冷徹大臣の雇われ妻~庶民出身成り上がり女官の次の就職先は伯爵夫人ですか~

扇 レンナ

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第1章

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 突然の言葉にリリアンは目を見開いた。

(合格って――なに?)

 聞き間違いだろうか――と思うよりも先に、カンディードが立ち上がる。

 彼は執務机のほうに向かい、引き出しの中からなにかを取り出した。

「現在貴族の大半がどちらかの派閥についていると言っただろう」
「……はい」

 カンディードの動きを目で追いつつ、リリアンはうなずいた。

「我がヴェルディエ伯爵家は現状どちらにもついていない。そして、今後どちらかにつくこともない」

 長い脚を動かして、あっという間にリリアンの前に現れるカンディード。その手には一枚の紙が握られていた。

「これは婚約の書類だ。ここにサインしろ」
「――は?」

 意味がわからず、リリアンは大きな声を上げた。

「婚約届というやつだ。それくらいわかるだろう」

 大きなため息が聞こえる。リリアンが驚いているのはそこではない。

「違います。……私がどうして財務大臣――ヴェルディエ卿と婚約することになるのですか?」
「私がお前の回答に満足したからだ」

 当然のように言い切ったカンディードに、リリアンは頭が痛くなった。

 そもそも、婚約ということは、その先には結婚がある。結婚とは双方の同意が必要ではないのか。

「私は了承していません」
「だろうな」

 カンディードは悪びれた様子もない。リリアンの目の前に婚約届を置いて、元の位置に戻った。

 彼は頬杖をついて、リリアンを見つめる。背中に嫌な汗が伝った。

「では、順を追って説明しよう。貴族の婚約、婚姻とは家同士のつながりを確たるものにするためのものだ。よって、政略結婚が主流となる」
「……さようでございますか。ということでしたら、ヴェルディエ卿もどこぞのご令嬢とご結婚ください」

 頭を下げる。遠回しの断りに、カンディードは喉を鳴らして笑っていた。

「言っただろう。私はどちらの――いや、この場合どこかの派閥につくつもりはないと」
「……どういう――」

 そこまで言って、気づいた。

(貴族の婚姻は家同士のつながりを確たるものにすること。そして、彼はどこの派閥にも入るつもりはない)

 さらに、前提として『現在貴族の大半がどちらかの派閥についている』。

(それって、簡単に結婚相手を選べないということ?)

 ……なら、なにも無理に結婚しなくてもいいだろう。独身を貫くことだって一つの選択肢だ。

「独身を貫くというのは、愚策だな。私の元にどこぞの貴族令嬢が押しかけてくることが可能になる」

 リリアンは先ほどすれ違った貴族令嬢を思い出す。

 彼女はカンディードの元を訪れていたようだ。――カンディードを自身の家の派閥に引き込むためだったのか。

「貴族令嬢とは、思うより馬鹿ではない。あの手この手を使って私を引き込もうとするだろう」

 ヴェルディエ伯爵家の持つ権力は大きなものだと聞く。

 カンディードを引き入れることができたなら、派閥は大きく成長する。

「私は王位争いなど面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ」

 テーブルの上にある婚約届を見つめる。カンディードの名前は既に記入されていた。

「別に心身ともに妻になってほしいわけではない。名前を貸せといっているだけだ」
「それは」
「結婚とは一種の契約。これは……そうだな。妻としてお前を雇いたいということ。雇用契約を結ぼうとしている」
「雇用契約ですか」
「そして、これでは私側にしかメリットがない。というわけで、お前の一番欲しいものをなんでも用意する」

 その言葉に反応する。顔を上げると、カンディードの瞳がリリアンを見つめている。試すような視線は居心地が悪い。

「……一番欲しいもの」
「私はお前の身辺を調査した。事情も調査しているぞ」
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