女帝の遺志(第一部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

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第一章・新たなる道/直美との邂逅

沈黙の帰国

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 海風が吹く空港のロビー。
 白いスーツに身を包んだ女が、静かに歩を進めていた。
 その歩みには、迷いも焦りもない。
 だが、心の奥には燻るような熱があった。

 篠崎沙也加、27歳――かつて女子プロレス界の頂点に君臨した女帝。
 スーツケースひとつ。服装は黒のパンツスーツ。だが、その背筋には現役の闘士のような緊張が漂っていた。

 彼女は経営者として成功する術を学んだ。
 アメリカで学んだ経営学。大学院を首席で修了し、ビジネスの理論と数字の扱いを身につけた。

 ──だが、それは“戦い”ではない。
 講義室での議論も、ケーススタディも、リングの上の一撃とは違う。
 数字を積み上げても、汗の匂いも、痛みも、歓声も、そこにはなかった。
 机の上の戦いは、リングの上の一瞬には敵わない。

 どんなに理屈を積み上げても、あの一瞬の判断と反射の重みには敵わない。
 そのことを、沙也加はずっと誤魔化しながら生きてきた。
 彼女の心は空洞を広げていた。

 「勝つことの意味を、私はまだ手放せていない」

 沙也加は自嘲気味に呟いた。
 何が終わっていないのか、自分でも分からない。
 けれど、その胸の奥には確かに火が残っていた。
 無観客のリングで、あの帝プロの頂点・阪口を倒したときの感触。
 自分の手で切り拓いた“真実の闘い”を、まだ世界は知らない。

***

 帰国した数週間後、地方の小さなプロレス団体である、株式会社ブレバリーズへの入社面接を受けていた。
 社長の新崎仁志は元は帝国プロレスの選手であったが、現在はブレバリーズを旗揚げし、社長兼選手として団体を率いている。

 沙也加は面接時に、仁志の前でこう述べた。
 「過去の選手としてのキャリアからは敢えて一歩引いた立場で、リングを支える身として、
 経営を学んだ知識を活かしたい」
 この言葉を買われ、興行全般と女子部コーチを兼任で任される形で、ブレバリーズに入社することとなった。

 しかしこの言葉は建前であり、
 本音は、自分の中でやり残した何かがあることに気付き、リングに一番近い場所に身を置いていたかったのであった。
 日本への帰国は、偶然ではなかった。
 再び“リング”という言葉が彼女の心を突き動かした。
 自分の原点であるプロレスの世界に戻る決断をしたのだった。

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