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騎士王子の片恋相手
騎士王子の片恋相手①
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ヴェスピエ王国の騎士団では年に一度交流会が開かれる。
それは親睦を深めコネを広げるという意味合いを持っていた。
騎士として従事するのはほとんどが貴族の次男三男。稀に例外もいるものの、八割はその構成である。
そして、その『稀な例外』の一人であるグレース・レドレルは混乱していた。
「グレース嬢。どうか俺と結婚を前提に付き合ってくれませんか?」
自身に跪く精悍な顔立ちの男性。深い青色の短い髪。その鋭く吊り上がった青色の目。……まさに、美丈夫という言葉が似合う。
(どうしてこんなことになったんだっけ……?)
困惑する頭を必死に冷静にし、グレースはこうなった経緯を思い出していた。
◆
グレース・レドレルが生まれたのは今から二十年前。ヴェスピエ王国にある末端男爵家レドレル家だった。
父と母、それから兄と暮らす生活はお世辞にも豪勢とは言い難い。しかし、質素倹約をモットーとすれば辛くはないレベルではあった。それが変わったのは父と母が事故により急逝したことが原因。
グレースの兄エドモン・レドレルはお世辞にも頭がいいとは言えなかった。腕っぷしは強く、傭兵としての腕は抜群だった兄。けれど、領主に必要なのは腕っぷしではなく頭である。
エドモンは何故か難しいことを考えると熱を出してしまう体質であり、領主は向いていなかった。
それなのに夢見がちであり、様々な事業に投資する兄。その兄に呆れを抱きグレースはレドレル家を飛び出し王都へとやってきた。
ちなみに、グレースが王都にやってきて四年が経つが、その間エドモンは何とか男爵領を切り盛りしているらしい。その代わり、かなり貧乏らしいが。
グレースは王都に来てからは女騎士として国に従事している。二十歳のグレースはその腕っぷしの強さから全部で八つある部隊の一つの隊長を任されている。嫁ぎ遅れ感は否めないが、着飾っているよりも戦っていたいグレースである。全く問題はなかった。
が、そんなグレースが唯一嫌だと思う行事が――騎士団の交流会である。
理由など簡単だ。グレースに言い寄ってくる輩が尽きないから。グレースはつややかな金色の髪とぱっちりとした桃色の目を持ついわば美女である。特に胸が大きく、はっきりと言って男盛りの騎士たちにとってグレースの容姿は目に毒なのだ。
さらにはグレースに男っ気がないことから、出来れば恋人に……という男が後を絶たない。それゆえに、グレースは年に一度の交流会が大嫌いだった。
そもそも、兄があの調子なのだ。男に夢など見ていられないし、結婚するのならばせめて「頭のいい男性」がいい。脳筋の騎士たちはお断りである。
◆
そして、その日グレースは一応交流会に参加しながらも部屋の端でちびちびチーズを食べながらワインを煽っていた。
交流会が始まって三時間。そろそろ騎士たちにも酔いが回って来たらしく、バカ騒ぎしているものもいる。こういうのを見ると、男って本当にバカと思うのがグレースである。
(そう言えば、お兄様ともしばし会っていないわね……)
年に一度はレドレル男爵領に帰るようにしているが、去年は隣国との戦に駆り出されてしまい、帰れていない。今年は今年でその事務処理に追われており、有休をとる暇もなかった。騎士は公務員とはいえ、その点はあまりホワイトとは言えないのだ。
バカ騒ぎしている男たちを見ていると、無意識のうちに兄のあのバカ面が恋しくなってしまう。兄には最近恋人が出来たらしく、彼女との結婚を考えているらしい。……ちなみに、その恋人とはグレースも顔見知りである。というか、グレースがけしかけた。
エドモンには賢い妻が必要だ。そう思ったので、グレースは知り合いだった商家の娘に兄を紹介したのだ。すると彼女は兄に一目惚れし、絶対に妻になりたいと宣言してくれたのだ。
彼女はとても賢いので、あの兄の手綱を握ってくれるだろう。そうなれば、兄とて変な事業に夢見る気持ちだけで投資しなくなるはずだ。……多分。
「隊長~! 飲んでますかぁ~?」
「飲んでるわよ。っていうか、あんたは飲みすぎ」
第五部隊の副隊長であるナタンに声をかけられ、グレースはそう返す。ついでに額にデコピンをお見舞いしておいた。彼はわざとらしく「いったぁ」と言うものの、その表情は極めて明るい。
「っていうかぁ、知ってますぅ?」
「……何がよ」
「オディロン殿下がそろそろ婚約するっていう話!」
そう言ってナタンはへらへらと笑う。彼は完全に酔っている。そのため、グレースの目の奥が微かに揺らいだのに気が付かない。
「……そうなんだ」
「えぇ、何でも好きな人がいるらしくてぇ~。その人と婚約するって張り切っているらしいですよぉ!」
けらけらと笑いながらナタンはそういう。
王子を語るのにこんなにけらけらと笑っていれば不敬罪に問われてもおかしくはない。が、当の本人であるオディロンには聞こえていないため構わないだろう。
そう思いながら、グレースは部屋の端――グレースから見て反対側――で酒を煽っている男を見つめる。
深い青色の髪。鋭い青色の目。身体つきはがっしりとしており、その顔立ちは精悍なものだ。一部の女性に熱狂的に好かれている彼こそ――オディロン・ヴェスピエ。このヴェスピエ王国の第七王子にして、騎士団第一部隊の隊長である。
オディロンは親しい騎士たちと会話をしている。その表情はあまり動いていないが、楽しいのか口元は緩んでいる。
その姿を見ると……グレースの心がほんの少しだけきゅんとした。
(……オディロン殿下)
グレースはオディロンが好きだ。それも、恋愛感情で。オディロンは騎士をやっているものの、賢く戦略を練ることが得意。
腕っぷしの強さだけではないところに、グレースは惹かれた。……腕っぷしの強さだけの男性はお断りだ。兄がそうだから。
しかし、グレースは男爵令嬢であり女騎士である。王子と結婚できる身分ではないし、そもそも住む世界が違う。それに、あちらが自分を認識しているとは到底思えない。だからこそ、グレースは恋心を封じ込めるのだ。
「っていうか、隊長はいつになったら結婚するんですかぁ?」
オディロンを見つめていた時、不意にナタンがそう問いかけてくる。なので――頭をバンっとたたいた。
「セクハラだから」
その後凛としてそう言えば、ナタンは「隊長すぐ手が出る!」と言いながら涙目で睨んでくる。
グレースは実のところ腕っぷしがかなり強い。そこら辺の男顔負けの力強さを持っているため、たたかれればひとたまりもなかったりする。それをもろ食らうのが基本的にナタンだった。
「そもそも、私、結婚する気はないし。……こんな私のこともらってくれる人も、いないだろうしさ」
そのままワインを飲み干して、グレースはそういう。そうすれば、ナタンは「もらってくれる人、いますってば」と言葉を発する。
「……はぁ? 何処に?」
「何処にって……そりゃあ、この世界のどこかには?」
それはつまり、いないと同意義だろう。むかついたので、もう一度ナタンをたたく。彼は「隊長の暴力女!」と叫んでくる。……まったく反省していないらしい。
「本当に気が悪いわ」
「どこ行くんですか!」
「お水もらってくるのよ」
ナタンにそう吐き捨て、グレースは立ち上がる。その際に一つにまとめた金色の髪がふわりとなびき、騎士たちの視線を奪っていく。
そのまま水をもらい、グレースはその場でグイッと飲み干す。まだまだ飲み足りない。そう思うが、こんな男所帯の中で酔うわけにはいかないのだ。……一応、そういう点での危機感はある。
(はぁ、こっそりと抜け出して何処か一人で飲もうかなぁ)
そう思ってしまうほど、グレースはほんのちょっぴり挫けていた。
ナタンの言葉は真実だ。実際、グレースをもらってくれる人はこの王国にはいないだろう。そもそも、女騎士として名が通っているグレースを誰がもらいたいというのだ。
貴族の女性は守ってあげたくなる可愛らしい子が理想である。グレースはまさに真逆のタイプ。……お世辞にも、モテたことはない。
(本当に、男ってバカ)
兄にしろ、ナタンにしろ、騎士たちにしろ。
そう思いグレースがもう一杯水を煽っていれば、不意に肩をたたかれる。それに驚いてそちらに視線を向ければ、そこには――何故かオディロンがいた。
「……これ、どうぞ」
オディロンはそう言っておつまみのチーズを差し出してくる。なので、ぺこりと頭を下げて受け取る。
(っていうか、どうしてオディロン殿下が私の元にいらっしゃっているのよ⁉)
冷静を装っているが、頭の中は混乱している。思わず素っ頓狂な声を上げてしまいそうなほどに、混乱している。
そんなグレースを他所に、オディロンは「あちらで、ちょっとお話しませんか?」と問いかけてきた。
「……は、はぁ」
断る理由もなかったということから、グレースは渋々頷いて部屋の端っこにオディロンと共に向かう。すると、彼は「……第五部隊の隊長さん、ですよね」と言って酒をグイッと煽っていた。
「……えぇ、まぁ。グレース・レドレルです」
小さな声で名乗れば、オディロンは「俺は第一部隊の隊長、オディロン・ヴェスピエです」と名乗ってくれた。
誰もが知っている名前を名乗られ、グレースは「は、はぁ」と頬を引きつらせながら返事をする。
「グレース嬢と呼んでも?」
「ご自由にどうぞ」
そもそも、王子の提案を無下にできるような身分ではない。そう思いグレースがそう返事をすれば、彼は「……では、グレース嬢」と改まったように声をかけてくる。
「グレース嬢は、お綺麗ですね」
彼は酒を飲みながらそんな言葉を言ってくる。……お世辞ならばもうちょっとうまく言え。内心でそう思いながらグレースは「ありがとうございます」と淡々と礼を告げる。
「ですが、私はそこまできれいではないと自覚しています。お世辞は必要ありません」
凛とした声でそう返せば、オディロンは「俺は、きれいだと思っていますよ」と至極当然のように告げてくる。まぁ、女性の好みは人それぞれだ。心の中でそう思い、グレースは「まぁ、受け取りますね」と言っておく。
「グレース嬢は、恋人とかほしくないんですか?」
……いきなり踏み込んだ質問をしてくるな。
そう突っ込みながらも、グレースは「欲しくないと言えば、嘘になりますかねぇ」と言いながら魚のすりみを口に運んだ。
「ですが、こんな私をもらってくれる人なんていませんから」
肩をすくめて自虐を言えば、オディロンは「いますよ」と言ってグレースの目を見つめてくる。……この世界のどこかには、だろう。
「何処にですか?」
「俺です」
けれど、オディロンの言葉にグレースは目を見開いた。……今、彼はなんと言った?
(いやいやいや、幻聴だわ。酔いすぎだわっ!)
そう思いぶんぶんと首を横に振っていれば、オディロンが「俺、グレース嬢が好きです」と真剣な面持ちで告げてくる。
かと思えば、いきなりその場に跪いてきた。……これは、王子が求婚する際にとる形式的な体勢だ。
「グレース嬢。どうか俺と結婚を前提に付き合ってくれませんか?」
まっすぐに顔を見つめられ、そう言われた瞬間――グレースは目を丸くした。むしろ、目を丸くすることしか出来なかった。
そんなグレースを他所に、オディロンは真剣な面持ちでグレースの顔を見つめてくる。そのまなざしの熱意にグレースの心臓がきゅんと高鳴ったような気が……した。
けれど、そんなことを言われたところで易々と「付き合います!」と言えるような状態ではない。だって、年齢の問題があるのだから。
二十歳を迎えた今、破局するかもしれない相手と付き合うのは普通に恐ろしい。嫁ぎ遅れになりつつある現状、そんな恋に恋するような状態にはなれないのだ。
「……私、二十歳ですけれど?」
「そうですか。俺も二十歳なので問題ないですね」
「そもそも、女騎士です」
「男爵家の令嬢でもあるのでしょう」
全く、ああいえばこういう状態だ。そう思い頭を抱えてしまいそうになるグレースを他所に、オディロンは「真剣に考えてください」と言ってくる。……あぁ、そんな熱い眼差しで見つめられてしまったら――。
(本当に、付き合いたくなるじゃない!)
彼にとっては遊びの一環かもしれない。もしかしたら、珍味を食べたくなったのかもしれない。オディロンにそういう噂はない。でも、やっぱり選びたい放題になるとそう思うのかもしれない。
(って、あれ? でもさっきナタンは――)
オディロンには好きな人がいると言っていたはずだ。なのに、今、グレースに告白している。意味が分からない。
(まさか、この告白自体嘘?)
そんな可能性さえ脳裏に浮かんでしまい、グレースはぞっと青ざめてしまった。それを見たオディロンは何を思ったのか、グレースの身体を抱きしめてくる。その瞬間、周囲の騎士たちから太い歓声が上がる。
「ちょ、な、なにをっ!」
「お酒飲みすぎたんですよね? いいです、俺、介抱します」
「違いますー!」
そのまま横抱きにされ、部屋から運ばれていく。……何だこれ、どんな羞恥プレイだ。そう思いながら、お酒に酔った頭はこの感覚を心地いいとも思ってしまった。
(……あぁ、なんていうか……眠い)
多分、勢いに乗って飲みすぎたのだ。だから、こんなにも眠い。
そんなことを思いながら、グレースは眠りに落ちていった。
それは親睦を深めコネを広げるという意味合いを持っていた。
騎士として従事するのはほとんどが貴族の次男三男。稀に例外もいるものの、八割はその構成である。
そして、その『稀な例外』の一人であるグレース・レドレルは混乱していた。
「グレース嬢。どうか俺と結婚を前提に付き合ってくれませんか?」
自身に跪く精悍な顔立ちの男性。深い青色の短い髪。その鋭く吊り上がった青色の目。……まさに、美丈夫という言葉が似合う。
(どうしてこんなことになったんだっけ……?)
困惑する頭を必死に冷静にし、グレースはこうなった経緯を思い出していた。
◆
グレース・レドレルが生まれたのは今から二十年前。ヴェスピエ王国にある末端男爵家レドレル家だった。
父と母、それから兄と暮らす生活はお世辞にも豪勢とは言い難い。しかし、質素倹約をモットーとすれば辛くはないレベルではあった。それが変わったのは父と母が事故により急逝したことが原因。
グレースの兄エドモン・レドレルはお世辞にも頭がいいとは言えなかった。腕っぷしは強く、傭兵としての腕は抜群だった兄。けれど、領主に必要なのは腕っぷしではなく頭である。
エドモンは何故か難しいことを考えると熱を出してしまう体質であり、領主は向いていなかった。
それなのに夢見がちであり、様々な事業に投資する兄。その兄に呆れを抱きグレースはレドレル家を飛び出し王都へとやってきた。
ちなみに、グレースが王都にやってきて四年が経つが、その間エドモンは何とか男爵領を切り盛りしているらしい。その代わり、かなり貧乏らしいが。
グレースは王都に来てからは女騎士として国に従事している。二十歳のグレースはその腕っぷしの強さから全部で八つある部隊の一つの隊長を任されている。嫁ぎ遅れ感は否めないが、着飾っているよりも戦っていたいグレースである。全く問題はなかった。
が、そんなグレースが唯一嫌だと思う行事が――騎士団の交流会である。
理由など簡単だ。グレースに言い寄ってくる輩が尽きないから。グレースはつややかな金色の髪とぱっちりとした桃色の目を持ついわば美女である。特に胸が大きく、はっきりと言って男盛りの騎士たちにとってグレースの容姿は目に毒なのだ。
さらにはグレースに男っ気がないことから、出来れば恋人に……という男が後を絶たない。それゆえに、グレースは年に一度の交流会が大嫌いだった。
そもそも、兄があの調子なのだ。男に夢など見ていられないし、結婚するのならばせめて「頭のいい男性」がいい。脳筋の騎士たちはお断りである。
◆
そして、その日グレースは一応交流会に参加しながらも部屋の端でちびちびチーズを食べながらワインを煽っていた。
交流会が始まって三時間。そろそろ騎士たちにも酔いが回って来たらしく、バカ騒ぎしているものもいる。こういうのを見ると、男って本当にバカと思うのがグレースである。
(そう言えば、お兄様ともしばし会っていないわね……)
年に一度はレドレル男爵領に帰るようにしているが、去年は隣国との戦に駆り出されてしまい、帰れていない。今年は今年でその事務処理に追われており、有休をとる暇もなかった。騎士は公務員とはいえ、その点はあまりホワイトとは言えないのだ。
バカ騒ぎしている男たちを見ていると、無意識のうちに兄のあのバカ面が恋しくなってしまう。兄には最近恋人が出来たらしく、彼女との結婚を考えているらしい。……ちなみに、その恋人とはグレースも顔見知りである。というか、グレースがけしかけた。
エドモンには賢い妻が必要だ。そう思ったので、グレースは知り合いだった商家の娘に兄を紹介したのだ。すると彼女は兄に一目惚れし、絶対に妻になりたいと宣言してくれたのだ。
彼女はとても賢いので、あの兄の手綱を握ってくれるだろう。そうなれば、兄とて変な事業に夢見る気持ちだけで投資しなくなるはずだ。……多分。
「隊長~! 飲んでますかぁ~?」
「飲んでるわよ。っていうか、あんたは飲みすぎ」
第五部隊の副隊長であるナタンに声をかけられ、グレースはそう返す。ついでに額にデコピンをお見舞いしておいた。彼はわざとらしく「いったぁ」と言うものの、その表情は極めて明るい。
「っていうかぁ、知ってますぅ?」
「……何がよ」
「オディロン殿下がそろそろ婚約するっていう話!」
そう言ってナタンはへらへらと笑う。彼は完全に酔っている。そのため、グレースの目の奥が微かに揺らいだのに気が付かない。
「……そうなんだ」
「えぇ、何でも好きな人がいるらしくてぇ~。その人と婚約するって張り切っているらしいですよぉ!」
けらけらと笑いながらナタンはそういう。
王子を語るのにこんなにけらけらと笑っていれば不敬罪に問われてもおかしくはない。が、当の本人であるオディロンには聞こえていないため構わないだろう。
そう思いながら、グレースは部屋の端――グレースから見て反対側――で酒を煽っている男を見つめる。
深い青色の髪。鋭い青色の目。身体つきはがっしりとしており、その顔立ちは精悍なものだ。一部の女性に熱狂的に好かれている彼こそ――オディロン・ヴェスピエ。このヴェスピエ王国の第七王子にして、騎士団第一部隊の隊長である。
オディロンは親しい騎士たちと会話をしている。その表情はあまり動いていないが、楽しいのか口元は緩んでいる。
その姿を見ると……グレースの心がほんの少しだけきゅんとした。
(……オディロン殿下)
グレースはオディロンが好きだ。それも、恋愛感情で。オディロンは騎士をやっているものの、賢く戦略を練ることが得意。
腕っぷしの強さだけではないところに、グレースは惹かれた。……腕っぷしの強さだけの男性はお断りだ。兄がそうだから。
しかし、グレースは男爵令嬢であり女騎士である。王子と結婚できる身分ではないし、そもそも住む世界が違う。それに、あちらが自分を認識しているとは到底思えない。だからこそ、グレースは恋心を封じ込めるのだ。
「っていうか、隊長はいつになったら結婚するんですかぁ?」
オディロンを見つめていた時、不意にナタンがそう問いかけてくる。なので――頭をバンっとたたいた。
「セクハラだから」
その後凛としてそう言えば、ナタンは「隊長すぐ手が出る!」と言いながら涙目で睨んでくる。
グレースは実のところ腕っぷしがかなり強い。そこら辺の男顔負けの力強さを持っているため、たたかれればひとたまりもなかったりする。それをもろ食らうのが基本的にナタンだった。
「そもそも、私、結婚する気はないし。……こんな私のこともらってくれる人も、いないだろうしさ」
そのままワインを飲み干して、グレースはそういう。そうすれば、ナタンは「もらってくれる人、いますってば」と言葉を発する。
「……はぁ? 何処に?」
「何処にって……そりゃあ、この世界のどこかには?」
それはつまり、いないと同意義だろう。むかついたので、もう一度ナタンをたたく。彼は「隊長の暴力女!」と叫んでくる。……まったく反省していないらしい。
「本当に気が悪いわ」
「どこ行くんですか!」
「お水もらってくるのよ」
ナタンにそう吐き捨て、グレースは立ち上がる。その際に一つにまとめた金色の髪がふわりとなびき、騎士たちの視線を奪っていく。
そのまま水をもらい、グレースはその場でグイッと飲み干す。まだまだ飲み足りない。そう思うが、こんな男所帯の中で酔うわけにはいかないのだ。……一応、そういう点での危機感はある。
(はぁ、こっそりと抜け出して何処か一人で飲もうかなぁ)
そう思ってしまうほど、グレースはほんのちょっぴり挫けていた。
ナタンの言葉は真実だ。実際、グレースをもらってくれる人はこの王国にはいないだろう。そもそも、女騎士として名が通っているグレースを誰がもらいたいというのだ。
貴族の女性は守ってあげたくなる可愛らしい子が理想である。グレースはまさに真逆のタイプ。……お世辞にも、モテたことはない。
(本当に、男ってバカ)
兄にしろ、ナタンにしろ、騎士たちにしろ。
そう思いグレースがもう一杯水を煽っていれば、不意に肩をたたかれる。それに驚いてそちらに視線を向ければ、そこには――何故かオディロンがいた。
「……これ、どうぞ」
オディロンはそう言っておつまみのチーズを差し出してくる。なので、ぺこりと頭を下げて受け取る。
(っていうか、どうしてオディロン殿下が私の元にいらっしゃっているのよ⁉)
冷静を装っているが、頭の中は混乱している。思わず素っ頓狂な声を上げてしまいそうなほどに、混乱している。
そんなグレースを他所に、オディロンは「あちらで、ちょっとお話しませんか?」と問いかけてきた。
「……は、はぁ」
断る理由もなかったということから、グレースは渋々頷いて部屋の端っこにオディロンと共に向かう。すると、彼は「……第五部隊の隊長さん、ですよね」と言って酒をグイッと煽っていた。
「……えぇ、まぁ。グレース・レドレルです」
小さな声で名乗れば、オディロンは「俺は第一部隊の隊長、オディロン・ヴェスピエです」と名乗ってくれた。
誰もが知っている名前を名乗られ、グレースは「は、はぁ」と頬を引きつらせながら返事をする。
「グレース嬢と呼んでも?」
「ご自由にどうぞ」
そもそも、王子の提案を無下にできるような身分ではない。そう思いグレースがそう返事をすれば、彼は「……では、グレース嬢」と改まったように声をかけてくる。
「グレース嬢は、お綺麗ですね」
彼は酒を飲みながらそんな言葉を言ってくる。……お世辞ならばもうちょっとうまく言え。内心でそう思いながらグレースは「ありがとうございます」と淡々と礼を告げる。
「ですが、私はそこまできれいではないと自覚しています。お世辞は必要ありません」
凛とした声でそう返せば、オディロンは「俺は、きれいだと思っていますよ」と至極当然のように告げてくる。まぁ、女性の好みは人それぞれだ。心の中でそう思い、グレースは「まぁ、受け取りますね」と言っておく。
「グレース嬢は、恋人とかほしくないんですか?」
……いきなり踏み込んだ質問をしてくるな。
そう突っ込みながらも、グレースは「欲しくないと言えば、嘘になりますかねぇ」と言いながら魚のすりみを口に運んだ。
「ですが、こんな私をもらってくれる人なんていませんから」
肩をすくめて自虐を言えば、オディロンは「いますよ」と言ってグレースの目を見つめてくる。……この世界のどこかには、だろう。
「何処にですか?」
「俺です」
けれど、オディロンの言葉にグレースは目を見開いた。……今、彼はなんと言った?
(いやいやいや、幻聴だわ。酔いすぎだわっ!)
そう思いぶんぶんと首を横に振っていれば、オディロンが「俺、グレース嬢が好きです」と真剣な面持ちで告げてくる。
かと思えば、いきなりその場に跪いてきた。……これは、王子が求婚する際にとる形式的な体勢だ。
「グレース嬢。どうか俺と結婚を前提に付き合ってくれませんか?」
まっすぐに顔を見つめられ、そう言われた瞬間――グレースは目を丸くした。むしろ、目を丸くすることしか出来なかった。
そんなグレースを他所に、オディロンは真剣な面持ちでグレースの顔を見つめてくる。そのまなざしの熱意にグレースの心臓がきゅんと高鳴ったような気が……した。
けれど、そんなことを言われたところで易々と「付き合います!」と言えるような状態ではない。だって、年齢の問題があるのだから。
二十歳を迎えた今、破局するかもしれない相手と付き合うのは普通に恐ろしい。嫁ぎ遅れになりつつある現状、そんな恋に恋するような状態にはなれないのだ。
「……私、二十歳ですけれど?」
「そうですか。俺も二十歳なので問題ないですね」
「そもそも、女騎士です」
「男爵家の令嬢でもあるのでしょう」
全く、ああいえばこういう状態だ。そう思い頭を抱えてしまいそうになるグレースを他所に、オディロンは「真剣に考えてください」と言ってくる。……あぁ、そんな熱い眼差しで見つめられてしまったら――。
(本当に、付き合いたくなるじゃない!)
彼にとっては遊びの一環かもしれない。もしかしたら、珍味を食べたくなったのかもしれない。オディロンにそういう噂はない。でも、やっぱり選びたい放題になるとそう思うのかもしれない。
(って、あれ? でもさっきナタンは――)
オディロンには好きな人がいると言っていたはずだ。なのに、今、グレースに告白している。意味が分からない。
(まさか、この告白自体嘘?)
そんな可能性さえ脳裏に浮かんでしまい、グレースはぞっと青ざめてしまった。それを見たオディロンは何を思ったのか、グレースの身体を抱きしめてくる。その瞬間、周囲の騎士たちから太い歓声が上がる。
「ちょ、な、なにをっ!」
「お酒飲みすぎたんですよね? いいです、俺、介抱します」
「違いますー!」
そのまま横抱きにされ、部屋から運ばれていく。……何だこれ、どんな羞恥プレイだ。そう思いながら、お酒に酔った頭はこの感覚を心地いいとも思ってしまった。
(……あぁ、なんていうか……眠い)
多分、勢いに乗って飲みすぎたのだ。だから、こんなにも眠い。
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