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第41話 試験!少女が研修から新人になる活路 (Bパート)
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門をくぐると若い男性がやってくる。
怯んだ紫織を不審に思ったが、勇気を振り絞って「トランクを渡しに来ました」と言ってきたものだから困った顔をする。
すると若い男性はアニキと呼ばれる人に相談した。
アニキは紫織をじっくり見た。
そのあまりにも怖い顔つきで睨まれて泣きそうになった。
だけど、今まで戦ってきた怪人に比べれば……!
そう思って、奮い立たせた。
それを見たアニキは面白いと言わんばかりに笑った。
「ついてこい」
と言われて、紫織は組長まで連れてこさせられた。
やくざの敷居をまたいでからずっと心臓が飛び出してしまいそうなぐらいドキドキしている。
「来たか」
オフィスと似たような雰囲気の事務所に通されてその奥に座っていたスーツを着た男が紫織を見た。
「あ、あの……」
「今日君がここにやってくるのはあるみさんから聞いている」
「あ、あるみ社長からですか……?」
「気が弱いから可愛がってあげろとのことだ」
フフフ、とスーツの男は不敵に笑う。
「組長、あまり脅すのは感心しませんね」
アニキが釘を刺す。
「俺は普通に喋ってるつもりなんだがな、こう見えても子供好きなんだぞ」
「その顔で言われると人さらいみたいで逆に怖がられますよ」
「まったく、女の子を平気で売り飛ばしたり、借金押し付けたりするような他所の組と一緒にされちゃ困るんだがな」
「売り飛ばしたり、借金……?」
紫織はガクガクと震える。
「ああ、そんなこと言ってるから怯えちゃってるじゃないですか」
「そいつは悪かったな。怖がらせるつもりはなかったんだがな。そんなに怖いのか、俺は」
組長は紫織に顔を近づける。
「ひ……!」
「自信無くすな……そう怯えられると」
組長は肩をすくめる。
「そういうことをするから怖がられるんですよ」
「そうか。あるみさんから強い娘が来るっていうからつい身構えちまってな」
「人は見かけによらないものですよ」
「そうか、まあよろしくな。俺はここの組長をしている」
「は、はい、よろしくお願いします、組長さん」
紫織はペコリとお辞儀する。
「あ、秋本紫織といいます」
「紫織か。いつもだったらお近づきに一杯ってところだが、酒を飲ませるわけにはいかねえからな」
「お、お酒……?」
「やっぱり、子供にはジュースだな」
「お茶がありますよ」
「じゃ、日本茶を一杯入れてやりな。まあゆっくりしていけや」
「は、はい……!」
紫織は震えながらイスに腰掛ける。
塀を乗り越えて、しっかり着地する。
ガサガサと物音が立ててしまったが、すぐに物陰に隠れる。
「あんた、無茶するわね」
「しょうがないでしょ、紫織ちゃんのためなんだから」
「でも、今のでバレたんじゃ」
「――何か音がしなかったか?」
屋敷の中からこちらに近づいてくる足音がする。それによって緊張が走る。
やくざの敷地に無断侵入したのだから、生命はないかもしれない。
一度はどこかに売り飛ばされかけたかなみは身にしみてよくわかっている。
「…………………」
かなみとみあは身を屈ませて、気配を悟られないように努める。
「気のせいじゃないのか?」
「いや、確かに聞こえたんだがな」
大人の男性が二人やってくる。
「そんなに一応確かめるか。塀を乗り越えてくるようなバカがいるとは思えねえけどな」
まずい、とみあは思った。
こいつらは必ずここまでやってくる。そして、自分達がここにいることがバレる。
「かなみ……」
どうするの、って訊こうとした時だった。
ニャォン
かなみが猫の鳴き真似をしてみせた。
「……え?」
みあは呆然とした。
「なんだ、猫か」
「猫が塀飛び越えてきたのか」
「ま、そうじゃないかと思ったけどな」
「戻るか」
「おう」
男達はそんなやり取りをして、屋敷に戻っていく。
「上手くいったね」
かなみはみあに笑顔を向けて言う。
「あ、あんた……なにその特技?」
「あははは、うちの塀でよく鳴いてる猫の鳴き真似することがあってね。マニィがよく似ているって言うからごまかせるかなと思って」
みあは呆れた。
なんとかなると判断した行き当たりばったりところとこの状況でそんなことをしてみようという度胸に。
「あははは、じゃないわよ。もうちょっとで売り飛ばされたり、借金押し付けらたりするところだったのよ」
「そうなったら、わたしとみあちゃんは借金仲間だね」
「うげ……」とみはは思わず漏らした。
「とにかく、侵入できたらこっちのものよ。紫織ちゃんを探しましょ」
「え、ええ……」
もうどうとでもなれ、とみあは思った。
「それでそのトランクの中身なんだがな」
「は、はい……」
組長はパカッと簡単にトランクを開ける。
「ナイフと手紙だ」
「手紙……?」
「手紙は俺宛だ」
「え……?」
組長は難しい顔をして、手紙に目を通す。
「……まいったな」
読み終わると、そう漏らした。
「あの……手紙にはなんて……?」
「紫織ちゃん、あんた戦えるのかい?」
「え……?」
不意にそんなことを訊かれて紫織は戸惑った。
「手紙にはそんなことが書かれていた。紫織ちゃんが魔法少女だってことをな」
「――ッ!?」
紫織は驚く。
「ま、こっちとしてはそんなに驚くことじゃない。あるみさんのことも俺達は知ってる、仕事も持ちつ持たれつの関係だ」
「そうなんですか」
紫織は意外な事実をしらされて、どう反応して良いのかわからなかった。
魔法少女は機密事項で、絶対に他人には知られてはいけない。それが会社の規則なのだと思っていた。
それを外部の、しかもやくざの一味にしらされていたなんて。
「まあ、その話は後でゆっくりするとして。もう一度訊くぞ、あんた戦えるのかい?」
「そ、それは……」
「試験を受けるのかって、組長は聞いているのよ」
アリィが突然喋りだす。
アリィが他の人がいる前で、喋るのは初めてだった。学校の中じゃ大人しくしていて、家族の前だって黙り込んでいるのに。
「あるみ社長はこの二人の前でなら話していいって言ったのよ」
「そうなんですか……」
「ああ、やっぱぬいぐるみが喋りだすのは心臓に悪いな」
組長は微妙な面持ちで言う。
「お、驚かないんですか?」
「ま、あるみさんが見せてくれたからな。前は確か……ドラゴンだったか?」
リリィのことだ。
「話の分かる人で助かったわね。それで試験の内容はどうなってるの」
「言っただろ、戦いだって」
「……た、戦い……」
紫織はその言葉に一瞬怯むが、しかし、ここで逃げてはいけないと自分を奮いたたせる。
「た、戦えます!」
「そいつを聞きたかった」
組長は満足げに笑う。
抜き足、差し足、忍び足……
音を立てないように慎重に屋敷の廊下を歩き回る。
「紫織ちゃん、どこだろう?」
「そんなの知るわけ無いでしょ」
「あ~やっぱり虱潰しに探すしかないわよね」
カタカタ
廊下の先から足音がする。
かなみ達は角の階段を駆け上がって遭遇しないようにする。
「こんなんで大丈夫なのかしら?」
みあはぼやく。
「大丈夫、なんとかなるわよ」
そう言い切るかなみはちょっと能天気なんじゃないかと思う。
「ま、借金はかなみに押し付ければなんとかなるとして、指の一本切られてもこいつは大丈夫そうだし」
「見つかったときの話をしないで! っていうか、全部私が肩代わりするの!?」
「当然でしょ、こっちは示談金さえ用意すればなんとかなるけど、あんたはそうはいかないでしょ」
「うぅ、お金持ち……」
というか、そんなにお金もっているなら自分の方にも回してくれればいいのに、とかなみは思う。
「あ……!」
そこでふと窓の外に視線を移すと、紫織が庭に出ているのが見えた。
「いた!」
「え、どこ?」
「あっち」
みあはかなみと一緒に窓を覗き込んで、紫織を見る。
紫織はいかにもやくざといった風体の男二人のあとについていっている。
「あの娘……!」
みんな神妙な面持ちをしている雰囲気からしてただ事ではないように見えた。
「どこに連れて行かれるのかしら?」
「まさか、どっか遠くに売り飛ばされそうになってるんじゃ……!」
みあは今にも窓を破って飛び出しそうな勢いだ。
「一度外に出ましょう……!」
かなみも一度自分もやられかけただけに穏やかではいられなかった。
試験を受けると答えた紫織は組長の案内で
「うちでは犬を買っているんだ。ポッチョって言ってな」
「ポッチョ……?」
「子犬でな、いかにもポチって感じなんだが、それだとあまりにもそのまま過ぎてな」
「それでポッチョなんですか」
「ああ、そうだ」
組長は笑顔で振り返って、答えてくれる。
思ったより、親しみやすいかもしれない、と紫織は思った。
ワンワン
子犬が可愛らしい鳴き声で呼んでくれる。
「お~よしよし」
組長はその子犬の頭を撫でる。
「この子が、ポッチョ……?」
「ああ、そうだ」
組長はその強面からすっかり緩みきった顔でそう言う。
「だが、こいつはネガサイドに利用されちまってな。ダークマターって魔法で怪物に変えられちまったんだ」
「ダークマターで怪物に……?」
この愛らしい子犬のポッチョがおぞましい怪物になるなんて、少し想像できないことであった。
「それでうちの組員も何人もやられてな。ほとほと困ったところにあるみさんがやってきてなんとかしてくれたんだ」
「うちとあるみさんの会社はそれ以来の縁でな。組長も彼女には頭が上がらないんだ」
アニキがそう言って説明してくれる。
「それだけに、あるみさんの頼みは断れないんでね。紫織ちゃんにも協力するぜ」
組長は笑顔で言うと、ナイフをポッチョを繋げている鎖をかざす。
「その鎖は……」
「あるみさんにはダークマターを封じるための鎖らしい。それでこのナイフはその鎖を切ることができるって手紙に書いてた」
そして、組長の体勢はどうみてもナイフで鎖を切る姿勢であった。
ダークマターを封じている鎖を切る。それはダークマターを解き放って再びポッチョが怪物になることを意味している。
「わかった、紫織?」
「アリィ……」
紫織は一瞬だけ震える。
「今回の試験はあの怪物を一人で倒すことよ。誰の力も借りずにね」
「一人で倒す……」
「あなたにそれができる?」
アリィは問いかける。
もう何度も問いかけられている気がする。その度に心揺されて、挫けそうになる。
弱い自分に負けそうになる。でも、負けたくない。
かなみやみあ達と一緒になるために。
その度に何度だって言い聞かせる。
「できます、やってみせます」
「頑張れよ、俺達も応援してるからな」
組長はナイフで鎖を切る。ナイフの切れ味がいいせいか、鉄製だというのに、紙を切るようにあっさりと切れた。
すると、子犬から黒い蒸気のような魔力が立ちこもってくる。
「アリィ、変身してもいいんですか?」
紫織は確認を取る。
ここにはやくざとはいえ普通の人である組長やアニキがいる。
普通の人に魔法少女の変身シーンを見られるのはご法度。いくら、この人達があるみや紫織が魔法少女だということを知っていても確認は必要であった。
「いいわよ。もう試験は始まっているんだから」
アリィの返答を聞いて、紫織は吹っ切れた。
「マジカルワーク!」
紫色の衣装に身を包んだシオリが姿を現す。
「平和と癒しの使者シオリ登場!!」
シオリの変身が完了すると、ポッチョもダークマタ―の闇に包まれて子犬から猛獣へと姿を変える。その姿は、頭が三つあり地獄の番犬ケルベロスという言葉が似合うものであった。
「アイアン☆バット!」
シオリはバットを構える。
犬は苦手ではないが、ここまで凶暴で鋭い歯をギラつかせる怪物は怖い。あの歯、服どころか肉までも簡単に食いちぎりそう。
捕まったら終わり。でも近づかないと。でも近づいたら捕まる。――それでも近づかないと倒せない!
シオリは魔法でボールを作り出して、バットで打ってぶつける。
「マジカル・ノック・アウト!」
ボールは一直線にポッチョへ向かう。
ワン!
ポッチョの真ん中の頭が吠えると右の頭が首を振って、ボールを打ち返す。
ボールはシオリの顔の真横を飛んでいき、髪を薙いだ。
「…………………」
シオリは震えた。
生半可な攻撃じゃ、今度は返り討ちにしてやる。
そういった威圧を向けられているような気がする。
「そ、それなら……!」
恐怖が負けそうなのを必死に抑えて、ボールを作り出す。
「地獄の千本ノック!」
ボールを一斉に打ち出して、ポッチョへ放つ。
(これなら!)
今度はボールが多いせいか、打ち返すことが出来ず、一身に浴び続ける。
シオリはチャンスだと思った。
いくらボールで遠くから攻撃しても、怪物を倒し切るだけの力は無い。自分の本領は接近戦。それも両手を握りしめたバットが届く範囲。
(私には、かなみさんのようなすごい砲撃は撃てない。翠華さんのようなスピードも持っていない。みあちゃんのように魔法のバリエーチョンがあるわけじゃない。
――だから、こうするしかない!)
シオリはポッチョの真横に迫る。
ここならバットは届く。
そこで必殺の一振りを入れる。
「フルスイング!!」
左打席からド真ん中のストレートをジャストミートさせてスタンドの放り込むような会心の出来だった。
ゴキン!!
ポッチョの右の首を吹き飛ばす。
「おお!!」
傍から見守っていた組長とアニキは思わず驚嘆の声を上げる。
「や、やった……!」
ガルルルル!
「……え?」
シオリが喜んだ一瞬の隙をつかれ、衣装のフリルを噛みつかれた。
そのままつかみ上げられて、身体は宙を舞う。そして、地上に叩きつけられた。
「ガ……ッ!」
しかし、ポッチョは離さない。地面を引きずり回され、ようやく離したと思ったら次の瞬間、前足の蹴りが飛んでくる。
蹴り飛ばされたシオリは庭の端から端にまで飛ばされ、塀に勢い良く叩きつけられる。
「う、ううぅ……!」
意識が朦朧としている。頭が残り二つになったポッチョが六個にも七個にも見えてしまう。
「い、痛い……辛い……立てない……」
さっきまで何が何でも試験に合格してやるといった意気込みであったが、そういったものはねこそぎ噛みちぎられたような気がする。
(やっぱり……私じゃ無理なんじゃ……)
そんな弱気が支配する。
どうにかしようにも身体は動かない。立ち上がれない。
「もう、限界よ!」
子犬がケルベロスに変わっていたところからずっと成り行きを見守っていたかなみはコインを構えて飛び出そうになる。
「待ちなさい!」
みあはかなみの手を掴んで止める。
「待ちなさい!」
「みあちゃん、どうして!?」
「まだ、シオリは負けたわけじゃない!」
「でも、このままじゃ……!」
「あいつはあんなことぐらいじゃ負けない!」
握りしめた手が強くなる。
「みあちゃん……!」
みあだって本当は助けたい気持ちでいっぱいなのに、シオリの気持ちを尊重して飛び出すのをグッと堪えている。
「わかった。みあちゃんがそうするなら私もそうする!」
かなみは歯を食いしばる想いでじっと伏せる。
「――でも」
みあはそう言って、立ち上がる。
「やっぱ見てられない!」
「え?」
かなみが呆然としている間に、みあは叫ぶ。
「シオリ、なにやってんの!?」
声がする。
「これは……みあさんの……」
それはいつも背中を押してくれる声。小さくも頼もしいみあの声だった。
「あんた、試験受からなくていいの!!」
「し、試験……」
シオリはみあの声を受けて立ち上がる。
「あんた、あたし達と同じになりたいんでしょ! だったら、諦めるんじゃないわよ!」
「で、ですが……」
「あんたが憧れているかなみはこんなところで諦めた!? 諦めなかったでしょ! 汗まみれになっても、泥まみれもになっても、借金まみれになっても、立ち向かって戦ってるでしょ!!」
みあは力の限り叫んだ。
「みあちゃん……」
みあの気持ちが痛いほど伝わってくる。本当は今すぐ飛び出して助けたいのに、シオリを応援している。それに自分までもダシに使って。
でも、そんなことでシオリが頑張れるのなら、そんなのいくらでもなげかけてあげていい。
「シオリちゃん、頑張って! シオリちゃんが強いことは知ってるから!」
「みあさん、かなみさん……」
二人の声を受けて、シオリはバットを振りかざす。
ガルルルル!!
ポッチョは吠え立てる。
しかし、シオリは負けない。
「アイアン☆バット!」
シオリはバットを文字通り振りかざし、駆ける。
「とおりゃぁぁぁぁぁッ!!」
真正面から真ん中の頭を叩き落とす。
これでポッチョの三つあった頭が一つだけになった。
ワオオオオオオオオン!!
残り一つになったことでポッチョは怒り狂い、シオリの足に噛み付く。
肉を食いちぎらんばかりに激しく噛みつき、足がちぎれない限り離しそうになかった。
「シオリちゃん!」
かなみは拳をぐっと握りしめて駆けつけたい気持ちをグッとこらえる。
もう決めた。最後まで何があってもシオリが勝つと信じ抜く、と。
「大丈夫よ。シオリはまだ諦めていない」
「みあちゃん……」
「シオリは言ってたわ。自分にかなみのように砲撃を撃てるわけじゃないし、翠華のようにスピードがあるわけじゃないし、私みたいに器用じゃないからどうしたらいいのかわからないって……でも、それは違う。シオリにだってちゃんと強みがあるのよ」
「そ、それは……」
「――一撃のインパクトよ」
みあが断言すると、シオリはもう片方の足を軸にして、噛みつかれながらもバットを振り抜く。
ドギアシャッ!!
噛み付いていた頭を断ち切るように飛ばす。
「や、やった……!」
三つの頭を吹き飛ばしたことで、安堵したのかシオリは倒れ込む。
「ま、なにはともあれ乾杯だ」
「は、はあ……」
カチン
組長はグラスを紫織に当ててくれる。
「どうも、ありがとうございます……」
「いや、大したもんだよ。あの覚悟と度胸には恐れ入ったぜ!」
組長は上機嫌で褒めてくれる。
「おかげでポッチョも元の子犬に戻ってくれて万々歳だぜ、ありがとな」
「そ、そうですか……」
「なんだよ、俺が怖いのか?」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「あんな恐ろしい怪物を倒しちまったのに、不思議なもんだな、ははは」
紫織は萎縮してチビチビとお茶をすする。
「それで、こいつらはどうしますか?」
傍で微笑ましく見守っていたアニキはかなみ達を見やる。
「ああ、それか」
「勘弁してください」
「なんでこんな目に合うわけ……」
かなみは涙ぐんで謝り、みあは一人愚痴る。
あの後、大声を上げたかなみ達は当然のごとく組長達に見つかり、瞬く間に包囲されて捕まってしまった。
それでどんな処分を受けるのか、組長とアニキは考えることになった。
しかし、実際はそんなことをほっぽらかして組長は紫織と乾杯を始めた。正直言って自分達の方が紫織を祝ってあげたい気持ちは強いと思った。
「あの……出来れば、私達にもお茶を欲しいところなんですが」
「うちには侵入者に出すようなお茶は無いんでね。立場を弁えたらどうなんだ?」
「立場なら弁えてるわよ、そこの紫織んとこの先輩なんだから!」
みあは犬のように吠え立てる。
「ちょ、ちょっと、みあちゃん」
「ははは、威勢のいい嬢ちゃんだ。だがよ、うちの敷地に無断で入ってきたんだ、落とし前だけはつけてもらわねえとな」
「お、落とし前……」
かなみは恐れのあまり、身を震わせる。
かつて、かなみは借金のせいで身を売り飛ばされそうになったり、暴利で借金の額を倍増させられたり、借金を盾に縁談を迫られたり、この手の連中にはろくな目にあわされていない。下手をしたら五体満足でいられなかったこともあって、かなみにとって怪人以上の強敵なのである。
「落とし前って何ですか?」
「そうだな、指切りでもしてもらおうかな」
「はあ?」
みあは声を上げる。
「お、女の子の指を切って集まるなんて、悪趣味なんてものじゃないわね」
「うるせえ、これもうちらの流儀なんだよ」
「あたし達に何かあったら、あるみが黙ってないわよ」
「う……そいつを言われると弱いな」
組長は弱腰になる。あるみに何か弱味でも握られているのだろうか。
いや、単純にあるみが怖いだけなのかもしれない。同じ魔法少女でも彼女にはどうしても頭が上がらないのだ。
「そうよ、あるみ社長が本気を出せばこんな屋敷の一つや二つぐらい軽くふっとばすんだから!」
かなみやみあは今完全に虎の威を借る狐状態であった。
「く……たしかに、あの人なら大げさに聞こえねえな」
組長はため息をつく。
「だが、こっちだってメンツがある」
「い、意地になってるわね」
「ああ、意地がある。客人をもてなさずに帰らせるのはな」
「「……は?」」
かなみとみあは声を合わせてマヌケな声を出す。
組長はニヤリと人が悪い笑顔を見せる。
「同僚のために無断で侵入する度胸と男気に恐れ入ったぜ。あんたらを罰せられるほど男気あるやつはうちの組にはいねえよ」
「じゃあ、なんで脅したわけ?」
みあは訊く。
「その方が面白いかと思ってな」
組長が得意顔で答えると、本当に人が悪い、とかなみは思った。
こういう人がいるからやくざとは仲良くなれない、というか、なりたいと思えないだろうと改めて実感させられた。
「ま、いいわ。こいつみたいに借金まみれにさせられなければ」
「みあちゃん、酷いよ! 紫織ちゃんの励ましだって、もっと他に言い方あるでしょ!」
「あったかな?」
みあはとぼける。
「あ、あの、お二人とも……」
紫織はペコリとお辞儀する。
「どうもありがとうございました。お二人がいなかったら、とても合格なんてできませんでした。本当に、本当に……」
だんだん涙声になってくる。
「紫織ちゃん、顔上げて」
「う、うくぅ……」
かなみがそう言うと、紫織は泣きはらした顔を見せる。
「紫織ちゃんが受かったのは全部紫織ちゃんの力だよ。私だって、ああなったらくじけたり諦めたかもしれない。でも、紫織ちゃんは諦めなかった、それは紫織ちゃんの強さだよ」
「かなみさん……ありがとうございます。私、かなみさんのお役に立てるよう精一杯頑張ります」
「役に立とうなんていいわよ。ただ一緒に頑張りましょう」
「はい……」
かなみは紫織の頭をなでて慰める。
「ふん、先輩風吹かせちゃって」
みあは面白くない顔をする。
「げ、減給!?」
鯖戸から死刑宣告にも似た通告を言い渡される。
「当たり前だ。昨日一日無断休暇をとったようなものだからな」
「そ、それは、紫織ちゃんのために」
「どんな言い訳をしても仕事をしなかったのは事実だ。減給は変わらない」
「鬼! 悪魔!」
かなみは喚き散らす。しかし、この程度では暖簾に腕押しであった。
「みあちゃん、紫織ちゃん、こうなったらボイコットよ!」
「ぼ、ボイコットですか?」
「なんで、あたしまで」
「みあちゃんだって減給扠せられるんだよ、我慢できるの?」
「あ、それはむかつくけど……」
「だったら、ボイコットよ! こうなったら実力行使で訴えてやる!」
「あんたの実力であるみに勝てるわけ?」
「………………」
かなみは沈黙する。
「戦う前から勝負は決まっていましたね」
紫織の辛辣な一言が追い打ちをかける。
「……紫織ちゃん、自信をつけたのいいんだけど、もうちょっと容赦してほしいんだけど」
「ご、ごめんなさい」
「あんたが謝ることないわよ。こいつが情けないだけで」
「みあちゃんも手加減してよ!」
完全に四面楚歌の気分を味わうことになった。
「紫織、君には一人でやってもらう仕事があるんだが、いいか?」
「あ、はい! 一人でやってみせます!」
紫織は張り切って鯖戸から仕事の話を聞く。
「紫織ちゃん、強くなったわね」
「ま、あれぐらい当然でしょ」
「みあちゃん、もしかして寂しいの?」
「はあ、なんで?」
「紫織ちゃんにかまってもらえなくなって」
「バカ言ってんじゃないわよ! さ、仕事仕事!」
みあは普段全然乗り気ではない仕事を口に出してまでごまかそうとする。
かなみはそんなみあの照れ隠しに微笑むのであった。
怯んだ紫織を不審に思ったが、勇気を振り絞って「トランクを渡しに来ました」と言ってきたものだから困った顔をする。
すると若い男性はアニキと呼ばれる人に相談した。
アニキは紫織をじっくり見た。
そのあまりにも怖い顔つきで睨まれて泣きそうになった。
だけど、今まで戦ってきた怪人に比べれば……!
そう思って、奮い立たせた。
それを見たアニキは面白いと言わんばかりに笑った。
「ついてこい」
と言われて、紫織は組長まで連れてこさせられた。
やくざの敷居をまたいでからずっと心臓が飛び出してしまいそうなぐらいドキドキしている。
「来たか」
オフィスと似たような雰囲気の事務所に通されてその奥に座っていたスーツを着た男が紫織を見た。
「あ、あの……」
「今日君がここにやってくるのはあるみさんから聞いている」
「あ、あるみ社長からですか……?」
「気が弱いから可愛がってあげろとのことだ」
フフフ、とスーツの男は不敵に笑う。
「組長、あまり脅すのは感心しませんね」
アニキが釘を刺す。
「俺は普通に喋ってるつもりなんだがな、こう見えても子供好きなんだぞ」
「その顔で言われると人さらいみたいで逆に怖がられますよ」
「まったく、女の子を平気で売り飛ばしたり、借金押し付けたりするような他所の組と一緒にされちゃ困るんだがな」
「売り飛ばしたり、借金……?」
紫織はガクガクと震える。
「ああ、そんなこと言ってるから怯えちゃってるじゃないですか」
「そいつは悪かったな。怖がらせるつもりはなかったんだがな。そんなに怖いのか、俺は」
組長は紫織に顔を近づける。
「ひ……!」
「自信無くすな……そう怯えられると」
組長は肩をすくめる。
「そういうことをするから怖がられるんですよ」
「そうか。あるみさんから強い娘が来るっていうからつい身構えちまってな」
「人は見かけによらないものですよ」
「そうか、まあよろしくな。俺はここの組長をしている」
「は、はい、よろしくお願いします、組長さん」
紫織はペコリとお辞儀する。
「あ、秋本紫織といいます」
「紫織か。いつもだったらお近づきに一杯ってところだが、酒を飲ませるわけにはいかねえからな」
「お、お酒……?」
「やっぱり、子供にはジュースだな」
「お茶がありますよ」
「じゃ、日本茶を一杯入れてやりな。まあゆっくりしていけや」
「は、はい……!」
紫織は震えながらイスに腰掛ける。
塀を乗り越えて、しっかり着地する。
ガサガサと物音が立ててしまったが、すぐに物陰に隠れる。
「あんた、無茶するわね」
「しょうがないでしょ、紫織ちゃんのためなんだから」
「でも、今のでバレたんじゃ」
「――何か音がしなかったか?」
屋敷の中からこちらに近づいてくる足音がする。それによって緊張が走る。
やくざの敷地に無断侵入したのだから、生命はないかもしれない。
一度はどこかに売り飛ばされかけたかなみは身にしみてよくわかっている。
「…………………」
かなみとみあは身を屈ませて、気配を悟られないように努める。
「気のせいじゃないのか?」
「いや、確かに聞こえたんだがな」
大人の男性が二人やってくる。
「そんなに一応確かめるか。塀を乗り越えてくるようなバカがいるとは思えねえけどな」
まずい、とみあは思った。
こいつらは必ずここまでやってくる。そして、自分達がここにいることがバレる。
「かなみ……」
どうするの、って訊こうとした時だった。
ニャォン
かなみが猫の鳴き真似をしてみせた。
「……え?」
みあは呆然とした。
「なんだ、猫か」
「猫が塀飛び越えてきたのか」
「ま、そうじゃないかと思ったけどな」
「戻るか」
「おう」
男達はそんなやり取りをして、屋敷に戻っていく。
「上手くいったね」
かなみはみあに笑顔を向けて言う。
「あ、あんた……なにその特技?」
「あははは、うちの塀でよく鳴いてる猫の鳴き真似することがあってね。マニィがよく似ているって言うからごまかせるかなと思って」
みあは呆れた。
なんとかなると判断した行き当たりばったりところとこの状況でそんなことをしてみようという度胸に。
「あははは、じゃないわよ。もうちょっとで売り飛ばされたり、借金押し付けらたりするところだったのよ」
「そうなったら、わたしとみあちゃんは借金仲間だね」
「うげ……」とみはは思わず漏らした。
「とにかく、侵入できたらこっちのものよ。紫織ちゃんを探しましょ」
「え、ええ……」
もうどうとでもなれ、とみあは思った。
「それでそのトランクの中身なんだがな」
「は、はい……」
組長はパカッと簡単にトランクを開ける。
「ナイフと手紙だ」
「手紙……?」
「手紙は俺宛だ」
「え……?」
組長は難しい顔をして、手紙に目を通す。
「……まいったな」
読み終わると、そう漏らした。
「あの……手紙にはなんて……?」
「紫織ちゃん、あんた戦えるのかい?」
「え……?」
不意にそんなことを訊かれて紫織は戸惑った。
「手紙にはそんなことが書かれていた。紫織ちゃんが魔法少女だってことをな」
「――ッ!?」
紫織は驚く。
「ま、こっちとしてはそんなに驚くことじゃない。あるみさんのことも俺達は知ってる、仕事も持ちつ持たれつの関係だ」
「そうなんですか」
紫織は意外な事実をしらされて、どう反応して良いのかわからなかった。
魔法少女は機密事項で、絶対に他人には知られてはいけない。それが会社の規則なのだと思っていた。
それを外部の、しかもやくざの一味にしらされていたなんて。
「まあ、その話は後でゆっくりするとして。もう一度訊くぞ、あんた戦えるのかい?」
「そ、それは……」
「試験を受けるのかって、組長は聞いているのよ」
アリィが突然喋りだす。
アリィが他の人がいる前で、喋るのは初めてだった。学校の中じゃ大人しくしていて、家族の前だって黙り込んでいるのに。
「あるみ社長はこの二人の前でなら話していいって言ったのよ」
「そうなんですか……」
「ああ、やっぱぬいぐるみが喋りだすのは心臓に悪いな」
組長は微妙な面持ちで言う。
「お、驚かないんですか?」
「ま、あるみさんが見せてくれたからな。前は確か……ドラゴンだったか?」
リリィのことだ。
「話の分かる人で助かったわね。それで試験の内容はどうなってるの」
「言っただろ、戦いだって」
「……た、戦い……」
紫織はその言葉に一瞬怯むが、しかし、ここで逃げてはいけないと自分を奮いたたせる。
「た、戦えます!」
「そいつを聞きたかった」
組長は満足げに笑う。
抜き足、差し足、忍び足……
音を立てないように慎重に屋敷の廊下を歩き回る。
「紫織ちゃん、どこだろう?」
「そんなの知るわけ無いでしょ」
「あ~やっぱり虱潰しに探すしかないわよね」
カタカタ
廊下の先から足音がする。
かなみ達は角の階段を駆け上がって遭遇しないようにする。
「こんなんで大丈夫なのかしら?」
みあはぼやく。
「大丈夫、なんとかなるわよ」
そう言い切るかなみはちょっと能天気なんじゃないかと思う。
「ま、借金はかなみに押し付ければなんとかなるとして、指の一本切られてもこいつは大丈夫そうだし」
「見つかったときの話をしないで! っていうか、全部私が肩代わりするの!?」
「当然でしょ、こっちは示談金さえ用意すればなんとかなるけど、あんたはそうはいかないでしょ」
「うぅ、お金持ち……」
というか、そんなにお金もっているなら自分の方にも回してくれればいいのに、とかなみは思う。
「あ……!」
そこでふと窓の外に視線を移すと、紫織が庭に出ているのが見えた。
「いた!」
「え、どこ?」
「あっち」
みあはかなみと一緒に窓を覗き込んで、紫織を見る。
紫織はいかにもやくざといった風体の男二人のあとについていっている。
「あの娘……!」
みんな神妙な面持ちをしている雰囲気からしてただ事ではないように見えた。
「どこに連れて行かれるのかしら?」
「まさか、どっか遠くに売り飛ばされそうになってるんじゃ……!」
みあは今にも窓を破って飛び出しそうな勢いだ。
「一度外に出ましょう……!」
かなみも一度自分もやられかけただけに穏やかではいられなかった。
試験を受けると答えた紫織は組長の案内で
「うちでは犬を買っているんだ。ポッチョって言ってな」
「ポッチョ……?」
「子犬でな、いかにもポチって感じなんだが、それだとあまりにもそのまま過ぎてな」
「それでポッチョなんですか」
「ああ、そうだ」
組長は笑顔で振り返って、答えてくれる。
思ったより、親しみやすいかもしれない、と紫織は思った。
ワンワン
子犬が可愛らしい鳴き声で呼んでくれる。
「お~よしよし」
組長はその子犬の頭を撫でる。
「この子が、ポッチョ……?」
「ああ、そうだ」
組長はその強面からすっかり緩みきった顔でそう言う。
「だが、こいつはネガサイドに利用されちまってな。ダークマターって魔法で怪物に変えられちまったんだ」
「ダークマターで怪物に……?」
この愛らしい子犬のポッチョがおぞましい怪物になるなんて、少し想像できないことであった。
「それでうちの組員も何人もやられてな。ほとほと困ったところにあるみさんがやってきてなんとかしてくれたんだ」
「うちとあるみさんの会社はそれ以来の縁でな。組長も彼女には頭が上がらないんだ」
アニキがそう言って説明してくれる。
「それだけに、あるみさんの頼みは断れないんでね。紫織ちゃんにも協力するぜ」
組長は笑顔で言うと、ナイフをポッチョを繋げている鎖をかざす。
「その鎖は……」
「あるみさんにはダークマターを封じるための鎖らしい。それでこのナイフはその鎖を切ることができるって手紙に書いてた」
そして、組長の体勢はどうみてもナイフで鎖を切る姿勢であった。
ダークマターを封じている鎖を切る。それはダークマターを解き放って再びポッチョが怪物になることを意味している。
「わかった、紫織?」
「アリィ……」
紫織は一瞬だけ震える。
「今回の試験はあの怪物を一人で倒すことよ。誰の力も借りずにね」
「一人で倒す……」
「あなたにそれができる?」
アリィは問いかける。
もう何度も問いかけられている気がする。その度に心揺されて、挫けそうになる。
弱い自分に負けそうになる。でも、負けたくない。
かなみやみあ達と一緒になるために。
その度に何度だって言い聞かせる。
「できます、やってみせます」
「頑張れよ、俺達も応援してるからな」
組長はナイフで鎖を切る。ナイフの切れ味がいいせいか、鉄製だというのに、紙を切るようにあっさりと切れた。
すると、子犬から黒い蒸気のような魔力が立ちこもってくる。
「アリィ、変身してもいいんですか?」
紫織は確認を取る。
ここにはやくざとはいえ普通の人である組長やアニキがいる。
普通の人に魔法少女の変身シーンを見られるのはご法度。いくら、この人達があるみや紫織が魔法少女だということを知っていても確認は必要であった。
「いいわよ。もう試験は始まっているんだから」
アリィの返答を聞いて、紫織は吹っ切れた。
「マジカルワーク!」
紫色の衣装に身を包んだシオリが姿を現す。
「平和と癒しの使者シオリ登場!!」
シオリの変身が完了すると、ポッチョもダークマタ―の闇に包まれて子犬から猛獣へと姿を変える。その姿は、頭が三つあり地獄の番犬ケルベロスという言葉が似合うものであった。
「アイアン☆バット!」
シオリはバットを構える。
犬は苦手ではないが、ここまで凶暴で鋭い歯をギラつかせる怪物は怖い。あの歯、服どころか肉までも簡単に食いちぎりそう。
捕まったら終わり。でも近づかないと。でも近づいたら捕まる。――それでも近づかないと倒せない!
シオリは魔法でボールを作り出して、バットで打ってぶつける。
「マジカル・ノック・アウト!」
ボールは一直線にポッチョへ向かう。
ワン!
ポッチョの真ん中の頭が吠えると右の頭が首を振って、ボールを打ち返す。
ボールはシオリの顔の真横を飛んでいき、髪を薙いだ。
「…………………」
シオリは震えた。
生半可な攻撃じゃ、今度は返り討ちにしてやる。
そういった威圧を向けられているような気がする。
「そ、それなら……!」
恐怖が負けそうなのを必死に抑えて、ボールを作り出す。
「地獄の千本ノック!」
ボールを一斉に打ち出して、ポッチョへ放つ。
(これなら!)
今度はボールが多いせいか、打ち返すことが出来ず、一身に浴び続ける。
シオリはチャンスだと思った。
いくらボールで遠くから攻撃しても、怪物を倒し切るだけの力は無い。自分の本領は接近戦。それも両手を握りしめたバットが届く範囲。
(私には、かなみさんのようなすごい砲撃は撃てない。翠華さんのようなスピードも持っていない。みあちゃんのように魔法のバリエーチョンがあるわけじゃない。
――だから、こうするしかない!)
シオリはポッチョの真横に迫る。
ここならバットは届く。
そこで必殺の一振りを入れる。
「フルスイング!!」
左打席からド真ん中のストレートをジャストミートさせてスタンドの放り込むような会心の出来だった。
ゴキン!!
ポッチョの右の首を吹き飛ばす。
「おお!!」
傍から見守っていた組長とアニキは思わず驚嘆の声を上げる。
「や、やった……!」
ガルルルル!
「……え?」
シオリが喜んだ一瞬の隙をつかれ、衣装のフリルを噛みつかれた。
そのままつかみ上げられて、身体は宙を舞う。そして、地上に叩きつけられた。
「ガ……ッ!」
しかし、ポッチョは離さない。地面を引きずり回され、ようやく離したと思ったら次の瞬間、前足の蹴りが飛んでくる。
蹴り飛ばされたシオリは庭の端から端にまで飛ばされ、塀に勢い良く叩きつけられる。
「う、ううぅ……!」
意識が朦朧としている。頭が残り二つになったポッチョが六個にも七個にも見えてしまう。
「い、痛い……辛い……立てない……」
さっきまで何が何でも試験に合格してやるといった意気込みであったが、そういったものはねこそぎ噛みちぎられたような気がする。
(やっぱり……私じゃ無理なんじゃ……)
そんな弱気が支配する。
どうにかしようにも身体は動かない。立ち上がれない。
「もう、限界よ!」
子犬がケルベロスに変わっていたところからずっと成り行きを見守っていたかなみはコインを構えて飛び出そうになる。
「待ちなさい!」
みあはかなみの手を掴んで止める。
「待ちなさい!」
「みあちゃん、どうして!?」
「まだ、シオリは負けたわけじゃない!」
「でも、このままじゃ……!」
「あいつはあんなことぐらいじゃ負けない!」
握りしめた手が強くなる。
「みあちゃん……!」
みあだって本当は助けたい気持ちでいっぱいなのに、シオリの気持ちを尊重して飛び出すのをグッと堪えている。
「わかった。みあちゃんがそうするなら私もそうする!」
かなみは歯を食いしばる想いでじっと伏せる。
「――でも」
みあはそう言って、立ち上がる。
「やっぱ見てられない!」
「え?」
かなみが呆然としている間に、みあは叫ぶ。
「シオリ、なにやってんの!?」
声がする。
「これは……みあさんの……」
それはいつも背中を押してくれる声。小さくも頼もしいみあの声だった。
「あんた、試験受からなくていいの!!」
「し、試験……」
シオリはみあの声を受けて立ち上がる。
「あんた、あたし達と同じになりたいんでしょ! だったら、諦めるんじゃないわよ!」
「で、ですが……」
「あんたが憧れているかなみはこんなところで諦めた!? 諦めなかったでしょ! 汗まみれになっても、泥まみれもになっても、借金まみれになっても、立ち向かって戦ってるでしょ!!」
みあは力の限り叫んだ。
「みあちゃん……」
みあの気持ちが痛いほど伝わってくる。本当は今すぐ飛び出して助けたいのに、シオリを応援している。それに自分までもダシに使って。
でも、そんなことでシオリが頑張れるのなら、そんなのいくらでもなげかけてあげていい。
「シオリちゃん、頑張って! シオリちゃんが強いことは知ってるから!」
「みあさん、かなみさん……」
二人の声を受けて、シオリはバットを振りかざす。
ガルルルル!!
ポッチョは吠え立てる。
しかし、シオリは負けない。
「アイアン☆バット!」
シオリはバットを文字通り振りかざし、駆ける。
「とおりゃぁぁぁぁぁッ!!」
真正面から真ん中の頭を叩き落とす。
これでポッチョの三つあった頭が一つだけになった。
ワオオオオオオオオン!!
残り一つになったことでポッチョは怒り狂い、シオリの足に噛み付く。
肉を食いちぎらんばかりに激しく噛みつき、足がちぎれない限り離しそうになかった。
「シオリちゃん!」
かなみは拳をぐっと握りしめて駆けつけたい気持ちをグッとこらえる。
もう決めた。最後まで何があってもシオリが勝つと信じ抜く、と。
「大丈夫よ。シオリはまだ諦めていない」
「みあちゃん……」
「シオリは言ってたわ。自分にかなみのように砲撃を撃てるわけじゃないし、翠華のようにスピードがあるわけじゃないし、私みたいに器用じゃないからどうしたらいいのかわからないって……でも、それは違う。シオリにだってちゃんと強みがあるのよ」
「そ、それは……」
「――一撃のインパクトよ」
みあが断言すると、シオリはもう片方の足を軸にして、噛みつかれながらもバットを振り抜く。
ドギアシャッ!!
噛み付いていた頭を断ち切るように飛ばす。
「や、やった……!」
三つの頭を吹き飛ばしたことで、安堵したのかシオリは倒れ込む。
「ま、なにはともあれ乾杯だ」
「は、はあ……」
カチン
組長はグラスを紫織に当ててくれる。
「どうも、ありがとうございます……」
「いや、大したもんだよ。あの覚悟と度胸には恐れ入ったぜ!」
組長は上機嫌で褒めてくれる。
「おかげでポッチョも元の子犬に戻ってくれて万々歳だぜ、ありがとな」
「そ、そうですか……」
「なんだよ、俺が怖いのか?」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「あんな恐ろしい怪物を倒しちまったのに、不思議なもんだな、ははは」
紫織は萎縮してチビチビとお茶をすする。
「それで、こいつらはどうしますか?」
傍で微笑ましく見守っていたアニキはかなみ達を見やる。
「ああ、それか」
「勘弁してください」
「なんでこんな目に合うわけ……」
かなみは涙ぐんで謝り、みあは一人愚痴る。
あの後、大声を上げたかなみ達は当然のごとく組長達に見つかり、瞬く間に包囲されて捕まってしまった。
それでどんな処分を受けるのか、組長とアニキは考えることになった。
しかし、実際はそんなことをほっぽらかして組長は紫織と乾杯を始めた。正直言って自分達の方が紫織を祝ってあげたい気持ちは強いと思った。
「あの……出来れば、私達にもお茶を欲しいところなんですが」
「うちには侵入者に出すようなお茶は無いんでね。立場を弁えたらどうなんだ?」
「立場なら弁えてるわよ、そこの紫織んとこの先輩なんだから!」
みあは犬のように吠え立てる。
「ちょ、ちょっと、みあちゃん」
「ははは、威勢のいい嬢ちゃんだ。だがよ、うちの敷地に無断で入ってきたんだ、落とし前だけはつけてもらわねえとな」
「お、落とし前……」
かなみは恐れのあまり、身を震わせる。
かつて、かなみは借金のせいで身を売り飛ばされそうになったり、暴利で借金の額を倍増させられたり、借金を盾に縁談を迫られたり、この手の連中にはろくな目にあわされていない。下手をしたら五体満足でいられなかったこともあって、かなみにとって怪人以上の強敵なのである。
「落とし前って何ですか?」
「そうだな、指切りでもしてもらおうかな」
「はあ?」
みあは声を上げる。
「お、女の子の指を切って集まるなんて、悪趣味なんてものじゃないわね」
「うるせえ、これもうちらの流儀なんだよ」
「あたし達に何かあったら、あるみが黙ってないわよ」
「う……そいつを言われると弱いな」
組長は弱腰になる。あるみに何か弱味でも握られているのだろうか。
いや、単純にあるみが怖いだけなのかもしれない。同じ魔法少女でも彼女にはどうしても頭が上がらないのだ。
「そうよ、あるみ社長が本気を出せばこんな屋敷の一つや二つぐらい軽くふっとばすんだから!」
かなみやみあは今完全に虎の威を借る狐状態であった。
「く……たしかに、あの人なら大げさに聞こえねえな」
組長はため息をつく。
「だが、こっちだってメンツがある」
「い、意地になってるわね」
「ああ、意地がある。客人をもてなさずに帰らせるのはな」
「「……は?」」
かなみとみあは声を合わせてマヌケな声を出す。
組長はニヤリと人が悪い笑顔を見せる。
「同僚のために無断で侵入する度胸と男気に恐れ入ったぜ。あんたらを罰せられるほど男気あるやつはうちの組にはいねえよ」
「じゃあ、なんで脅したわけ?」
みあは訊く。
「その方が面白いかと思ってな」
組長が得意顔で答えると、本当に人が悪い、とかなみは思った。
こういう人がいるからやくざとは仲良くなれない、というか、なりたいと思えないだろうと改めて実感させられた。
「ま、いいわ。こいつみたいに借金まみれにさせられなければ」
「みあちゃん、酷いよ! 紫織ちゃんの励ましだって、もっと他に言い方あるでしょ!」
「あったかな?」
みあはとぼける。
「あ、あの、お二人とも……」
紫織はペコリとお辞儀する。
「どうもありがとうございました。お二人がいなかったら、とても合格なんてできませんでした。本当に、本当に……」
だんだん涙声になってくる。
「紫織ちゃん、顔上げて」
「う、うくぅ……」
かなみがそう言うと、紫織は泣きはらした顔を見せる。
「紫織ちゃんが受かったのは全部紫織ちゃんの力だよ。私だって、ああなったらくじけたり諦めたかもしれない。でも、紫織ちゃんは諦めなかった、それは紫織ちゃんの強さだよ」
「かなみさん……ありがとうございます。私、かなみさんのお役に立てるよう精一杯頑張ります」
「役に立とうなんていいわよ。ただ一緒に頑張りましょう」
「はい……」
かなみは紫織の頭をなでて慰める。
「ふん、先輩風吹かせちゃって」
みあは面白くない顔をする。
「げ、減給!?」
鯖戸から死刑宣告にも似た通告を言い渡される。
「当たり前だ。昨日一日無断休暇をとったようなものだからな」
「そ、それは、紫織ちゃんのために」
「どんな言い訳をしても仕事をしなかったのは事実だ。減給は変わらない」
「鬼! 悪魔!」
かなみは喚き散らす。しかし、この程度では暖簾に腕押しであった。
「みあちゃん、紫織ちゃん、こうなったらボイコットよ!」
「ぼ、ボイコットですか?」
「なんで、あたしまで」
「みあちゃんだって減給扠せられるんだよ、我慢できるの?」
「あ、それはむかつくけど……」
「だったら、ボイコットよ! こうなったら実力行使で訴えてやる!」
「あんたの実力であるみに勝てるわけ?」
「………………」
かなみは沈黙する。
「戦う前から勝負は決まっていましたね」
紫織の辛辣な一言が追い打ちをかける。
「……紫織ちゃん、自信をつけたのいいんだけど、もうちょっと容赦してほしいんだけど」
「ご、ごめんなさい」
「あんたが謝ることないわよ。こいつが情けないだけで」
「みあちゃんも手加減してよ!」
完全に四面楚歌の気分を味わうことになった。
「紫織、君には一人でやってもらう仕事があるんだが、いいか?」
「あ、はい! 一人でやってみせます!」
紫織は張り切って鯖戸から仕事の話を聞く。
「紫織ちゃん、強くなったわね」
「ま、あれぐらい当然でしょ」
「みあちゃん、もしかして寂しいの?」
「はあ、なんで?」
「紫織ちゃんにかまってもらえなくなって」
「バカ言ってんじゃないわよ! さ、仕事仕事!」
みあは普段全然乗り気ではない仕事を口に出してまでごまかそうとする。
かなみはそんなみあの照れ隠しに微笑むのであった。
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