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第一話 無人島
しおりを挟む心地よい風が吹く春。桜の蕾がピンク色に色付き、少しづつ花を咲かせる頃。
朝7時、宮島誠は欠伸をしながら伸びをし布団から上半身を起こした。半開きになっていたカーテンからは、小さな日の光が差し込んでいる。目を細めながら、カーテンを開いた。心地よい晴天。
私服に着替えると、ゆっくりとした足取りで階段を下りた。
リビングに入ると、机の上に布が置いてあり少し膨らんでいる。近くに置き手紙が置いてあった。手に取り、目で字を追い読む。
「おはよう。少し早いけど仕事に行くね。朝ご飯食べて片付けもお願いね。後休みだからって、怠けててはダメよ。母より」
と書いてあった。念願の大学に受かり、入学前の長期休みの初日。
誠は椅子に座ると、布を取りパンにかぶり付いた。
誠の隣の家に住む、鈴風美絵は朝早くから道場に篭っていた。白と紫の道着に身を包み、木刀で素振りをする。3歳からずっとやり続けている日課だ。
「おねーちゃーん♪クッキー焼いたんだけど、休憩がてら食べない?」
そこへ妹の智瑛理が、ノックも無しに入ってきた。手には白いお皿。料理上手の智瑛理は、毎日何かと作ってはいろんな人に配るらしい。
「智瑛理、ノックしろとあれ程言ってるだろう」
呆れた顔をして、美絵は智瑛理に近づいた。智瑛理は舌をチラッとだし、照れ笑いをした。
美絵は壁に掛けてあるタオルを取ると、軽く顔を吹き襖に手を掛けた。その姿に智瑛理は、頬を膨らませた。
「えー、お姉ちゃん。食べない訳?せっかく差し入れしたのに…」
「味は知っているからいい。料理もいいが、少しくらい勉強しろ。もう3年生で受験するのだろう?」
道場を後にしようとすると、道場の外の方の引き戸が勢い良く開いた。美絵と智瑛理が同時に振り向く。そこには誠が立っていた。とても慌てた顔をしている。美絵は、朝から頭が痛くなりそうだった。
「誠…お前も。何でこう礼儀をちゃんとしな…」
「当たっちゃった」
美絵が言ってる途中に誠は、言った。姉妹揃って、頭の中がハテナになった。
誠は手に持ってた、チケットを2人に見せた。
智瑛理が近づき読み上げる。
「無人島3泊4日の宿泊券…。ってマジ!しかも4枚!なにそれー」
「たまたま、読んでた雑誌にあってさ。興味本位で送ったら、当たっちゃったんだよ…」
智瑛理は、キラキラした目で誠の手を握った。
「行きたい、すっっごく行きたい!4枚あるからいいじゃん、私とお姉ちゃんと誠くんとで行こう」
「おい、こら!智瑛理、勝手に決めるな」
美絵が強い口調で言う。
「えー、だって凄いじゃん。滅多に行けないよ、無人島なんて何かこうロマンティックじゃない?貸切のビーチみたいな」
美絵は項垂れた。
「まぁ、俺も最初から美絵を誘うつもりでいたからさ…。良いけどあと1枚、どうしようか…」
「智瑛理、お前のとこは誘わないのか?」
美絵が言う。智瑛理は「え?」と言う顔になって間が開く。しばらくして顔が赤くなった。
「なっ、なに言うかと思えばっ。おっお、お姉ちゃん。ちがっ違うって、カナタ君はまだそう言う関係じゃなくって」
「告白されたのだろう?」
智瑛理の顔が益々赤く染まる。誠は、カナタの名前を聞いた瞬間嫌な顔をした。カナタは共々美絵を目的に、智瑛理に近づいた過去があるからだ。
「そっそりゃ…されたけどさ。私なんかでいいのかなとか…。美人でも無いし、頭も良く無いし。何かこう…ねぇ」
ゴニョゴニョと小さい声で、言うと智瑛理は押し黙り唸った。
「わっ分かったわよ。誘う、誘うから、その代わりちゃんとお姉ちゃんも来るんだよ!」
智瑛理は、何故か逆切れをした。美絵は唖然とした。
誠は内心嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちになった。
誠が家に帰ると、智瑛理はチケット2枚を見つめる。
「今日、図書室でカナタ君と勉強会なんだけどさ。どう渡そう…なんて言おうかなー」
「一緒の大学行くのか?」
美絵の声に、智瑛理は大きく首を振った。
「いきたいのは山々だけど、真面目に無理なの。頭が追いつかない…。もう、どんだけ自分が頭悪いのが痛いよー」
智瑛理はため息を吐き、壁に背中をつけた。作ったクッキーを1つ摘む。
「一回私のレベルをカナタ君が、観てくれたことがあってね。その時サラリと『無理をすると、智瑛理ちゃん辛いだろうから行きたい大学いきなよ』って笑顔で言われて、あーダメなんだって理解した」
お皿を持つと、襖の方へ向かった。
「まぁ行きたい所あるし、頑張るよ。さて、そろそろ行くから。お昼には帰るね」
そう言うと智瑛理は、道場を出た。美絵はチケットをしばらく眺め、ため息を吐くと竹刀をしまい道場を後にした。
高校の図書室。休みの日でも開放されているので、勉強に来る人が沢山いた。
智瑛理はドキドキしながら教科書をめくる。
どうチケットを渡そうか、何を話そうかと思いを巡らせる。勉強とはまるで関係ない、考えが頭を埋め尽くす。
「お待たせ」
大空カナタが隣の席に座った。図書室が小さく騒ついた。無理もない。3年生のアイドルと言う括りでチヤホヤされるくらい可愛い顔立ち、犬みたいな人懐っこさで有名なのだから。
智瑛理はこんな私でいいのかと思い、顔を隠した。
「どこから始めようか?分からない所、言ってくれる?」
智瑛理は胸の鼓動と、顔が火照って勉強どころじゃなくなって行く。駄目だ、カナタが近いだけで混乱して口が上手く動かない。
「智瑛理ちゃん?」
黙りこくってる智瑛理を、カナタは心配そうに見つめた。智瑛理は教科書で顔を隠した。
「かっか、かっカナタ君…。あっあのね、ごっご、ごめんなさい。なっなんか、勉強って気分じゃ無くって…」
つっかえながらも、必死で言う。カナタが「今日?」って言うと、智瑛理は何度も頷いた。しばらくすると、カナタは笑顔を見せ、持ち物をまとめた。智瑛理はその姿を見て、思考停止になる。
「じゃあ、帰ろっか。また、勉強会したい時にLINEして」
席から立ち上がって、バッグを持つカナタを智瑛理は腕を引っ張り引き留めた。
「だっ駄目なんだ。私、カナタ君と居ると、えっと…その…ドキドキしちゃって、集中出来ないって言うか…」
カナタは困った顔で、智瑛理を見つめた。その顔が何とも可愛くて、智瑛理は益々下を向く。
「僕は、嫌って事?」
智瑛理は思いっきり首を振る。
本当は凄く嬉しい。顔を見る度、手が触れる度心臓が飛び出るくらいドキドキする。もう、治って!
彼女は深く深呼吸をした。
「そんなんじゃない。むしろ嬉しいから…」
「良かった、冷や冷やしちゃったよ。告白したのに返事貰ってないし、あまり顔見てくれないから嫌われたかと思った。でもまぁ、今日は帰るよ」
再び帰ろうとするカナタを、慌てて智瑛理は引き留めた。
「あっ、まって!明日、明日から3日間空いてる?」
「え?あー、明日と明後日は部活だけど。でも僕主将だから、理由あればどうとでもなるけどさ。どうしたの?」
智瑛理は、バッグからさっき貰ったチケットを出し握り締める。それをカナタに差し出した。
「これ、行きたいの。カナタ君と一緒に」
カナタはチケットを受け取り、読み上げる。
「凄いね~。これどうしたの?」
「まっ誠君が雑誌の応募で当てて。行きたいなって思って、駄目…かな…」
「2人っきり?」
その言葉に、智瑛理は想像してしまい顔が火照った。
「違う、違う。そんなの、ハードルが高すぎるよー。あっあのね、実は…誠君とお姉ちゃんも一緒なの」
カナタがビクッと反応した。唾を飲み込むが、智瑛理は気付かない。
「あっあのね、えっと…そこでわっ私。こっこ、告白の…返事するから。来て欲しいの」
カナタの口元が緩む。智瑛理は願うかの様に、手を合わせた。
「でも、部活休めないなら無理にとは言わないけど…」
「いいよ、行く。楽しそうだし、期待してまってるよ。返事」
「ありがとう」
ホッと胸を撫で下ろした智瑛理を見て、カナタは図書室を出た。
智瑛理は小さく、ガッツポーズをした。
その頃図書室のドアの前で、カナタは立ち止まっていた。
「美絵先輩が来るなら、断る理由ないし」
貰ったチケットをまた見返す。
「返事も大事だけど、そっちも大事だ。誠先輩なんてヘボいし、敵じゃない。楽しみだなー」
鈴風家では、美絵が買い物に行こうと家を出た。
「美絵のスカート姿、見たいなー」
隣から変な言葉が聞こえ、振り向くと誠が窓から顔を覗かせていた。
美絵は春物のタートルネックに、ジーパンの服装。
「何、変な事言ってるんだ」
「だって、可愛いんだもん。明日着てよ」
照れた顔で、誠がねだる。可愛いの言葉に美絵も赤くなる。
「アホか、何着たって一緒だろう」
美絵は顔を背け、歩き出す。誠はその後ろ姿を見つめて、むくれた。
「ケチ」
「ねぇ、これ変じゃ無いかなー」
夜、お風呂上がりに美絵は智瑛理の部屋に呼ばれずーとファッションショーじみたことの審査員をされていた。美絵は服にあまり興味がない為、何が良くて何が駄目がさっぱり理解できない。
「肩出し…その様なものが、今流行っているのか?」
「流行っていると言うか、定番だよー。春といえば、花柄~とかそう言う類と一緒」
美絵は益々わからない。智瑛理は雑誌をめくりながら、服を見つめる。
「あーもう、どうしよう。どれもこれも良いけど、どれがカナト君良いんだろう…。ガーリー系?クール?フェミニン?分かんないよー」
「聞けば良かっただろう」
呆れていると、智瑛理が口答えをする。
「聞けないよ、何か気合い入りまくりで引かれそうだもん。それに絶対さ『似合ってれば何でも良いよ』なーんて言われるに違いない。男なんてみんなそうよ」
どんな偏見だ、美絵は良く分からずため息が出た。
「お姉ちゃんは、悩まないの?誠君とデートだよ、まぁ2人っきりじゃないけど。デートじゃないか…お泊まりか♪」
お泊りと言った瞬間、何を思ったか智瑛理の全身が真っ赤になった。
「あーダメダメ。良からぬ妄想が出てしまったー。もう私の馬鹿。まだそんな関係でもないのに!でもなっても良いかなぁなんて」
1人で怒ったり照れたり、百面相している智瑛理が美絵は理解できない。
「まずい、そんな関係になったらまずい。もっと体綺麗に整えないと。もう一回お風呂入ってくる」
智瑛理は気合入れて、またお風呂の方へ向かっていった。置き去りにされた美絵は、頭を抱えながら自分の部屋に戻った。
美絵は自分の部屋に入るなり、タンスを開け明日の服を準備した。
「スカート…か…」
ほぼ滅多にはかないスカート。2着くらい持ってるが、タンスの肥やしになっている。ロングスカートを腰に当てた。誠の顔が過ぎる。
「仕方ない、これを引っ張り出すか」
白いワイシャツと水色のロングスカートを置き、バッグを横に置くと布団に潜った。
東京駅、誠は待ち合わせ時間より1時間早く来てしまった。ソワソワしながら、スマホを頻繁に見つめる。電話もメールも来てない。ただ時間と睨めっこ。服も少しはお洒落した方が良かったかなと、ずーと見つめる。パーカーにTシャツ、ジーパンと言う結構楽なスタイル。
「誠先輩」
しばらくして後ろから声をかけられ、誠は振り返った。カナタが会釈する。カナタはロングカーデガンにTシャツ、ストレッチパンツ。誠は少し、拗ねた顔で返事した。
「早いな」
「早くないですよ、まだ30分前ですし。女子2人はまだですよね?」
誠は軽く相槌をうった。やっぱり、どうもカナタを好めない。
待ち合わせ時間10分前、ようやく姉妹が着いた。
「ごめんねー。なんか道が混んでて」
智瑛理が照れた笑みで、誤った。後ろから美絵が、ため息を付きながらツッコム。
「違うだろう、智瑛理が支度遅かったせいだ。走らせるなよ、慣れない服なんだから」
「ごめんってば~。それよりさ、バッチリ決まってるでしょ?どお私たち?」
智瑛理が美絵を引っ張り、横に立たせた。智瑛理は白の肩出しに、美絵とは色違いのピンクのロングスカート。2人とも軽く化粧と、髪もゆる~くカールしてある。
「可愛いね、お揃いにしたの?」
カナタが褒めた。智瑛理が頬を染め、頷いた。
「前にさ、お揃いで買ったスカートお姉ちゃんが履いてたから思わず引っ張り出してきちゃった」
美絵が無言で、誠に近寄るとボソリと呟いた。
「こっこれで、文句ないだろ」
美絵は顔を赤くして横目で、誠を見る。誠も真っ赤になった。可愛くていつにも増して、美人が更に際立っている。ルージュが乗った唇に、ドキドキする。
「あ、うん。凄く…ヤバイ」
心臓が破裂しそうだった。化粧と髪の毛は、智瑛理がやったのだろう。今すぐキスも抱きしめもしたくて、身がもたない。誠は堪えると、駅を見つめた。
「よし、ここから今度は電車に乗って海に向かうから」
4人でゾロゾロと駅に入り、売店の前に足を止めた。
「あっちには食事に困るからさ、出来るだけ日持ちする物ここで揃えよう。俺見てくるから、美絵待ってて」
「あっまって、誠君。私も見てきたい」
誠を追うように、智瑛理もお店に入って行った。
美絵は言われた通り、入り口で待っていると、2人の知らない男が声をかけてきた。
「可愛いね。ねぇ、お茶しない?美味しいお店知ってるからさ」
美絵が断ろうと口を開いた瞬間、素早くカナタが前に出た。
「何、お前ら。気安く声掛けんなよ」
カナタは鋭く睨みつけ、低い声で言った。男達は舌打ちをし、その場から立ち去る。
「助けてくれなど、一言も言って無い」
美絵が反抗すると、カナタは顔色を変えず、美絵に言い放った。
「守られてろよ、僕と誠先輩から離れるのは禁止です。美絵先輩は、女の子なんだから」
「ばっ馬鹿にするな!」
美絵がムキになると、カナタは美絵の腕を引っ張った。
「それくらい、今の先輩が狙われやすいんですよ。自覚して下さい」
カナタは腕を離し、荷物を持ち直す。誠と智瑛理が店から出てくる。
「なーんか、いっぱい悩んじゃった。こんくらいで足りるかな?」
智瑛理が、ビニール袋を覗きながら言う。
「まぁ足りなかったら、木の実や魚を取るってことにしよっか」
誠が言うと、カナタが苦い顔した。
「僕、釣りなんかした事ないですよ」
「いいよ、教えてやるから。子供の頃、遊びでやった事あるし」
3人とも笑いながら歩き出した。誠が振り向き、俯いていた美絵に声をかける。
「美絵?どうかした?」
声をかけられ、美絵は顔を上げる。
「…大丈夫だ。悪い」
美絵は慌てて仲に入った。
無人島、少し森に入って行ったところに大きな建物があった。ドーム型の屋敷。1人の男がパソコンを見つめながら、作業をしている。
「いい人材でも、見つかりましたか?」
付き人の様な男が、作業をしている人に声をかける。
男の口元が緩んだ。
「ああ。今度は女だ」
「珍しいですね、女で頂点に立っているものがいるんですか?」
付き人は、パソコンを覗き込んだ。
「確かに、女は年行くと辞めてく奴ばかりだが。こいつは違う、まだ若いからな」
「ほう、ではどう言う使い道で雇いますか?」
男の目が光る。
「決まってるだろう」
悟った様に、付き人も笑みをこぼした。
「着いたー!」
電車を乗り継ぎ、最後は船で向かった。智瑛理は思わず、嬉しくて叫んだ。
誠が船の船長に礼を言うと、4人は船から降りた。
「ザッ無人島って感じだね…」
周りを見渡す限り、森というかジャングル。降り立ったところだけ、砂浜。
「でも何か、プライベートビーチみたいでいいんじゃない?」
カナタの言葉に智瑛理は頷いた。
「まぁ夏じゃないし、泳ぐ事はしないよな」
海を見つめ誠が言うと、智瑛理は不意に笑った。
「ふふ。そう言うこともあろと、水着持って来ちゃいました。ねーお姉ちゃん」
智瑛理の手には2つの水着。それを見て、美絵は恐ろしくなった。智瑛理の選ぶ服は、何気に着たくないからだ。
その水着を見て、誠は赤くなった。美絵はたしてどっちを着るのか。フリルの付いたビキニか、パレオが付いたちょっとセクシーなやつか。
「着替えよー」
「ふざけるな!私は着ない、断じて拒否だ!」
「えー、ケチ。せっかく可愛いパレオ付いてるのに」
やっぱりそっちかと、誠は想像してしまいそうになり首を振った。
あんなの着たら、理性が持たない。見たかったが、断ってくれて良かったのかもしれない。
ふと美絵が、ジャングルの方を見つめた。
「美絵?」
誠が気づき、声をかける。
「何か気配がする…。気のせいだといいが…」
「それよりさー、お腹空いちゃった♪食べよ」
智瑛理がビニール袋を広げた。中には、おにぎりやパンやらが沢山入ってる。
「どれでもいいの?」
カナタがいい手を伸ばす。
「鈴風美絵、みーけ」
その時知らない男の声が、どっからか聞こえた。美絵が咄嗟に振り向くと、ジャングルの中で微かに何かが光った。
「伏せろ!」
美絵が叫んだと同時に、何かが飛んできた。美絵の真横を何かが素早く通り、砂浜に刺さる。
「きゃあぁぁ!」
智瑛理がそれを見て、怯えたように叫んだ。飛んできたのは、矢だった。
「あーあ、外しちゃった」
「馬鹿野郎!傷付けるなって命令だろう!」
2人の男の声がした。1人の男が、ジャングルから出てきた。
4人の前に姿を見せる。体格がい良く、口元が緩んでる。
「へぇー、あんたか。剣道の達人の女って」
美絵が3人の前に立ち、男を睨み付ける。智瑛理が、怯えた表情で2人を見つめた。そんな彼女をカナタは、守るように抱きしめる。
「お前ら、何者だ」
美絵が、低い声で言う。男は考えるそぶりを見せた。
「うーん、今は言えない。けど、目的なら言えるぜ。お前を綺麗なまんま拐う事、それが俺らの使命だ」
勢い良く、男が美絵目掛けて走り出した。
「美絵!」
誠が慌てて声を上げる。美絵は、男の距離を目で測り拳を素早く伸ばした。
男の頬を擦り、拳を受け止める。美絵は抜こうとしたが、動かない。美絵は驚いた。
「すげ~、流石だな。ちょっと痛かったぜ!」
美絵の拳を男は強く握りしめた。美絵の顔が、痛みで歪む。
「いっ!きっきさまぁっ!」
もう片方の手も掴まれ、力任せに砂浜に叩きつけられる。砂が周りに飛び散った。
「なるほどな、あいつが気に入る理由がわかった。美人でいかにも、生娘って感じだもんな」
美絵は身動きが取れず、悔しそうに舌打ちをする。
「美絵から離れろ!俺の女だ!」
誠が男に向かって、叫んだ。美絵が慌てた。
「よせ、馬鹿!お前が敵う相手ではない!」
「あー?なんだよ、素人が俺と勝負するのか?馬鹿にするな、一応これでも空手のチャンピオンだったんだぜ」
その言葉に、カナタが震えた。
「チャンピオンってまさか、嘘だろう…。…無理だ敵いっこない、見覚えあると思ったんだ。ウー・リン…」
「へぇー俺の事知ってる奴いるんだな。そうだ、俺はウー・リン。元空手の世界2だ。辞めて3年経つけど、腕は鈍ってないぜ」
「そんなもん、どーでもいい!美絵を離せ!」
「威勢だけ買ってやるぜ、少年。幸明!」
リンが声を上げると、また矢が飛んできた。誠の腕にかすった。腕に痛みが走り、見ると血が流れ出した。誠はその場にしゃがみ込む。
「まこっ!」
美絵が何かを言おうとした瞬間、ハンカチで口を覆われた。一瞬にして目が眩む。
「大人しくしてれば、悪いよーにはしねーから」
美絵は目を閉じ倒れ込んだ。美絵を軽く担ぎ、男がその場から動きだす。
「やだ!お姉ちゃん」
追いかけようとする智瑛理を、カナタが掴んだ。
「どうしてよ!カナタ君何とかならないの?」
「無理だよ、空手経験ある僕でも。あいつには敵いっこない」
リンはそのまま、ジャングルの中に姿を消した。
「誠君!大丈夫?」
智瑛理が駆け寄り、ハンカチで傷口を縛った。
「何でっ何で何もできないんだよ!くっそー!」
誠は悔しくて、叫び散らした。その時、空からプロペラの音が聞こえた。3人に近づいてくる。
カナタが慌てて2人の前に立った。またあいつらの、仲間なのかもしれないと思い身構える。
ヘリは少し離れた場所に着地し、中からは男2人が降りて来た。智瑛理の目から涙が流れ出した。
「里志さん」
出て来たのは、美絵の元婚約者の真中里志と真中家の執事、律次清高だった。
「久しぶりだね、智瑛理ちゃん、誠君」
誠は只々驚いた。
「何で、お前今…。捕まってるんじゃなかったのか?」
カナタもニュースで見たことがあり、死刑犯の里志が目の前にいるのを不思議そうに見つめた。
「まぁ、確かにそうだが。ある任務を警察から受けてここに来たけど、君たちまでいるとは知らなかったよ」
「助けて!里志さん、お姉ちゃんがっお姉ちゃんがっ…」
智瑛理が泣きながら、里志にしがみ付いた。
「変な男にっ拐われたの!」
里志の目が見開いた。清高が里志の後ろから、出て来た。
「どなたですか?名は名乗りました?」
「空手のウー・リンです」
カナタが答える。清高は頷いた。
「やはり、あのお方の仲間ですね。ありがとうございます。早めに参りますか、里志様」
「ちょっと待てよ!あの方って、知ってんのかよ!美絵を拐った奴の事」
誠が割って入る。清高はため息を付いた。
「貴方様には、関係ない事ですよ。これは里志様と私の任務ですから」
「任務とか言う前に、美絵は俺の彼女だ!助けに行きたいんだよ!」
「その腕でか?大体、誠君は武道を何も習ってないだろう」
里志は誠の怪我を眺めた。ハンカチはもう血で、真っ赤に染まっている。
「お三方はヘリに乗って下さい。家まで送ります」
「嫌だ!絶対乗るもんか!話をしろよ」
誠が子供みたいに、駄々を捏ねた。清高は頭を抱えた。
「ですから、先程から貴方たちには関係ないと言っているでしょう」
里志は呆れた顔で、清高を宥めた。
「いいよ、話すさ。どっちにしろ、大切な子が拐われたんだ。知る権利はある。清高、資料を全て出せ」
「全く、どこまで人が良いんですか。里志様は」
清高はヘリから、分厚いファイルを取り出し、開いた。
そこには、地図と写真がいくつか載っていた。3人は覗き込む。
「この無人島は、闇の殺し屋のアジトだ。しかもアジトに集められているのは、元チャンピオンや世界一とか名の知れた有名な奴らばかり」
誠が、何枚か写真を広げる。
「一般の奴らが、殺して欲しいとここに依頼して指示された奴らを綺麗に殺していく組織。そのお代は億を超える奴もいる。より高い金で積まれた、殺しの依頼を引き受ける所だ」
「でもそれって犯罪じゃないの?」
智瑛理が恐る恐る言う。
「ああ。だからこれを潰す様に、警察の方から依頼を受けた。大事にはしたくないと言うのが、こっちの望みだ。だからあえて俺らが指名されたって事」
「そこに、美絵が連れてかれたって事は…。美絵も同じことさせられるのかよ」
誠は嫌な感じがした。里志は首を振った。
「いや、させないだろう。目的は一つだ。美絵をここの指令官に差し出し、子でも産ませてそいつを最強にする。それが目的かも知れん」
「それが一番の理由だと、連れてかれたと聞かされて咄嗟に思いました。ここの城は、素人は向かったら死にます。足手まといはいりません」
清高は強く言い放ち、誠を冷たい目線で見つめた。誠は罰が悪そうな顔をした。
「僕、行きましょうか?手伝います」
カナタが前に出る。
「君は?」
里志が訪ねた。
「大空カナタです。一応、剣道と空手やってました」
「カっ、カナタ君…」
智瑛理が不安そうな顔で、カナタを見つめる。カナタは優しい眼差しで、智瑛理の頭を撫でた。
「大丈夫だよ、智瑛理ちゃんの大切なお姉さんが連れてかれたんだ。助けなきゃ、ね。ちゃんと帰ってくるから」
智瑛理の目には、こぼれ落ちそうな涙が溜まっていた。
「智瑛理様と誠様は、ヘリに乗ってお帰り下さい。私達であの組織を目指しに行きます。どうかむやみに出歩かないよう、お願いします」
清高が言い、智瑛理をヘリに乗せた。誠は睨みつけ、清高の手を払い退けた。
「だから、俺は行かねぇって言ってるだろ!俺も美絵を助けに行く。彼氏なんだから!」
「仕方ない奴だ。分かった、付いてくるのはいいが、世話かかせるなよ。俺らだって守れない時もあるから」
里志はため息をつき、呆れた顔で言った。ヘリから武器を取り出し、カナタに日本刀を渡す。
「俺の使い古しだが、斬れ味はいい。大丈夫か?」
カナタは鞘から取り出すと、柄を握りしめ、軽く振った。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
カナタの素振りの姿を見て、里志は興味を持った。
「筋いいな。かじった程度じゃないだろう」
その言葉に、カナタは目線を逸らし相槌を打った。
耳障りな機械音で、美絵はゆっくりと目を開けた。目の前には、数え切れないくらいのモニターがあった。影響が映ってるものやそうで無いもの、目が痛くなるくらいだった。
ふと鎖のような音がして、上を見上げると両手が鎖で固定されていた。足も同じ様に固定されている。動く度金属が当たる音が煩い。
美絵の目の前に知らない男が、近づいて来た。
「ようこそ、マーダーへ。司令官のヘブンズ・アローだ」
美絵の目が見開く。マーダーとは英語で殺し屋、何故そんなものがここに。ヘブンズは、しゃがみ美絵の顎を掴んだ。美絵は睨み付ける。
「歯向かうなよ、俺は秘密組織スラングを好成績で卒業した1人だ。お前の近くにもいるだろう、同じ奴が」
その言葉を聞いて、ハッとする。まさか…。
「律次清高…」
「懐かしい名前だ。そいつだよ、唯一俺と互角で戦える奴」
美絵息を飲む。あいつの銃の腕前は、スナイパーだ。
「そうだ、良いことを教えてやろう。ここのモニターはここの中を監視するのはもちろん、外の映像も観れるようにしているんだ」
ヘブンズが、手に持っていたリモコンを操作する。1つの画面が大きく表示されると、美絵の目が大きく開いた。口元が揺れる。
「嘘、だろ…。なっなんで…」
4人の男は、ジャングルをひたすら歩く。木の葉の音と、小鳥の囀りが耳に付く。ふと何かの気配に気付き、清高が上に銃口を向けた。
「みーつけた」
女の声がして、木の上からロングヘアの女が飛び降りた。着地すると、こちらに近づいてくる。カナタと里志も鞘に手を添える。
「やだ、怖いじゃない。私はただ、お客様が来たからお出迎えでもって思ってきたのにー」
3人が武器を向けてもまるで怯える事もなく、甘ったるい口調で歩いてくる。
「そーよー。それにこんな良い男、誰も歓迎しないはず無いわ」
奥の方から2人また女が顔を出した。3人とも、スタイルよく美人でドレスを身に纏っている。
「キャバみたいだ」
木の陰に身を潜めていた誠が、ボソリと呟く。
「まあ確かに、似ているかもね。私たちはここに居る男性を、癒す存在だから。お金さえくれればなーんだってするわ」
ロングの女は足を止め、単調に応える。
「でも、今日は特別にタダで言う事聞いちゃおうかなー。若くてイケメンの男なんて滅多に現れないし」
ショートヘアの女が、テンション高めの声で言う。
「そうそう、それに日本人なんて久しぶり。たまにはなんでも知ってる、お姉さん達に身を委ねてみない?」
清高は銃を構えながら、冷たい口調で語り出した。
「お嬢様方、誠に申し訳ありませんがここに居る殿方達は、心に決めたお方が居られる物ばかり。ですから身を委ねるなどの行動は致しませよ」
ロングの女は、下を向き低い声で喋り始めた。
「あー。もしかして王の所に連れ去られた、あのちんちくりんな女の事?あんな子供の何処が良いのよ」
女は太腿に秘めていた、武器を投げて来た。清高が狙い定め、投げて来たナイフを撃ち落とす。3本の小型ナイフが土の上に散らばった。
女の舌打ちが聞こえた。
「せっかく良い獲物が手に入ると思ったのに、ムカつく!あんたらもやっちゃいな!」
ショートの女はフルオートマチックを、二つ縛りの女はバーストの銃を打って来た。
里志とカナタは刀を抜き、弾丸を弾きながら素早く近づいていく。カナタは、ショートの女の銃口を刀で切り落とす。と女はバランスを崩し、よろけた。それを狙い、カナタが上に乗っかり刀を顔の真横に刺した。女の頬に血が流れる。
「すみません。僕、綺麗な女性好きですけど、ケバい女は嫌いなので」
ショートの女は、頬の血を横目で見ながら震えた。今まで顔を傷つけられた事ないからだ。
里志はツインテール女に至近距離で近づくと、素早く刀を逆にし柄でお腹を強く打った。女はよろけて、銃を離し倒れ込んだ。里志は銃を拾い、距離を置く。
カナタは反撃しないと見て、ショートの女から離れた。
3人が戦ってる姿を見て、誠は歯痒い気持ちと、驚きで息を飲んだ。なんで自分は無力なんだろう。好きな女が拐われたのに、戦う事すら出来ない。
「まだ、やる気ですか?」
清高が、打ち終わった空を出し吐き捨てる。ロングの女は、足に秘めていた武器が無いことに気付き狼狽る。
「冗談じゃ無いわ、私達がこんな簡単に通すとでも?」
「でしょうね。足止めしてらっしゃるんでしょう?だったらもう少し、手こずる相手の方がいいですから」
「報酬だ」
ヘブンズが、リンと幸明に分厚い封筒を渡す。中身は札束だった。
「お金…この島で」
何も無い島で、なぜお金の報酬を得て戦うのか理解できなかった。
「報酬は、大体みな家族に渡したりするのが半分。後はユートピアに使う」
「楽園…?」
「君たちの国で言う、ホステスやソープの事だ。人を殺してばかりいると、ストレスもたまるからな。良い女と過ごすのさ」
美絵の顔が青ざめた。自分もそっちに飛ばされるのか?そう思ったら吐き気がしたのだ。
「お前は飛ばさない。ここにいる時点で、鈴風美絵お前は俺の嫁だ。この城安泰の為に子供を作ってもらう」
「なっ!ふざけるな!」
次の瞬間、ヘブンズは冷たい目線で美絵のロングスカートを左右に引っ張り引き裂いた。美絵の顔は青ざめる。美絵の細くて、綺麗な脚が破れたスリットからあらわになった。ヘブンズが、その脚に触れる。手の温度が冷たく、美絵は気持ち悪さを感じた。
「その格好で、良くそんなへらず口立てれるね。この格好のまま、奴らの所に置き去りにしてやろうか?」
美絵の目が大きく開く。ヘブンズの口元が、緩んだ。
「きっと体が持たなくなるぜ。そうなりたくなかったら、大人しくしてな」
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