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第104話 新風! 少女が踏み入れる世界は怪人と魔法と (Cパート)
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綺麗な月が昇る静かな夜。
「怪人が現れませんね」
向かいの空き地で怪人が来ないか見張っていたけど、一向に現れる気配がない。
「今晩のうちに現れてくれたらいいんですけどね」
「もしかして、現れなかったら何日もこうして張り込むんですか?」
「そういうときもありますね」
かなみは微笑んで言う。
「はあ……かなみちゃんは凄いですね」
絵里奈は嘆息する。
「いえいえ、全然凄くないですよ」
「借金を返すためにそれだけのことをするなんて、私にはとても出来ません」
「あ……借金は……」
かなみは苦笑する。
「かなみちゃんは借金を返すために働いてるんでしょ?」
「それはそうですけど……なんていうか、それだけじゃないというか……うーん……」
かなみは月を仰ぎ見る。
その視線の先に、答えがあるような気がした。
「よくわからないんですけどね」
「……そうですか。なんていうか凄いですね」
そう答えるかなみに、絵里奈は素直にそう漏らす。
「別に凄くないと思いますけど」
「八億の借金、返していくのかどれだけ大変なのか私には想像もつきません。想像もつかないくらい大変なくらいしかわかりません。でも、かなみちゃんはそれを返していくことに前向きで、それだけじゃなくて色々考えてて……すごいです、私よりもずっと年が下なのに……」
「そうでしょうか……自分だと全然わからないんですけどね。多分ここまで来るのに色々あったからだと思います」
再び月を仰ぎ見る。
月は鏡のようにこれまでのことを映し出してくれるようだった。
突然借金を背負わされて、魔法少女になってからこれまで。
色々な怪人と戦った。
母親と再会できた。
悪の秘密結社に入らないか、と誘われたこともあった。
平行世界を彷徨って、仙人と出会った。
そうして、はからずも世界の命運をかけた戦いにも巻き込まれ、死ぬ想いで勝利を掴み取ったこともあった。
そして、父親との再会。
父親と母親の内情を知って、戸惑ったこともあった。
それでも、今こうして、かなみは魔法少女を続けてきた。
一番の目的は、借金を返すため。
でも、それ以外にも目的はある気がする。
今はまだはっきりと答えがでない。
けれど、魔法少女になって自分にしかできないことがきっとある気がする。
「色々、ですか」
絵里奈は興味を示す。
「私も、かなみちゃんみたいに色々あればそうなれるものなんでしょうか?」
「そ、それはわからないですけど……絵里奈さんは、魔法少女になりたいんですか?」
「え、あ、そ、それは……」
絵里奈は顔を赤らめてそっぽ向く
「小さい頃は憧れていました……でも、現実になれないし、魔法少女なんて本当はいないと思っていたんです。それが突然本当にいるなんて思って、正直実感がまだわかないんです」
絵里奈はかなみを見る。
「な、なんですか?」
「かなみさんはまさに私がアニメで見た魔法少女そのままでした」
「え、え、そうですか……?」
変身している当のかなみにはその実感は無い。
ただ動画で見ると、どうにも他人のように見えてならない。
(そういえば翠華さんもそんなこと言ってたような……)
「私もかなみちゃんみたいになれたらいいなとは思いました」
「ええ、私!? 私じゃなくて、みあちゃんとか社長とかもっと凄い人がいますよ!!」
「いえ、かなみちゃんも凄いです! ほら、高嶺の花より近くの雑草といいますか……」
「私、雑草なんですか……」
かなみは苦笑する。
まあ間違っていないと心のどこかで思ったのは間違いないけど。
「あ、いえ、湿原でした。かなみちゃんは華々しい花だと思いますよ!」
「……無理にフォローしなくてもいいですよ」
「すみません、私そんなことばかり言ってるから友達がいなくて……そのおかげで組織に入れたのかなって思うところはありますが」
「そ、それはよかったんでしょうか……?」
「それはこれからの行い次第かな」
マニィが言う。
「が、頑張りたいと思います」
絵里奈は意気込む。
「あ……!」
かなみはふとゴミ捨て場の方へ目を追うと、ゴミ袋を置いている人を見かける。
「怪人でしょうか?」
「いえ、ただの人間だと思います」
「こんな時間にゴミを捨てるのに、ですか?」
「本当は朝一に捨てるのが決まりなんですけどね……」
風紀や臭いの問題で大抵は朝に出しておくのが鉄則なのだけど、それを守らずに前夜のうちに出しておく人がいる。
かなみの近所のゴミ捨て場でも問題になったことを思い出す。
「怪人がああいうゴミを持っていくのが目的ですから、現れるかもしれませんね」
「なるほど……でも、ゴミを持っていくなんてちょっと親切な怪人かもしれませんね」
「そうなんですよね……目的が見えないあたりが怪人らしいといいますか、絵里奈さんもこの案件を選んだ理由もそうなんじゃないですか?」
「実は……そうなんです」
このゴミ捨て場以外の他の二件の案件のことを思い出す。
「魚屋の魚が盗まれたこと、通帳が盗まれたこと、ですね」
「なんとなくその二つは盗まれる理由がわかりやすかったんですよね」
かなみは自分の考えを言う。
「ということは、かなみちゃんも同じ考えだったんですね」
絵里奈は嬉しそうに言う。
自分が出した答えに自信がなかったからだ。
「多分そうなんじゃないかなって思っただけなんですけどね」
かなみは謙遜する。
しかし、もしかなみがあの場でその考えを言っていたら、絵里奈は自分で考えることをやめてその答えを選んでいただろう。それでは絵里奈のためにならない、と、鯖戸はかなみに答えさせるのを止めた。今ならそう考えられる。
「魚はノラ猫、通帳は空き巣が盗んだ、って想像がついたんですよね」
「魚はおいしいですし、通帳はお金になりますからね」
かなみはそういう考えで、ゴミ袋を選ぼうとしていた。
「ともかくこれで怪人が盗めるゴミ袋ができましたね」
「あ、そういうことですか」
絵里奈は書類を手にとって案件を確認する。
「目撃者の証言によりますとゴミ回収前日の深夜一時頃ですね」
「一時……」
かなみは時計を確認する。
今は午後十一時だ。
「あと二時間くらいですね」
絵里奈は目をこすりながら言う。
「なんだか眠くなってきました」
「コーヒーが欲しくなりますね」
かなみはのどが渇いてきたことを自覚する。ちなみにまだ眠気はやってきていない。
「あ、私買ってきますよ。確か自販機がありましたよね」
「え、それでしたら私が行きますよ!」
「いえいえ、かなみちゃんは見張っておいてください。もし怪人が現れたら、私では何も出来ませんから!」
「え、そ、それは……!」
「そうですけど、」と、かなみは半ば肯定仕掛けていた。
「それじゃ、行ってきます!」
絵里奈はさっさと行ってしまう。
「あ……」
「意外と行動的だね」
マニィがそうコメントする。
「意外と、は失礼でしょ」
「うん、だから君に言ったんだよ」
「……それは信頼されてて何よりよ」
かなみは皮肉で返す。
しばらくして、絵里奈がコーヒーを持ってやってくる。
「ありがとうございます」
かなみは温かい缶コーヒーをもらう。
「お金は出しますね」
「いえ、いいですよ!」
「そういうわけにはいかないので! えっと、財布には五十円玉一枚……五円玉が二枚……一円玉が一枚…・・・」
小銭入れから出てきたのはそれだけだった。
「きょ、今日はそんなにもってなくて……」
「お、お金ならいいですよ。多分経費になると思いますから!」
絵里奈は申し訳無さそうに言う。
かなみの心もとない所持金を見てしまった罪悪感がこみ上げてくる。
「け、経費……そうなんですか?」
「はい、一応勤務時間中にドリンクを買うのは経費で落としてくれるそうです」
「それいいですね……うちは……」
かなみはマニィを見る。
「よそはよそ、うちはうち」
マニィはそっけなく答える。
「つまり、自腹ってわけね」
かなみはため息をつく。
「私、絵里奈さんの組織に転職しましょうか?」
「え、えぇ? かなみちゃんがうちに転職ですか?」
「缶コーヒー一本でヘッドハンティングされるなんて安いものだね」
マニィは嫌味を言う。
「え、これ、ヘッドハンティングなんですか? かなみちゃんにだったら毎日缶コーヒーあげますよ」
「あ、それいいですね!」
かなみは本気目に転職を考える。
「でも、かなみちゃんは学生ですから、多分ダメでしょうね」
「やっぱり、そうですね……中学生なのに働かせてるうちの会社の方がおかしいんですよね……」
それを言ったら、みあや紫織は小学生でもっと問題な気がする。
鯖戸は「新聞配達みたいなもの」と言ってたのを思い出す。
「でも、魔法少女でしたら、やっぱり、かなみちゃんくらいの歳じゃないとおかしいですものね」
「子供の方が魔法を扱いやすいらしいですしね。社長や母さんは特別として……」
「私からしたら、かなみちゃんも特別ですよ」
「私は特別じゃ……」
「ないですよ」と言いかけてやめた。
自分ではその自覚がなくても、自分は魔法が使えて、絵里奈は魔法が使えない。
これは厳然たる事実だった。
「気を使わなくていいですよ。魔法を使えたら良かったんですけど」
そんな言われ方をすると、かなみの性格からしてますます気を使ってしまう。
「え、あ、あぁ、すみません……あの、その、絵里奈さんは魔法使いたいんですか?」
「そうですね、かなみちゃんを見てると魔法少女に憧れていた頃を思い出しまして、私にも出来たらいいな」
「で、出来ますよ! 社長も誰でも出来るって言ってたじゃないですか!」
「でも、それには素質が必要って……」
「そ、それは……」
かなみは言いよどむ。
でも、このままではいけない、と、何か掛ける言葉を必死に探す。
魔法が使うには素質が必要だけど、素質が無いと思ってる絵里奈にかけてあげられる言葉がないものか。
「あぁ……」
上手く言葉が見つからない。
こんな時、あるみだったら何て言うんだろうか。そんなことを考えてみる。
「素質が無いって決まったわけじゃないですよ」
「え……?」
その一言が出てから、あとは自然と何を言うべきかすぅっと口から出る。
「私も会社に入るまでは魔法が出来る素質があるなんて知りませんでしたから」
「え、そうなんですか?」
「はい! 素質があるかどうかなんてその時になってやってみないとわからないですよ! それで出来なかったら特訓とかしてみたら案外出来るようにかもしれませんし!」
「やってみないとわからない……特訓で案外出来る……」
絵里奈はかなみの言葉を反芻して、グッと握り拳を固める。
「かなみさん、私魔法やってみます!」
「はい、それがいいですよ!」
「でも、魔法ってどうやったらできるんですか?」
「……え?」
かなみは困った。
いつも当たり前のようにやっている魔法なのだけど、実のところ、どうやったらできるようになるかよくわかっていない。
魔法ができない人が魔法が出来るようになる特訓なんてわからない。
「うーん……ちょっと私がやったことある特訓をお見せします」
「え、本当ですか?」
かなみは缶コーヒーを飲む。
「これ甘いですね」
「え、あぁ、かなみちゃん、甘いものが好きだと思って」
「だから『砂糖・ミルク入り』なんですね」
かなみは缶を確認する。
小さめに『砂糖・ミルク入り』と書いてあるのを見つける。
「甘いものが好きなのはそうなんですけど、コーヒーはブラックなんですよ」
「え、そうなんですか。意外です」
「社長がブラック党なんですよ」
「あ~そういえば、うちのオフィスに来た時も飲んでましたね」
「その意向でうちのオフィスには砂糖やミルクが無いんですよ」
「それは変わった社風ですね」
「欲しかったら自腹で買わないといけないんですよ。――お金ないので買えないんですが」
「あはは……そうなんですね……」
かなみの愚痴に、絵里奈は苦笑する。
「あ~でも、いいですね、砂糖とミルク。久しぶりに飲んだので凄く甘く感じます」
かなみは缶コーヒーを飲んで言う。
「そうですか! それはよかったです。かなみさんには砂糖がお似合いですよ」
「砂糖がお似合いって褒め言葉なんでしょうか?」
かなみは疑問を口にする。
「それでですね」
空になった缶コーヒーをテーブルのような切り株に置く。
「特訓なんですけど。私はこんな感じにやってるんですよ」
かなみは右手の親指を立て、人差し指を缶コーヒーに銃のように向ける。
「バン!」
バァン!
可愛らしい掛け声とともに、銃声のような物騒な音を立てて、指先から魔法弾が発射される。
パァン!
缶コーヒーは吹っ飛び、カンカンと地面を転がっていく。
「凄い!? 今のが魔法なんですか!? 凄くて凄いです!!」
「えへへ、大したことじゃないですけどね」
「でも、紛れもなく魔法じゃないですか! やっぱり、かなみちゃんは魔法少女ですね! 簡単に魔法をできて!!」
「そんなことないですよ。絵里奈さんもやってみてください」
「私が、ですか?」
「やってみたらできるかもしれませんよ」
「やってみたらできるかもしれない……」
そう言いながら、絵里奈が明らかにやる気が満ちていくのが目に見えてわかる。
「そ、そうですね、やってみます!」
絵里奈はテーブルのような切り株に、かなみと同じように缶コーヒーを置く。
「ようし……!」
絵里奈は深呼吸して、親指を立てて、人差し指を缶コーヒーへ銃のように向ける。
「バァン!!」
かなみよりも気合入った声だった。
シーン……
そんな風の音が聞こえそうなほど何も起きなかった。
「やっぱり、私はダメなのでしょうか?」
絵里奈は落ち込む。
「そ、そんなことないですよ! まだ一回じゃないですか!」
「そ、そうですね! 一回でダメなら二回、三回ですね! バァン!」
もう一度、魔法を試してみる。
「まだです! バァン! バァン! バァン!」
これで千回目のチャレンジ。
しかし、一向に魔法弾は出ない。
「はぁ……」
絵里奈はため息をつく。
「全然、出ませんね……」
さすがに絵里奈も疲れてきて落ち込んでくる。
「絵里奈さん……」
かなみはなんとか出来ないものか考える。
(私が魔法を使う時、どうしているか……私と絵里奈さんじゃ何が違うっていうの? あんなに一生懸命なのに……!)
かなみは頭を抱える。
「そうだ!」
「え、どうしたの?」
「絵里奈さん、その魔法に名前をつけたらどうでしょうか?」
「名前?」
「名前を付けるとイメージしやすくなって、魔法が強力になる。とか、そんな感じのことを社長から教わったんです」
「なるほど、言葉に力が宿る……言霊、みたないものでしょうか」
絵里奈は顎に手を当てる。
「魔法の銃……それなら、マジカルピストルっていうのはどうでしょうか?」
「マジカルピストル……」
「あの……やっぱり、安直ですよね?」
「いえいえ! そんなことないですよ! とてもかっこいいと思いますよ!!」
「そ、そうですか……かなみちゃんにそう言われると心強いです。マジカル、ピストル、マジカルピストル、マジカルピストル……」
絵里奈は魔法の呪文を繰り返しつぶやく。
「マジカルピストル! よし!」
ちゃんと言える自信がついた後に、絵里奈は再度缶に向かって人差し指を向ける。
「あ!?」
突然かなみは驚きの声をあげる。
「ど、どうしたんですか!?」
「泥棒です!」
「えぇ!?」
かなみはゴミ捨て場の方に目を向ける。
そこにはゴミ袋を両肩に担ぐ人影があった。
「あれ、怪人ですよ!?」
「ええ、ゴミ泥棒じゃないですか!?」
「追いかけます!」
「はい!」
かなみと絵里奈はその人影を追いかけた。
「本当に現れるなんて!?」
「マニィ、あいつどこに向かってるかわかる!?」
「あの方角、そして持っているゴミ袋……検討がつくね」
「本当!?」
「検討がつくだけで確証はないから、このまま追いかけて捕まえられたらいいんだけど」
「でも、あいつ足が速いわね!」
相手はゴミ袋を担いでいるのにまったく追いつけない。
「ハァハァ……!」
その声で絵里奈が遅れてきていることに気づく。
「絵里奈さん、大丈夫ですか?」
「わ、私に構わず追いかけてください! 逃したら、かなみさんのボーナスが!?」
「で、でも……!」
かなみがためらっているうちに、絵里奈は膝をついた。
「ハァハァ……体力がなくてすみません……」
「マニィが検討ついてるみたいなので気にしないでください」
「確証はないけどね。こうなったら仕方がない、かなみのボーナスがかかってくることだし」
「そういうこと言わなくていいから!」
「そうですね、ハァハァ……私頑張ります、ハァハァ……かなみさんのボーナスのために!」
「絵里奈さんまで!」
二人分のツッコミでいつもの二倍疲れた気がした。
「そんなわけでここが彼の根城と思われる場所だよ」
「ああ、うん……そうね……まさにそうねって思ったわ」
かなみは呆れたように言い返す。
そこは一言でいうとゴミ屋敷と言われるような民家。
家の中に収まりきらず溢れ出た物――ゴミでごった返ししていた。
「これって、あの人が盗んできたゴミなんでしょうか?」
「そこまではわからないけど」
かなみは見渡す。
冷蔵庫やタンスの家具類ならまだいいのだけど、その周辺に置かれている山積みになったダンボールや雑誌、それもまだ可愛い。
問題はどうみても、ゴミ袋に入っているべき代物だ。ちり紙やプラスチック、ビニール類は、いやこれもまだ愛嬌さえ感じる。
それさえも感じないのやつがおぞましくも転がっている。――生ゴミだ。
どうみても賞味期限をきらして腐った肉、野菜、食品の数々が発酵臭を撒き散らしている。
「くっさ……」
かなみと絵里奈は思わず鼻を抑える。
「一体これは何なんでしょうか?」
「これは、生ゴミの臭いです。集めてきたゴミのせいですね」
「どうしてこんなにゴミを集めたんでしょうか」
「わかりません、わかりませんが……この臭いはもう一種の爆弾、兵器ですよ。きっとこれ集めて爆弾にして世界征服とか企んでるんですよ」
「爆弾は、たしかに臭いは凄まじいのですが……さ、さすがに臭いで世界征服は、ちょっと大げさなんじゃ……」
「大げさでも、本気でやるところが怪人なんです!」
「さすが百戦錬磨の魔法少女ですね! 怪人に詳しい」
「百戦錬磨……」
「確かに怪人相手なら百戦以上はしてるね」
マニィが言う。
「百戦錬磨の百戦って、そういう意味じゃないと思うんだけど」
「百ってとにかくたくさんって意味合いで用いられますね」
「でも、私が百なら、社長は百万戦練磨ですよ、あの強さは」
「社長ってそんなに強いんですか?」
「強いなんてものじゃありませんよ。あれは核ミサイルですよ! 本気になったら世界滅ぼせますよ!」
「あ、あははは、それは凄いですね」
絵里奈は苦笑する。
かなみが大げさに言っているだけだと思っているのだろう。しかし、かなみからしたら決して大げさに言っているわけではない。あるみの戦いぶりを見てありのままの印象を言っているだけなのだから
「まあ、それはともかく……」
かなみはそのゴミ屋敷に足を踏み入れていく。
「くさい……うちで出す生ゴミの百倍くさい……」
かなみは鼻を抑えて、どんどん中に入る。
「かなみちゃん、凄いです……私、とても入れません……」
「確かにくさいのはイヤですけど、そんなこと言ってられませんよ」
「おお、正義のためですね! さすがです!」
「かなみの場合、ボーナスのためだけどね」
マニィが補足する。
「そうでしたね、借金のためでしたね!」
「それだと借金を作るために戦ってるみたいですね……」
かなみはため息をつく。
しかし、ボーナスのため、借金返済のため、といわれるとなんだかかっこがつかない。
かといって、正義のためというのもなんだかこそばゆい。
「私って何のために戦ってるのかしらね……?」
ふとそんなことをつぶやく。
そういうときに限って、マニィは何も言わない。
ガサガサガサ
家の中へ足を一歩踏み入れる度に、何かを踏んだりして物音がする。
ゴミを踏むというのはどうにも生理的嫌悪を催す。
「さっさと怪人倒して、早く帰りたい……」
こんなところに一秒だっていたくない。できればさっさと回れ右して立ち去りたい。
「怪人……いるなら、さっさと出てきなさいよ、さっさと倒してやるから!」
かなみは家の奥へ呼びかける。
シーン……
「返事ありませんね……」
「もしかして留守!?」
考えたくなかったことを口にする。
「もしくは外れ」
マニィがもっと考えたくなかったことを口にする。
「いやあああああ、って、あんたがここだって言ったんでしょ!?」
「確信はないって言ってるのに……」
「ここまできて今更それはないでしょ!」
「今更それはないと言われてもいないものはいないと思うけど」
マニィがぼやく
「かなみちゃんもマニィさんも、苦労されてますね」
絵里奈は鼻を押さえながらついていく。
「ボクのことは呼び捨てでいいよ」
「はい、マニィ」
「うん、その方がしっくりくるね」
そんなやり取りは聞きながら、かなみは先を行く。
とはいっても、外の方にまであるゴミをかきわけながらのせいで
歩みは遅く、一歩踏みしめる度に何かを踏んづけて「うえ!?」と声を出しそうになる。
ようやく出入り口の取っ手までたどり着く。
ようやく、でここまで苦労したのだけど、むしろここからが本番だった。
「中には一体どんな凄まじい怪人がひそんでいるのか……」
かなみは緊張で頬から汗がポタリと落ちる。
「もう怪人よりゴミの方が厄介そうですね」
「だって、怪人は倒せばいいんですけど、ゴミは倒しようがないんですよ!」
かなみは泣き言を言う。
「魔法でゴミを吹き飛ばすというのはどうでしょうか?」
「私の魔法、そんなに便利じゃないですよ」
「あ、そうなんですか……」
「それに、よしんばかなみが魔法で吹き飛ばせたとしても、その吹き飛ばしたゴミが周囲の民家に飛んでいったら……」
「……苦情殺到ね」
マニィが言ったことを、かなみは軽く想像してげんなりする。
「魔法少女も大変ですね」
「そうですね……あとうかつに家を勢いあまって壊しちゃったら、修繕費でボーナスが没収されることがあるんですよ」
「壊しちゃうんですか?」
絵里奈は不安にかられる。
もし、戦いになってこの家が壊れたら自分はどうなってしまうのか。瓦礫の下敷きになったらと思うと怖くなる。
「こ、壊しませんよ! 壊しちゃうとボーナス出ませんから!」
「そ、そうですか……」
なんだかかえって不安にさせてしまったか。
怪人倒すためなら被害をいとわない。いざとなったら、そういう思考になってやりすぎてしまうことがある。
今回もそのパターンになりかねない危惧が、かなみにはあった。
「ボーナスのために、ボーナスのために、程々に……」
かなみはぼやきながら奥へと進む。
奥に入り込む度に臭いはひどくなっていき、通路はゴミのせいで狭くなっていき、魔境感(まきょうかん)が強くなっていく。
ある種、地獄ってこういうところをいうのかも。なんてことも考えてしまう。
「ここが地獄でも怪人がいるならそれでいいんだけど……」
一向に怪人の気配がしない。
留守ならまだいいけど、外れだったら本当に無駄足。
ここまできて徒労に終わるのはどうしても嫌だ。
ドサドサ!!
そう思っていると、上の方から何やら物音がする。
「キャッ!?」
絵里奈は驚きで悲鳴を上げる。
「今のは!?」
「ゴミ屋敷の幽霊」
マニィがそう言うと、かなみは身震いする。
「そ、そんわけないでしょ!? 今のはどう考えても怪人!? 決してゴミ屋敷の幽霊なんかじゃないわ! そう、幽霊なんかじゃないわ!」
かなみはブルブル震えながら力説する。
「もしかして、かなみちゃん? 幽霊が苦手なんですか!?」
「そんなことありえなくないですよ!! さあ、怪人が戻ってきました! この上ですよ!! 上! 上!」
かなみは階段を駆け上がる。
ゴミ山をかき分けてものすごい勢いで、一気に。
「か、かなみちゃん……」
絵里奈はその勢いで思わず圧倒されるのだった。
「かいじーん! おばけじゃなくて怪人やーい!!」
かなみは二階の部屋へ踏み込む。
「――いや、俺はおばけだぞ」
「きゃああああああッ!?」
その返答に、かなみは悲鳴を上げる。
「うるねえな、時間を考えろよ。近所迷惑だろが」
「だって! だって、だって! おばけが、おばけで、おばけなのよ!!」
「意味わかんねえぞ! だいたい人の部屋に勝手に入ってきてなんだお前!?」
「勝手に入ってきてって、あんただって不法侵入でしょゴミ泥棒怪人!」
「違う! 俺はゴミ泥棒怪人じゃねえ! ゴミ怪人だ!!」
「え……自分で言ってて大丈夫なの?」
「おう大丈夫だ! 何しろ俺はゴ―ミィだからな!!」
「え、ゴミ?」
「違う! ゴ―ミィだ!」
黒いゴミ袋のような体の色をして、ひょろ長いノッポの怪人だった。
「なんだっていいわよ。あんたがゴミ袋を盗んでるせいで迷惑してるのよ! おまけにこんなゴミ屋敷まで建てて!!」
「何、ゴミ屋敷とな!? 違うな、ここは俺が建てたんじゃねえ!! 元からこういう場所だったんだ!」
「ええ!?」
「そんで住心地がいいから俺の住処にした!?」
「不法侵入じゃないの!?」
「怪人に法が通じるわけねえだろ!?」
「そりゃそうね。というわけで、今ここで私にやられるのも仕方ないわね」
「どういう理屈だ!? って、お前、俺を倒したにきたのか!?」
「ええ、そうよ!」
「何故俺を倒しに……俺はただゴミを集めてこの国をゴミで埋め尽くして俺のための国を建国しようとしただけなのに!?」
「いや、それ十分倒される理由になるんだけどね……っていうか、この国どころか街がゴミで埋め尽くされたらいい迷惑よ! そんなこと絶対にさせないわ!!」
「絶対にさせないだと!? だったら、俺はお前を倒して俺の野望を果たすぜ!!」
「倒されてたまるかってのよ! マジカルワーク!!」
かなみはコインを放り投げ、コインから光が降り注ぐ。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
暗く淀み、辛気臭いゴミ屋敷に黄色の魔法少女が降り立った。
「怪人が現れませんね」
向かいの空き地で怪人が来ないか見張っていたけど、一向に現れる気配がない。
「今晩のうちに現れてくれたらいいんですけどね」
「もしかして、現れなかったら何日もこうして張り込むんですか?」
「そういうときもありますね」
かなみは微笑んで言う。
「はあ……かなみちゃんは凄いですね」
絵里奈は嘆息する。
「いえいえ、全然凄くないですよ」
「借金を返すためにそれだけのことをするなんて、私にはとても出来ません」
「あ……借金は……」
かなみは苦笑する。
「かなみちゃんは借金を返すために働いてるんでしょ?」
「それはそうですけど……なんていうか、それだけじゃないというか……うーん……」
かなみは月を仰ぎ見る。
その視線の先に、答えがあるような気がした。
「よくわからないんですけどね」
「……そうですか。なんていうか凄いですね」
そう答えるかなみに、絵里奈は素直にそう漏らす。
「別に凄くないと思いますけど」
「八億の借金、返していくのかどれだけ大変なのか私には想像もつきません。想像もつかないくらい大変なくらいしかわかりません。でも、かなみちゃんはそれを返していくことに前向きで、それだけじゃなくて色々考えてて……すごいです、私よりもずっと年が下なのに……」
「そうでしょうか……自分だと全然わからないんですけどね。多分ここまで来るのに色々あったからだと思います」
再び月を仰ぎ見る。
月は鏡のようにこれまでのことを映し出してくれるようだった。
突然借金を背負わされて、魔法少女になってからこれまで。
色々な怪人と戦った。
母親と再会できた。
悪の秘密結社に入らないか、と誘われたこともあった。
平行世界を彷徨って、仙人と出会った。
そうして、はからずも世界の命運をかけた戦いにも巻き込まれ、死ぬ想いで勝利を掴み取ったこともあった。
そして、父親との再会。
父親と母親の内情を知って、戸惑ったこともあった。
それでも、今こうして、かなみは魔法少女を続けてきた。
一番の目的は、借金を返すため。
でも、それ以外にも目的はある気がする。
今はまだはっきりと答えがでない。
けれど、魔法少女になって自分にしかできないことがきっとある気がする。
「色々、ですか」
絵里奈は興味を示す。
「私も、かなみちゃんみたいに色々あればそうなれるものなんでしょうか?」
「そ、それはわからないですけど……絵里奈さんは、魔法少女になりたいんですか?」
「え、あ、そ、それは……」
絵里奈は顔を赤らめてそっぽ向く
「小さい頃は憧れていました……でも、現実になれないし、魔法少女なんて本当はいないと思っていたんです。それが突然本当にいるなんて思って、正直実感がまだわかないんです」
絵里奈はかなみを見る。
「な、なんですか?」
「かなみさんはまさに私がアニメで見た魔法少女そのままでした」
「え、え、そうですか……?」
変身している当のかなみにはその実感は無い。
ただ動画で見ると、どうにも他人のように見えてならない。
(そういえば翠華さんもそんなこと言ってたような……)
「私もかなみちゃんみたいになれたらいいなとは思いました」
「ええ、私!? 私じゃなくて、みあちゃんとか社長とかもっと凄い人がいますよ!!」
「いえ、かなみちゃんも凄いです! ほら、高嶺の花より近くの雑草といいますか……」
「私、雑草なんですか……」
かなみは苦笑する。
まあ間違っていないと心のどこかで思ったのは間違いないけど。
「あ、いえ、湿原でした。かなみちゃんは華々しい花だと思いますよ!」
「……無理にフォローしなくてもいいですよ」
「すみません、私そんなことばかり言ってるから友達がいなくて……そのおかげで組織に入れたのかなって思うところはありますが」
「そ、それはよかったんでしょうか……?」
「それはこれからの行い次第かな」
マニィが言う。
「が、頑張りたいと思います」
絵里奈は意気込む。
「あ……!」
かなみはふとゴミ捨て場の方へ目を追うと、ゴミ袋を置いている人を見かける。
「怪人でしょうか?」
「いえ、ただの人間だと思います」
「こんな時間にゴミを捨てるのに、ですか?」
「本当は朝一に捨てるのが決まりなんですけどね……」
風紀や臭いの問題で大抵は朝に出しておくのが鉄則なのだけど、それを守らずに前夜のうちに出しておく人がいる。
かなみの近所のゴミ捨て場でも問題になったことを思い出す。
「怪人がああいうゴミを持っていくのが目的ですから、現れるかもしれませんね」
「なるほど……でも、ゴミを持っていくなんてちょっと親切な怪人かもしれませんね」
「そうなんですよね……目的が見えないあたりが怪人らしいといいますか、絵里奈さんもこの案件を選んだ理由もそうなんじゃないですか?」
「実は……そうなんです」
このゴミ捨て場以外の他の二件の案件のことを思い出す。
「魚屋の魚が盗まれたこと、通帳が盗まれたこと、ですね」
「なんとなくその二つは盗まれる理由がわかりやすかったんですよね」
かなみは自分の考えを言う。
「ということは、かなみちゃんも同じ考えだったんですね」
絵里奈は嬉しそうに言う。
自分が出した答えに自信がなかったからだ。
「多分そうなんじゃないかなって思っただけなんですけどね」
かなみは謙遜する。
しかし、もしかなみがあの場でその考えを言っていたら、絵里奈は自分で考えることをやめてその答えを選んでいただろう。それでは絵里奈のためにならない、と、鯖戸はかなみに答えさせるのを止めた。今ならそう考えられる。
「魚はノラ猫、通帳は空き巣が盗んだ、って想像がついたんですよね」
「魚はおいしいですし、通帳はお金になりますからね」
かなみはそういう考えで、ゴミ袋を選ぼうとしていた。
「ともかくこれで怪人が盗めるゴミ袋ができましたね」
「あ、そういうことですか」
絵里奈は書類を手にとって案件を確認する。
「目撃者の証言によりますとゴミ回収前日の深夜一時頃ですね」
「一時……」
かなみは時計を確認する。
今は午後十一時だ。
「あと二時間くらいですね」
絵里奈は目をこすりながら言う。
「なんだか眠くなってきました」
「コーヒーが欲しくなりますね」
かなみはのどが渇いてきたことを自覚する。ちなみにまだ眠気はやってきていない。
「あ、私買ってきますよ。確か自販機がありましたよね」
「え、それでしたら私が行きますよ!」
「いえいえ、かなみちゃんは見張っておいてください。もし怪人が現れたら、私では何も出来ませんから!」
「え、そ、それは……!」
「そうですけど、」と、かなみは半ば肯定仕掛けていた。
「それじゃ、行ってきます!」
絵里奈はさっさと行ってしまう。
「あ……」
「意外と行動的だね」
マニィがそうコメントする。
「意外と、は失礼でしょ」
「うん、だから君に言ったんだよ」
「……それは信頼されてて何よりよ」
かなみは皮肉で返す。
しばらくして、絵里奈がコーヒーを持ってやってくる。
「ありがとうございます」
かなみは温かい缶コーヒーをもらう。
「お金は出しますね」
「いえ、いいですよ!」
「そういうわけにはいかないので! えっと、財布には五十円玉一枚……五円玉が二枚……一円玉が一枚…・・・」
小銭入れから出てきたのはそれだけだった。
「きょ、今日はそんなにもってなくて……」
「お、お金ならいいですよ。多分経費になると思いますから!」
絵里奈は申し訳無さそうに言う。
かなみの心もとない所持金を見てしまった罪悪感がこみ上げてくる。
「け、経費……そうなんですか?」
「はい、一応勤務時間中にドリンクを買うのは経費で落としてくれるそうです」
「それいいですね……うちは……」
かなみはマニィを見る。
「よそはよそ、うちはうち」
マニィはそっけなく答える。
「つまり、自腹ってわけね」
かなみはため息をつく。
「私、絵里奈さんの組織に転職しましょうか?」
「え、えぇ? かなみちゃんがうちに転職ですか?」
「缶コーヒー一本でヘッドハンティングされるなんて安いものだね」
マニィは嫌味を言う。
「え、これ、ヘッドハンティングなんですか? かなみちゃんにだったら毎日缶コーヒーあげますよ」
「あ、それいいですね!」
かなみは本気目に転職を考える。
「でも、かなみちゃんは学生ですから、多分ダメでしょうね」
「やっぱり、そうですね……中学生なのに働かせてるうちの会社の方がおかしいんですよね……」
それを言ったら、みあや紫織は小学生でもっと問題な気がする。
鯖戸は「新聞配達みたいなもの」と言ってたのを思い出す。
「でも、魔法少女でしたら、やっぱり、かなみちゃんくらいの歳じゃないとおかしいですものね」
「子供の方が魔法を扱いやすいらしいですしね。社長や母さんは特別として……」
「私からしたら、かなみちゃんも特別ですよ」
「私は特別じゃ……」
「ないですよ」と言いかけてやめた。
自分ではその自覚がなくても、自分は魔法が使えて、絵里奈は魔法が使えない。
これは厳然たる事実だった。
「気を使わなくていいですよ。魔法を使えたら良かったんですけど」
そんな言われ方をすると、かなみの性格からしてますます気を使ってしまう。
「え、あ、あぁ、すみません……あの、その、絵里奈さんは魔法使いたいんですか?」
「そうですね、かなみちゃんを見てると魔法少女に憧れていた頃を思い出しまして、私にも出来たらいいな」
「で、出来ますよ! 社長も誰でも出来るって言ってたじゃないですか!」
「でも、それには素質が必要って……」
「そ、それは……」
かなみは言いよどむ。
でも、このままではいけない、と、何か掛ける言葉を必死に探す。
魔法が使うには素質が必要だけど、素質が無いと思ってる絵里奈にかけてあげられる言葉がないものか。
「あぁ……」
上手く言葉が見つからない。
こんな時、あるみだったら何て言うんだろうか。そんなことを考えてみる。
「素質が無いって決まったわけじゃないですよ」
「え……?」
その一言が出てから、あとは自然と何を言うべきかすぅっと口から出る。
「私も会社に入るまでは魔法が出来る素質があるなんて知りませんでしたから」
「え、そうなんですか?」
「はい! 素質があるかどうかなんてその時になってやってみないとわからないですよ! それで出来なかったら特訓とかしてみたら案外出来るようにかもしれませんし!」
「やってみないとわからない……特訓で案外出来る……」
絵里奈はかなみの言葉を反芻して、グッと握り拳を固める。
「かなみさん、私魔法やってみます!」
「はい、それがいいですよ!」
「でも、魔法ってどうやったらできるんですか?」
「……え?」
かなみは困った。
いつも当たり前のようにやっている魔法なのだけど、実のところ、どうやったらできるようになるかよくわかっていない。
魔法ができない人が魔法が出来るようになる特訓なんてわからない。
「うーん……ちょっと私がやったことある特訓をお見せします」
「え、本当ですか?」
かなみは缶コーヒーを飲む。
「これ甘いですね」
「え、あぁ、かなみちゃん、甘いものが好きだと思って」
「だから『砂糖・ミルク入り』なんですね」
かなみは缶を確認する。
小さめに『砂糖・ミルク入り』と書いてあるのを見つける。
「甘いものが好きなのはそうなんですけど、コーヒーはブラックなんですよ」
「え、そうなんですか。意外です」
「社長がブラック党なんですよ」
「あ~そういえば、うちのオフィスに来た時も飲んでましたね」
「その意向でうちのオフィスには砂糖やミルクが無いんですよ」
「それは変わった社風ですね」
「欲しかったら自腹で買わないといけないんですよ。――お金ないので買えないんですが」
「あはは……そうなんですね……」
かなみの愚痴に、絵里奈は苦笑する。
「あ~でも、いいですね、砂糖とミルク。久しぶりに飲んだので凄く甘く感じます」
かなみは缶コーヒーを飲んで言う。
「そうですか! それはよかったです。かなみさんには砂糖がお似合いですよ」
「砂糖がお似合いって褒め言葉なんでしょうか?」
かなみは疑問を口にする。
「それでですね」
空になった缶コーヒーをテーブルのような切り株に置く。
「特訓なんですけど。私はこんな感じにやってるんですよ」
かなみは右手の親指を立て、人差し指を缶コーヒーに銃のように向ける。
「バン!」
バァン!
可愛らしい掛け声とともに、銃声のような物騒な音を立てて、指先から魔法弾が発射される。
パァン!
缶コーヒーは吹っ飛び、カンカンと地面を転がっていく。
「凄い!? 今のが魔法なんですか!? 凄くて凄いです!!」
「えへへ、大したことじゃないですけどね」
「でも、紛れもなく魔法じゃないですか! やっぱり、かなみちゃんは魔法少女ですね! 簡単に魔法をできて!!」
「そんなことないですよ。絵里奈さんもやってみてください」
「私が、ですか?」
「やってみたらできるかもしれませんよ」
「やってみたらできるかもしれない……」
そう言いながら、絵里奈が明らかにやる気が満ちていくのが目に見えてわかる。
「そ、そうですね、やってみます!」
絵里奈はテーブルのような切り株に、かなみと同じように缶コーヒーを置く。
「ようし……!」
絵里奈は深呼吸して、親指を立てて、人差し指を缶コーヒーへ銃のように向ける。
「バァン!!」
かなみよりも気合入った声だった。
シーン……
そんな風の音が聞こえそうなほど何も起きなかった。
「やっぱり、私はダメなのでしょうか?」
絵里奈は落ち込む。
「そ、そんなことないですよ! まだ一回じゃないですか!」
「そ、そうですね! 一回でダメなら二回、三回ですね! バァン!」
もう一度、魔法を試してみる。
「まだです! バァン! バァン! バァン!」
これで千回目のチャレンジ。
しかし、一向に魔法弾は出ない。
「はぁ……」
絵里奈はため息をつく。
「全然、出ませんね……」
さすがに絵里奈も疲れてきて落ち込んでくる。
「絵里奈さん……」
かなみはなんとか出来ないものか考える。
(私が魔法を使う時、どうしているか……私と絵里奈さんじゃ何が違うっていうの? あんなに一生懸命なのに……!)
かなみは頭を抱える。
「そうだ!」
「え、どうしたの?」
「絵里奈さん、その魔法に名前をつけたらどうでしょうか?」
「名前?」
「名前を付けるとイメージしやすくなって、魔法が強力になる。とか、そんな感じのことを社長から教わったんです」
「なるほど、言葉に力が宿る……言霊、みたないものでしょうか」
絵里奈は顎に手を当てる。
「魔法の銃……それなら、マジカルピストルっていうのはどうでしょうか?」
「マジカルピストル……」
「あの……やっぱり、安直ですよね?」
「いえいえ! そんなことないですよ! とてもかっこいいと思いますよ!!」
「そ、そうですか……かなみちゃんにそう言われると心強いです。マジカル、ピストル、マジカルピストル、マジカルピストル……」
絵里奈は魔法の呪文を繰り返しつぶやく。
「マジカルピストル! よし!」
ちゃんと言える自信がついた後に、絵里奈は再度缶に向かって人差し指を向ける。
「あ!?」
突然かなみは驚きの声をあげる。
「ど、どうしたんですか!?」
「泥棒です!」
「えぇ!?」
かなみはゴミ捨て場の方に目を向ける。
そこにはゴミ袋を両肩に担ぐ人影があった。
「あれ、怪人ですよ!?」
「ええ、ゴミ泥棒じゃないですか!?」
「追いかけます!」
「はい!」
かなみと絵里奈はその人影を追いかけた。
「本当に現れるなんて!?」
「マニィ、あいつどこに向かってるかわかる!?」
「あの方角、そして持っているゴミ袋……検討がつくね」
「本当!?」
「検討がつくだけで確証はないから、このまま追いかけて捕まえられたらいいんだけど」
「でも、あいつ足が速いわね!」
相手はゴミ袋を担いでいるのにまったく追いつけない。
「ハァハァ……!」
その声で絵里奈が遅れてきていることに気づく。
「絵里奈さん、大丈夫ですか?」
「わ、私に構わず追いかけてください! 逃したら、かなみさんのボーナスが!?」
「で、でも……!」
かなみがためらっているうちに、絵里奈は膝をついた。
「ハァハァ……体力がなくてすみません……」
「マニィが検討ついてるみたいなので気にしないでください」
「確証はないけどね。こうなったら仕方がない、かなみのボーナスがかかってくることだし」
「そういうこと言わなくていいから!」
「そうですね、ハァハァ……私頑張ります、ハァハァ……かなみさんのボーナスのために!」
「絵里奈さんまで!」
二人分のツッコミでいつもの二倍疲れた気がした。
「そんなわけでここが彼の根城と思われる場所だよ」
「ああ、うん……そうね……まさにそうねって思ったわ」
かなみは呆れたように言い返す。
そこは一言でいうとゴミ屋敷と言われるような民家。
家の中に収まりきらず溢れ出た物――ゴミでごった返ししていた。
「これって、あの人が盗んできたゴミなんでしょうか?」
「そこまではわからないけど」
かなみは見渡す。
冷蔵庫やタンスの家具類ならまだいいのだけど、その周辺に置かれている山積みになったダンボールや雑誌、それもまだ可愛い。
問題はどうみても、ゴミ袋に入っているべき代物だ。ちり紙やプラスチック、ビニール類は、いやこれもまだ愛嬌さえ感じる。
それさえも感じないのやつがおぞましくも転がっている。――生ゴミだ。
どうみても賞味期限をきらして腐った肉、野菜、食品の数々が発酵臭を撒き散らしている。
「くっさ……」
かなみと絵里奈は思わず鼻を抑える。
「一体これは何なんでしょうか?」
「これは、生ゴミの臭いです。集めてきたゴミのせいですね」
「どうしてこんなにゴミを集めたんでしょうか」
「わかりません、わかりませんが……この臭いはもう一種の爆弾、兵器ですよ。きっとこれ集めて爆弾にして世界征服とか企んでるんですよ」
「爆弾は、たしかに臭いは凄まじいのですが……さ、さすがに臭いで世界征服は、ちょっと大げさなんじゃ……」
「大げさでも、本気でやるところが怪人なんです!」
「さすが百戦錬磨の魔法少女ですね! 怪人に詳しい」
「百戦錬磨……」
「確かに怪人相手なら百戦以上はしてるね」
マニィが言う。
「百戦錬磨の百戦って、そういう意味じゃないと思うんだけど」
「百ってとにかくたくさんって意味合いで用いられますね」
「でも、私が百なら、社長は百万戦練磨ですよ、あの強さは」
「社長ってそんなに強いんですか?」
「強いなんてものじゃありませんよ。あれは核ミサイルですよ! 本気になったら世界滅ぼせますよ!」
「あ、あははは、それは凄いですね」
絵里奈は苦笑する。
かなみが大げさに言っているだけだと思っているのだろう。しかし、かなみからしたら決して大げさに言っているわけではない。あるみの戦いぶりを見てありのままの印象を言っているだけなのだから
「まあ、それはともかく……」
かなみはそのゴミ屋敷に足を踏み入れていく。
「くさい……うちで出す生ゴミの百倍くさい……」
かなみは鼻を抑えて、どんどん中に入る。
「かなみちゃん、凄いです……私、とても入れません……」
「確かにくさいのはイヤですけど、そんなこと言ってられませんよ」
「おお、正義のためですね! さすがです!」
「かなみの場合、ボーナスのためだけどね」
マニィが補足する。
「そうでしたね、借金のためでしたね!」
「それだと借金を作るために戦ってるみたいですね……」
かなみはため息をつく。
しかし、ボーナスのため、借金返済のため、といわれるとなんだかかっこがつかない。
かといって、正義のためというのもなんだかこそばゆい。
「私って何のために戦ってるのかしらね……?」
ふとそんなことをつぶやく。
そういうときに限って、マニィは何も言わない。
ガサガサガサ
家の中へ足を一歩踏み入れる度に、何かを踏んだりして物音がする。
ゴミを踏むというのはどうにも生理的嫌悪を催す。
「さっさと怪人倒して、早く帰りたい……」
こんなところに一秒だっていたくない。できればさっさと回れ右して立ち去りたい。
「怪人……いるなら、さっさと出てきなさいよ、さっさと倒してやるから!」
かなみは家の奥へ呼びかける。
シーン……
「返事ありませんね……」
「もしかして留守!?」
考えたくなかったことを口にする。
「もしくは外れ」
マニィがもっと考えたくなかったことを口にする。
「いやあああああ、って、あんたがここだって言ったんでしょ!?」
「確信はないって言ってるのに……」
「ここまできて今更それはないでしょ!」
「今更それはないと言われてもいないものはいないと思うけど」
マニィがぼやく
「かなみちゃんもマニィさんも、苦労されてますね」
絵里奈は鼻を押さえながらついていく。
「ボクのことは呼び捨てでいいよ」
「はい、マニィ」
「うん、その方がしっくりくるね」
そんなやり取りは聞きながら、かなみは先を行く。
とはいっても、外の方にまであるゴミをかきわけながらのせいで
歩みは遅く、一歩踏みしめる度に何かを踏んづけて「うえ!?」と声を出しそうになる。
ようやく出入り口の取っ手までたどり着く。
ようやく、でここまで苦労したのだけど、むしろここからが本番だった。
「中には一体どんな凄まじい怪人がひそんでいるのか……」
かなみは緊張で頬から汗がポタリと落ちる。
「もう怪人よりゴミの方が厄介そうですね」
「だって、怪人は倒せばいいんですけど、ゴミは倒しようがないんですよ!」
かなみは泣き言を言う。
「魔法でゴミを吹き飛ばすというのはどうでしょうか?」
「私の魔法、そんなに便利じゃないですよ」
「あ、そうなんですか……」
「それに、よしんばかなみが魔法で吹き飛ばせたとしても、その吹き飛ばしたゴミが周囲の民家に飛んでいったら……」
「……苦情殺到ね」
マニィが言ったことを、かなみは軽く想像してげんなりする。
「魔法少女も大変ですね」
「そうですね……あとうかつに家を勢いあまって壊しちゃったら、修繕費でボーナスが没収されることがあるんですよ」
「壊しちゃうんですか?」
絵里奈は不安にかられる。
もし、戦いになってこの家が壊れたら自分はどうなってしまうのか。瓦礫の下敷きになったらと思うと怖くなる。
「こ、壊しませんよ! 壊しちゃうとボーナス出ませんから!」
「そ、そうですか……」
なんだかかえって不安にさせてしまったか。
怪人倒すためなら被害をいとわない。いざとなったら、そういう思考になってやりすぎてしまうことがある。
今回もそのパターンになりかねない危惧が、かなみにはあった。
「ボーナスのために、ボーナスのために、程々に……」
かなみはぼやきながら奥へと進む。
奥に入り込む度に臭いはひどくなっていき、通路はゴミのせいで狭くなっていき、魔境感(まきょうかん)が強くなっていく。
ある種、地獄ってこういうところをいうのかも。なんてことも考えてしまう。
「ここが地獄でも怪人がいるならそれでいいんだけど……」
一向に怪人の気配がしない。
留守ならまだいいけど、外れだったら本当に無駄足。
ここまできて徒労に終わるのはどうしても嫌だ。
ドサドサ!!
そう思っていると、上の方から何やら物音がする。
「キャッ!?」
絵里奈は驚きで悲鳴を上げる。
「今のは!?」
「ゴミ屋敷の幽霊」
マニィがそう言うと、かなみは身震いする。
「そ、そんわけないでしょ!? 今のはどう考えても怪人!? 決してゴミ屋敷の幽霊なんかじゃないわ! そう、幽霊なんかじゃないわ!」
かなみはブルブル震えながら力説する。
「もしかして、かなみちゃん? 幽霊が苦手なんですか!?」
「そんなことありえなくないですよ!! さあ、怪人が戻ってきました! この上ですよ!! 上! 上!」
かなみは階段を駆け上がる。
ゴミ山をかき分けてものすごい勢いで、一気に。
「か、かなみちゃん……」
絵里奈はその勢いで思わず圧倒されるのだった。
「かいじーん! おばけじゃなくて怪人やーい!!」
かなみは二階の部屋へ踏み込む。
「――いや、俺はおばけだぞ」
「きゃああああああッ!?」
その返答に、かなみは悲鳴を上げる。
「うるねえな、時間を考えろよ。近所迷惑だろが」
「だって! だって、だって! おばけが、おばけで、おばけなのよ!!」
「意味わかんねえぞ! だいたい人の部屋に勝手に入ってきてなんだお前!?」
「勝手に入ってきてって、あんただって不法侵入でしょゴミ泥棒怪人!」
「違う! 俺はゴミ泥棒怪人じゃねえ! ゴミ怪人だ!!」
「え……自分で言ってて大丈夫なの?」
「おう大丈夫だ! 何しろ俺はゴ―ミィだからな!!」
「え、ゴミ?」
「違う! ゴ―ミィだ!」
黒いゴミ袋のような体の色をして、ひょろ長いノッポの怪人だった。
「なんだっていいわよ。あんたがゴミ袋を盗んでるせいで迷惑してるのよ! おまけにこんなゴミ屋敷まで建てて!!」
「何、ゴミ屋敷とな!? 違うな、ここは俺が建てたんじゃねえ!! 元からこういう場所だったんだ!」
「ええ!?」
「そんで住心地がいいから俺の住処にした!?」
「不法侵入じゃないの!?」
「怪人に法が通じるわけねえだろ!?」
「そりゃそうね。というわけで、今ここで私にやられるのも仕方ないわね」
「どういう理屈だ!? って、お前、俺を倒したにきたのか!?」
「ええ、そうよ!」
「何故俺を倒しに……俺はただゴミを集めてこの国をゴミで埋め尽くして俺のための国を建国しようとしただけなのに!?」
「いや、それ十分倒される理由になるんだけどね……っていうか、この国どころか街がゴミで埋め尽くされたらいい迷惑よ! そんなこと絶対にさせないわ!!」
「絶対にさせないだと!? だったら、俺はお前を倒して俺の野望を果たすぜ!!」
「倒されてたまるかってのよ! マジカルワーク!!」
かなみはコインを放り投げ、コインから光が降り注ぐ。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
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