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第117話 求愛! 少女と少女の母が求める家族の愛の形! (Bパート)
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来葉の眼が虹色に輝く。
「――視えました」
占い師として、決まり文句の言ってから視えた未来を告げる。
「あなたの捜し物は、北を探せば見つかります」
「北? 北ってどっちだ?」
依頼人の男性はぶっきらぼうに訊く。
「北は北です。方位磁石が指す方角です」
「方位磁石ってなんだ?」
「コンパスです」
「なんだ、コンパスのことか」
男性は納得しオフィスを出た。
「……ふう」
一人残った来葉は一息つく。
ピンポーン
その直後に、オフィスの呼び鈴が鳴る。
「開いてるからどうぞ」
来葉がインターフォンでそう答えると、オフィスの扉が開く。
「お邪魔します」
かなみは一礼して入ってくる。
自分の家みたいにくろげばいいのに、と、来葉は思った。
「ちょうど、コーヒーを淹れるところだったから飲んで」
来葉は奥のテーブルからサイフォンを取り出す。
「私が来ることわかってました?」
「まあね、かなみちゃんがこの時間に来る未来を視たからね。コーヒーの準備はしておいたわ。前のお客さんが中々帰ってもらえないからちょっと困ったけどね」
「そんな気を遣わなくてもいいですのに」
「気を遣いたいのよ」
来葉はコーヒーカップにコーヒーを淹れる。
香ばしい煙がその場に立ち込める。
「砂糖は、いらなかったわよね?」
「……はい、そっちに慣れちゃいまして」
かなみはコーヒーが飲むときよりも苦い顔をする。
あるみが淹れたコーヒーを思い浮かべたのだろう。あれは濃くて苦いものだから、と、来葉も笑う。
「それで、今日は何の用で来たの?」
「あ、それは……来葉さんに相談がありまして……」
「相談? どうしたの?」
「……母さんのことで」
そう言われて、来葉の顔が少し険しくなる。
「涼美がどうかしたの?」
「昨日、母さん告白されたって言ってたんですよ」
「告白ね……」
「そしたら、父さんがやってきて、相手のことを聞いてきて、私は何も知らないって答えたら行っちゃいまして……」
「お父さんも来たのね……」
「あ、あの! それで、私、どうしたらいいか……!」
「シッチャカメッチャカになった?」
「シッチャカメッチャカになりました!!」
かなみは勢いのままに、コーヒーをズズっと淹れる。
「もう一杯飲む?」
「……はい、お願いします」
来葉はかなみのコーヒーカップに手にとって、サイフォンのあるデスクへ行く。
「それで私のところへ相談に? あるみはどうしたの?」
「社長に話したら、『涼美の好きにすればいいじゃない』って言ってました」
「あるみならそう言うわね(びみょーに似てるわ)」
来葉はかなみのモノマネに、クスリと笑う。
「それで、来葉さんなら……」
「力になってくれる、って?」
「……はい」
言いたいことを先に言われて、かなみは控えめに肯定する。
「そういう風に頼ってくれるのは嬉しいのだけど、これは涼美やかなみちゃん、家族の問題だからね……」
来葉は残念そうに言う。
「そう、ですか……」
「かなみちゃんはどうしたいの?」
「私? 私がどうしたいか……?」
かなみはコーヒーを口に含む。
「まずは一つ一つ整理してみましょう。涼美がお父さんと別の相手を見つけてどう思ったの?」
「どう思ったかなんて……ビックリして、うーん……父さんとはどうするの? なんて思いました」
「うんうん、それでそのお父さんが、かなみちゃんのもとにやってきたわけね」
「そうなんですよ。いきなり現れて! 泥棒かと思いましたよ!」
「泥棒ね、確かに勘違いされてもおかしくなかったわね」
「あれ? 来葉さん、わかるんですか?」
「え? あ、あぁ、なんとなくそんな気がしたのよ……」
来葉はごまかすようにコーヒーを啜る。
(実は、かなみちゃんの未来を視たから、なんて覗き見みたいでいい趣味とはいえないものね)
「涼美もお父さんも神出鬼没で困ったものよね」
「そうなんですよ。困りましたよ、母さんも父さんも家でじっとしていたらいいですのに!」
「それが、かなみちゃんの望みなのね」
「え……?」
そう言われて、かなみは考える。
「私の望み……」
ものの勢いで言ってしまったけど、頭の中に自然と浮かぶ。
家に父親がいて、母親がいる光景。
そんなことあったかなと記憶が薄れるくらい遠い昔のことのように思える。
そして、もう二度とありえないと思っていた光景でもあった。
「父さんと母さんが一緒にいる……」
「そこに、かなみちゃんもいる。どう?」
「……そうなったらいいな、と思います」
かなみは思わず吐露する。
思わず、だからこそ紛れもない本音だった。
「うんうん、それが、かなみちゃんの望みなのね」
「私の望み、本当にそうなのかわかりませんけど……」
「本当にそうかはもっと考えてみて決めればいいわ。――さて、行きましょうか?」
「行くってどこに?」
「とりあえずその相手に会ってみましょうか?」
「えぇ!?」
かなみは驚きから冷静になる前に、いつも使っている商店街にやってきた。
「涼美はよくここでご飯の材料を買ってるわよね?」
来葉は、かなみに確認する。
「はい、余計なものまで買っちゃったりして困ってますが」
「涼美にも困ったものね。でも、それはかなみちゃんにおいしいものを食べてほしいって気持の表れじゃないの?」
「そ、それは、そうかもしれないですけど……」
「それで相手のことなんだけど、彼はこの商店街によくくるそうよ。それで涼美を見かけて気になって、昨日とうとう……といった感じよ」
「なんでそんなに詳しいんですか?」
「仔魔に調べてもらったのよ」
「部長……何してるですか」
「情報収集なら彼に任せると早くて確実だからね。それに彼も興味津々だったみたい」
「部長が興味津々……?」
なんというか、すごく良くない気がしてくる。
「ちなみにこれがその人の写真よ」
「え、どんな人!?」
かなみも興味津々に来葉の携帯電話を覗き込む。
「どう? 印象は?」
「……パッとしません」
かなみは正直に印象を言う。
母に告白した男の人だから、どんな変人なのかと思ったら、普通にその辺りを歩いていそうなスーツ姿の優男で、よくいえば素朴、わるくいえば印象に残らない人だった。
「かなみちゃん、意外と辛辣ね」
来葉はフフッと笑う。
「そ、そんなことありませんよ。ただこういう良い人そうな人に母さんの相手って難しいというか……」
「多分無理でしょうね」
来葉はバッサリと言う。
「来葉さんの方が辛辣な気がします」
「でも、かなみちゃん……よく考えてみて、あのあるみと一緒に過ごすとなったらちょっとパッとしない人だったらどうなるか」
「振り回されます!」
かなみは即答する。
それは自分の経験談でもあった。
「それはもうフルスイングしたバットのように」
「そうでしょ、それだったら金属バットみたいに強い人じゃないと難しいんじゃないかなって思うのよ」
「金属バットみたいに強い人、ですか……」
そうなると、父は金属バットのように強い人ってことになるんじゃないか? と思った。
いや、そんなはずはない。あれは金属バットというより柔らかくて……
「父さんはゴムみたいなバットな気がします」
「ゴムね、確かにそうね」
来葉は苦笑する。
「あんまり顔を合わせたことはないけど、不思議な人よね。ああいう人はそうそういないわね」
「来葉さんでもそう思いますか?」
「そうね、政界、財界、芸能界……色々な人と会って、未来を視てきたけどね。それでもね」
「そうですか。あ、そういえば父さんの未来って視たことあるんですか?」
「あるのだけど……」
来葉はものすごく言いづらそうにしている。
「父さんの未来ってどんな感じだったんですか?」
かなみはすかさず訊く。
その様子を見て、来葉は観念したかのように答える。
「あれだけ分岐が多い人は初めてだったのよ」
「ぶんき?」
「私の未来視は人の未来を視ることができるけど、未来は絶えず変化して分岐するわ。今日かなみちゃんが私のところに来たけど、何かきっかけがあって来なかった未来もあったのよ。まあその数ある未来の中で一番可能性が高かったのが今こうしている未来なんだけどね」
「父さんはその分岐がすごく多かったんですか?」
「そうよ。視るたびに変わってたわね。今日これからどこに行くかってなったら、日本全国どころか世界の国々に飛んでいたわ」
「どうしてそんなに分岐が多かったんですか?」
「分岐が多い人っていうのは、気まぐれな人が多いわね。あとは周囲の取り巻く環境が目まぐるしい人とかね、涼美もそうね、夫婦二人合わせると凄まじかったわね」
「なんとかわかります。二人揃ってすごいきまぐれでしたから。急に帰ってきたかと思ったら、次の朝に『ちょっとアメリカに行ってくる』なんていう人ですから!」
「アハハ……かなみちゃんも苦労してるわね」
「メチャクチャなんですよ、二人揃って……」
かなみはため息混じりにぼやく。
「はあ……やっぱり父さんって普通じゃないんですね」
「そうね。だからこそ涼美も運命を感じたのね」
「それで、この人にも運命を感じたんでしょうか?」
かなみは写真の人を指して訊く。
「それは、涼美に聞いてみないとわからないわね」
「聞いてもはぐらかされますけどね……」
「……あ、写真の人」
「えぇ!?」
来葉がそっと指さした方に、『写真の人』は歩いていた。
かなみはとっさに来葉の後ろに隠れた。
(別に隠れる必要なんて無いのに……)
向こうからすると、見知らぬ女の子でしかないから見つかったとしても問題はない。むしろ、目が合って隠れてしまったことで不審に思われるかもしれない。
(そうなったらそうなったで考えようはあるんだけどね)
来葉はそのあたり落ち着いていてさすが大人の女性だった。
案の定、その男性とは目が合っただけですぐに先を歩いていった。
その様子は誰かを探しているみたいだった。
多分、来葉を探しているのだろう。昨日、告白してその返事をもってきてここに来ていないだろうか、と、そんなところかもしれない。
(それだったら――)
来葉は男性の方に歩み寄った。かなみは忙しなくそれについていった。
「あのう」
男性に声をかけた。
「俺ですか?」
男性は驚いて訊き返した。
「はい、誰かを探しているみたいでしたので」
「あ、いや、それは……」
急にそんなことを言われて、男性は戸惑う。
「女性の方ですね。それも意中の」
「――!?」
男性は言い当てられて驚く。
「ど、どうして、わかったんですか!?」
「私は占い師をやっておりまして、視ればわかるのですよ」
「占い師……」
男性はまじまじと来葉を見つめる。
いきなり、そんなことを言われて、半信半疑の状態だった。
「ああ、占うのはただの私の好奇心です。ここではなんですから、お茶をしながらしましょうか?」
「え、そ、それは……」
男性は辺りを見回す。
涼美が来るか来ないか気にしているのだろう。
「彼女なら今日はここに来ないですよ。私にはわかりますから」
来葉とかなみ、男性を連れて近くの喫茶店に入る。ちなみに、かなみは助手と紹介した。
男性の名前は平木英介《ひらきえいすけ》。商社で営業をしていて、商店街はその帰りに通るそうだ。
「帰り、買い物をしているあの人を何度も見かけるうちに……」
「それで好きになって、思い切って告白したんですね」
「……はい」
平木は観念したように答える。
「おか……その人のどんなところが好きになったんですか?」
かなみは食い入るように訊く。
「それは……すごく美人で、いつも楽しそうに買い物していていて、それで家庭的なイメージがあって……この人が家にいたらきっと素敵なんだろうなと思いまして……」
「………………」
照れくさそうに語る平木を、かなみは真剣な顔つきで見つめた。
「そう、素敵ね」
「……はい」
「わかりました。――それであなたを視た結果ですが」
「あ、いえ、結果はいいです」
平木は遠慮する。
「いいんですか?」
「はい。占いの結果を知るのは怖すぎまずから」
「そうね」
来葉は伝票をとって立ち上がる。
「失礼します」
来葉とかなみ、二人で店を出た後、かなみは占いの結果を訊いてみるものの答えてくれなかった。
「あの人が聞かなかったから、かなみちゃんにも秘密よ」とのこと。
「う~」
翌日、かなみはオフィスのデスクでうなだれていた。
「かなみさん、大丈夫?」
翠華は心配になって訊く。
「……ちょっと、お付き合いについて考えてて」
「お付き合い!?」
「男の人の気持ちがよくわからなくて……」
「男の人!?」
「ああいう大人の人になると結婚を前提になるって話は聞いたことがあるんですが」
「結婚を前提に!?」
翠華の顔が青ざめて、放心状態に陥る。
「かなみ?」
「ん、どうしたの?」
みあに訊かれて、かなみは顔を上げる。
「あれ、何があったの?」
みあは翠華を指して訊く。
「何が、って……翠華さん、どうしたんですか!?」
かなみは、翠華が放心状態になっていることに気づく。
「かなみさんが……男の人とお付き合いで……結婚まで前提に……」
「え、えぇ、どういうことですか!? お付き合いで結婚って!?」
「あんたが誤解を招く言い方してるからでしょ」
みあはため息をつく。
「あの、翠華さん? お付き合いってお母さんの話ですよ?」
「お母さん? お母さんって、涼美さん?」
その一言で翠華は我に返った。
「涼美さんがお付き合いって、どういうこと?」
「男の人に告白されたみたいです。サラリーマンみたいです」
「それで、涼美さんは?」
「わからないんです。母さん、それだけ伝えて出かけたままだから」
「それで、娘のかなみとしては気が気じゃないわけね」
みあが言う。
「うん……もしかしたら、私のお義父さんになるかもしれないし……」
「お義父さんって……そういえば、お父さんとは……えっと、たしか……」
「離婚してないんじゃなかったけ?」
翠華が言いづらそうにしているのを、みあがはっきりと訊く。
「離婚は……していない」
「ええ? たしかあのお母さん、親父を半殺しにしたんじゃなかったけ? それって事実上の三下り半じゃないの?」
「私もそう思ってたんだけど、それでお父さん、病院から逃げちゃったでしょ?」
「それで~調印押させることがぁできなかったのよぉ」
「「「うわあああ!?」」」
突然、会話に入ってきた涼美に三人は驚いて飛び上がる。
「か、母さん、どうしてここに!?」
「ちょっとぉ近くに来たからぁ」
涼美は何の悪びれもせずに答える。
「だからって、気配消して音を立てずに入ってくること無いじゃない!」
みあは文句を言う。
「だって~みんながぁびっくりするところがみたくて~」
「びっくりするこっちはいい迷惑よ」
かなみは文句を言う。
「母娘《おやこ》揃って人騒がせよね」
みあの一言に、かなみは「え、私も?」と首を傾げる。
「ところで~かなみ? 今日の晩ごはんはぁ何がいいのぉ?」
「晩ごはんって、これから商店街に行くの」
「もちろんよぉ、おかずは商店街からぁ買うからぁ」
かなみは昨日会った平木のことを思い出す。
あの人は商店街で涼美を探していた。今日も来ているはずだから、今商店街にいったら、きっと鉢合わせになる。
「あの母さん?」
「なぁに?」
「あ……」
かなみはとっさにそれを止めようと思ったけど、平木と鉢合わせになるからなんて言えない。何よりどうしてそれを止めようかと思ったのか、かなみにはわからなかった。
「ううん、なんでもない」
「今戦ってる怪人で相談があるんだよ」
マニィが不意に、かなみの肩に飛び乗って口を出す。
「怪人~? かなみからぁ相談なんて珍しいわねぇ」
涼美は嬉しそうに答えてくれる。
「マニィ?」
かなみはマニィへジト目で見る。
チウチウは確かに厄介で面倒な怪人だけど、涼美に相談することじゃないと思ったから。
「一応相談してみたら? 力になってもらえるはずだから」
マニィが言うように、怪人退治なら涼美の方が経歴も経験も上で、かなみからの相談だったら快く応じてくれる。
それでもなんだかごまかしているようで、かなみは釈然としなかった。
「はあ……」
ため息一つついて、気持ちを切り替える。
このままあの怪人を倒せなかったら、ボーナスは手に入らないから困る。母に相談しなくちゃ、と。
そういうわけで、かなみはネズミ怪人・チウチウのことを涼美に話した。
かなみが撃った何気ない魔法弾一発で吹っ飛ぶくらい弱いのだけど、得意な魔法は瞬時に子供を生み出して、その子供がまた子供を生んで、その子供が……といった具合に数を増やすネズミ講といってよくとにかく厄介だ。昨日はそれで一人だけ生き残った奴を取り逃がしてしまった。
「ふーん」
そこまで話して涼美は楽しげに言う。
「それだったらぁ私もぉ手伝うわぁ」
「え? そんなことしていいの?」
かなみは部長席にいる鯖戸へ視線を移す。
「別に構わないよ。ようは怪人さえ倒せればいいんだから」
「それで母さんが倒したら、ボーナスは無しってことには?」
「部外者だったら、そうなるけど涼美さんなら手伝いってことでちゃんと払うよ」
「ちゃんと言ったわね! いざとなったら翠華さんとみあちゃんに証人になってもらうから!」
「君もだいぶしつこいね」
「部長が何かにつけてピンハネするからよ」
「ピンハネはよくないわよねぇ」
「君が言うと怖いな」
鯖戸はそう言って、トランクを持って出ていく。
「……あれは逃げたわね」
みあは容赦なく言う。
「今度から母さんと一緒に講義したほうがいいような……」
かなみは割りと本気でそんなことを考える。
「――視えました」
占い師として、決まり文句の言ってから視えた未来を告げる。
「あなたの捜し物は、北を探せば見つかります」
「北? 北ってどっちだ?」
依頼人の男性はぶっきらぼうに訊く。
「北は北です。方位磁石が指す方角です」
「方位磁石ってなんだ?」
「コンパスです」
「なんだ、コンパスのことか」
男性は納得しオフィスを出た。
「……ふう」
一人残った来葉は一息つく。
ピンポーン
その直後に、オフィスの呼び鈴が鳴る。
「開いてるからどうぞ」
来葉がインターフォンでそう答えると、オフィスの扉が開く。
「お邪魔します」
かなみは一礼して入ってくる。
自分の家みたいにくろげばいいのに、と、来葉は思った。
「ちょうど、コーヒーを淹れるところだったから飲んで」
来葉は奥のテーブルからサイフォンを取り出す。
「私が来ることわかってました?」
「まあね、かなみちゃんがこの時間に来る未来を視たからね。コーヒーの準備はしておいたわ。前のお客さんが中々帰ってもらえないからちょっと困ったけどね」
「そんな気を遣わなくてもいいですのに」
「気を遣いたいのよ」
来葉はコーヒーカップにコーヒーを淹れる。
香ばしい煙がその場に立ち込める。
「砂糖は、いらなかったわよね?」
「……はい、そっちに慣れちゃいまして」
かなみはコーヒーが飲むときよりも苦い顔をする。
あるみが淹れたコーヒーを思い浮かべたのだろう。あれは濃くて苦いものだから、と、来葉も笑う。
「それで、今日は何の用で来たの?」
「あ、それは……来葉さんに相談がありまして……」
「相談? どうしたの?」
「……母さんのことで」
そう言われて、来葉の顔が少し険しくなる。
「涼美がどうかしたの?」
「昨日、母さん告白されたって言ってたんですよ」
「告白ね……」
「そしたら、父さんがやってきて、相手のことを聞いてきて、私は何も知らないって答えたら行っちゃいまして……」
「お父さんも来たのね……」
「あ、あの! それで、私、どうしたらいいか……!」
「シッチャカメッチャカになった?」
「シッチャカメッチャカになりました!!」
かなみは勢いのままに、コーヒーをズズっと淹れる。
「もう一杯飲む?」
「……はい、お願いします」
来葉はかなみのコーヒーカップに手にとって、サイフォンのあるデスクへ行く。
「それで私のところへ相談に? あるみはどうしたの?」
「社長に話したら、『涼美の好きにすればいいじゃない』って言ってました」
「あるみならそう言うわね(びみょーに似てるわ)」
来葉はかなみのモノマネに、クスリと笑う。
「それで、来葉さんなら……」
「力になってくれる、って?」
「……はい」
言いたいことを先に言われて、かなみは控えめに肯定する。
「そういう風に頼ってくれるのは嬉しいのだけど、これは涼美やかなみちゃん、家族の問題だからね……」
来葉は残念そうに言う。
「そう、ですか……」
「かなみちゃんはどうしたいの?」
「私? 私がどうしたいか……?」
かなみはコーヒーを口に含む。
「まずは一つ一つ整理してみましょう。涼美がお父さんと別の相手を見つけてどう思ったの?」
「どう思ったかなんて……ビックリして、うーん……父さんとはどうするの? なんて思いました」
「うんうん、それでそのお父さんが、かなみちゃんのもとにやってきたわけね」
「そうなんですよ。いきなり現れて! 泥棒かと思いましたよ!」
「泥棒ね、確かに勘違いされてもおかしくなかったわね」
「あれ? 来葉さん、わかるんですか?」
「え? あ、あぁ、なんとなくそんな気がしたのよ……」
来葉はごまかすようにコーヒーを啜る。
(実は、かなみちゃんの未来を視たから、なんて覗き見みたいでいい趣味とはいえないものね)
「涼美もお父さんも神出鬼没で困ったものよね」
「そうなんですよ。困りましたよ、母さんも父さんも家でじっとしていたらいいですのに!」
「それが、かなみちゃんの望みなのね」
「え……?」
そう言われて、かなみは考える。
「私の望み……」
ものの勢いで言ってしまったけど、頭の中に自然と浮かぶ。
家に父親がいて、母親がいる光景。
そんなことあったかなと記憶が薄れるくらい遠い昔のことのように思える。
そして、もう二度とありえないと思っていた光景でもあった。
「父さんと母さんが一緒にいる……」
「そこに、かなみちゃんもいる。どう?」
「……そうなったらいいな、と思います」
かなみは思わず吐露する。
思わず、だからこそ紛れもない本音だった。
「うんうん、それが、かなみちゃんの望みなのね」
「私の望み、本当にそうなのかわかりませんけど……」
「本当にそうかはもっと考えてみて決めればいいわ。――さて、行きましょうか?」
「行くってどこに?」
「とりあえずその相手に会ってみましょうか?」
「えぇ!?」
かなみは驚きから冷静になる前に、いつも使っている商店街にやってきた。
「涼美はよくここでご飯の材料を買ってるわよね?」
来葉は、かなみに確認する。
「はい、余計なものまで買っちゃったりして困ってますが」
「涼美にも困ったものね。でも、それはかなみちゃんにおいしいものを食べてほしいって気持の表れじゃないの?」
「そ、それは、そうかもしれないですけど……」
「それで相手のことなんだけど、彼はこの商店街によくくるそうよ。それで涼美を見かけて気になって、昨日とうとう……といった感じよ」
「なんでそんなに詳しいんですか?」
「仔魔に調べてもらったのよ」
「部長……何してるですか」
「情報収集なら彼に任せると早くて確実だからね。それに彼も興味津々だったみたい」
「部長が興味津々……?」
なんというか、すごく良くない気がしてくる。
「ちなみにこれがその人の写真よ」
「え、どんな人!?」
かなみも興味津々に来葉の携帯電話を覗き込む。
「どう? 印象は?」
「……パッとしません」
かなみは正直に印象を言う。
母に告白した男の人だから、どんな変人なのかと思ったら、普通にその辺りを歩いていそうなスーツ姿の優男で、よくいえば素朴、わるくいえば印象に残らない人だった。
「かなみちゃん、意外と辛辣ね」
来葉はフフッと笑う。
「そ、そんなことありませんよ。ただこういう良い人そうな人に母さんの相手って難しいというか……」
「多分無理でしょうね」
来葉はバッサリと言う。
「来葉さんの方が辛辣な気がします」
「でも、かなみちゃん……よく考えてみて、あのあるみと一緒に過ごすとなったらちょっとパッとしない人だったらどうなるか」
「振り回されます!」
かなみは即答する。
それは自分の経験談でもあった。
「それはもうフルスイングしたバットのように」
「そうでしょ、それだったら金属バットみたいに強い人じゃないと難しいんじゃないかなって思うのよ」
「金属バットみたいに強い人、ですか……」
そうなると、父は金属バットのように強い人ってことになるんじゃないか? と思った。
いや、そんなはずはない。あれは金属バットというより柔らかくて……
「父さんはゴムみたいなバットな気がします」
「ゴムね、確かにそうね」
来葉は苦笑する。
「あんまり顔を合わせたことはないけど、不思議な人よね。ああいう人はそうそういないわね」
「来葉さんでもそう思いますか?」
「そうね、政界、財界、芸能界……色々な人と会って、未来を視てきたけどね。それでもね」
「そうですか。あ、そういえば父さんの未来って視たことあるんですか?」
「あるのだけど……」
来葉はものすごく言いづらそうにしている。
「父さんの未来ってどんな感じだったんですか?」
かなみはすかさず訊く。
その様子を見て、来葉は観念したかのように答える。
「あれだけ分岐が多い人は初めてだったのよ」
「ぶんき?」
「私の未来視は人の未来を視ることができるけど、未来は絶えず変化して分岐するわ。今日かなみちゃんが私のところに来たけど、何かきっかけがあって来なかった未来もあったのよ。まあその数ある未来の中で一番可能性が高かったのが今こうしている未来なんだけどね」
「父さんはその分岐がすごく多かったんですか?」
「そうよ。視るたびに変わってたわね。今日これからどこに行くかってなったら、日本全国どころか世界の国々に飛んでいたわ」
「どうしてそんなに分岐が多かったんですか?」
「分岐が多い人っていうのは、気まぐれな人が多いわね。あとは周囲の取り巻く環境が目まぐるしい人とかね、涼美もそうね、夫婦二人合わせると凄まじかったわね」
「なんとかわかります。二人揃ってすごいきまぐれでしたから。急に帰ってきたかと思ったら、次の朝に『ちょっとアメリカに行ってくる』なんていう人ですから!」
「アハハ……かなみちゃんも苦労してるわね」
「メチャクチャなんですよ、二人揃って……」
かなみはため息混じりにぼやく。
「はあ……やっぱり父さんって普通じゃないんですね」
「そうね。だからこそ涼美も運命を感じたのね」
「それで、この人にも運命を感じたんでしょうか?」
かなみは写真の人を指して訊く。
「それは、涼美に聞いてみないとわからないわね」
「聞いてもはぐらかされますけどね……」
「……あ、写真の人」
「えぇ!?」
来葉がそっと指さした方に、『写真の人』は歩いていた。
かなみはとっさに来葉の後ろに隠れた。
(別に隠れる必要なんて無いのに……)
向こうからすると、見知らぬ女の子でしかないから見つかったとしても問題はない。むしろ、目が合って隠れてしまったことで不審に思われるかもしれない。
(そうなったらそうなったで考えようはあるんだけどね)
来葉はそのあたり落ち着いていてさすが大人の女性だった。
案の定、その男性とは目が合っただけですぐに先を歩いていった。
その様子は誰かを探しているみたいだった。
多分、来葉を探しているのだろう。昨日、告白してその返事をもってきてここに来ていないだろうか、と、そんなところかもしれない。
(それだったら――)
来葉は男性の方に歩み寄った。かなみは忙しなくそれについていった。
「あのう」
男性に声をかけた。
「俺ですか?」
男性は驚いて訊き返した。
「はい、誰かを探しているみたいでしたので」
「あ、いや、それは……」
急にそんなことを言われて、男性は戸惑う。
「女性の方ですね。それも意中の」
「――!?」
男性は言い当てられて驚く。
「ど、どうして、わかったんですか!?」
「私は占い師をやっておりまして、視ればわかるのですよ」
「占い師……」
男性はまじまじと来葉を見つめる。
いきなり、そんなことを言われて、半信半疑の状態だった。
「ああ、占うのはただの私の好奇心です。ここではなんですから、お茶をしながらしましょうか?」
「え、そ、それは……」
男性は辺りを見回す。
涼美が来るか来ないか気にしているのだろう。
「彼女なら今日はここに来ないですよ。私にはわかりますから」
来葉とかなみ、男性を連れて近くの喫茶店に入る。ちなみに、かなみは助手と紹介した。
男性の名前は平木英介《ひらきえいすけ》。商社で営業をしていて、商店街はその帰りに通るそうだ。
「帰り、買い物をしているあの人を何度も見かけるうちに……」
「それで好きになって、思い切って告白したんですね」
「……はい」
平木は観念したように答える。
「おか……その人のどんなところが好きになったんですか?」
かなみは食い入るように訊く。
「それは……すごく美人で、いつも楽しそうに買い物していていて、それで家庭的なイメージがあって……この人が家にいたらきっと素敵なんだろうなと思いまして……」
「………………」
照れくさそうに語る平木を、かなみは真剣な顔つきで見つめた。
「そう、素敵ね」
「……はい」
「わかりました。――それであなたを視た結果ですが」
「あ、いえ、結果はいいです」
平木は遠慮する。
「いいんですか?」
「はい。占いの結果を知るのは怖すぎまずから」
「そうね」
来葉は伝票をとって立ち上がる。
「失礼します」
来葉とかなみ、二人で店を出た後、かなみは占いの結果を訊いてみるものの答えてくれなかった。
「あの人が聞かなかったから、かなみちゃんにも秘密よ」とのこと。
「う~」
翌日、かなみはオフィスのデスクでうなだれていた。
「かなみさん、大丈夫?」
翠華は心配になって訊く。
「……ちょっと、お付き合いについて考えてて」
「お付き合い!?」
「男の人の気持ちがよくわからなくて……」
「男の人!?」
「ああいう大人の人になると結婚を前提になるって話は聞いたことがあるんですが」
「結婚を前提に!?」
翠華の顔が青ざめて、放心状態に陥る。
「かなみ?」
「ん、どうしたの?」
みあに訊かれて、かなみは顔を上げる。
「あれ、何があったの?」
みあは翠華を指して訊く。
「何が、って……翠華さん、どうしたんですか!?」
かなみは、翠華が放心状態になっていることに気づく。
「かなみさんが……男の人とお付き合いで……結婚まで前提に……」
「え、えぇ、どういうことですか!? お付き合いで結婚って!?」
「あんたが誤解を招く言い方してるからでしょ」
みあはため息をつく。
「あの、翠華さん? お付き合いってお母さんの話ですよ?」
「お母さん? お母さんって、涼美さん?」
その一言で翠華は我に返った。
「涼美さんがお付き合いって、どういうこと?」
「男の人に告白されたみたいです。サラリーマンみたいです」
「それで、涼美さんは?」
「わからないんです。母さん、それだけ伝えて出かけたままだから」
「それで、娘のかなみとしては気が気じゃないわけね」
みあが言う。
「うん……もしかしたら、私のお義父さんになるかもしれないし……」
「お義父さんって……そういえば、お父さんとは……えっと、たしか……」
「離婚してないんじゃなかったけ?」
翠華が言いづらそうにしているのを、みあがはっきりと訊く。
「離婚は……していない」
「ええ? たしかあのお母さん、親父を半殺しにしたんじゃなかったけ? それって事実上の三下り半じゃないの?」
「私もそう思ってたんだけど、それでお父さん、病院から逃げちゃったでしょ?」
「それで~調印押させることがぁできなかったのよぉ」
「「「うわあああ!?」」」
突然、会話に入ってきた涼美に三人は驚いて飛び上がる。
「か、母さん、どうしてここに!?」
「ちょっとぉ近くに来たからぁ」
涼美は何の悪びれもせずに答える。
「だからって、気配消して音を立てずに入ってくること無いじゃない!」
みあは文句を言う。
「だって~みんながぁびっくりするところがみたくて~」
「びっくりするこっちはいい迷惑よ」
かなみは文句を言う。
「母娘《おやこ》揃って人騒がせよね」
みあの一言に、かなみは「え、私も?」と首を傾げる。
「ところで~かなみ? 今日の晩ごはんはぁ何がいいのぉ?」
「晩ごはんって、これから商店街に行くの」
「もちろんよぉ、おかずは商店街からぁ買うからぁ」
かなみは昨日会った平木のことを思い出す。
あの人は商店街で涼美を探していた。今日も来ているはずだから、今商店街にいったら、きっと鉢合わせになる。
「あの母さん?」
「なぁに?」
「あ……」
かなみはとっさにそれを止めようと思ったけど、平木と鉢合わせになるからなんて言えない。何よりどうしてそれを止めようかと思ったのか、かなみにはわからなかった。
「ううん、なんでもない」
「今戦ってる怪人で相談があるんだよ」
マニィが不意に、かなみの肩に飛び乗って口を出す。
「怪人~? かなみからぁ相談なんて珍しいわねぇ」
涼美は嬉しそうに答えてくれる。
「マニィ?」
かなみはマニィへジト目で見る。
チウチウは確かに厄介で面倒な怪人だけど、涼美に相談することじゃないと思ったから。
「一応相談してみたら? 力になってもらえるはずだから」
マニィが言うように、怪人退治なら涼美の方が経歴も経験も上で、かなみからの相談だったら快く応じてくれる。
それでもなんだかごまかしているようで、かなみは釈然としなかった。
「はあ……」
ため息一つついて、気持ちを切り替える。
このままあの怪人を倒せなかったら、ボーナスは手に入らないから困る。母に相談しなくちゃ、と。
そういうわけで、かなみはネズミ怪人・チウチウのことを涼美に話した。
かなみが撃った何気ない魔法弾一発で吹っ飛ぶくらい弱いのだけど、得意な魔法は瞬時に子供を生み出して、その子供がまた子供を生んで、その子供が……といった具合に数を増やすネズミ講といってよくとにかく厄介だ。昨日はそれで一人だけ生き残った奴を取り逃がしてしまった。
「ふーん」
そこまで話して涼美は楽しげに言う。
「それだったらぁ私もぉ手伝うわぁ」
「え? そんなことしていいの?」
かなみは部長席にいる鯖戸へ視線を移す。
「別に構わないよ。ようは怪人さえ倒せればいいんだから」
「それで母さんが倒したら、ボーナスは無しってことには?」
「部外者だったら、そうなるけど涼美さんなら手伝いってことでちゃんと払うよ」
「ちゃんと言ったわね! いざとなったら翠華さんとみあちゃんに証人になってもらうから!」
「君もだいぶしつこいね」
「部長が何かにつけてピンハネするからよ」
「ピンハネはよくないわよねぇ」
「君が言うと怖いな」
鯖戸はそう言って、トランクを持って出ていく。
「……あれは逃げたわね」
みあは容赦なく言う。
「今度から母さんと一緒に講義したほうがいいような……」
かなみは割りと本気でそんなことを考える。
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