目立たず静かに大人しく?

ふゆの桜

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1年

魔物の森へ2

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 僕たちを案内してくれるのは『やいばの光』と言う名前の冒険者グループで、長いこと冒険者稼業をやってるベテランなんだそうだ。グループ名は冒険者に成りたての頃付けたものだそうだよ。変更するワケにはいかず、今はもう諦めがついたけど恥ずかしいと思った時期もあったそうだ。アルト君は格好いい名前だと喜んでたけどね。
 このグループは全員が剣士で、役割としてはリロイさんがリーダーで攻撃のメイン、ウィードさんが盾役、クラスティさんが遊撃、ミンツさんはリロイさん曰く永遠の見習いで今は荷物持ち担当なんだって。学園と契約する冒険者グループは四人以上ってのが決まりだそうで、その為にひとり増やしたんだって。
 リロイさんとウィードさんは騎士科の卒業生なんだよ。ふたりは一緒に仕事をしたくて冒険者って職業を選んだって教えてくれた。騎士団を受けて合格しても別々の団に配属される可能性があるからね、その気持ちはよく分かるかな。

「おじさんたちは魔物の森のダンジョンとかに入ったりもするの?」
「ん? 嗚呼そうだな。付き添いでなら何度も入ったことはあるぞ」
「付き添い?」
「騎士科は上級生になると、ダンジョンに入っての魔物討伐実習があるぞ。学生だけで行かせるわけにはいかないからな、オレたちのような契約冒険者グループが同行するんだ」
「へぇ~、何か今から楽しみかも」
「君は騎士科なのかな?」
「うん。オレとマシューは騎士科だよ」
「そうか。じゃあ何年かしたら、また一緒にこの森に入ることがあるかもな」

 アルト君は何かとっても嬉しそうな顔をしてたよ。僕たちの班は、僕とマシュー、それにアルト君、トーマ君の四人なんだ。いつも仲良くしてる四人で班になったんだよ。やっぱり気心が知れてる方が良いからね。ヘンな緊張もなくて気楽なんだ。

 各班によって大まかなルートや目的の場所は決まってるんだって。やることも決まってるよ。目的の場所へ着いたらちょっと早めのお昼を食べて、それから薬草摘みをするんだ。これはしっかりと持ち帰って冒険者ギルドの学生専用窓口に提出して、薬草の状態や量に見合うお金を受け取れるんだって。たいしたお金にはならないけど、冒険者のまねごとをさせてくれるってワケ。成果が分かるからやる気にも繋がるしね。

「ねえマシュー、あそこにキノコが生えてるね」
「見るなよ。採るなよ。おまえのキノコはシャレにならん」
「美味しいしびれ茸」
「ほらやっぱり」
「ふふっ」

 魔物の森って言ったらしびれ茸だよ。多分一番多く見つかるキノコだと思うんだ。初めて食べると身体が痺れるけどすっごく美味しいんだよ。それに二回目以降は耐性が出来て痺れることは無いからね、僕の中では好物のひとつなんだ。と言っても今世では一度も食べたことは無いよ。
 前世では魔物の森に入ったときマシューたちに食べさせたんだよ。美味しいって言ってくれたけど、その後のブーイングはすごかった。うん、懐かしい前世の思い出だ。

「君はキノコに詳しいのかい?」
「えーっと、本で見て結構覚えました」
「そうなのか。たまに毒性の強いキノコも生えてるから気を付けてね。特にハデな色のキノコは危険だから覚えておくと良いよ」
「ありがとうございます」

 今僕たちはリロイさんを先頭に、アルト君、トーマ君、ウィードさんがその後ろ、それからミンツさん、僕、マシューが続いて、最後にクラスティさんって並びで歩いてるんだ。だから僕の隣を歩いてたミンツさんが、キノコについてのアドバイスをしてくれたってワケ。
 前を歩くアルト君たちも目に付いたものについていろいろ質問してるよ。と言っても僕たちが騒がしいから小動物は全然見かけなくて、もっぱら植物とかについての質問ばかりだけど。

「今日オレたちが案内する場所は、とっておきの場所だぞ。薬草はもちろんだけど、美味しいものがあるんだ」
「美味しいもの?」
「そう。着いてからのお楽しみだよ。少し遠いけど頑張って歩こう」
「よしっ、行くぞ! 皆もっと早く歩けよー」

 美味しいものと言う言葉に、途端にアルト君の歩みが速くなった。今までは周りを見ながらだったからかなりゆっくりなペースだったんだ。
 魔物の森を歩く場合は周りの警戒は必須なんだけど、今日のこれはイベントみたいなものだし冒険者と言う護衛兼案内もいるしね、僕たちは周りを気にせず歩いても問題無いようだった。とか言いつつマシューも僕も話す声は小さいし、常に耳を澄まして辺りを伺ってるよ。何だかんだと前世の経験は生かされてるようなカンジかな。

「向こうが明るいだろう? あそこ一帯は木が無くて日当たりが良いんだ。小川もあるし薬草も沢山あって、しかもデザートまであるんだぜ」
「デザート? さっき言った『美味しいもの』ってヤツ?」
「そう言うこと。さあ、あと少しだ。頑張って歩けよ」
「はーい」

 朝早くから魔物の森に入ってずーっと歩き詰めだった僕たちに大分疲れが見えてたけど、ゴールが近いって聞いたら何となく疲れが吹っ飛んだようなカンジだ。気分的なものなんだけどね。でもそれってすごく重要なことなんだ。四人の中では僕が一番体力が無いみたいで、きっと周りからもそう見えたんじゃないかな。到着したらコッソリ自分に回復魔法をかけておこうかと思ってる。

「到着だ」
「うわあ、明るい!」
「良い場所だろう? そこの小川は安全だから手を洗っても大丈夫だぞ。それから昼を食べよう。お待ちかねの携帯食初体験だ」

 嬉しそうな顔のアルト君とトーマ君に対し、僕とマシューの顔は微妙だ。携帯食ってあまり美味しく無いんだよね。前世から大分いろいろ進化してるからもしかしたら美味しいかもしれないけれど、きっと期待しない方が良いんだろうな。そう思いながら一口食べてみた。

「あ……、思ったより不味くない。意外とイケるかも」
「おっ、それは当たりだな。今回はいろんな種類の携帯食を用意したそうだから、誰に何が当たるかは運まかせだそうだ」
「マシューはどんな味?」
「ただひたすらに甘い。甘すぎて水が飲みたくなる」
「僕のはちょっと味が薄いかなぁ。ジャムがあったら美味しく食べれそう」
「オレのは普通? よく分かんないけど不味くは無いぞ」

 携帯食はマシューだけがハズレだったみたい。皆で交換しながら食べてみたけど、マシューのは本当に甘いだけだった。甘いのも度が過ぎると不味くなるんだね。初めて知ったよ。

「トーマ君だったっけ? この実と一緒に携帯食を食べてごらん」
「これは?」
「お楽しみのデザートだ。ジャムの代わりになると思うぞ」

 そう言いながらウィードさんが手渡したのはエンダルベリーだった。

「エンダルベリーだ! これどこにあるんですか?」
「あっちだ。ミンツが立ってるところにあるぞ」
「ありがとうございます。皆ゴメン! 僕ベリーのところへ行ってるね」

 エンダルベリーはここの地名にもなったベリーで、昔は沢山あったんだ。野生では育つけど栽培はどうやっても成功しなくて、少しずつこの地が発展していくに従って消えてったものでもある。絶滅したって聞いてたんだよ。だからビックリ。
 実は僕、エンダルベリーは大好きなんだ。だからもうガマンできなくて、食べてる途中の携帯食をポケットに突っ込んで移動してきちゃったよ。行儀悪いけど今だけは見逃して欲しいな。

「うわあ~、いっぱいある!」

 夢中になって食べてたらいつの間にか皆も集まってきて、全員でお腹いっぱいになるまでベリーを食べたよ。
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