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第1章
⑥
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リリアンにとって、財務大臣のカンディードとはたまにかかわる程度の人物でしかない。
それも、セレスタンの遣いで会うくらいだ。だからこそ、個人的なことという部分が引っ掛かった。
(あの人、良くも悪くも私に無関心だと思ってたけど……)
大臣によっては庶民階級出身のリリアンを露骨に嫌う者もいる。
比べ、カンディードはリリアンに無関心だった。仕事ができるのなら、出自などどうでもいい――と言いたげな態度は、リリアンにとって気が楽なものだ。
もちろんセレスタンのように好意的なのもある意味楽だが、こういう貴族が少ないことは十分理解した。なので、期待しない。
女官の執務室に戻り、淡々と職務をこなしているとあっという間に終業時間だ。
リリアンは仕事の後片付けをして、女官の制服から私服に戻る。業務中以外の制服着用は認められていないためだ。
カンディードの執務室に向かうため廊下を歩いていると、華やかなドレスをまとった女性が前から歩いてくる。彼女は怒りを隠しておらず、連れてきたのであろう自身の侍女に当たっているようだった。
「まったく、どうしてヴェルディエ伯爵はわたくしに興味を持ってくださらないの!?」
すれ違いとき、女性の怒りに満ちた声が耳に届いた。
(ヴェルディエ伯爵って、確か――ほかでもない、財務大臣じゃない)
どうしてだろうか、今、無性に嫌な予感がする。今すぐ引き返したい――と思ったが、踏みとどまった。
(いや、直属ではないといえ、上司は上司! きちんと従わなくちゃ)
これが原因でクビになったらたまったものではない。リリアンは軽く頬を叩いて、足を前に踏み出していく。
カンディードの執務室の扉をノックすると、中から「いいぞ」と声が返ってきた。リリアンは一度深呼吸をして、扉を開く。
「……来たか」
彼はリリアンを見て、唇の端を上げた。
執務机の上は片付いており、彼も業務が終わったらしい。
「とにかく、ゆっくり話がしたい。そこに座れ」
視線は応接用のソファーに向いている。リリアンは息をのんで、言われたとおりに腰かけた。
カンディードはリリアンの前に腰かけ、青い双眸を細める。
「リリアン・マニュス――だったな」
「はい」
フルネームの確認をされ、リリアンはうなずく。カンディードは表情一つ動かさず、指先でソファーの肘置きを叩いた。
「一応名乗っておこう。私はカンディード・ヴェルディエ。財務大臣をしている」
「……はい」
「年齢は二十七。ヴェルディエ伯爵家の当主でもある」
なんだろうか、この空間は。
リリアンは表情を動かさず、カンディードを見つめた。彼は頬杖をついて、リリアンを見つめている。
まるで吟味するような視線は居心地が悪い。
「さて、キミも知っているだろうが。このバルビゼという国では、今王位継承権を巡った争いが起きている」
彼の口調は淡々としていた。報告書でも読んでいるみたいに、抑揚がない。感情もこもっていない。
「そして、貴族の九割がどちらかの王子の派閥についている。ここで問題だ。我がヴェルディエ伯爵家は――第一王子、第二王子。どちらの派閥についていると認識している?」
彼の双眸がさらに細くなった。
質問の意図がリリアンにはわからない。そもそも、リリアンは貴族ではないのだから、派閥のことは知らない。
「申し訳ないのですが、存じあげません」
「ほう」
「どのおうちがどちらの派閥か――など、私には関係ありませんから」
目を閉じて言う。カンディードはなにも言わなかった。
「もしも、私になんらかの情報を期待しているのであれば、無駄です。私は一庶民に過ぎません」
真似するように淡々と告げる。カンディードはまだなにも言わない。
「お話はこれだけでしょうか? もしもそうなら、失礼いたし――」
「――合格だ」
それも、セレスタンの遣いで会うくらいだ。だからこそ、個人的なことという部分が引っ掛かった。
(あの人、良くも悪くも私に無関心だと思ってたけど……)
大臣によっては庶民階級出身のリリアンを露骨に嫌う者もいる。
比べ、カンディードはリリアンに無関心だった。仕事ができるのなら、出自などどうでもいい――と言いたげな態度は、リリアンにとって気が楽なものだ。
もちろんセレスタンのように好意的なのもある意味楽だが、こういう貴族が少ないことは十分理解した。なので、期待しない。
女官の執務室に戻り、淡々と職務をこなしているとあっという間に終業時間だ。
リリアンは仕事の後片付けをして、女官の制服から私服に戻る。業務中以外の制服着用は認められていないためだ。
カンディードの執務室に向かうため廊下を歩いていると、華やかなドレスをまとった女性が前から歩いてくる。彼女は怒りを隠しておらず、連れてきたのであろう自身の侍女に当たっているようだった。
「まったく、どうしてヴェルディエ伯爵はわたくしに興味を持ってくださらないの!?」
すれ違いとき、女性の怒りに満ちた声が耳に届いた。
(ヴェルディエ伯爵って、確か――ほかでもない、財務大臣じゃない)
どうしてだろうか、今、無性に嫌な予感がする。今すぐ引き返したい――と思ったが、踏みとどまった。
(いや、直属ではないといえ、上司は上司! きちんと従わなくちゃ)
これが原因でクビになったらたまったものではない。リリアンは軽く頬を叩いて、足を前に踏み出していく。
カンディードの執務室の扉をノックすると、中から「いいぞ」と声が返ってきた。リリアンは一度深呼吸をして、扉を開く。
「……来たか」
彼はリリアンを見て、唇の端を上げた。
執務机の上は片付いており、彼も業務が終わったらしい。
「とにかく、ゆっくり話がしたい。そこに座れ」
視線は応接用のソファーに向いている。リリアンは息をのんで、言われたとおりに腰かけた。
カンディードはリリアンの前に腰かけ、青い双眸を細める。
「リリアン・マニュス――だったな」
「はい」
フルネームの確認をされ、リリアンはうなずく。カンディードは表情一つ動かさず、指先でソファーの肘置きを叩いた。
「一応名乗っておこう。私はカンディード・ヴェルディエ。財務大臣をしている」
「……はい」
「年齢は二十七。ヴェルディエ伯爵家の当主でもある」
なんだろうか、この空間は。
リリアンは表情を動かさず、カンディードを見つめた。彼は頬杖をついて、リリアンを見つめている。
まるで吟味するような視線は居心地が悪い。
「さて、キミも知っているだろうが。このバルビゼという国では、今王位継承権を巡った争いが起きている」
彼の口調は淡々としていた。報告書でも読んでいるみたいに、抑揚がない。感情もこもっていない。
「そして、貴族の九割がどちらかの王子の派閥についている。ここで問題だ。我がヴェルディエ伯爵家は――第一王子、第二王子。どちらの派閥についていると認識している?」
彼の双眸がさらに細くなった。
質問の意図がリリアンにはわからない。そもそも、リリアンは貴族ではないのだから、派閥のことは知らない。
「申し訳ないのですが、存じあげません」
「ほう」
「どのおうちがどちらの派閥か――など、私には関係ありませんから」
目を閉じて言う。カンディードはなにも言わなかった。
「もしも、私になんらかの情報を期待しているのであれば、無駄です。私は一庶民に過ぎません」
真似するように淡々と告げる。カンディードはまだなにも言わない。
「お話はこれだけでしょうか? もしもそうなら、失礼いたし――」
「――合格だ」
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