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第127話 偏愛! 受け入れざる少女の恋愛観 (Aパート)
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キンコーンカンコーン
始業のチャイムが鳴り響く。
「間に合った……」
チャイムが鳴り終わる前に、かなみは教室に入って、自分の机に着く。
「今日もギリギリだったな」
貴子が陽気に言ってくる。
「ギリギリまで布団にくるまっていたかったの」
「あ~その気持ちわかるな」
「でも、早起きはできるのよね、貴子は」
「早く寝てるからな」
そう言われると、日が沈んだら寝てしまう貴子のイメージが湧いてくる。
「かなみも早寝したら、早起きできるんじゃないか?」
「早寝できたらねえ……」
それができれば、苦労はない、と、かなみは頬杖をつく。
ふと教室に貼られている時間割表を確認してみると、数学と書かれている。
このクラスでも数学は苦手な人は多く、一時間目からその授業があるのかとため息をつく同級生はいくらかいる。
しかし、かなみの場合は違っていた。
会いたくない人と顔を合わせるからだ。いや、人と言っていいかわからない。
「みなさん、おはようございます」
いつの間にか、担任の朝礼が終わって、その顔が教壇の前に立っていた。
「それでは授業を始めます」
教育実習生の柏原だった。
人当たりの良い微笑みを浮かべて、爽やかに教鞭を振るう。
振る舞いをみるにもう立派な数学教師といったたたずまいで、本来の教師は教室の後ろで安心して任せている。これもある種の侵略行為にかなみは思えてならなかった。
かなみは睨むような目つきで柏原を見つめる。
それは柏原は人ではないからだ。
それも秘密結社ネガサイド関東支部の幹部・スーシーの弟で何をしでかすかわからない怪人だ。
実際に彼が何か悪の怪人らしいことをしているところは未だに見たことはないものの、それはこれからも見ることはない、とは言い切れない。行動を今日今ここで起こしても不思議ではない。
柏原にはかなみがそう思わせるような薄気味悪さがあった。
俗にいう、何を考えているかわからない、ということだ。
それゆえにこうして彼が教える数学の授業には、起きて見張っていなければならなかった。
副次的に、数学の授業を受けることになった。
柏原と目が合うと、彼はニコリと微笑んで受け流す。
(まったく、こっちの気も知らないで……)
文句の一つも言いたくなる気分だった。
キンコーンカンコーン
一時間目終了のチャイムが鳴る。
「それでは、また」
柏原はそう爽やかに言って、教室を去っていく。
「はあ~……」
かなみは緊張が解けて、机に突っ伏す。
「ねえさ、かなみってさ」
そんなかなみに、理英が声がかける。
「前から思っていたんだけど……」
「何?」
「好きなんでしょ?」
「え? 私、数学嫌いなんだけど」
「違う違う、柏原先生のこと」
「え? あの人がどうしたって?」
「だ・か・ら! 好きなんでしょ、柏原先生のこと!」
「はああああああッ!?」
かなみは飛び起きる。
「なんで!? なんで、そうなるの!?」
かなみの食いつき具合に、理英は引く。傍から貴子は面白そうに見ている。
「なんでって……かなみって、いつも数学を真面目に聞いてるし」
「そ、それは、……授業だから、真面目に訊くでしょ」
「それはそうだけど……」
かなみのとっさの言い訳に、理英は腑に落ちていなかった。
「いっつも寝てるかなみがいってもなあ」
貴子が口を挟む。
「えぇ、私、そんなに寝てないわよ」
「授業の半分は寝てるでしょ。内申相当悪いんじゃない?」
「うぅ……」
かなみ自身も授業中はよく寝ている自覚があるだけに、それは反論できなかった。
「とにかく! 私は柏原先生のことなんか全然好きじゃないんだから!」
かなみは全力で否定する。
「そうやって、ムキになって否定するところがあやしい」
理英は楽しそうに言う。
「あやしい」
貴子までそれに乗っかる。
「だったら、もういいわ!」
かなみはムキにならないことにした。
「じゃあ、否定しないってことなのね」
「好きなんだな、好きなんだな」
そうしたら、理英と貴子は断定してしまう。
「もう! 否定しないとそうなるじゃない!!」
かなみは机をダンと叩く。
柏原のことは好きでもなんでもないし、むしろいけ好かないと思っている。
好きだと誤解されるのは我慢ならない。
「まあそれはともかく」
そうして、理英はかなみの意見を棚に上げて話を進める。かなみが柏原を好きという前提で。
「柏原先生って、結構人気あるみたいだよ」
「え、マジで?」
かなみは真顔になって訊く。
「マジマジ。この前、告白されてるところ見たって」
「え、見たの!?」
「あ~、私じゃなくて、隣のクラスの子が見たっていうのよ」
「あ、そうなの。で、誰が告白したのよ?」
「そこまではわからないけど、それくらい人気あるのよ。かなみ、知らなかった?」
「知らない知らない」
「かなみはニブいからな、ハハハ」
貴子は愉快そうに笑う。
「それ、貴子にだけは言われたくないわ」
「どっちもどっち、かな」
そういう理英はどうなのか、と疑問に思う、かなみだった。
「え、かなみさん、好きな人いるのぉぉぉッ!?」
オフィスに翠華の絶叫が響き渡る。
「なに、なんなの?」
ちょうど、みあが出社してきた。耳を塞ぎながら。
「みあちゃん、聞いて聞いて!」
翠華は縋るように、みあへ言い寄る。
「嫌よ」
みあは嫌な予感を察して断る。
「そんなこと言わないで! かなみさんが! かなみさんが!」
「かなみがどうかしたの?」
それでも、話は聞いてあげるみあ。
「好きな人いるって!!」
「はああああああッ!?」
みあは驚愕する。
「誤解だって……」
「どう誤解だっていうのよ?」
みあが訊く。
「私に好きな人、いないのよ」
「あぁ、翠華の早とちりか……それで、なんでそんな誤解されてるのよ?」
「好きな人いる、って誤解されてるのよ」
「はあ?」
みあはかなみの言い様に困惑する。
「どういうことなの?」
みあはマニィに訊く。
「かなみは同級生から好きな人がいるって誤解されているんだよ。それを翠華に相談したら、かなみに好きな人がいるって誤解されたというわけだよ」
「そういうことね」
マニィの説明で、みあは察する。
「かなみ、あんたがややこしい言い方をするからいけないんでしょ」
みあにそう言われると、かなみも素直に非を認める気になる。
「ごめんなさい、翠華さん。おかしなこと言っちゃいました」
「ううん、いいのよ。誤解した私も悪いんだし……それで、かなみさん、好きな人いるの?」
「え!?」
思ってもみなかった質問に、かなみは戸惑う。
それも、翠華はこの上なく真剣な目つきだった。
「そ、それは誤解って言ったじゃないですか!」
「ううん、誤解とかそういうの関係なく、かなみさんが好きな人いるかなって気になって!」
「え、そ、それは……」
かなみは戸惑ったものの、これははっきり答えないといけないと意を決する。
「いないです。好きな人は今のところいないです」
「そ、そう……」
翠華は安心したような、落胆したような、そんな複雑な顔をする。
「気になってる人もいないの?」
みあが不意にそんなことを訊く。翠華はドキリと自分の胸に手を当てる。
「いないわよ」
かなみはあっさりと答える。
「まあ、そうか。借金返済でそこまで頭が回らないものね」
「そんなこと――」
「そう! そうよね!!」
そんなことない、と言いかけたかなみに、翠華が食いついて言う。
「かなみさんにとって、借金返済は何よりも大事よね!!」
「あ、いえ、何よりもってほどじゃないと思いますけど……」
「あ、そうなのね……そ、それじゃ、かなみさんも、こ、ここ、恋はするわよね?」
翠華は恐る恐る訊く。
「え……はい、そうですね。気になる人がいれば……ですけど……」
「気になる人……が、いれば……」
それはどんな人なのか、気になって仕方がない。
けど、それを聞く勇気までは無かった。もしも、それが自分のような人じゃなかったらと思うと、怖くて聞けない。
「それって、どういう人?」
それをあっさりと、みあが訊いてしまう。
「うーん……」
かなみは腕を組んで考え込む。翠華はそれをドキドキして見守っている。
「つまり、かなみの好きなタイプってことでしょ? かなみってどういう人が好きなの? やっぱり借金完済できる人?」
みあが遠慮なく訊いてくる。
「そ、そんなことないわよ! そうね、私の好きなタイプは……」
「お父さん?」
不意に動画を見ていた梢恵が会話に加わってくる。
「お父さん!?」
かなみは思いもしない問いかけに驚く。
「お父さん……お父さんねえ……」
みあは心底嫌そうな顔をする。
自分の父親のことを思い出したのかもしれない。
「あんた、薄々思っていたけど、酷い趣味ね……」
みあは呆れた顔をして言う。
「違う、違うから! 梢恵が勝手に言い出したことだから! っていうか、梢恵、何急に言い出すの!?」
かなみは梢恵に話を振る。
梢恵はオフィスへちょくちょくやってきて、カナミや他の魔法少女の戦いの動画を観ている。本人曰く研修生のようなものらしい。
「え、だって、かなみ、昔言ってたじゃない」
「言ってたじゃない」
「お父さんと結婚する、って」
梢恵のその一言に、その場が固まる。
「……え?」
かなみは、その憶えがまったくなかった。
「いやいやいや! 梢恵どういうこと!?」
「どういうことって……昔言ってたじゃない?」
「言ってない言ってない!!」
かなみは必死に否定する。
「かなみ、あんたそんなこと言ってたの?」
みあは引き気味に問いかける。
「みあちゃん! だから言ってないって! 信じて……!?」
「かなみさん……」
翠華が震える声で名前を呼ぶ。
「翠華さん……私そんなこと言ったこと憶えてないんですよ!」
「う、ううん、そ、そうね……だ、誰だって、そういう時期は、一度くらいあるわよね……」
翠華は血の気の引いた調子で言う。
「ねえ、梢恵、私本当にそんなこと言ってた?」
「うーん、そう言われるとだんだん自信無くなってきた……。っていうか、かなみってお父さん嫌いなの?」
梢恵が訊く。
「そ、それは……」
かなみは言い淀む。
「むしろ、あれで嫌いになれない方が凄いわよ」
みあは素直に感心したように言う。
「え、ど、どういうこと?」
梢恵は困惑する。
「マニィ、説明お願い」
かなみは説明が難しくかつ面倒なものになりそうだったので、マニィに振る。
「ボクに振られても困るのだけどね」
「ウシシ、まあいいじゃねえか」
「ハァハァ、頼られているってことはいいものだ」
「こういうのって、非現実的だわ」
マスコット達の会話をまだ見慣れていない梢恵は唖然としてその光景を見守る。
「まあ、そうだね」
そして、そうは言いつつもマニィは説明を始めてくれる。
かなみが借金していることは前に梢恵に話していたので、補足として、その原因を作ったのが父親の方だったということ。
その父親とは再会できたものの、母親が怒って暴行を加えて病院送りしてしまったこと。
病院でいつの間にか逃げ出してしまい、母親は三行半を突きつけることができなかったこと。(さすがに時々その逃げ出した父親が母親がいないときに、かなみに顔を出してくることがあることまでは話せなかった)
ひとしきり話したあと、梢恵は嘆息する。
「すごいね、かなみ」
「そ、そう?」
「だって、親がそんなことになってるのに、戦い続けてるなんて……」
「うん、そうするしかなかったから」
「でも、やっぱりみあちゃんの言う通りだよ」
「え?」
「お父さんのせいでそんなことになってるのに、どうしてお父さんを嫌いになれないの? 私だったら大嫌いって言ってるよ」
「うーん……」
かなみは考え込む。
あまり深く考えたことはないけど、そう訊かれるとよくわからない。
「……なんとなく、かしら」
「なんとなくって……かなみらしいけど」
「うん、かなみらしい。……あまり考えてないところが」
変なところで、梢恵とみあは気が合ったようだ。
「そこが、かなみさんのいいところだと私は思うけど」
翠華は言う。
「そ、そうですか……」
とりあえず、翠華はポイントは稼げたようだ。
「そういう翠華は親のことはどう思ってるのよ?」
みあは不満そうに訊く。
「私? 私は……特に嫌いでもなく……」
「あぁ、そういえば、あんたってそういう家だったわね」
みあは聞き方を間違えたと後悔しているようだ。
「そういう家って?」
梢恵が訊く。
「両親が普通にいるってこと」
「普通に、いる……?」
「みあちゃんは普通じゃないものね」
かなみの発言に、みあは不満顔になる。
「さりげなく自分は普通だと思わないことね」
「うぅ……」
そう言われて、かなみは否定できなかった。
「そ、そういうみあちゃんだって! あ、ごめん……」
かなみは言い返そうとして、途中で気づいて謝る。
「みあちゃんのお母さんってもういなかったわね」
「別にいいわよ。あたしが気づいたときにはもういなかったし……」
「みあちゃん、きついことをサラッというね。私も離婚した後はほとんど会えて無いけど」
梢恵もごく自然に言う。
「……コメントに困る」
翠華は困った顔をする。
「普通って難しいわね……」
かなみは呟く。
「一番普通じゃないのはあんただけどね」
「なんで!?」
みあの発言に対して、誰も否定はしなかった。
「かなみ、お父さんとぉ結婚したかったんだってねぇ」
「ぶぶ~~!?」
かなみは口に含んだ味噌汁を吹いてしまう。
母・涼美とアパートの部屋で二人きりで、晩ごはんの真っ最中に唐突にそんなことを言われた。
「カハッ! パハッ!? か、母さん、突然何ッ!?」
「ちょっとぉ、小耳に挟んでねぇ」
「どこから聞きつけてきたのよ!?」
夕方頃にオフィス――梢恵達がいるだけの空間で話していたのにも関わらず、どうやって聞いたのだろうか。
涼美のことだからオフィスビルの外で聞き耳を立てていてもおかしくない。
この母親、恐ろしいまでの地獄耳なのだ。
「それでぇ、どうなのぉ?」
「ど、どうって……」
涼美に問い詰められて、かなみは返答に困る。
なんとなく、「はい」と答えたら命の保証が無い気がする。答える気はないけど。
「そ、そんなこと、憶えてなくて……い、言ったとしても、昔のことだから……」
「言ったのね?」
「――!?」
かなみは小さく悲鳴を上げる。
涼美の声のトーンが一、二段階低くなった気がする。
それは同時に、体温が低くなる魔法をかけられたみたいだ。
「い、言ってない……言ってないから……!」
かなみは勇気を振り絞って、正直に答える。
「そう、だったらぁよかったぁ」
声色がすっかりいつもの母のモノに戻っていた。
かなみは一安心する。
「母さん、もしかして、嫉妬してたの?」
そのせいで、いらないことまできいてしまう迂闊なことまでしてしまった。
「しっとぉ?」
涼美は首を傾げる。
「どうしてぇ、私がぁあの人にぃ?」
かなみは訊いてしまったのは失敗だったと内心後悔する。
「そ、それは……」
「かなみねぇ、私が言うのもぉなんだけどぉ、ああいう人はぁやめておいた方がいいわよぉ」
それは意外なことに忠告だった。
意外すぎたので、かなみは一瞬ポカンとする。
「母さん……どうして、父さんと一緒になったの?」
ついつい聞いてしまう。
「運命だった、って感じていた時もあったのよぉ」
「運命ね……」
かなみにはピンとこなかった。
それに、だった、ということは過去形で、今はなんとも思っていないということなのだろうか。だとすると、寂しい気がする、とかなみは思った。
「でもぉ、そのおかげでぇ、かなみが生まれたのよぉ」
「そ、そう……」
そう言われるともう何も言えなかった。
運命であるにせよ、ないにせよ、母親と父親が一緒になって、かなみが生まれた。それは紛れもない事実なのだから。
始業のチャイムが鳴り響く。
「間に合った……」
チャイムが鳴り終わる前に、かなみは教室に入って、自分の机に着く。
「今日もギリギリだったな」
貴子が陽気に言ってくる。
「ギリギリまで布団にくるまっていたかったの」
「あ~その気持ちわかるな」
「でも、早起きはできるのよね、貴子は」
「早く寝てるからな」
そう言われると、日が沈んだら寝てしまう貴子のイメージが湧いてくる。
「かなみも早寝したら、早起きできるんじゃないか?」
「早寝できたらねえ……」
それができれば、苦労はない、と、かなみは頬杖をつく。
ふと教室に貼られている時間割表を確認してみると、数学と書かれている。
このクラスでも数学は苦手な人は多く、一時間目からその授業があるのかとため息をつく同級生はいくらかいる。
しかし、かなみの場合は違っていた。
会いたくない人と顔を合わせるからだ。いや、人と言っていいかわからない。
「みなさん、おはようございます」
いつの間にか、担任の朝礼が終わって、その顔が教壇の前に立っていた。
「それでは授業を始めます」
教育実習生の柏原だった。
人当たりの良い微笑みを浮かべて、爽やかに教鞭を振るう。
振る舞いをみるにもう立派な数学教師といったたたずまいで、本来の教師は教室の後ろで安心して任せている。これもある種の侵略行為にかなみは思えてならなかった。
かなみは睨むような目つきで柏原を見つめる。
それは柏原は人ではないからだ。
それも秘密結社ネガサイド関東支部の幹部・スーシーの弟で何をしでかすかわからない怪人だ。
実際に彼が何か悪の怪人らしいことをしているところは未だに見たことはないものの、それはこれからも見ることはない、とは言い切れない。行動を今日今ここで起こしても不思議ではない。
柏原にはかなみがそう思わせるような薄気味悪さがあった。
俗にいう、何を考えているかわからない、ということだ。
それゆえにこうして彼が教える数学の授業には、起きて見張っていなければならなかった。
副次的に、数学の授業を受けることになった。
柏原と目が合うと、彼はニコリと微笑んで受け流す。
(まったく、こっちの気も知らないで……)
文句の一つも言いたくなる気分だった。
キンコーンカンコーン
一時間目終了のチャイムが鳴る。
「それでは、また」
柏原はそう爽やかに言って、教室を去っていく。
「はあ~……」
かなみは緊張が解けて、机に突っ伏す。
「ねえさ、かなみってさ」
そんなかなみに、理英が声がかける。
「前から思っていたんだけど……」
「何?」
「好きなんでしょ?」
「え? 私、数学嫌いなんだけど」
「違う違う、柏原先生のこと」
「え? あの人がどうしたって?」
「だ・か・ら! 好きなんでしょ、柏原先生のこと!」
「はああああああッ!?」
かなみは飛び起きる。
「なんで!? なんで、そうなるの!?」
かなみの食いつき具合に、理英は引く。傍から貴子は面白そうに見ている。
「なんでって……かなみって、いつも数学を真面目に聞いてるし」
「そ、それは、……授業だから、真面目に訊くでしょ」
「それはそうだけど……」
かなみのとっさの言い訳に、理英は腑に落ちていなかった。
「いっつも寝てるかなみがいってもなあ」
貴子が口を挟む。
「えぇ、私、そんなに寝てないわよ」
「授業の半分は寝てるでしょ。内申相当悪いんじゃない?」
「うぅ……」
かなみ自身も授業中はよく寝ている自覚があるだけに、それは反論できなかった。
「とにかく! 私は柏原先生のことなんか全然好きじゃないんだから!」
かなみは全力で否定する。
「そうやって、ムキになって否定するところがあやしい」
理英は楽しそうに言う。
「あやしい」
貴子までそれに乗っかる。
「だったら、もういいわ!」
かなみはムキにならないことにした。
「じゃあ、否定しないってことなのね」
「好きなんだな、好きなんだな」
そうしたら、理英と貴子は断定してしまう。
「もう! 否定しないとそうなるじゃない!!」
かなみは机をダンと叩く。
柏原のことは好きでもなんでもないし、むしろいけ好かないと思っている。
好きだと誤解されるのは我慢ならない。
「まあそれはともかく」
そうして、理英はかなみの意見を棚に上げて話を進める。かなみが柏原を好きという前提で。
「柏原先生って、結構人気あるみたいだよ」
「え、マジで?」
かなみは真顔になって訊く。
「マジマジ。この前、告白されてるところ見たって」
「え、見たの!?」
「あ~、私じゃなくて、隣のクラスの子が見たっていうのよ」
「あ、そうなの。で、誰が告白したのよ?」
「そこまではわからないけど、それくらい人気あるのよ。かなみ、知らなかった?」
「知らない知らない」
「かなみはニブいからな、ハハハ」
貴子は愉快そうに笑う。
「それ、貴子にだけは言われたくないわ」
「どっちもどっち、かな」
そういう理英はどうなのか、と疑問に思う、かなみだった。
「え、かなみさん、好きな人いるのぉぉぉッ!?」
オフィスに翠華の絶叫が響き渡る。
「なに、なんなの?」
ちょうど、みあが出社してきた。耳を塞ぎながら。
「みあちゃん、聞いて聞いて!」
翠華は縋るように、みあへ言い寄る。
「嫌よ」
みあは嫌な予感を察して断る。
「そんなこと言わないで! かなみさんが! かなみさんが!」
「かなみがどうかしたの?」
それでも、話は聞いてあげるみあ。
「好きな人いるって!!」
「はああああああッ!?」
みあは驚愕する。
「誤解だって……」
「どう誤解だっていうのよ?」
みあが訊く。
「私に好きな人、いないのよ」
「あぁ、翠華の早とちりか……それで、なんでそんな誤解されてるのよ?」
「好きな人いる、って誤解されてるのよ」
「はあ?」
みあはかなみの言い様に困惑する。
「どういうことなの?」
みあはマニィに訊く。
「かなみは同級生から好きな人がいるって誤解されているんだよ。それを翠華に相談したら、かなみに好きな人がいるって誤解されたというわけだよ」
「そういうことね」
マニィの説明で、みあは察する。
「かなみ、あんたがややこしい言い方をするからいけないんでしょ」
みあにそう言われると、かなみも素直に非を認める気になる。
「ごめんなさい、翠華さん。おかしなこと言っちゃいました」
「ううん、いいのよ。誤解した私も悪いんだし……それで、かなみさん、好きな人いるの?」
「え!?」
思ってもみなかった質問に、かなみは戸惑う。
それも、翠華はこの上なく真剣な目つきだった。
「そ、それは誤解って言ったじゃないですか!」
「ううん、誤解とかそういうの関係なく、かなみさんが好きな人いるかなって気になって!」
「え、そ、それは……」
かなみは戸惑ったものの、これははっきり答えないといけないと意を決する。
「いないです。好きな人は今のところいないです」
「そ、そう……」
翠華は安心したような、落胆したような、そんな複雑な顔をする。
「気になってる人もいないの?」
みあが不意にそんなことを訊く。翠華はドキリと自分の胸に手を当てる。
「いないわよ」
かなみはあっさりと答える。
「まあ、そうか。借金返済でそこまで頭が回らないものね」
「そんなこと――」
「そう! そうよね!!」
そんなことない、と言いかけたかなみに、翠華が食いついて言う。
「かなみさんにとって、借金返済は何よりも大事よね!!」
「あ、いえ、何よりもってほどじゃないと思いますけど……」
「あ、そうなのね……そ、それじゃ、かなみさんも、こ、ここ、恋はするわよね?」
翠華は恐る恐る訊く。
「え……はい、そうですね。気になる人がいれば……ですけど……」
「気になる人……が、いれば……」
それはどんな人なのか、気になって仕方がない。
けど、それを聞く勇気までは無かった。もしも、それが自分のような人じゃなかったらと思うと、怖くて聞けない。
「それって、どういう人?」
それをあっさりと、みあが訊いてしまう。
「うーん……」
かなみは腕を組んで考え込む。翠華はそれをドキドキして見守っている。
「つまり、かなみの好きなタイプってことでしょ? かなみってどういう人が好きなの? やっぱり借金完済できる人?」
みあが遠慮なく訊いてくる。
「そ、そんなことないわよ! そうね、私の好きなタイプは……」
「お父さん?」
不意に動画を見ていた梢恵が会話に加わってくる。
「お父さん!?」
かなみは思いもしない問いかけに驚く。
「お父さん……お父さんねえ……」
みあは心底嫌そうな顔をする。
自分の父親のことを思い出したのかもしれない。
「あんた、薄々思っていたけど、酷い趣味ね……」
みあは呆れた顔をして言う。
「違う、違うから! 梢恵が勝手に言い出したことだから! っていうか、梢恵、何急に言い出すの!?」
かなみは梢恵に話を振る。
梢恵はオフィスへちょくちょくやってきて、カナミや他の魔法少女の戦いの動画を観ている。本人曰く研修生のようなものらしい。
「え、だって、かなみ、昔言ってたじゃない」
「言ってたじゃない」
「お父さんと結婚する、って」
梢恵のその一言に、その場が固まる。
「……え?」
かなみは、その憶えがまったくなかった。
「いやいやいや! 梢恵どういうこと!?」
「どういうことって……昔言ってたじゃない?」
「言ってない言ってない!!」
かなみは必死に否定する。
「かなみ、あんたそんなこと言ってたの?」
みあは引き気味に問いかける。
「みあちゃん! だから言ってないって! 信じて……!?」
「かなみさん……」
翠華が震える声で名前を呼ぶ。
「翠華さん……私そんなこと言ったこと憶えてないんですよ!」
「う、ううん、そ、そうね……だ、誰だって、そういう時期は、一度くらいあるわよね……」
翠華は血の気の引いた調子で言う。
「ねえ、梢恵、私本当にそんなこと言ってた?」
「うーん、そう言われるとだんだん自信無くなってきた……。っていうか、かなみってお父さん嫌いなの?」
梢恵が訊く。
「そ、それは……」
かなみは言い淀む。
「むしろ、あれで嫌いになれない方が凄いわよ」
みあは素直に感心したように言う。
「え、ど、どういうこと?」
梢恵は困惑する。
「マニィ、説明お願い」
かなみは説明が難しくかつ面倒なものになりそうだったので、マニィに振る。
「ボクに振られても困るのだけどね」
「ウシシ、まあいいじゃねえか」
「ハァハァ、頼られているってことはいいものだ」
「こういうのって、非現実的だわ」
マスコット達の会話をまだ見慣れていない梢恵は唖然としてその光景を見守る。
「まあ、そうだね」
そして、そうは言いつつもマニィは説明を始めてくれる。
かなみが借金していることは前に梢恵に話していたので、補足として、その原因を作ったのが父親の方だったということ。
その父親とは再会できたものの、母親が怒って暴行を加えて病院送りしてしまったこと。
病院でいつの間にか逃げ出してしまい、母親は三行半を突きつけることができなかったこと。(さすがに時々その逃げ出した父親が母親がいないときに、かなみに顔を出してくることがあることまでは話せなかった)
ひとしきり話したあと、梢恵は嘆息する。
「すごいね、かなみ」
「そ、そう?」
「だって、親がそんなことになってるのに、戦い続けてるなんて……」
「うん、そうするしかなかったから」
「でも、やっぱりみあちゃんの言う通りだよ」
「え?」
「お父さんのせいでそんなことになってるのに、どうしてお父さんを嫌いになれないの? 私だったら大嫌いって言ってるよ」
「うーん……」
かなみは考え込む。
あまり深く考えたことはないけど、そう訊かれるとよくわからない。
「……なんとなく、かしら」
「なんとなくって……かなみらしいけど」
「うん、かなみらしい。……あまり考えてないところが」
変なところで、梢恵とみあは気が合ったようだ。
「そこが、かなみさんのいいところだと私は思うけど」
翠華は言う。
「そ、そうですか……」
とりあえず、翠華はポイントは稼げたようだ。
「そういう翠華は親のことはどう思ってるのよ?」
みあは不満そうに訊く。
「私? 私は……特に嫌いでもなく……」
「あぁ、そういえば、あんたってそういう家だったわね」
みあは聞き方を間違えたと後悔しているようだ。
「そういう家って?」
梢恵が訊く。
「両親が普通にいるってこと」
「普通に、いる……?」
「みあちゃんは普通じゃないものね」
かなみの発言に、みあは不満顔になる。
「さりげなく自分は普通だと思わないことね」
「うぅ……」
そう言われて、かなみは否定できなかった。
「そ、そういうみあちゃんだって! あ、ごめん……」
かなみは言い返そうとして、途中で気づいて謝る。
「みあちゃんのお母さんってもういなかったわね」
「別にいいわよ。あたしが気づいたときにはもういなかったし……」
「みあちゃん、きついことをサラッというね。私も離婚した後はほとんど会えて無いけど」
梢恵もごく自然に言う。
「……コメントに困る」
翠華は困った顔をする。
「普通って難しいわね……」
かなみは呟く。
「一番普通じゃないのはあんただけどね」
「なんで!?」
みあの発言に対して、誰も否定はしなかった。
「かなみ、お父さんとぉ結婚したかったんだってねぇ」
「ぶぶ~~!?」
かなみは口に含んだ味噌汁を吹いてしまう。
母・涼美とアパートの部屋で二人きりで、晩ごはんの真っ最中に唐突にそんなことを言われた。
「カハッ! パハッ!? か、母さん、突然何ッ!?」
「ちょっとぉ、小耳に挟んでねぇ」
「どこから聞きつけてきたのよ!?」
夕方頃にオフィス――梢恵達がいるだけの空間で話していたのにも関わらず、どうやって聞いたのだろうか。
涼美のことだからオフィスビルの外で聞き耳を立てていてもおかしくない。
この母親、恐ろしいまでの地獄耳なのだ。
「それでぇ、どうなのぉ?」
「ど、どうって……」
涼美に問い詰められて、かなみは返答に困る。
なんとなく、「はい」と答えたら命の保証が無い気がする。答える気はないけど。
「そ、そんなこと、憶えてなくて……い、言ったとしても、昔のことだから……」
「言ったのね?」
「――!?」
かなみは小さく悲鳴を上げる。
涼美の声のトーンが一、二段階低くなった気がする。
それは同時に、体温が低くなる魔法をかけられたみたいだ。
「い、言ってない……言ってないから……!」
かなみは勇気を振り絞って、正直に答える。
「そう、だったらぁよかったぁ」
声色がすっかりいつもの母のモノに戻っていた。
かなみは一安心する。
「母さん、もしかして、嫉妬してたの?」
そのせいで、いらないことまできいてしまう迂闊なことまでしてしまった。
「しっとぉ?」
涼美は首を傾げる。
「どうしてぇ、私がぁあの人にぃ?」
かなみは訊いてしまったのは失敗だったと内心後悔する。
「そ、それは……」
「かなみねぇ、私が言うのもぉなんだけどぉ、ああいう人はぁやめておいた方がいいわよぉ」
それは意外なことに忠告だった。
意外すぎたので、かなみは一瞬ポカンとする。
「母さん……どうして、父さんと一緒になったの?」
ついつい聞いてしまう。
「運命だった、って感じていた時もあったのよぉ」
「運命ね……」
かなみにはピンとこなかった。
それに、だった、ということは過去形で、今はなんとも思っていないということなのだろうか。だとすると、寂しい気がする、とかなみは思った。
「でもぉ、そのおかげでぇ、かなみが生まれたのよぉ」
「そ、そう……」
そう言われるともう何も言えなかった。
運命であるにせよ、ないにせよ、母親と父親が一緒になって、かなみが生まれた。それは紛れもない事実なのだから。
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