一度は逃がしてあげたが、次は無いよ

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2 「っ、ひく……ちゃんと教えて貰いますし…キスだって、その、エッチだって……」

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奏は私を許さなくていい。

私は名家出身の医者一族で、顔の良さも自覚しないで居られないくらいには異性にも同性にも困らなかった。

傍から見たら美形の医師一族など、順風満帆にも程があるのだろうが、私にとっては真実を曇らせるノイズでしかない。

医師としての評価さえこの外見込みの様な気がして…いや、それは気の所為ではなかった。

私を広告塔に置きたいが為に重役ポストに決めた病院の決定。
一度テレビの取材を受けた時に宛てがわれた、純血の獣人という肩書きを見た時に、私は自分の人生を呪った。

私は医師として出演したにも関わらずピックアップされたのは純血であるという部分。

そして…そんな容貌と肩書きに対し恋慕を抱く、男も女も嫌悪の対象だった。


『先生、先生の治療は魔法みたいです!どうやったら、患者さんに希望を与えながら…痛くない治療をしてさしあげられるのですか?』

奏という子リス、とにかく小さい子リスだ。

小柄な体型に見合わない大きくてフサフサの尻尾を邪魔そうに抱えながら走る姿。

最初こそ、こんなに小さいリスに力仕事も必要な看護が出来るのか…という懸念で目が離せなかった。

コロコロと変わる表情、患者が亡くなれば実の子の様に泣き、違う患者の前では気丈で……知識も技術も申し分ない。

小さいという理由だけで、心配になった自分を恥じる程に良く出来た看護師だった。

そして、口を開けば…患者、医療、患者。

数年一緒に働くうちに、私への好意が見え隠れする事にも気づいてはいたが、その理由は容姿や肩書きではなく、医師としての私を尊敬するからなのだと手に取る様に分かる、純粋なリスだ。


最初、私は興味半分だった。
顔を赤く染め、私のタコの出来た手を取ると小さく震えていた奏。

奏と医師と看護師の垣根を越えて出掛けてみたい、そして奏が何を思うのかを聞いてみたい。

好きだから付き合ったのでは無い、興味があっただけ。どうせ種族もまるで違う私たちが長続きするはずないと決めつけた私の心は、軽々とその言葉を投げかけた。


『先生……好きです』

『いいよ、付き合おう』


そんな、軽薄な口約束から始まった関係。
それが私にとって重く…苦しい物に変わるとは誰が思っただろう。

私の獣種は、性欲が強い。
私は自分で処理していればそこまで気にならなかったが、このリスを性欲処理に使わせて貰おうと思っていたのも確かだ。

こんなに純粋そうに笑う奏が、私の下で快楽に打ちひしがれる姿を見てみたかった。


だが私は彼を抱く事はなく、別れを選んだ。


『奏、もう終わりにしよう。別れてほしい』

付き合って半年程の時に私は奏にそう言った。

その理由を誰にも言った事はないし言うつもりもない。もちろん本人にも…誰にも。


私は泣きながら縋る奏を突き離すと、その足で盛り場へと赴いた。そうしないと、おかしくなりそうで…適当な獣人を抱いた。

その結果、私はもっと酷い憂鬱へと落とされるのだが、全てが壊れてしまうよりはよっぽど良かったのだと今なら言える。


それからは、ほぼ毎日のように…勤務が終わると繁華街へと足を伸ばす事になる。
想像するのはあの小さな身体だ、先生と呼ぶ健気で純粋な声色と優しい目。

枯渇する何かに一滴程の水を与えるみたいに…知らない者を抱いては性処理をするギリギリの生活。

こんなに苦しいのなら、手放さなければよかったと思うだろう?


そして私の派手な遊びは、奏の耳にも入る事になったようだが、別れを選んだのは私なのだから…仕方が無いし、むしろ奏が私を忘れてくれるなら都合がいい。

そう、お互いに嫉妬する資格すらないんだ。

あの理学療法士、下の名前で呼び合っているのが気に食わない。そして、そんな二人を監視するのが癖になった私の目に飛び込んだのは、奏を抱き締めるあの男の姿。

その場で止めに入ろうと一瞬は沸き立ったが、すぐに笑にそんな権利は無いのだと自分に言い聞かせた。それでも怒りは収まらずに、近くにあったシャープペンシルを握り込むと、深呼吸しながらプラスチック片へと変えてしまった。


自嘲が口から出ていき、己の執着心と攻撃性を嫌悪する。

それでも自分を褒めたかった、いま一生懸命に理性で怒りや独占欲を抑え込んだおかげで、私は明日も医師として彼に会える。

もちろん医師と看護師という枠を抜けない程度に、あの子と接点を持てるのは…同じ職場という境遇に感謝せざるを得ない。

そして、わざと奏と組める様に設定した学校健診は私の楽しみで、車内という密室で走る数十分の間だけ…奏から香るフェロモンを感じ取ってもいい時間だった。

だが、昨日は…医師と看護師の垣根を守れていたとはいえない。泣く奏を無視出来ない庇護心は彼を抱き締めた……それが何の慰めにもならないと分かっていても何かしてあげたくて。

あの理学療法士と流していた涙の正体も、私のせいだと言うならば、口角が上がるのを誤魔化せはしない。

私の事など忘れて欲しいと本気で願っているのに、自分の身勝手でエゴで奏に接触した事を悔いて奏に酷い事を言った。

私が理由で泣きじゃくる奏。
その姿を見ても、沸き立つのは加虐心…ゾワゾワと身体を襲う悦と劣情。

君に私のような野蛮な男は相応しくない。


だが咀嚼する。
奏の一番可愛い笑う姿をもう私には向ける事はない、きっとそのうち恋人が出来れば私を本当に忘れ、誰かに抱かれその顔を欲に染める。

それを考え初めてしまったら、もう誰も私を止める事はできなかった。

繁華街で見つけた小さめの獣人に声を掛けた。だが奏とは似ても似つかぬ卑しい顔で私を簡単に受け入れる。

『せんせいっ、先生…』

脳内の中で奏を蹂躙し、弄び…なんとか射精に導いていく。

奏が嫌いだ、彼と話した後はこうして誰かを抱きたくなって、その虚しさを育てる。

奏の笑う笑顔が嫌いだ、もう私には向けられない…その眩しくて朗らかな笑顔が。


それでも…私は彼を秘密裏に検診のパートナーに選ぶ事を止められなかった。

そして獣人を抱いた後帰宅した私は、また何度も自分を慰めた。逃れられない暴力性と性欲、独占欲。

苛立ちをコントロール出来ず、奏を私の物にする想像をして…その身体を傷つけたいという欲を殺す為にクッションに噛み付くとほんの少しだけ落ち着く。

そうして疲れ、ようやく眠気は私を迎えに来て…体感的には一瞬が経つと、大嫌いな朝までもが私を迎えた。

流石にその朝は慌ただしかった。
急いで病院へ向かうとスクラブと白衣に身を包む。忙しかったせいで忘れていたが、昨日あんなに泣かせてしまったにも関わらず、回診のパートナーは奏だ。

何と声を掛けようと思案しながら病室に入るが、目に入ったのはキラキラと笑う奏の姿だった。


「わぁ凄い、数値凄く下がってますよ~!偉いです、このままずっと先生と僕と…三人で、頑張って寛解を目指しましょうね」

奏はしゃがみこむと、患者の手に自らの手を置く。そして…患者はあろう事か奏にハグを求めた。
一瞬戸惑ったようだったが、奏は満面の笑みでその抱擁に応じる。

だが…その場に響いたのはビタン、という大きな音。

それは私の尻尾が床を叩き付ける音で、奏や…部屋に居た患者達も私を見ると静まり返る。

伸ばすと頭の先まである奏の尻尾程では無いが、私の尻尾も気にしていなければ床にずってしまうくらいの長さだ。

そして……尻尾は獣人にとって隠しきれない感情を表現してしまう。

「……先生?お腹すいちゃったんですか?」

大きな音に全員が驚いていたが…奏がそう言い笑えば、部屋には歓談が戻った。

そう、尻尾を叩き付ける動作は…怒り。

奏のリス獣人のデカくてもさもさとした
尻尾は、恐怖を感じたり照れたり、感情が動くと縮こまる。逆に…驚けばピンと立てたり…この上なく可愛いのは言うまでもない。


「奏……さっきはすまない」

次の病室に向かうまでの数分、私はうまく誤魔化してくれた奏にそう呟いた。

「……尻尾?」

「…ああ、疲れてたみたいで……」


少し目の腫れた奏の目元が微笑み、私を見る。
先生も感情的になって尻尾を叩き付けたりするんですね?と笑う君を見ている間、ずっとずっと…私は尻尾を君の足に絡みつけたかった…なんて言えたら。


奏は毒だ、私にとっての猛毒。
もはや目の前から居なくなってしまえばいいと何度も思ったし、権限でどうにか飛ばそうかとも考えたが…やはり奏の顔を見られなくなる事の方が辛く、それは躊躇われた。

「先生、今日の深夜当直も一緒ですね…なんかすみません。本当にたまたまなんです…やたら当直とか回診とか被っちゃって」

その理由を私はよく知っている。
一目見たいのもそうだし、他の医師の補助に着いて欲しくないという利己的な欲。

そして、奏は昨日の事を彷彿とさせないように、必死に言葉を紡いでいるようだった。

「…あ、先生、今日は長時間の勤務ですし、疲れちゃいますから…なんでも、僕に言ってくださいね」

「…なんでも?」


なんでも…という響きに脳みそが沸く。

当直だと仮眠時間が設けられ…帰るのは翌朝になってしまう。奏が私にお疲れではないですか…とズボンのベルトを外すと、私の性器に寄り添う想像が脳内で再生された。

病院で…医師に向かってしていい事じゃない…と奏を叱咤しながら、その罪を理解出来る様に、小さな身体を組み敷きたい。

昨日あんなに抜いたにも関わらず、私は病院の中で狂った邪念で脳みそをいっぱいにしている。

もちろん相手は奏に対するものだけだが、本当に自分でも呆れる程に獣人の本能というのは私の枷になる。

「奏、尻尾…少し落ちてる、床につく」

私が無口だからなのか、奏自身もまた尻尾で感情を露わにする。

そして床に付かないようにと持ち上げたその手がふわふわな部分に触れ……そのまま性器を擦り上げたい衝動をどうにか抑えた。






一日奏の側に居たせいか、日中の患者を診終わり仮眠時間に入る頃には、私の苛立ちや欲求は今にでも解消したい物になっていた。

たった六時間の仮眠に、知らない人間の身体を貪りにいこうと思う医師などいないだろう。

だが、私は奏の為にも…それは必須だと考えたのだ。仮眠時間もナースステーションに居るであろう奏の存在に、おかしくなりそうだったから。

車で夜の街に出ると、何処でも処理してくれそうな手軽な小動物を引っ掛けた。

日中抱いていた奏への叱咤や罰を浮かべるだけで、高まりは簡単に訪れる。

哀れだ、たった六時間の休憩にまで性欲処理を行わなければ奏の側にも居られない。
自分の身体も心もコントロールが難しい、純血の獣人だからと誰かが免罪符を敷いても、実際に執着する獣人の側に居れば常に組み敷きたくて堪らないのが真実。

交際期間に抱いてしまえばよかった。
抱いて……身勝手に生きれたら…私はこんなにも苦しまなかったのかもしれない。

でも…抱かなくてよかったと本気で思うのも確かで、獣と人が混じり合う苦しさに苛まれながら病院へとまた向かう。

もし抱いていたら……私は。


静まりかえった病院内に、私の足音だけが響いていた。

まさか性欲処理に赴き、酷く弄んできた事など誰にもバレぬ様に…整え撫で付けられた髪を鏡で確認する。少しだけ横になろう、寝不足というのは私を苦しめるから。

だが、暗がりの中にひっそりと佇む影。
その正体は、仮眠室の前で寒そうに震える奏の姿だった。

「……奏?なんでこんな時間に……」

「先生は…仮眠時間にどこへ行ってたんですか?」

夜の病院は冷え込むようで、その辺にあったタオルケットをマントのように羽織り、子供のように座り込んで膝を抱いている。

「……何故?」

「当直なら普通……いくら仮眠時間でも、外出するなら看護師に声を掛けます。どこに行っていたんですか」

少し眉毛の下がった顔の奏の頭を撫でたくなるのを抑える。

「……食事だよ」

「………女性の匂いがする、先生…なんで、なんで……僕と別れて……そんな風に…変わったんです?」

人に聞かれてもいい話にはならなそうだと思い、仮眠室に入る様に促した。

今まで、私が別れを告げた時も、性欲処理を誰とでも行う様になってからも、悲しげにするだけで問い詰めもしなかった奏の…初めての問答だった。

「君には関係ない」

私の事なんて嫌いになればいい、私なんて忘れて……泣かないで欲しい。
奏がまたよく笑う様になるには、私への恋慕は邪魔なだけだ。

案の定、奏は泣きそうに口を結ぶ。

「私は、生まれつき顔も整っているし医師ときた、相手には困らない」

早く…この密室から奏を逃がしたい。
いくら先程欲を発散したとはいえ、その効力は私にとっては一滴の水分補給。

枯渇しきった私の征服欲は…何をするか分からない。

だが大きな瞳に涙をたっぷり溜めて、今にも零れ落ちそうな目のまま、私の胴に抱きついた。


「っじゃあ、僕でもいいはずです。わざわざ街まで行かなくても……これからは病院内で済みますし……っ」

僕でいい?奏を性欲処理に使えと言うのだろうか。こうして触れているだけでも、尾がびたびたと床を叩きつけたい衝動を抑えているのに。


「…奏、離れなさい」

「僕じゃダメですか、好みじゃないですか……大丈夫。やり方なら……翔太郎さんに教えてもらうし」

「……あ?」

あの理学療法士にセックスの教えを乞う、そう口に出す奏の『脅し』に無様にも動揺して尻尾を叩き付ける。

「っ、ひく……ちゃんと教えて貰いますし…キスだって、その、エッチだって……」

「……黙ってくれ」

とうとう大粒の涙は私のシャツを貫通し、素肌さえも濡らす。

「何でですか……翔太郎さんだって、あれだけ体格いいですから、きっと優しく僕の身体を、先生が抱ける様に開いてくれます………」

「奏、それ以上言うのは許さない」

そう言うと、泣き腫らす奏を胸の中に閉じ込めた。

頭がおかしくなりそうな程の苛立ちに塗れた顔を、奏には見せたくない。

「……っ、せんせい、すき…っなんで……僕のこと、もう好きじゃないなら、どうだっていいでしょ……なんで…僕の事は抱いてくれない癖に…他所の人は抱くんですか」

「……ああ、イライラする」

何故奏を抱かないか……その答えは、うまく形容しがたい、というか自分でも言葉にしてしまったら引き返す事が出来そうにない。

結局私が奏を言い聞かせても、好きだと縋られ…奏を抱いたら、何もかも引き返せなくなる。
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