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第123話 部活! 少女の奇縁は合縁をもたらす!? (Cパート)
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翌日、紫織は放課後にソフトボール部の練習に参加した。
練習は昨日と同じように、ランニングと準備対応をしてからキャッチボールを始める。
紫織は昨日と同じ人と組む。
(ちゃんとできるでしょうか……?)
そんな不安にかられて、また緊張してしまう。
「いくよ!」
部員が投げてくれる。
(昨日みたいに……昨日みたいに……!)
紫織は念じながら、迫るボールを見つめる。
パン!
見事、ボールを捕れた。
「あ……!」
最初に感じたのは、驚きの方だった。
しかし、やがて自分でボールがとれた喜びがこみ上げてくる。
(やった……やりました……!)
紫織は心密かに喜ぶ。
そうして、一呼吸落ち着いてから投球体勢に入る。
『だったら、今日の上手くいったことを考えたらいいんじゃない?』
昨日のかなみの言葉を思い出す。
(昨日はちゃんと投げられたから、……――投げられるはず!)
紫織はボールを投げる。
パン!
ボールは部員のグローブに届く。
「あ……?」
キャッチボールで、ボールを捕って、ボールを投げる。
そんな当たり前のことだけど、紫織がまともにまだできないほどの初心者だったことを昨日目の当たりにしているだけに、一日でできるようになったことに驚く。
マグレじゃないのか? たまたま上手くできたのか? いや、ひょっとしたら、これが実力だったのか?
部員は半信半疑のまま、ボールを投げる。
「あ!?」
部員は思わず声を出す。
ボールは暴投して、紫織がとれないくらい高かった。
「ごめ――」
部員が謝ろうとする。
パン!
紫織はジャンプして、ボールを捕る。
「すごーい」
「ま、マグレです……」
紫織としては、反射的にボールに向かって飛びついただけだった。
思いの外、ジャンプ力は強くてなんとかとれた。
それを目撃した部員から、なんとなく見る目が変わってきた。
キャッチボールをしばらくすると、次はノックに移る。
紫織は昨日と同じようにファーストに着く。
(キャッチボールは上手くできましたけど……ノックは……)
そんな不安を抱えながら、ノックが始まる。
あっという間に自分の番がやってくる。
ショートがゴロを捕って、投げてきたボールが手前でバウンドする。
「キャッ!?」
自分の顔に向かってやってきたボールを反射的にグローブしてキャッチする。
「おお!」
同じくファーストに着いていた先輩が感嘆の声を漏らす。
今のバウンドは、捕るのは難しいのにちゃんと捕れたことに対してだった。
「はあ……」
紫織の安堵の息をつきながら、ファーストの列の後ろを並ぶ。
そして、ノックでファーストに向けてゴロを打ってくる。
紫織の番がやってくる。
勢いよく転がってくるボールを紫織はグローブを構える。
(き、来たッ!?)
紫織は緊張して縮こまってしまう。
『ナイスキャッチ!』
頭の内側から、かなみの声がする。
「あ!」
そのあと、身体が自然に動いて、ボールをグローブで捕った。
これには捕った紫織自身も身体が動いてくれたことに驚く。そのせいで一塁ベースを踏む
「あの、秋本さん?」
同じファーストの守備についていた部員が呼びかけて我に返る。
慌てて一塁ベースを踏む紫織の姿を見て、ひょっとしたらソフトボールが上手い娘なのかもしれない、という考えも失せた。
その後のノックのボールは、難しいバウンドを見事に捕ったと思えば、簡単なゴロをグローブで弾いてしまうこともあった。
ますますもって、上手いのか下手なのかわからなくなってきた。
ノックが時間を経つと、次は昨日と同じようにバッティング練習に切り替わる。
紫織の順番も昨日と同じように最後だった。
「紫織ちゃん、今日は緊張がほぐれていい感じだよ」
和子がそう言ってくれる。
「そ、そうですか……」
「ああ、バッティングも期待してるよ!」
「そ、そんな風に期待されても……」
応えられるかどうかわからない、と言い切れず、不安になる紫織だった。
やがて、紫織の番が回ってくる。
(き、緊張します……しますが、かなみさんが言っていたように、バッティングセンターで打っていたことを思い出して……!)
紫織はそんなことを考えながら、バットを構える。
カキィィィィィン!
一球目に投げられたボールをジャストミートさせて、外野まで飛ばす。
一球だけだったらマグレだと思い、ピッチャーは同じように二球目を投げる。
カキィィィィィン!
二球目も続けてジャストミートして、外野の頭を越す当たりを見せる。
「す、すごい……!」
打たれたピッチャーは感嘆の声を漏らす。
和子が得意顔で紫織を見ている。
(ちょ、ちょっと、できすぎ、ですけど……!)
紫織は苦笑いをする。
それからバッティング練習では何度か打ち損なうものの、ジャストミートで強烈な当たりを連発させていた。
「今日の秋本さん、凄かったね」
「キャッチボールや守備はそこまで、だったけど……」
「バッティングは凄かったね」
「あれなら四番よね」
部室で部員達が紫織の話をしている。
紫織は一人先に着替えて帰っていく。
「変身のときみたいな早着替えね」
アリィが言ったような気がするけど、紫織の気のせいだった。
(今日はうまくできました……できすぎだったかもしれないですけど……かなみさんに話したら喜んでくれるでしょうか……?)
そんなことを考えながら、校門をくぐる。
「あ!」
くぐった先に、見覚えのある姿があった。
「紫織ちゃん!」
かなみだった。
「かなみさん、どうしてまた……?」
「たまたま近くを通りかかって……」
「昨日も同じことを言ってましたよね?」
「え、そうだった?」
「かなみさん、ごまかすのが下手ですね」
「うぅ……」
そんなこと言われて、かなみはちょっと凹む。
「近くに怪人がいたんですか?」
「ううん、見つけられなかったわ」
それを聞いて、紫織はホッと一息つく。
それから昨日と同じく公園に移動する。
「それで、様子を見に来たんだけど、どうだった?」
「それが……」
紫織は今日の部活のことを話す。
大げさに言わず、ただありのままに起こったことを話す。
「………………」
話し終わると、かなみは唖然とした。
変なこと話してしまったかと紫織は気まずく思った矢先に、かなみは紫織の手を握る。
「やったね、紫織ちゃん!」
「え、えぇ?」
「紫織ちゃんなら大活躍できると思ってたから!」
「え、そ、そうなんですか!?」
「うん、だって紫織ちゃんだから!」
「そ、そうなんでしょうか!?」
ブンブンと振り回されて、紫織は戸惑う。
「うんうん、紫織ちゃんはできる子だから! いつもの調子だったら大活躍だと思ったから!!」
「あわ、あわわ!?」
紫織は振り回されて、かなみの言うことを聞いている余裕がなかった。
「……あの、その、ありがとうございます」
落ち着くと、紫織は礼を言う。
「ううん、紫織ちゃんの力だからお礼を言うことないわ」
「それでも、お礼を言わせてください。ありがとうございます」
「あはは、照れるわね……」
「今日もお願いできますか?」
「え? でも、上手くできたのなら、私と練習しなくても……」
「いえ、今日はたまたまうまくできただけですから……それに、かなみさんとキャッチボールするのは……た、楽しいですから」
「紫織ちゃん……うんうん、私も楽しいから、やろうやろう!!」
そして、かなみと紫織はキャッチボールを始める。
昨日はツーバウンド、ワンバウンドのボールをかなみは投げていたけど、今日は直接紫織の胸元に届くボールを投げるようにした。
紫織はそれを難なく捕れるようになっていた。そして、同じようなボールをかなみへ返せるようになっていた。
翌日の部活でも、紫織はキャッチボールが普通にこなせるようになっていたし、ノックでもゴロを捕れていた。バッティングはいわずもがな、部員の誰よりもかっ飛ばしていた。
「これだったら、試合は大丈夫だな!」
和子は朗らかに言う。
「え、試合……?」
紫織は硬直する。
「明日の試合は四番でいけるな、ハハハハ!」
和子は上機嫌で、先に部室に行ってしまう。
「え、あの……」
紫織は戸惑うだけだった。
「四番は秋本さんで決まりよね」
「キャプテンよりも打ってたしね」
「明日はきっとホームランを打ってくれるよね!」
部室へ行くと部員達が自分のことを話しているのが聞こえる。
しかも、期待が自分が思っていたよりも遥かに大きい。
自分には、無理かもしれないと思ったけど、そんなふうに期待されるとどうしたらいいのかわからない。
(かなみさんに、相談してみたら……)
紫織は何食わぬ顔を装って、部室に入って、着替えて、ランドセルを持って出ていく。
校門をくぐれば、昨日と同じように、そんな期待をして、校門をくぐる。
「紫織ちゃん!」
そうよばれて、反射的にその方を見る。
そして、その姿を見て安堵する。
「かなみさん、また仕事ですか?」
「え、えぇ……そうなのよ……」
かなみは何かごまかすように言う。
何をごまかす必要があるのか、紫織はわからなかった。
「いつも大変ですね」
「そ、そうでもないから大丈夫よ」
「かなみさんは凄いです」
「え、そ、そう? でも、紫織ちゃんも凄いわよ」
「え、私ですか?」
紫織はキョトンとする。
「ええ! 明日も絶対に大活躍するから!」
「そ、そうでしょうか……?」
かなみにそう言われても、まだ不安だった。
「そうよね。私が言われても不安よね……」
「あ、いえ、決してそんなつもりでは……」
「だったら、練習しかないわよね!」
「練習?」
「バッティングセンターにいきましょう!」
「え? えぇ……?」
かなみは紫織の手を引いて、バッティングセンターに向かう。
そして翌日、ソフトボールの練習試合が始まった。
試合は紫織の小学校から二駅ほど離れた野球用のグラウンドだった。
「四番ファースト……」
昨日から感じていたプレッシャーがオーダーの発表でより重くのしかかってきた。
「頼んだよ、四番!」
和子が背中を叩く。
その叩かれた背中がやたら重く感じて、足がグラついて、そのまま転びそうになった。
「あわわわ!」
足元がおぼつかない。
自分の身体が浮いているみたいだ。
「はあ……」
「紫織ちゃん、深呼吸! 深呼吸!」
「かなみさん!?」
ベンチの後ろから保護者に混ざって、かなみがいた。
「かなみさん、今日は出社じゃありませんか?」
今日は世間的には休日だけど、かなみは仕事があって来ているはずがない。
「あぁ、きっと私は緊張のあまり、かなみさんの幻を……」
「幻じゃないわよ! 本物! 現実の私だから!!」
「え、かなみさん!?」
紫織はまた体勢を崩して転びそうになる。
「かなみさん、どうしてここに?」
「ちょっと仕事でね」
また、ごまかすのがヘタだな、と、紫織は思った。
「それより、紫織ちゃん! 深呼吸よ! リラックスリラックス!」
「は、はい! すーーはーー」
紫織は言われた通り、深呼吸する。
「落ち着いた!?」
「は、はい……かなみさんより落ち着いていると思います……」
「それじゃ、よかった! 頑張って!!」
「はい」
「せいれーつ!!」
審判が号令をかける。
試合開始の選手整列だった。
「紫織ちゃん、落ち着いてよかった」
その様子を見て、かなみは安心して落ち着き始める。
「あれ? かなみじゃないか!?」
「え? 貴子!?」
かなみに声をかけてきたのは、貴子だった。
「こんなところでどうしたんだ?」
「それはこっちの台詞よ。貴子、どうしたの? 散歩?」
「散歩でこんなところに来ないよ。あいつの試合だから観に来たんだ」
「あいつ……って、もしかして紫織ちゃん!?」
「紫織? 誰のことだ?」
「え? ああ、そうよね! 知らなかったわよね! それじゃ、あいつって誰?」
「和子だよ! ほら、キャプテンやってる奴!」
「和子……ええ!? 和子ちゃんが!?」
かなみは驚く。
「そういえば、貴子と和子ちゃんって、どことなく似てるような……」
かなみは側の貴子とグラウンドの和子を交互に見る。
「あれ? でも、貴子って一人っ子じゃなかった?」
「和子とはいとこなんだよ。妹みたいなもんだよ」
「なるほどね」
かなみは納得する。
「んで、かなみは?」
「え、私!?」
「どうして、ここに?」
「え、ああ、あの……? あそこの子が! 知り合いなの!!」
かなみはファーストの守備についた紫織を差して言う。
「そうだったのか……」
貴子は、紫織をじぃーと見る。
「なんとなく、かなみに似てるような……」
そう貴子は呟く。
「え、紫織ちゃんと私が? どこが??」
「うーん、なんかよくわからないんだけど……うーん、助っ人を頼まれて断れない感じ、が、似てる気がする……」
貴子は自信なさげに答える。
「あ、そう……」
かなみは苦い顔して答えて、それ以上は聞かないことにした。
そんな話をしているうちに一回表の攻撃が終わって、後攻の紫織の学校の番になった。
「あ~!」
かなみは驚きの声を上げる。
それは敵校の投手に問題があった。
「怪人がいるのよ?」
敵校の投手は、明らかに人間離れした筋肉がユニフォームがはち切れそうになっている。
顔はサングラスをつけていてよくわからないけど、彫りの深さからするとどうみても小学生女子には見えない。
それに魔力が漏れ出ていて、かなみでも見えていた。
「あれ、小学生に見えないからみんなおかしいと思うでしょ?」
そんなかなみの疑問に答えるかのように、持っていたカバンからガサゴソと動き出した。
かなみがカバンを開けると、中にいるマニィが「はいこれ」と言わんばかりにある物を手に渡してくる。
ある物はメガネだった。
こんな物、いつの間に……と、かなみは思ったものの、マニィがそんなことをするのは今に始まったことじゃないので、とりあえずつけてみた。
「ん~!」
メガネの度が入っていて、視界がぼやけてしまう。
『魔力を使って視力を調整するんだよ』
マニィが頭の中に直接声を届けてくれる。
(魔力で、視力を、調整……)
かなみは心の中で念じる。
目にチカラを込めるように。よく見えるように。
「ああ!?」
そうすることによって、マウンドに立った敵校の投手を見ると、驚くべきことに投手は小学生の女子の体格になっていた。
「これって、どういうことなの?」
『偽装魔法だよ。魔法を使えない人にはそういうふうに見えているんだよ。まあ君達が変身したときに知り合いには別人に見えるように施している魔法と似たようなものだよ』
「なるほどね。そういう魔法を使っているのね。でも、どうしてメガネをつけたらそれがわかるの?」
『度が合っていないメガネをかけて、度の調整の方に魔力を使っているから
、偽装魔法を見抜くことができなくなる状態になるんだよ』
「ああ、それで普通の人と同じように見えているってことね」
かなみが納得したところで、怪人は投球を始める。
パァン!!
力強いウインドミル投法から放たれたボールは唸りを上げてストライクゾーンを通過し、キャッチャーミットに収まる。
「――速い!?」
「強い!!」
かなみがそのボールをそう称した直後に、貴子は驚愕している。
他の参観に来ていた父兄達もざわめく。
「なにあれ? とても小学生が打てるボールじゃないわよ」
『いや、それどころか人間が打てるボールじゃないかもね』
かなみは呆然と怪人を見る。
偽装して小学生らしく見せているけど、ボールは少しも小学生らしくなかった。
筋肉隆々の偉丈夫のような肉体から放たれたボールは剛速球そのものだった。
「かなみ、みたか!?」
貴子がかなみに問いかけてくる。
「え、ええ、みたけど」
「今の凄かったな! あいつ、打てるか!?」
「打てるかわからないけど、貴子はどうなの?」
「わからねえ!」
貴子は断言する。
「そんな自信満々に……貴子が無理だったら、小学生なんて余計に……」
「まあ、和子じゃ無理だろうな! 完全試合やられないように気をつけろってアドバイスするか!」
「気をつけろ、って……」
パァン! パァン! パァン!
あんな豪速球をどうやって気をつけろというのか。
剛速球をストライクゾーンにビシビシ決めていく。
あっという間に一番、二番が連続三振して、ツーアウトになった。
そして、三番の和子に回ってくる。
「ようし!!」
和子は気合を入れてバッターボックスに入る。
高校生の球でも打てそうな貴子でも打てるかどうかわからない剛速球なのに、やる気満々なのはさすが貴子のいとこだと、かなみは感心した。
パァン! パシン! パァン! パシン パァン! パシン! パシン!
「ボール! フォアボール!」
審判がそう宣告して、和子は一塁ベースに向かう。
「あれ……?」
てっきり剛速球で、あっさり三球三振を決めるのかと思ったのだけど、和子に向けて投げた七球のうち、四球がすっぽ抜けて、キャッチャが捕れないところにいってしまう。そのうち一球はキャッチャー後ろのバックネットに引っかかる大暴投だった。
『どうやら、コントロールに問題があるみたいだね』
「それじゃ、完全試合は無理だったのね」
既に四球でランナー一塁である。
『でもまだノーヒットノーランがあるよ』
ノーヒットノーランは四球やエラーでランナーが出ても、ヒットを打たれなければ達成である。
「でも、次は紫織ちゃんよ!」
「お、かなみの知り合いか! これは期待できるな!」
貴子が言う。
「なんで、私の知り合いだと期待できるのよ?」
しかし、期待できるのは事実だった。というより、あのボールをまともに打てるのは紫織以外考えられない。
その紫織にランナーが出たことで出番が回ってきた。
「って、あれ? 紫織ちゃんは?」
まだバッターボックスに紫織の姿が見えない。
どこにいるのかと思ったら、まだネクストバッターズサークルに居座っていた。
「紫織ちゃん!!」
かなみは呼びかける。
「え、はい!?」
紫織は呼ばれて立ち上がる。
「紫織ちゃんの打順よ! ほらバッターボックスに入って入って!!」
「かなみさん? は、はい、そうでしたね!!」
紫織はバッターボックスに向かう。
どうやら、緊張で前後不覚になっていたようだ。
父兄さん達からしてみると、「あんな調子で大丈夫かしら?」といった様子で、「あれで四番?」と疑問の声まで聞こえてくる。
「大丈夫! 紫織ちゃんは絶対に打てるから! フレーフレー!!」
かなみは全力で応援する。
「おお、いいな! フレーフレー!!」
ついでに貴子までのってきて、応援する。
「かなみさん、ありがとうございます……!」
紫織は小声でお礼を言って、バッターボックスに立って、バットを構える。
「……え?」
紫織は、敵の投手を見て唖然とする。
紫織は今まで緊張で敵の投手を見ることすらできなかったのだ。そして、紫織は魔法少女であり、偽造魔法を見抜ける目を持っていた。
パァン!!
豪速球はストライクゾーンを通過する。
「え……、えぇ……、えぇ!?」
紫織は困惑する。
それは目の前にいきなり怪人が現れたら、誰だって驚くだろう。
ましてや、敵校のピッチャーとして現れて剛速球を決めているのだから、混乱の極みといっていい。
緊張で幻覚を見ているのだろうかと、紫織は思った。
パァン!!
二球目の剛速球がストライクゾーンを通過する。
これでノーボール、ツーストライクで追い込まれた。
「紫織ちゃん、とにかく振って! フレーフレー!!」
かなみの声援が聞こえてくる。
「は! かなみさん!」
そのおかげで、紫織は少し落ち着けた。
(そ、そうですね、私は今四番としてバッターボークスに立っています! とにかく、来たボールを打ち返して!!)
怪人が三球目を投げた。
シュゥゥゥゥゥッ!!
ボールは風を切るかのように唸りを上げて、ストライクゾーンへやってくる。
「来た!」
紫織は反射的にバットを振る。
カァン!!
見事振ったバットはボールに当たる。
「「「打ったああああああッ!?」」」
打球音が聞こえたと同時に、敵校や味方のみんな、父兄、貴子、それに怪人までも驚愕する。
「打球は……!」
ただ一人、かなみは打球の行方を追って、空を見上げた。
パシ!
打球はピッチャーのグローブに収まった。
それは拍子抜けするほどあっさりとしたピッチャーフライだった。
まさに当てるだけで精一杯だったようだ。
「あぁ……アウトになってしまいました……」
紫織は期待に応えられず、凡退になってしまったことで、落胆する。
トボトボ……と、重い足取りで味方ベンチに戻る。
パチパチパチパチ!
しかし、紫織を出迎えたのは拍手だった。
「え?」
紫織は唖然とする。
「秋本さん、すごーい!」
「あんなボールをあてて、前に飛ばすなんて!」
「さすが四番ね!」
チームメイトの称賛とともに、グローブを渡される。
「次の打席はホームランしてやろうぜ!」
和子がそう言ってくれる。
「はい!」
紫織は笑顔でそう答えて、ファーストの守備につく。
「……って、あれ?」
怪人ピッチャーはまだマウンドに立っていた。
紫織がバッターボックスからベンチに向かい、グローブを捕って守備につくまでずっとマウンドで立ち尽くしていたのだ。
「どうしたのでしょうか?」
紫織が疑問を口にする。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
突然、怪人は叫び声を上げる。
思わず耳を塞ぎたくなるような大声だった。
「な、何……!?」
「よくも打ちやがったな!? 俺の自慢のボールをッ!? しかも、ファールとか、カス当たりじゃなく前に飛ばしやがった!? おのれ、おのれおのれおのれおのれ!! この借りは必ず返してやるからな!! 次は絶対に三振にしてやる!!」
怒り狂った怪人の叫び声で地団駄を踏む。
「あ、あの……?」
味方の投手の子が、勇気を振り絞って声をかける。
「あん!?」
怪人は睨みつける。
「ひぃぃぃッ!?」
怪人の投手は偽装魔法で小学生に見えているとはいえ、それでもあの剣幕は小学生にとって鬼のように怖く感じただろう。
味方の投手の子は慌てて、ファーストの紫織まで駆け寄って、背中に隠れる。
「え、なんで私に!?」
「だって、秋本さんはあの人、球打ったから……」
「で、でも……」
紫織はとてもあの怪人に立ち向かう勇気が持てない。
「ああ、お前か!?」
怪人はファーストの紫織に気づく。
「よくも俺の球を打ちやがったな!? 次の打席は絶対に三振にしてやる!! 覚悟していろ!!」
怪人はそう宣戦布告して、マウンドを降りて敵チームのベンチへ向かっていく。
「は、はあ……」
そう言われても、紫織は呆然と立ち尽くすだけだった。
「怖かった……」
紫織の後ろに隠れていた投手の子がホッと一安心する。
「どうして、私の影に?」
「秋本さんだったら、あの人のボール打ってたから、大丈夫かと思って……」
「そ、そんな……」
そんな風に期待されても、応えられない。と、紫織は思った。
「でも、秋本さんは凄いよ。あんな風に怒鳴られて、ちっとも怖がっていなかったし」
「え、私が怖がって、いなかった……?」
そんなことはない、と紫織が言おうとしたら、投手の娘が先に言う。
「だって、私なんて怖くて逃げてきたのに、秋本さん、ちっとも逃げようとしなかったじゃない。ビクビク震えてもいなかったし」
「え、そうでしたか……?」
言われるまで気がつかなかった。
確かに、あの怪人に宣戦布告されて、怖いという気持ちはあったものの、逃げ出したいとまでは思わなかった。
(怪人と戦うのは慣れているから、でしょうか……?)
あれよりももっと強くて怖い怪人と戦わなくてはならないことがあった。
経験とは恐ろしいものかもしれない、と、紫織は実感した。
「大丈夫ですよ……ちゃんと正々堂々と戦う人みたいですから、殴ったり蹴ったりの乱闘に持ち込むわけでもないでしょう」
「そ、そりゃ、これはソフトの試合なんだし……乱闘には……ならないわよね?」
「え、えぇ……多分……」
紫織は頼りなく答える。
しかし、頼りなくてもそう答えてくれることが、投手の娘にとってはありがたかったようで、マウンドに向かっていく。
そうして試合は再開する。
結果は三者凡退であっさりチェンジだった。サードやショートに転がっていったボールを処理して、送球でファーストの紫織に守備機会が巡ってくる。
「アウト! チェンジ!」
紫織が送球を危なげなく捕って、一塁の塁審がアウトを宣告する。
それで、紫織はベンチに戻る。
そして、怪人がマウンドに上がる。
「かなみさん?」
「あの怪人は一体何? ってことでしょ」
紫織はかなみに訊く。
打席に立ってピッチャーフライでチェンジになってしまったので、すぐに守備についてしまって、かなみに訊く余裕が無かった。
そのため、守備が終わってようやくかなみに聞ける時間ができた。
「あの怪人はルイベス、っていう名前らしくて、最近このあたりに現れては野球勝負を仕掛けてるみたいなのよ」
「野球勝負?」
紫織は首を傾げる。
「聞いた話だと、一打席分の勝負を仕掛けているみたい」
「一打席分の勝負って……なんでですか?」
「それはわからないけど、とにかく迷惑な奴なのよ」
「その迷惑な奴が、あの怪人なんですか?」
「多分、そんなおかしな怪人が二人もいるなんて考えられないし、考えたくないわ」
「そ、そうですね……」
紫織は同意する。
「それでしたら、あの怪人を退治するんですか?」
「退治はしたいけど、人がいっぱいいるしね。ひょっとしたら、この試合に勝ったらショックで消滅するかもしれないし」
「そ、それは……」
無いとは言いきれない。
「というわけで紫織ちゃん、頑張って!」
「え、えぇ……」
パァン!! パァン!! パァン!!
あっという間に三者三振でチェンジになっていた。
「これで、勝てるのでしょうか……?」
紫織は不安になる。
練習は昨日と同じように、ランニングと準備対応をしてからキャッチボールを始める。
紫織は昨日と同じ人と組む。
(ちゃんとできるでしょうか……?)
そんな不安にかられて、また緊張してしまう。
「いくよ!」
部員が投げてくれる。
(昨日みたいに……昨日みたいに……!)
紫織は念じながら、迫るボールを見つめる。
パン!
見事、ボールを捕れた。
「あ……!」
最初に感じたのは、驚きの方だった。
しかし、やがて自分でボールがとれた喜びがこみ上げてくる。
(やった……やりました……!)
紫織は心密かに喜ぶ。
そうして、一呼吸落ち着いてから投球体勢に入る。
『だったら、今日の上手くいったことを考えたらいいんじゃない?』
昨日のかなみの言葉を思い出す。
(昨日はちゃんと投げられたから、……――投げられるはず!)
紫織はボールを投げる。
パン!
ボールは部員のグローブに届く。
「あ……?」
キャッチボールで、ボールを捕って、ボールを投げる。
そんな当たり前のことだけど、紫織がまともにまだできないほどの初心者だったことを昨日目の当たりにしているだけに、一日でできるようになったことに驚く。
マグレじゃないのか? たまたま上手くできたのか? いや、ひょっとしたら、これが実力だったのか?
部員は半信半疑のまま、ボールを投げる。
「あ!?」
部員は思わず声を出す。
ボールは暴投して、紫織がとれないくらい高かった。
「ごめ――」
部員が謝ろうとする。
パン!
紫織はジャンプして、ボールを捕る。
「すごーい」
「ま、マグレです……」
紫織としては、反射的にボールに向かって飛びついただけだった。
思いの外、ジャンプ力は強くてなんとかとれた。
それを目撃した部員から、なんとなく見る目が変わってきた。
キャッチボールをしばらくすると、次はノックに移る。
紫織は昨日と同じようにファーストに着く。
(キャッチボールは上手くできましたけど……ノックは……)
そんな不安を抱えながら、ノックが始まる。
あっという間に自分の番がやってくる。
ショートがゴロを捕って、投げてきたボールが手前でバウンドする。
「キャッ!?」
自分の顔に向かってやってきたボールを反射的にグローブしてキャッチする。
「おお!」
同じくファーストに着いていた先輩が感嘆の声を漏らす。
今のバウンドは、捕るのは難しいのにちゃんと捕れたことに対してだった。
「はあ……」
紫織の安堵の息をつきながら、ファーストの列の後ろを並ぶ。
そして、ノックでファーストに向けてゴロを打ってくる。
紫織の番がやってくる。
勢いよく転がってくるボールを紫織はグローブを構える。
(き、来たッ!?)
紫織は緊張して縮こまってしまう。
『ナイスキャッチ!』
頭の内側から、かなみの声がする。
「あ!」
そのあと、身体が自然に動いて、ボールをグローブで捕った。
これには捕った紫織自身も身体が動いてくれたことに驚く。そのせいで一塁ベースを踏む
「あの、秋本さん?」
同じファーストの守備についていた部員が呼びかけて我に返る。
慌てて一塁ベースを踏む紫織の姿を見て、ひょっとしたらソフトボールが上手い娘なのかもしれない、という考えも失せた。
その後のノックのボールは、難しいバウンドを見事に捕ったと思えば、簡単なゴロをグローブで弾いてしまうこともあった。
ますますもって、上手いのか下手なのかわからなくなってきた。
ノックが時間を経つと、次は昨日と同じようにバッティング練習に切り替わる。
紫織の順番も昨日と同じように最後だった。
「紫織ちゃん、今日は緊張がほぐれていい感じだよ」
和子がそう言ってくれる。
「そ、そうですか……」
「ああ、バッティングも期待してるよ!」
「そ、そんな風に期待されても……」
応えられるかどうかわからない、と言い切れず、不安になる紫織だった。
やがて、紫織の番が回ってくる。
(き、緊張します……しますが、かなみさんが言っていたように、バッティングセンターで打っていたことを思い出して……!)
紫織はそんなことを考えながら、バットを構える。
カキィィィィィン!
一球目に投げられたボールをジャストミートさせて、外野まで飛ばす。
一球だけだったらマグレだと思い、ピッチャーは同じように二球目を投げる。
カキィィィィィン!
二球目も続けてジャストミートして、外野の頭を越す当たりを見せる。
「す、すごい……!」
打たれたピッチャーは感嘆の声を漏らす。
和子が得意顔で紫織を見ている。
(ちょ、ちょっと、できすぎ、ですけど……!)
紫織は苦笑いをする。
それからバッティング練習では何度か打ち損なうものの、ジャストミートで強烈な当たりを連発させていた。
「今日の秋本さん、凄かったね」
「キャッチボールや守備はそこまで、だったけど……」
「バッティングは凄かったね」
「あれなら四番よね」
部室で部員達が紫織の話をしている。
紫織は一人先に着替えて帰っていく。
「変身のときみたいな早着替えね」
アリィが言ったような気がするけど、紫織の気のせいだった。
(今日はうまくできました……できすぎだったかもしれないですけど……かなみさんに話したら喜んでくれるでしょうか……?)
そんなことを考えながら、校門をくぐる。
「あ!」
くぐった先に、見覚えのある姿があった。
「紫織ちゃん!」
かなみだった。
「かなみさん、どうしてまた……?」
「たまたま近くを通りかかって……」
「昨日も同じことを言ってましたよね?」
「え、そうだった?」
「かなみさん、ごまかすのが下手ですね」
「うぅ……」
そんなこと言われて、かなみはちょっと凹む。
「近くに怪人がいたんですか?」
「ううん、見つけられなかったわ」
それを聞いて、紫織はホッと一息つく。
それから昨日と同じく公園に移動する。
「それで、様子を見に来たんだけど、どうだった?」
「それが……」
紫織は今日の部活のことを話す。
大げさに言わず、ただありのままに起こったことを話す。
「………………」
話し終わると、かなみは唖然とした。
変なこと話してしまったかと紫織は気まずく思った矢先に、かなみは紫織の手を握る。
「やったね、紫織ちゃん!」
「え、えぇ?」
「紫織ちゃんなら大活躍できると思ってたから!」
「え、そ、そうなんですか!?」
「うん、だって紫織ちゃんだから!」
「そ、そうなんでしょうか!?」
ブンブンと振り回されて、紫織は戸惑う。
「うんうん、紫織ちゃんはできる子だから! いつもの調子だったら大活躍だと思ったから!!」
「あわ、あわわ!?」
紫織は振り回されて、かなみの言うことを聞いている余裕がなかった。
「……あの、その、ありがとうございます」
落ち着くと、紫織は礼を言う。
「ううん、紫織ちゃんの力だからお礼を言うことないわ」
「それでも、お礼を言わせてください。ありがとうございます」
「あはは、照れるわね……」
「今日もお願いできますか?」
「え? でも、上手くできたのなら、私と練習しなくても……」
「いえ、今日はたまたまうまくできただけですから……それに、かなみさんとキャッチボールするのは……た、楽しいですから」
「紫織ちゃん……うんうん、私も楽しいから、やろうやろう!!」
そして、かなみと紫織はキャッチボールを始める。
昨日はツーバウンド、ワンバウンドのボールをかなみは投げていたけど、今日は直接紫織の胸元に届くボールを投げるようにした。
紫織はそれを難なく捕れるようになっていた。そして、同じようなボールをかなみへ返せるようになっていた。
翌日の部活でも、紫織はキャッチボールが普通にこなせるようになっていたし、ノックでもゴロを捕れていた。バッティングはいわずもがな、部員の誰よりもかっ飛ばしていた。
「これだったら、試合は大丈夫だな!」
和子は朗らかに言う。
「え、試合……?」
紫織は硬直する。
「明日の試合は四番でいけるな、ハハハハ!」
和子は上機嫌で、先に部室に行ってしまう。
「え、あの……」
紫織は戸惑うだけだった。
「四番は秋本さんで決まりよね」
「キャプテンよりも打ってたしね」
「明日はきっとホームランを打ってくれるよね!」
部室へ行くと部員達が自分のことを話しているのが聞こえる。
しかも、期待が自分が思っていたよりも遥かに大きい。
自分には、無理かもしれないと思ったけど、そんなふうに期待されるとどうしたらいいのかわからない。
(かなみさんに、相談してみたら……)
紫織は何食わぬ顔を装って、部室に入って、着替えて、ランドセルを持って出ていく。
校門をくぐれば、昨日と同じように、そんな期待をして、校門をくぐる。
「紫織ちゃん!」
そうよばれて、反射的にその方を見る。
そして、その姿を見て安堵する。
「かなみさん、また仕事ですか?」
「え、えぇ……そうなのよ……」
かなみは何かごまかすように言う。
何をごまかす必要があるのか、紫織はわからなかった。
「いつも大変ですね」
「そ、そうでもないから大丈夫よ」
「かなみさんは凄いです」
「え、そ、そう? でも、紫織ちゃんも凄いわよ」
「え、私ですか?」
紫織はキョトンとする。
「ええ! 明日も絶対に大活躍するから!」
「そ、そうでしょうか……?」
かなみにそう言われても、まだ不安だった。
「そうよね。私が言われても不安よね……」
「あ、いえ、決してそんなつもりでは……」
「だったら、練習しかないわよね!」
「練習?」
「バッティングセンターにいきましょう!」
「え? えぇ……?」
かなみは紫織の手を引いて、バッティングセンターに向かう。
そして翌日、ソフトボールの練習試合が始まった。
試合は紫織の小学校から二駅ほど離れた野球用のグラウンドだった。
「四番ファースト……」
昨日から感じていたプレッシャーがオーダーの発表でより重くのしかかってきた。
「頼んだよ、四番!」
和子が背中を叩く。
その叩かれた背中がやたら重く感じて、足がグラついて、そのまま転びそうになった。
「あわわわ!」
足元がおぼつかない。
自分の身体が浮いているみたいだ。
「はあ……」
「紫織ちゃん、深呼吸! 深呼吸!」
「かなみさん!?」
ベンチの後ろから保護者に混ざって、かなみがいた。
「かなみさん、今日は出社じゃありませんか?」
今日は世間的には休日だけど、かなみは仕事があって来ているはずがない。
「あぁ、きっと私は緊張のあまり、かなみさんの幻を……」
「幻じゃないわよ! 本物! 現実の私だから!!」
「え、かなみさん!?」
紫織はまた体勢を崩して転びそうになる。
「かなみさん、どうしてここに?」
「ちょっと仕事でね」
また、ごまかすのがヘタだな、と、紫織は思った。
「それより、紫織ちゃん! 深呼吸よ! リラックスリラックス!」
「は、はい! すーーはーー」
紫織は言われた通り、深呼吸する。
「落ち着いた!?」
「は、はい……かなみさんより落ち着いていると思います……」
「それじゃ、よかった! 頑張って!!」
「はい」
「せいれーつ!!」
審判が号令をかける。
試合開始の選手整列だった。
「紫織ちゃん、落ち着いてよかった」
その様子を見て、かなみは安心して落ち着き始める。
「あれ? かなみじゃないか!?」
「え? 貴子!?」
かなみに声をかけてきたのは、貴子だった。
「こんなところでどうしたんだ?」
「それはこっちの台詞よ。貴子、どうしたの? 散歩?」
「散歩でこんなところに来ないよ。あいつの試合だから観に来たんだ」
「あいつ……って、もしかして紫織ちゃん!?」
「紫織? 誰のことだ?」
「え? ああ、そうよね! 知らなかったわよね! それじゃ、あいつって誰?」
「和子だよ! ほら、キャプテンやってる奴!」
「和子……ええ!? 和子ちゃんが!?」
かなみは驚く。
「そういえば、貴子と和子ちゃんって、どことなく似てるような……」
かなみは側の貴子とグラウンドの和子を交互に見る。
「あれ? でも、貴子って一人っ子じゃなかった?」
「和子とはいとこなんだよ。妹みたいなもんだよ」
「なるほどね」
かなみは納得する。
「んで、かなみは?」
「え、私!?」
「どうして、ここに?」
「え、ああ、あの……? あそこの子が! 知り合いなの!!」
かなみはファーストの守備についた紫織を差して言う。
「そうだったのか……」
貴子は、紫織をじぃーと見る。
「なんとなく、かなみに似てるような……」
そう貴子は呟く。
「え、紫織ちゃんと私が? どこが??」
「うーん、なんかよくわからないんだけど……うーん、助っ人を頼まれて断れない感じ、が、似てる気がする……」
貴子は自信なさげに答える。
「あ、そう……」
かなみは苦い顔して答えて、それ以上は聞かないことにした。
そんな話をしているうちに一回表の攻撃が終わって、後攻の紫織の学校の番になった。
「あ~!」
かなみは驚きの声を上げる。
それは敵校の投手に問題があった。
「怪人がいるのよ?」
敵校の投手は、明らかに人間離れした筋肉がユニフォームがはち切れそうになっている。
顔はサングラスをつけていてよくわからないけど、彫りの深さからするとどうみても小学生女子には見えない。
それに魔力が漏れ出ていて、かなみでも見えていた。
「あれ、小学生に見えないからみんなおかしいと思うでしょ?」
そんなかなみの疑問に答えるかのように、持っていたカバンからガサゴソと動き出した。
かなみがカバンを開けると、中にいるマニィが「はいこれ」と言わんばかりにある物を手に渡してくる。
ある物はメガネだった。
こんな物、いつの間に……と、かなみは思ったものの、マニィがそんなことをするのは今に始まったことじゃないので、とりあえずつけてみた。
「ん~!」
メガネの度が入っていて、視界がぼやけてしまう。
『魔力を使って視力を調整するんだよ』
マニィが頭の中に直接声を届けてくれる。
(魔力で、視力を、調整……)
かなみは心の中で念じる。
目にチカラを込めるように。よく見えるように。
「ああ!?」
そうすることによって、マウンドに立った敵校の投手を見ると、驚くべきことに投手は小学生の女子の体格になっていた。
「これって、どういうことなの?」
『偽装魔法だよ。魔法を使えない人にはそういうふうに見えているんだよ。まあ君達が変身したときに知り合いには別人に見えるように施している魔法と似たようなものだよ』
「なるほどね。そういう魔法を使っているのね。でも、どうしてメガネをつけたらそれがわかるの?」
『度が合っていないメガネをかけて、度の調整の方に魔力を使っているから
、偽装魔法を見抜くことができなくなる状態になるんだよ』
「ああ、それで普通の人と同じように見えているってことね」
かなみが納得したところで、怪人は投球を始める。
パァン!!
力強いウインドミル投法から放たれたボールは唸りを上げてストライクゾーンを通過し、キャッチャーミットに収まる。
「――速い!?」
「強い!!」
かなみがそのボールをそう称した直後に、貴子は驚愕している。
他の参観に来ていた父兄達もざわめく。
「なにあれ? とても小学生が打てるボールじゃないわよ」
『いや、それどころか人間が打てるボールじゃないかもね』
かなみは呆然と怪人を見る。
偽装して小学生らしく見せているけど、ボールは少しも小学生らしくなかった。
筋肉隆々の偉丈夫のような肉体から放たれたボールは剛速球そのものだった。
「かなみ、みたか!?」
貴子がかなみに問いかけてくる。
「え、ええ、みたけど」
「今の凄かったな! あいつ、打てるか!?」
「打てるかわからないけど、貴子はどうなの?」
「わからねえ!」
貴子は断言する。
「そんな自信満々に……貴子が無理だったら、小学生なんて余計に……」
「まあ、和子じゃ無理だろうな! 完全試合やられないように気をつけろってアドバイスするか!」
「気をつけろ、って……」
パァン! パァン! パァン!
あんな豪速球をどうやって気をつけろというのか。
剛速球をストライクゾーンにビシビシ決めていく。
あっという間に一番、二番が連続三振して、ツーアウトになった。
そして、三番の和子に回ってくる。
「ようし!!」
和子は気合を入れてバッターボックスに入る。
高校生の球でも打てそうな貴子でも打てるかどうかわからない剛速球なのに、やる気満々なのはさすが貴子のいとこだと、かなみは感心した。
パァン! パシン! パァン! パシン パァン! パシン! パシン!
「ボール! フォアボール!」
審判がそう宣告して、和子は一塁ベースに向かう。
「あれ……?」
てっきり剛速球で、あっさり三球三振を決めるのかと思ったのだけど、和子に向けて投げた七球のうち、四球がすっぽ抜けて、キャッチャが捕れないところにいってしまう。そのうち一球はキャッチャー後ろのバックネットに引っかかる大暴投だった。
『どうやら、コントロールに問題があるみたいだね』
「それじゃ、完全試合は無理だったのね」
既に四球でランナー一塁である。
『でもまだノーヒットノーランがあるよ』
ノーヒットノーランは四球やエラーでランナーが出ても、ヒットを打たれなければ達成である。
「でも、次は紫織ちゃんよ!」
「お、かなみの知り合いか! これは期待できるな!」
貴子が言う。
「なんで、私の知り合いだと期待できるのよ?」
しかし、期待できるのは事実だった。というより、あのボールをまともに打てるのは紫織以外考えられない。
その紫織にランナーが出たことで出番が回ってきた。
「って、あれ? 紫織ちゃんは?」
まだバッターボックスに紫織の姿が見えない。
どこにいるのかと思ったら、まだネクストバッターズサークルに居座っていた。
「紫織ちゃん!!」
かなみは呼びかける。
「え、はい!?」
紫織は呼ばれて立ち上がる。
「紫織ちゃんの打順よ! ほらバッターボックスに入って入って!!」
「かなみさん? は、はい、そうでしたね!!」
紫織はバッターボックスに向かう。
どうやら、緊張で前後不覚になっていたようだ。
父兄さん達からしてみると、「あんな調子で大丈夫かしら?」といった様子で、「あれで四番?」と疑問の声まで聞こえてくる。
「大丈夫! 紫織ちゃんは絶対に打てるから! フレーフレー!!」
かなみは全力で応援する。
「おお、いいな! フレーフレー!!」
ついでに貴子までのってきて、応援する。
「かなみさん、ありがとうございます……!」
紫織は小声でお礼を言って、バッターボックスに立って、バットを構える。
「……え?」
紫織は、敵の投手を見て唖然とする。
紫織は今まで緊張で敵の投手を見ることすらできなかったのだ。そして、紫織は魔法少女であり、偽造魔法を見抜ける目を持っていた。
パァン!!
豪速球はストライクゾーンを通過する。
「え……、えぇ……、えぇ!?」
紫織は困惑する。
それは目の前にいきなり怪人が現れたら、誰だって驚くだろう。
ましてや、敵校のピッチャーとして現れて剛速球を決めているのだから、混乱の極みといっていい。
緊張で幻覚を見ているのだろうかと、紫織は思った。
パァン!!
二球目の剛速球がストライクゾーンを通過する。
これでノーボール、ツーストライクで追い込まれた。
「紫織ちゃん、とにかく振って! フレーフレー!!」
かなみの声援が聞こえてくる。
「は! かなみさん!」
そのおかげで、紫織は少し落ち着けた。
(そ、そうですね、私は今四番としてバッターボークスに立っています! とにかく、来たボールを打ち返して!!)
怪人が三球目を投げた。
シュゥゥゥゥゥッ!!
ボールは風を切るかのように唸りを上げて、ストライクゾーンへやってくる。
「来た!」
紫織は反射的にバットを振る。
カァン!!
見事振ったバットはボールに当たる。
「「「打ったああああああッ!?」」」
打球音が聞こえたと同時に、敵校や味方のみんな、父兄、貴子、それに怪人までも驚愕する。
「打球は……!」
ただ一人、かなみは打球の行方を追って、空を見上げた。
パシ!
打球はピッチャーのグローブに収まった。
それは拍子抜けするほどあっさりとしたピッチャーフライだった。
まさに当てるだけで精一杯だったようだ。
「あぁ……アウトになってしまいました……」
紫織は期待に応えられず、凡退になってしまったことで、落胆する。
トボトボ……と、重い足取りで味方ベンチに戻る。
パチパチパチパチ!
しかし、紫織を出迎えたのは拍手だった。
「え?」
紫織は唖然とする。
「秋本さん、すごーい!」
「あんなボールをあてて、前に飛ばすなんて!」
「さすが四番ね!」
チームメイトの称賛とともに、グローブを渡される。
「次の打席はホームランしてやろうぜ!」
和子がそう言ってくれる。
「はい!」
紫織は笑顔でそう答えて、ファーストの守備につく。
「……って、あれ?」
怪人ピッチャーはまだマウンドに立っていた。
紫織がバッターボックスからベンチに向かい、グローブを捕って守備につくまでずっとマウンドで立ち尽くしていたのだ。
「どうしたのでしょうか?」
紫織が疑問を口にする。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
突然、怪人は叫び声を上げる。
思わず耳を塞ぎたくなるような大声だった。
「な、何……!?」
「よくも打ちやがったな!? 俺の自慢のボールをッ!? しかも、ファールとか、カス当たりじゃなく前に飛ばしやがった!? おのれ、おのれおのれおのれおのれ!! この借りは必ず返してやるからな!! 次は絶対に三振にしてやる!!」
怒り狂った怪人の叫び声で地団駄を踏む。
「あ、あの……?」
味方の投手の子が、勇気を振り絞って声をかける。
「あん!?」
怪人は睨みつける。
「ひぃぃぃッ!?」
怪人の投手は偽装魔法で小学生に見えているとはいえ、それでもあの剣幕は小学生にとって鬼のように怖く感じただろう。
味方の投手の子は慌てて、ファーストの紫織まで駆け寄って、背中に隠れる。
「え、なんで私に!?」
「だって、秋本さんはあの人、球打ったから……」
「で、でも……」
紫織はとてもあの怪人に立ち向かう勇気が持てない。
「ああ、お前か!?」
怪人はファーストの紫織に気づく。
「よくも俺の球を打ちやがったな!? 次の打席は絶対に三振にしてやる!! 覚悟していろ!!」
怪人はそう宣戦布告して、マウンドを降りて敵チームのベンチへ向かっていく。
「は、はあ……」
そう言われても、紫織は呆然と立ち尽くすだけだった。
「怖かった……」
紫織の後ろに隠れていた投手の子がホッと一安心する。
「どうして、私の影に?」
「秋本さんだったら、あの人のボール打ってたから、大丈夫かと思って……」
「そ、そんな……」
そんな風に期待されても、応えられない。と、紫織は思った。
「でも、秋本さんは凄いよ。あんな風に怒鳴られて、ちっとも怖がっていなかったし」
「え、私が怖がって、いなかった……?」
そんなことはない、と紫織が言おうとしたら、投手の娘が先に言う。
「だって、私なんて怖くて逃げてきたのに、秋本さん、ちっとも逃げようとしなかったじゃない。ビクビク震えてもいなかったし」
「え、そうでしたか……?」
言われるまで気がつかなかった。
確かに、あの怪人に宣戦布告されて、怖いという気持ちはあったものの、逃げ出したいとまでは思わなかった。
(怪人と戦うのは慣れているから、でしょうか……?)
あれよりももっと強くて怖い怪人と戦わなくてはならないことがあった。
経験とは恐ろしいものかもしれない、と、紫織は実感した。
「大丈夫ですよ……ちゃんと正々堂々と戦う人みたいですから、殴ったり蹴ったりの乱闘に持ち込むわけでもないでしょう」
「そ、そりゃ、これはソフトの試合なんだし……乱闘には……ならないわよね?」
「え、えぇ……多分……」
紫織は頼りなく答える。
しかし、頼りなくてもそう答えてくれることが、投手の娘にとってはありがたかったようで、マウンドに向かっていく。
そうして試合は再開する。
結果は三者凡退であっさりチェンジだった。サードやショートに転がっていったボールを処理して、送球でファーストの紫織に守備機会が巡ってくる。
「アウト! チェンジ!」
紫織が送球を危なげなく捕って、一塁の塁審がアウトを宣告する。
それで、紫織はベンチに戻る。
そして、怪人がマウンドに上がる。
「かなみさん?」
「あの怪人は一体何? ってことでしょ」
紫織はかなみに訊く。
打席に立ってピッチャーフライでチェンジになってしまったので、すぐに守備についてしまって、かなみに訊く余裕が無かった。
そのため、守備が終わってようやくかなみに聞ける時間ができた。
「あの怪人はルイベス、っていう名前らしくて、最近このあたりに現れては野球勝負を仕掛けてるみたいなのよ」
「野球勝負?」
紫織は首を傾げる。
「聞いた話だと、一打席分の勝負を仕掛けているみたい」
「一打席分の勝負って……なんでですか?」
「それはわからないけど、とにかく迷惑な奴なのよ」
「その迷惑な奴が、あの怪人なんですか?」
「多分、そんなおかしな怪人が二人もいるなんて考えられないし、考えたくないわ」
「そ、そうですね……」
紫織は同意する。
「それでしたら、あの怪人を退治するんですか?」
「退治はしたいけど、人がいっぱいいるしね。ひょっとしたら、この試合に勝ったらショックで消滅するかもしれないし」
「そ、それは……」
無いとは言いきれない。
「というわけで紫織ちゃん、頑張って!」
「え、えぇ……」
パァン!! パァン!! パァン!!
あっという間に三者三振でチェンジになっていた。
「これで、勝てるのでしょうか……?」
紫織は不安になる。
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