冷徹大臣の雇われ妻~庶民出身成り上がり女官の次の就職先は伯爵夫人ですか~

扇 レンナ

文字の大きさ
3 / 10
第1章

しおりを挟む
 着替えを済ませ、私室で身だしなみを整える。部屋の扉を開けると、台所に立つロジアネが振り返った。

「夜はどうするの?」
「適当に済ませるつもり」
「じゃあ、軽いものを作るから持っていきなよ」

 リリアンは常々ロジアネをすごいと思っている。

 お嬢さま育ちなのに、この貧乏生活を悲観していない。さらに適応力が素晴らしく、家事などもあっさり覚えてしまった。

 リリアンの家事能力など未だに底辺なのに。

「なんか迷惑かけてごめんね」

 水差しからカップに水を注ぐ。

 そんなリリアンを見つめつつ、ロジアネは大きくため息をついた。

「別にいいよ。お義姉ちゃんは働いてくれてるし」
「……けど、生活費はロジアネの稼ぎじゃない」
「私の生活費だけだったら、こんなにいいアパート借りることができないよ。お義姉ちゃんのおかげ」

 アパートの家賃はリリアンが払っていた。

 二人にそれぞれ私室があり、リビングとベランダがある。ここらの住宅では比較的新しい建物であり、家具なども備え付けだ。

 もちろんその分家賃は高い。

「それに、私たち……その、家族じゃん」

 ロジアネが照れたようにうつむいた。

 その姿が可愛くてたまらなくて、リリアンは抱き着こうとした。だが、あっさりと躱されてしまう。

「ほら、さっさとテーブルに運んでよ!」

 これは明らかに照れ隠しだ。

 リリアンはわかったが、口には出さない。

 口に出すと間違いなくロジアネは真っ赤になる。彼女はツンケンしているが、案外照れ屋なのだ。


 十分後。食卓テーブルには二人分の昼食が並んだ。――リリアンにとっては、朝食も兼ねているが。

「昨日卵が安くて。オムレツにしてみたんだけど、どう?」
「なんかほら、ふわふわしてて美味しい!」
「……お義姉ちゃんの感想、いつも語彙力ないよね」

 ロジアネが肩をすくめる。

「けど、美味しいって気持ちは伝わってくるから、嬉しい」

 リリアンがぱくぱくオムレツを口に運ぶのを見て、ロジアネが口元を緩めた。

「ロジアネの作るご飯は全部美味しいよ。ベーコンなんて焼き加減が絶妙だもん」
「それは慣れだよ。慣れると大体わかるようになるの」

 素っ気ない言葉だが、ロジアネは嬉しそうだ。

 ツンケンしていて、照れ屋で。そしてなによりも――ロジアネは可愛いのだ。

「そうだ。今度パンを焼こうかなって思ってるの」

 思い出したように言うロジアネに、リリアンは目を見開いた。

「お店の常連さんにパン教室をやってる人がいてね。誘われたの」
「へぇ、いいじゃん。行っておいでよ」
「でも、教室だしなぁって」

 彼女の言いたいことはわかった。教室ということは、お金がいるのだ。

「……私はロジアネが行きたいなら、行ったほうがいいと思うよ」

 カップを口に運んで、リリアンはつぶやいた。

「しないで後悔するより、して後悔したほうがいいと思う。死ぬとき、あのときああしていたら~なんて思いたくないじゃん」
「……まぁ、そりゃそうだけど」
「やりたいことに全力でいようよ」

 笑いかけるとロジアネがなんとも言えない表情をした。

 しかし、少ししてうなずく。

「うん、前向きに考えてみる。独学でがんばってみようかなって思ってたけど、やっぱり美味しく作るにはプロから習ったほうがいいよね」
「……うん」

 リリアンがああ言ったのは『美味しく作るため』ではない。

 ロジアネの人生にたくさんの彩を添えたかったからだ。

(パン教室に行ったら、きっといっぱい出逢いがある。新しい交流もある。この子にちょっとでも楽しいことを与えたい)

 口に出したら、ロジアネは拒否する。

 だから、リリアンは黙っておくことにした。

 こんなこと伝えたところで、なにも変わらないから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

リセット悪女の生存戦略~正義感強めの騎士団長は稀代の悪女を溺愛している……らしい~

扇 レンナ
恋愛
――ある日、目が覚めたら記憶がなかった。 独身時代は『稀代の悪女』と呼ばれ、結婚してからは『悪妻』などと呼ばれている伯爵夫人シャルロット。彼女は、ある日突然『自分にかかわるものについて』を失う。 医師の見立てでは、何者かが魔術でシャルロットの記憶を奪ったらしい。 困り果てたシャルロットに手を差し伸べたのは、伯爵で夫のディートリク。彼は騎士団長で、周囲からの評判も上々。唯一の欠点は――シャルロットと結婚したことだとささやかれていた。 シャルロットは彼の人生の汚点。なのに彼は恨み言ひとつぶつけずに支えてくれる。 どうしてここまでしてくれるのか。疑問ばかりのシャルロットに対し、ディートリクはひたすら優しくて……。 正義感強めの騎士団長(ただし、妻最優先)×元悪女の泥沼系激重ラブ――! ▽掲載先→小説家になろう(先行)、アルファポリス、エブリスタ ※小説家になろうさんでコンテストに応募しています※

『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』

星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】 経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。 なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。 「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」 階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。 全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに! 「頬が赤い。必要だ」 「君を、大事にしたい」 真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。 さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!? これは健康管理?それとも恋愛? ――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【第1章完結】公爵様、三年限定ではなかったのですか!?~契約結婚したらなぜか溺愛されていました~

山咲莉亜
恋愛
ウェルロード帝国。大陸一の国力を誇るこの国には建国当時から続く五つの名門家があった。それぞれ役割は違うものの、爵位問わず皇族に継ぐ権力を持った彼らはまとめて『ロード』と呼ばれ、人々は尊敬と畏怖の念を抱いていた。 「はじめまして、フェルリア公爵様。わたしはリーシャ・フランクスと申します。以後お見知りおきを」 ──わたしは『時間』の面で大きなハンデがあるから、その分他人より多くの何かを諦めなければならない。それでも、絶対に譲れないものはあります。汚れ仕事はすべて請け負う。その代わり、わたしの生きる意味は国にはあげない。 「アルヴィン・フェルリアだ。リーシャ嬢、私と結婚してくれないか?」 ──私には守りたいものができた。手に入れたいものができた。この力を持って生まれた理由は誰が何と言おうと、彼女の隣に並び立つためだったと断言する。 これは不幸な環境で育ちながらも自身の目的のために前を向き続ける、強き少女の物語。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

処理中です...