勘違いしそうになる。
僕だからそうするのではないか、翔太郎さんの事を聞いてきた事も…心配してくれたからで…心配するという事はまだ好意は僕に……。

捨てきれない期待は今にも口から飛び出そうで。

ほんの少しでもこの関係に希望があるのなら…僕だけにすると言ってくれるのなら…。


先生に触れたい、一緒に居たい。
僕を抱いて欲しい。


「先生……」

「ん?」

「食事でも…どうですか」

「…駄目だよ」

どこか胸の内で膨らみきった、期待が萎んでいく。

このまま食事をしたら…先生の家に行って、抱いて貰えるんじゃないか、なんて期待した自分が嫌いだった。

今日も、セフレの所に行くのだろうか。

噂話では先生は同じ人は二度と抱かないらしく、後腐れの事を考えているのなら同じ職場の僕は対象外。

でも、僕も抱かれたい……性欲処理でも、夜中に呼びつけられても、慣らしてくれなくても、いきなり挿れるだけでもいいから。

妄想の中ではいつも理不尽で、酷い人で…僕を苦しめながら抱く先生。

いつからか、この人に向ける欲求も酷い事をされたいという物になってしまっていた。


「……だが……泣く程に悲しい事があったんだろう、少しだけ…どこか寄ってあげよう。君の仕事に支障が出ると病院としても……困るだろうし」

そう言うと、先生は車を走らせる。

僕の醜い淫靡な期待とは裏腹に、先生が向かったのは近くにある湖。ここは…デートで二度ほど来た事がある。

僕は花が好きだから、次に来る時はスイレンが満開の時に…と言い合ったのに、別れてからは来る事も諦めていた場所。

付き合っていた時に来た思い出の場所なんて、余計に僕の胸が苦しくなると考えもしないのだろう。

僕の悩みの原因は先生自身なのだと、思ってもくれない。

「…君はここが好きだろう、夜だから花はよく見えないけど、満開だ」

優しく笑う顔が月明かりに照らされ、耳が僕の声を聞く為にぴくりと動く。
先生の耳はそのまま畳まれて…僕に対する一切の警戒がない事を表していた。

熱く滲んでいく視界、どうしても我慢出来なくて少し顔を背けた。

止めどなく流れる涙を気付かれたくなかったが、無駄だったらしい。

「……奏、」

30cm程ある身長差のまま抱き込まれ、僕が泣き止むまで……そのままで居てくれた。

「奏、君の今朝の涙の原因も私のせいなのだろうか。すまない…奏」

謝らないで欲しかった、余計に惨めで荒んでしまいそうだから。

ただ願いは…先生の好意が僕に向く事だけ。


「せんせい、」

そう、呟く事しか出来ない僕にまとわりつく先生の高めの体温が、二度と僕の物にならないという事が……ただ苦しかった。

やっぱりこの人が、堪らなく…狂おしく…好きだ。


幸せな時間に終わりは来るもので、僕が先生に抱かれたまま動きたくないのだとバレると、片手で横抱きにされて車内に押し込まれる。

静かすぎる車内で、僕は好きで…悲しくて…触れたくて、また涙を流した。

カーナビを付ける事も無く僕を送れる程、先生には送って貰ったのだろう。
家の前で車が停まると…優しすぎる彼が悪魔の様な言葉を放つ。

「…奏、もし今日の行動が思わせぶりだと感じさせたならすまない。私は君を愛せない。医師として…申し訳なく思ったからの行動だ」

僕は、返す言葉もなくて…ずっと哀れな期待と想像に心を焼かれていた事すらも見抜かれ…優しい時間の真相までもが僕には味方をしてくれない。

今の僕に出来るのは、黙ってこの人の前から去ってあげる事だけだ。

脇目も振らずに車から出て家へと走ると、勢いよく閉めた扉の内側で嗚咽を漏らしながら子供のように涙を流した。

枯渇する事も無く僕のシャツを濡らすこの涙は…一生分の涙。


「……っ、先生……先生…好き、あなたが僕を愛せなくても……いいから……」

愛せなくてもいいから……何なんだろう。
抱いて欲しい?会えればそれでいい?

あの美しい形の唇に口付けを落としてもらえるセフレ達が、心底羨ましかった。

どんな手を使っても、どんな目に遭っても……あの人の体温を感じてみたい。
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