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栄養オタクのオジサン先生の言う通りにしたら逆に増えた体重
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私はダイエットが続いたことがない。
糖質制限も、断食も、ランニングも、全部三日坊主だった。
そんな私がそのオジサン先生を知ったのは、SNSだった。
タイムラインに流れてきたのは、
「体重 -12.4kg」
「HbA1c 正常値に戻った」
「血圧、薬なしで安定」
数字ばかりの地味な投稿。
でも、妙に説得力があった。
プロフィールを見ると、
「栄養オタク」
「元メタボ」
「根性論嫌い」
胡散臭さより、先に本気で語ってる人の匂いがした。
⸻
「ダイエットしたいならな」
DMで相談した私に、先生は最初から厳しかった。
「デタラメに食うな」
「やたらと苦しい運動しても痩せない」
「意思が弱いんじゃない。仕組みを知らないだけだ」
正論ばかりで、少しムッとした。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「痩せたいって言う人の大半が、
“食べない・動きまくる”で自分を壊してる」
「それ、長く続くと思うか?」
そう聞かれて、私は返事ができなかった。
⸻
先生は、自分の過去の話を淡々とした口調で教えてくれた。
忙しさを理由に食事を疎かにして、
気づいたら10kg以上太って、
健康診断で赤字だらけになったこと。
「焦って走って、膝を壊した」
「極端な制限で、集中力が落ちた」
失敗談ばかりなのに、
なぜか恥をさらされている感じがしなかった。
「だから俺は、数字と仕組みでやる」
「感情は否定しないけど、
感情に振り回される方法は使わない」
⸻
「一緒にやるか?」
その一言は、思ったより軽かった。
「成功しても失敗しても、
それは“データ”だからな」
ダイエットなのに、
評価されている感じがしなかった。
痩せたら褒める、太ったら怒る、
そういう世界じゃない。
私はその夜、
「はい、お願いします」
とだけ返した。
それが、
**誰かに“ちゃんと扱われるダイエット”の始まりだった
「普段、何食べてる?」
先生はそう聞いてきた。
責める感じじゃなくて、ただ確認するみたいな声だった。
私は少し考えてから、正直に打ち込んだ。
ご飯。
うどん。
カップラーメン。
唐揚げ。
ハンバーガー。
パスタ。
おやつは、ドーナッツとかメロンパン。
ダイエットにいいと思って、プロテインバーも食べてる。
野菜は嫌いで、ほとんど食べない。
味がない水が苦手だから、気合い入れるためにエナジードリンク。
眠気覚ましにコーヒー。
運動に良さそうだからスポーツドリンク。
あと、ダイエットにいいって聞いたから、
毎朝プロテインと、それも一緒に飲んでる。
……送信したあと、
自分でもちょっと不安になった。
返事は、思ったより早かった。
「……」
一拍。
そして次のメッセージ。
「アホか!!!」
スマホを持つ手が止まった。
心臓が、ドンと鳴った。
怒られた。
やっぱり、ダメだったんだ。
でも、続いた文は、
私が想像していた“説教”とは違っていた。
「それ、
・糖質過多
・脂質過多
・微量栄養素ゼロ
・血糖値ジェットコースター
のフルコンボだ」
「痩せる以前に、
体が常に“非常事態”になってる」
私は、画面を見つめたまま動けなかった。
「プロテインバーな」
「あれは“お菓子”だ」
「ダイエット用じゃない。
“筋トレしてる人の補助食品”だ」
「エナジードリンクもスポーツドリンクも、
ただの糖水だ」
「水が苦手?
それ、味覚が壊れてるだけ」
ズバズバ刺さる。
でも、不思議と泣きたくはならなかった。
「勘違いするな」
先生は続けた。
「俺はお前を責めてない」
「こうなるように作られた食生活を、
“知らずに続けてる”だけだ」
「ダイエットにいいって言葉を信じて、
一番ダイエットから遠いことしてる」
その一文で、
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
「じゃあ、どうすればいいんですか」
そう打つと、
今度はすぐには返ってこなかった。
数分後。
「安心しろ」
「いきなり全部やめろとは言わん」
「まずは“足す”」
「引くのは、そのあとだ」
怒鳴られたはずなのに、
その言葉は、やけに優しかった。
私はその夜、
初めてダイエットの話をしていて、
逃げたいと思わなかった。
「まず“足す”って、何ですか?」
私がそう聞くと、先生は少し間を置いてから返してきた。
「生きるのに必要なもんだ」
思っていた答えと違って、拍子抜けした。
「ダイエットって聞くと、
みんな“減らす”“我慢する”“抜く”って考える」
「でもな、今のお前の食事は、
“余計なものが多い”んじゃなくて、
“必要なものが決定的に足りてない”」
私は画面を見つめた。
「まず足すのは三つだ」
先生は、箇条書きで送ってきた。
「① たんぱく質(本物のやつ)」
「② 野菜か、それに代わる栄養」
「③ 水」
思わず眉をひそめた。
全部、苦手なものばかりだ。
「野菜嫌いなんです」
「水も正直きついです」
正直に言うと、
返ってきたのは否定じゃなかった。
「知ってる」
「だから“食え”とは言わん」
「まずは“体に入れる”だけでいい」
⸻
「たんぱく質は、
プロテインバーじゃない」
「卵、豆腐、納豆、ヨーグルト」
「噛まなくていいやつからでいい」
「朝、何も考えずに
卵1個とヨーグルト食え」
それなら、できるかもしれないと思った。
「野菜はな、
味が嫌いなんじゃない」
「食った記憶が“不味いまま”
更新されてないだけだ」
「だから、無理にサラダはやめろ」
「まずは
味噌汁に具として入ってるやつ」
「冷凍野菜でもいい」
「最悪、野菜ジュースでもいい」
“最悪でもいい”
その言葉が、妙に救いだった。
⸻
「水はな」
ここで、先生の文が少しだけ長くなった。
「水が苦手なんじゃない」
「甘い飲み物に慣れすぎて、
“味がない”って錯覚してるだけだ」
「いきなり水2リットルとか言わん」
「一日コップ一杯、
甘くない飲み物を増やせ」
「麦茶でもいい」
「薄いお茶でもいい」
「それを“足す”」
⸻
「でな」
先生は、最後にこう書いた。
「これを足したら、
不思議と唐揚げもドーナツも
“勝手に減る”」
「我慢して減らすんじゃない」
「体が“もういい”って言い始める」
「それが、正常だ」
私はしばらく、
そのメッセージを読み返していた。
痩せろとも、
我慢しろとも、
一度も言われていない。
それなのに、
ちゃんと変われる気がした。
「それだけでいいんですか」
そう送ると、
すぐに返事が来た。
「それだけでいい」
「まずは“戻す”だけだ」
その言葉が、
今まで聞いたどのダイエットの説明より、
信じられた。
まずは一日、
先生の言う三つを足すだけ。
減らさない。変えない。
それだけをやってみることにした。
朝は、いつも通り。
菓子パン。
コーヒー。
眠気覚ましに、エナジードリンク。
その横に、
卵を一個と、ヨーグルト。
正直、
「これ意味ある?」
って思いながら口に入れた。
昼も、いつも通り。
うどんを食べて、
なんとなく甘いものが欲しくなって、
コンビニで小さいドーナツ。
夜も、変えなかった。
唐揚げとご飯。
味噌汁だけ、言われた通りに作った。
飲み物も、
エナジードリンクもコーヒーもそのまま。
ただ、
コップ一杯の麦茶を追加しただけ。
⸻
一日が終わって、
正直な感想。
何も変わらない。
お腹も変わらない。
眠くもなる。
甘いものも欲しい。
体重計に乗っても、
数字はピクリともしなかった。
「正直、変化ないです」
そう送ると、
少し間があって、返事が来た。
「うん」
それだけ。
拍子抜けした。
「それで正解だ」
続けて、先生は書いた。
「今日はな、
“いつも通りの生活に、
栄養が初めて混ざった日”だ」
「足した分は、
脂肪にも筋肉にもなってない」
「今はまだ、
“体に届いただけ”」
届いただけ。
その表現が、
妙にしっくりきた。
「変化を感じないのは、
ちゃんと変なことしてない証拠だ」
「いきなり軽くなったら、
それは水か筋肉だ」
「それ、俺はやらせない」
強い言い切りだった。
⸻
私はその夜、
少しだけ考えた。
痩せたくて始めたのに、
今日は一度も
「太ったらどうしよう」
って考えなかった。
何も変わらなかった一日。
でも、
焦らなかった一日は、
初めてだった。
その夜、ベッドに入ってから、
私はスマホでカロリー計算をしていた。
いつも通りの食事。
そこに、卵とヨーグルト。
当然だけど、
カロリーは増えている。
むしろ、
ダイエットとしては
完全に逆をやっている気がした。
我慢もしてない。
運動も増やしてない。
それで、食べる量だけ増えてる。
「これ、太りませんか」
正直な不安を、そのまま送った。
返事は、すぐだった。
「なるほど」
一言だけ。
「いいとこ気づいたな」
その言葉に、少しだけ救われた。
⸻
「確かに、カロリーは+だ」
先生は、否定しなかった。
「でもな、
今までのお前の食事は
“カロリーは足りてる”けど、
“材料が足りてない”」
「家を建てるのに、
釘も木材もないのに
火力だけ強くしてたようなもんだ」
たとえが妙にわかりやすかった。
「今は、
体に“使える材料”を
初めて渡してる段階だ」
「材料が入ったら、
体はやっと“整理”を始める」
⸻
「それに」
少し間が空いて、
続きが来た。
「一日二日で
脂肪が増えるほど、
体は単純じゃない」
「増えるとしたら、
水分か、胃の中身だ」
「それを
“太った”って勘違いして、
みんなやめる」
私は画面を見つめた。
確かに、
何度もそれでやめてきた。
⸻
「今はな」
「プラスにする勇気が必要な時期だ」
「減らすのは、
体が落ち着いてから」
「焦って引くと、
また元に戻る」
その言葉は、
不思議と説得力があった。
「じゃあ、
太らないって信じて
続けていいんですね」
そう送ると、
少しだけ間があって、返ってきた。
「信じろとは言わん」
「三日やって、
体の感覚を報告しろ」
「数字じゃなくて、
腹の減り方と、眠りだ」
その締めが、
いかにも先生らしかった。
⸻
私はスマホを置いて、
まだ同じ体の重さを感じながら、
でも少しだけ違う気持ちで目を閉じた。
増えているはずのカロリーより、
増えていく安心感のほうが、
今は重たかった。
次の日も、
私は先生の言う「三つを足す」を続けた。
朝。
いつも通りの菓子パンとコーヒー。
そこに、卵とヨーグルト。
昼も、夜も、
食べるものはほとんど変えていない。
ただ、
体に何かを足しているだけ。
二日目。
正直、
まだ何も変わらない。
だからこそ、
どうしても聞いてみたくなった。
「食べない方が、
痩せるんじゃないんですか?」
少しだけ、
挑戦するみたいな気持ちで送った。
返事は、
すぐには来なかった。
⸻
しばらくして、
先生から長めのメッセージが届いた。
「短期ならな」
「確かに、
食わなきゃ体重は落ちる」
その正直さに、
私は息を止めた。
「でもそれは、
“痩せる”じゃない」
「“減る”だけだ」
続く言葉は、
淡々としていた。
「食べないと、
体はまず“省エネ”に入る」
「消費を落として、
脂肪を守る」
「筋肉と体温を削って、
生き延びようとする」
⸻
「そうなるとどうなるか」
「ちょっと食っただけで
太る体になる」
「疲れやすくなる」
「冷える」
「甘いものが止まらなくなる」
私は、
思い当たることばかりで、
何も打てなかった。
「それ、
今までのお前だろ」
責める調子じゃない。
確認するみたいな文だった。
⸻
「痩せ続ける体はな」
「“食っても大丈夫”って
体が信じてる状態だ」
「だから、
まず食う」
「しかも、
ちゃんとした材料をな」
その一文が、
胸の奥にストンと落ちた。
⸻
「俺が10kg以上落とせたのは、
食わなかったからじゃない」
「“食える体”に戻したからだ」
「それが、
遠回りに見えて、
一番近い」
⸻
私はしばらく、
そのメッセージを眺めていた。
食べない方が痩せる。
そう信じて、
何度も失敗してきた。
でも今、
初めて言われた。
「痩せるために、食う」
それは、
今まで誰も教えてくれなかった考え方だった
三日目。
朝、体重計に乗った。
数字は、
やっぱり変わらない。
増えてもいないし、
減ってもいない。
「やっぱり、ですよね」
そう思いながら、
いつもの朝を始めた。
菓子パン。
コーヒー。
そして、
もう一つ。
卵とヨーグルト。
考えなくても、
体が手を伸ばしていた。
⸻
気づいたのは、
喉の渇きだった。
エナジードリンクを開ける前に、
麦茶を一口飲んでいる自分。
「水か麦茶を足す」
それが、
もう“作業”じゃなくなっていた。
昼も同じ。
コーヒーの横に、
薄いお茶。
夜。
唐揚げとご飯は変わらない。
でも、
味噌汁を作る。
冷凍野菜を、
ほんの少し。
嫌いなはずの野菜は、
相変わらず主役じゃない。
でも、
邪魔もしなかった。
⸻
「体重、変わらないです」
三日目の報告を送ると、
先生から返事が来た。
「知ってる」
短い。
続けて。
「でもな、
今日のお前は、
三日前と同じじゃない」
私は、
その意味を考えた。
⸻
水か麦茶を飲む習慣。
朝にたんぱく質を摂る習慣。
味噌汁で、少しだけ野菜を摂る習慣。
どれも、
“頑張った”感じはしない。
でも、
確かに続いている。
⸻
「それが、
一番最初に変わるとこだ」
先生はそう書いた。
「体重はな、
一番最後だ」
「だから、
今は見るな」
私は、
体重計から一歩離れた。
数字は動かない。
でも、
私の一日は、
もう少しだけ
落ち着いた形になっていた。
二週間が過ぎても、体重は変わらなかった。
減らないし、増えない。
朝のたんぱく質、水か麦茶、味噌汁に少しの野菜。
それらはもう、頑張ってやることじゃなく、ただの習慣になっていた。
「変わらないじゃん」
正直な気持ちを送ると、
オジサン先生は少し間を置いて返してきた。
「いい」
「じゃあ次だ」
次。
今度こそ、何かを減らされるのかと思った。
「さらに足す」
「……まだ足すんですか」
「足す」
「油だ」
指が止まった。
油。
ダイエットの敵として、
ずっと避けてきたもの。
「オリーブオイル」
「素焼きのナッツ」
画面を見つめたまま、
反射的に聞いた。
「それ、カロリー高くないですか?」
⸻
「高い」
即答だった。
「でもな、
カロリーだけ見てたら
一生痩せない」
強い言葉なのに、
突き放す感じはなかった。
⸻
「油には種類がある」
「オメガ3、6、9」
私は正直、
数字を聞いただけで頭が疲れた。
「覚えなくていい」
先生はすぐに続けた。
「大事なのは二つだけだ」
「オメガ3と、9」
「6は?」
そう聞くと、
あっさり返ってきた。
「気にしなくていい」
「どうせ勝手に摂ってる」
⸻
「オメガ6はな」
「揚げ物、加工食品、外食」
「ほぼ全部に入ってる」
「だから不足しない」
「むしろ多い」
思い返せば、
今までの食事は
そればかりだった。
⸻
「オメガ3は、
体の“炎症”を抑える油だ」
「魚」
「亜麻仁油」
「えごま油」
「これが入ると、
体が落ち着く」
「むくみ」
「イライラ」
「急な甘いもん欲」
「それが
静かになる」
⸻
「オメガ9は、
使いやすい油だ」
「オリーブオイルな」
「血糖値を乱さない」
「腹持ちがいい」
「食べ過ぎを止める」
「ダイエット中に
一番味方になる油だ」
⸻
「量は決める」
先生はそこだけ、
はっきり書いた。
「オリーブオイルは
小さじ1~2」
「ナッツは
手のひらに軽く一杯」
「増やすな」
⸻
その夜、
私は味噌汁に
小さじ一杯のオリーブオイルを垂らした。
見た目は、
ほとんど変わらない。
でも、口に含むと
少しだけコクがあって、
意外と悪くなかった。
次に、素焼きのナッツ。
正直、
味しないと思っていた。
一粒噛む。
……意外と、いける。
塩も砂糖もないのに、
噛むほどに香ばしい。
「これ、普通に食べられる」
そう思った瞬間、
もう一粒、
また一粒と手が伸びた。
⸻
その日の報告で、
私は正直に送った。
「ナッツ、
意外と行けます」
返事はすぐ来た。
「だろ」
でも、
次の一文で釘を刺された。
「だから
食べ過ぎ注意だ」
「うまい=安全
じゃない」
「ナッツは
少量で効く」
「袋から直接食うな」
「量を決めて、
それ以上は閉じろ」
⸻
私は、
袋を持ったまま食べていた自分を思い出して、
少しだけ苦笑した。
油を足す。
それは、
太るための行為じゃなかった。
自分を暴走させないための、
ブレーキを足す行為だった。
油を足してから、
また二週間が過ぎた。
朝のたんぱく質。
水か麦茶。
味噌汁に少しの野菜。
そこに、
オリーブオイルと、決めた量のナッツ。
特別なことはしていない。
ただ、言われたことを続けていただけ。
そして、
久しぶりにちゃんと体重計に乗った。
……増えてる。
数字を見た瞬間、
思わず声が出た。
「増えてるじゃん!」
一瞬で、
今までの努力が全部無意味に思えた。
我慢してない。
減らしてない。
むしろ、
ずっと足してきた。
そりゃ増えるでしょ、
って頭の中で誰かが言う。
⸻
そのまま、
私はオジサン先生に送った。
「体重、増えてます」
少し間が空いた。
「それはな」
返ってきた言葉は、
意外と落ち着いていた。
「最初の三つを足して、
油も足して、
それをちゃんと続けてたからだ」
怒りも、
驚きも、
一切ない。
⸻
「今までのお前は、
足りない状態が
“普通”だった」
「そこに、
材料を入れ続けた」
「体はまず、
“溜め直す”」
「安全だって
確認する」
私は、
少しだけムッとした。
「でも、
ダイエットなのに
増えるのは……」
最後まで書かなくても、
先生は察したみたいだった。
⸻
「それをな」
「“太った”って
呼ぶ人が多い」
「でも俺は、
“戻った”って言う」
戻った。
その言葉に、
引っかかった。
⸻
「水分量」
「腸の中身」
「筋肉の張り」
「今まで削ってたもんが、
元に戻ってるだけだ」
「脂肪なら、
そんな短期間で
そんな増え方しない」
先生は、
数字を見ずに
体の中を見ていた。
⸻
「それに」
少し間を置いて、
続きが来た。
「腹の減り方、
前と同じか?」
そう聞かれて、
私は考えた。
確かに、
前みたいに
急に甘いものを
欲しくならない。
夜中に、
何かを探す感じもない。
⸻
「増えた数字に
耐えられたら、
次に行ける」
「ここで
減らし始めたら、
全部台無しだ」
強い言葉だった。
でも、
今までのどのダイエットより、
筋が通っている気がした。
⸻
体重は、
確かに増えている。
でも、
二週間前の私と、
同じ場所には立っていない。
私はスマホを置いて、
もう一度だけ
体を感じてみた。
重い、というより、
安定している。
その感覚を、
初めて信じてみようと思った。
何度も繰り返してきたリバウンドとは、違う。
あれは、
減らして、
耐えて、
我慢して、
ある日ふっと切れて、
一気に戻る。
戻るというより、
跳ね返る。
体も、気持ちも、
制御できなくなる感覚。
⸻
でも、今回は違った。
焦っていない。
隠れて食べてもいない。
「失敗した」とも思っていない。
ただ、
増えている数字を
そのまま見ている。
それだけなのに、
不思議と怖くなかった。
⸻
食べることを
止めていない。
水を飲んでいる。
朝にたんぱく質を入れている。
味噌汁の中に、
少しだけ野菜がある。
オリーブオイル。
素焼きのナッツ。
「カロリー高いんじゃない?」
って思いながらも、
やめていない。
前なら、
数字が増えた瞬間に
全部投げ出していた。
⸻
今回は、
壊れていない。
食欲も、
生活も、
気持ちも。
体重だけが、
少し先に動いている。
⸻
「これは、
リバウンドじゃない」
そう思えたのは、
減っていないからじゃなくて、
戻ろうとしていないからだった。
私は、
前に進んでいる。
ゆっくりだけど、
確実に。
糖質制限も、断食も、ランニングも、全部三日坊主だった。
そんな私がそのオジサン先生を知ったのは、SNSだった。
タイムラインに流れてきたのは、
「体重 -12.4kg」
「HbA1c 正常値に戻った」
「血圧、薬なしで安定」
数字ばかりの地味な投稿。
でも、妙に説得力があった。
プロフィールを見ると、
「栄養オタク」
「元メタボ」
「根性論嫌い」
胡散臭さより、先に本気で語ってる人の匂いがした。
⸻
「ダイエットしたいならな」
DMで相談した私に、先生は最初から厳しかった。
「デタラメに食うな」
「やたらと苦しい運動しても痩せない」
「意思が弱いんじゃない。仕組みを知らないだけだ」
正論ばかりで、少しムッとした。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「痩せたいって言う人の大半が、
“食べない・動きまくる”で自分を壊してる」
「それ、長く続くと思うか?」
そう聞かれて、私は返事ができなかった。
⸻
先生は、自分の過去の話を淡々とした口調で教えてくれた。
忙しさを理由に食事を疎かにして、
気づいたら10kg以上太って、
健康診断で赤字だらけになったこと。
「焦って走って、膝を壊した」
「極端な制限で、集中力が落ちた」
失敗談ばかりなのに、
なぜか恥をさらされている感じがしなかった。
「だから俺は、数字と仕組みでやる」
「感情は否定しないけど、
感情に振り回される方法は使わない」
⸻
「一緒にやるか?」
その一言は、思ったより軽かった。
「成功しても失敗しても、
それは“データ”だからな」
ダイエットなのに、
評価されている感じがしなかった。
痩せたら褒める、太ったら怒る、
そういう世界じゃない。
私はその夜、
「はい、お願いします」
とだけ返した。
それが、
**誰かに“ちゃんと扱われるダイエット”の始まりだった
「普段、何食べてる?」
先生はそう聞いてきた。
責める感じじゃなくて、ただ確認するみたいな声だった。
私は少し考えてから、正直に打ち込んだ。
ご飯。
うどん。
カップラーメン。
唐揚げ。
ハンバーガー。
パスタ。
おやつは、ドーナッツとかメロンパン。
ダイエットにいいと思って、プロテインバーも食べてる。
野菜は嫌いで、ほとんど食べない。
味がない水が苦手だから、気合い入れるためにエナジードリンク。
眠気覚ましにコーヒー。
運動に良さそうだからスポーツドリンク。
あと、ダイエットにいいって聞いたから、
毎朝プロテインと、それも一緒に飲んでる。
……送信したあと、
自分でもちょっと不安になった。
返事は、思ったより早かった。
「……」
一拍。
そして次のメッセージ。
「アホか!!!」
スマホを持つ手が止まった。
心臓が、ドンと鳴った。
怒られた。
やっぱり、ダメだったんだ。
でも、続いた文は、
私が想像していた“説教”とは違っていた。
「それ、
・糖質過多
・脂質過多
・微量栄養素ゼロ
・血糖値ジェットコースター
のフルコンボだ」
「痩せる以前に、
体が常に“非常事態”になってる」
私は、画面を見つめたまま動けなかった。
「プロテインバーな」
「あれは“お菓子”だ」
「ダイエット用じゃない。
“筋トレしてる人の補助食品”だ」
「エナジードリンクもスポーツドリンクも、
ただの糖水だ」
「水が苦手?
それ、味覚が壊れてるだけ」
ズバズバ刺さる。
でも、不思議と泣きたくはならなかった。
「勘違いするな」
先生は続けた。
「俺はお前を責めてない」
「こうなるように作られた食生活を、
“知らずに続けてる”だけだ」
「ダイエットにいいって言葉を信じて、
一番ダイエットから遠いことしてる」
その一文で、
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
「じゃあ、どうすればいいんですか」
そう打つと、
今度はすぐには返ってこなかった。
数分後。
「安心しろ」
「いきなり全部やめろとは言わん」
「まずは“足す”」
「引くのは、そのあとだ」
怒鳴られたはずなのに、
その言葉は、やけに優しかった。
私はその夜、
初めてダイエットの話をしていて、
逃げたいと思わなかった。
「まず“足す”って、何ですか?」
私がそう聞くと、先生は少し間を置いてから返してきた。
「生きるのに必要なもんだ」
思っていた答えと違って、拍子抜けした。
「ダイエットって聞くと、
みんな“減らす”“我慢する”“抜く”って考える」
「でもな、今のお前の食事は、
“余計なものが多い”んじゃなくて、
“必要なものが決定的に足りてない”」
私は画面を見つめた。
「まず足すのは三つだ」
先生は、箇条書きで送ってきた。
「① たんぱく質(本物のやつ)」
「② 野菜か、それに代わる栄養」
「③ 水」
思わず眉をひそめた。
全部、苦手なものばかりだ。
「野菜嫌いなんです」
「水も正直きついです」
正直に言うと、
返ってきたのは否定じゃなかった。
「知ってる」
「だから“食え”とは言わん」
「まずは“体に入れる”だけでいい」
⸻
「たんぱく質は、
プロテインバーじゃない」
「卵、豆腐、納豆、ヨーグルト」
「噛まなくていいやつからでいい」
「朝、何も考えずに
卵1個とヨーグルト食え」
それなら、できるかもしれないと思った。
「野菜はな、
味が嫌いなんじゃない」
「食った記憶が“不味いまま”
更新されてないだけだ」
「だから、無理にサラダはやめろ」
「まずは
味噌汁に具として入ってるやつ」
「冷凍野菜でもいい」
「最悪、野菜ジュースでもいい」
“最悪でもいい”
その言葉が、妙に救いだった。
⸻
「水はな」
ここで、先生の文が少しだけ長くなった。
「水が苦手なんじゃない」
「甘い飲み物に慣れすぎて、
“味がない”って錯覚してるだけだ」
「いきなり水2リットルとか言わん」
「一日コップ一杯、
甘くない飲み物を増やせ」
「麦茶でもいい」
「薄いお茶でもいい」
「それを“足す”」
⸻
「でな」
先生は、最後にこう書いた。
「これを足したら、
不思議と唐揚げもドーナツも
“勝手に減る”」
「我慢して減らすんじゃない」
「体が“もういい”って言い始める」
「それが、正常だ」
私はしばらく、
そのメッセージを読み返していた。
痩せろとも、
我慢しろとも、
一度も言われていない。
それなのに、
ちゃんと変われる気がした。
「それだけでいいんですか」
そう送ると、
すぐに返事が来た。
「それだけでいい」
「まずは“戻す”だけだ」
その言葉が、
今まで聞いたどのダイエットの説明より、
信じられた。
まずは一日、
先生の言う三つを足すだけ。
減らさない。変えない。
それだけをやってみることにした。
朝は、いつも通り。
菓子パン。
コーヒー。
眠気覚ましに、エナジードリンク。
その横に、
卵を一個と、ヨーグルト。
正直、
「これ意味ある?」
って思いながら口に入れた。
昼も、いつも通り。
うどんを食べて、
なんとなく甘いものが欲しくなって、
コンビニで小さいドーナツ。
夜も、変えなかった。
唐揚げとご飯。
味噌汁だけ、言われた通りに作った。
飲み物も、
エナジードリンクもコーヒーもそのまま。
ただ、
コップ一杯の麦茶を追加しただけ。
⸻
一日が終わって、
正直な感想。
何も変わらない。
お腹も変わらない。
眠くもなる。
甘いものも欲しい。
体重計に乗っても、
数字はピクリともしなかった。
「正直、変化ないです」
そう送ると、
少し間があって、返事が来た。
「うん」
それだけ。
拍子抜けした。
「それで正解だ」
続けて、先生は書いた。
「今日はな、
“いつも通りの生活に、
栄養が初めて混ざった日”だ」
「足した分は、
脂肪にも筋肉にもなってない」
「今はまだ、
“体に届いただけ”」
届いただけ。
その表現が、
妙にしっくりきた。
「変化を感じないのは、
ちゃんと変なことしてない証拠だ」
「いきなり軽くなったら、
それは水か筋肉だ」
「それ、俺はやらせない」
強い言い切りだった。
⸻
私はその夜、
少しだけ考えた。
痩せたくて始めたのに、
今日は一度も
「太ったらどうしよう」
って考えなかった。
何も変わらなかった一日。
でも、
焦らなかった一日は、
初めてだった。
その夜、ベッドに入ってから、
私はスマホでカロリー計算をしていた。
いつも通りの食事。
そこに、卵とヨーグルト。
当然だけど、
カロリーは増えている。
むしろ、
ダイエットとしては
完全に逆をやっている気がした。
我慢もしてない。
運動も増やしてない。
それで、食べる量だけ増えてる。
「これ、太りませんか」
正直な不安を、そのまま送った。
返事は、すぐだった。
「なるほど」
一言だけ。
「いいとこ気づいたな」
その言葉に、少しだけ救われた。
⸻
「確かに、カロリーは+だ」
先生は、否定しなかった。
「でもな、
今までのお前の食事は
“カロリーは足りてる”けど、
“材料が足りてない”」
「家を建てるのに、
釘も木材もないのに
火力だけ強くしてたようなもんだ」
たとえが妙にわかりやすかった。
「今は、
体に“使える材料”を
初めて渡してる段階だ」
「材料が入ったら、
体はやっと“整理”を始める」
⸻
「それに」
少し間が空いて、
続きが来た。
「一日二日で
脂肪が増えるほど、
体は単純じゃない」
「増えるとしたら、
水分か、胃の中身だ」
「それを
“太った”って勘違いして、
みんなやめる」
私は画面を見つめた。
確かに、
何度もそれでやめてきた。
⸻
「今はな」
「プラスにする勇気が必要な時期だ」
「減らすのは、
体が落ち着いてから」
「焦って引くと、
また元に戻る」
その言葉は、
不思議と説得力があった。
「じゃあ、
太らないって信じて
続けていいんですね」
そう送ると、
少しだけ間があって、返ってきた。
「信じろとは言わん」
「三日やって、
体の感覚を報告しろ」
「数字じゃなくて、
腹の減り方と、眠りだ」
その締めが、
いかにも先生らしかった。
⸻
私はスマホを置いて、
まだ同じ体の重さを感じながら、
でも少しだけ違う気持ちで目を閉じた。
増えているはずのカロリーより、
増えていく安心感のほうが、
今は重たかった。
次の日も、
私は先生の言う「三つを足す」を続けた。
朝。
いつも通りの菓子パンとコーヒー。
そこに、卵とヨーグルト。
昼も、夜も、
食べるものはほとんど変えていない。
ただ、
体に何かを足しているだけ。
二日目。
正直、
まだ何も変わらない。
だからこそ、
どうしても聞いてみたくなった。
「食べない方が、
痩せるんじゃないんですか?」
少しだけ、
挑戦するみたいな気持ちで送った。
返事は、
すぐには来なかった。
⸻
しばらくして、
先生から長めのメッセージが届いた。
「短期ならな」
「確かに、
食わなきゃ体重は落ちる」
その正直さに、
私は息を止めた。
「でもそれは、
“痩せる”じゃない」
「“減る”だけだ」
続く言葉は、
淡々としていた。
「食べないと、
体はまず“省エネ”に入る」
「消費を落として、
脂肪を守る」
「筋肉と体温を削って、
生き延びようとする」
⸻
「そうなるとどうなるか」
「ちょっと食っただけで
太る体になる」
「疲れやすくなる」
「冷える」
「甘いものが止まらなくなる」
私は、
思い当たることばかりで、
何も打てなかった。
「それ、
今までのお前だろ」
責める調子じゃない。
確認するみたいな文だった。
⸻
「痩せ続ける体はな」
「“食っても大丈夫”って
体が信じてる状態だ」
「だから、
まず食う」
「しかも、
ちゃんとした材料をな」
その一文が、
胸の奥にストンと落ちた。
⸻
「俺が10kg以上落とせたのは、
食わなかったからじゃない」
「“食える体”に戻したからだ」
「それが、
遠回りに見えて、
一番近い」
⸻
私はしばらく、
そのメッセージを眺めていた。
食べない方が痩せる。
そう信じて、
何度も失敗してきた。
でも今、
初めて言われた。
「痩せるために、食う」
それは、
今まで誰も教えてくれなかった考え方だった
三日目。
朝、体重計に乗った。
数字は、
やっぱり変わらない。
増えてもいないし、
減ってもいない。
「やっぱり、ですよね」
そう思いながら、
いつもの朝を始めた。
菓子パン。
コーヒー。
そして、
もう一つ。
卵とヨーグルト。
考えなくても、
体が手を伸ばしていた。
⸻
気づいたのは、
喉の渇きだった。
エナジードリンクを開ける前に、
麦茶を一口飲んでいる自分。
「水か麦茶を足す」
それが、
もう“作業”じゃなくなっていた。
昼も同じ。
コーヒーの横に、
薄いお茶。
夜。
唐揚げとご飯は変わらない。
でも、
味噌汁を作る。
冷凍野菜を、
ほんの少し。
嫌いなはずの野菜は、
相変わらず主役じゃない。
でも、
邪魔もしなかった。
⸻
「体重、変わらないです」
三日目の報告を送ると、
先生から返事が来た。
「知ってる」
短い。
続けて。
「でもな、
今日のお前は、
三日前と同じじゃない」
私は、
その意味を考えた。
⸻
水か麦茶を飲む習慣。
朝にたんぱく質を摂る習慣。
味噌汁で、少しだけ野菜を摂る習慣。
どれも、
“頑張った”感じはしない。
でも、
確かに続いている。
⸻
「それが、
一番最初に変わるとこだ」
先生はそう書いた。
「体重はな、
一番最後だ」
「だから、
今は見るな」
私は、
体重計から一歩離れた。
数字は動かない。
でも、
私の一日は、
もう少しだけ
落ち着いた形になっていた。
二週間が過ぎても、体重は変わらなかった。
減らないし、増えない。
朝のたんぱく質、水か麦茶、味噌汁に少しの野菜。
それらはもう、頑張ってやることじゃなく、ただの習慣になっていた。
「変わらないじゃん」
正直な気持ちを送ると、
オジサン先生は少し間を置いて返してきた。
「いい」
「じゃあ次だ」
次。
今度こそ、何かを減らされるのかと思った。
「さらに足す」
「……まだ足すんですか」
「足す」
「油だ」
指が止まった。
油。
ダイエットの敵として、
ずっと避けてきたもの。
「オリーブオイル」
「素焼きのナッツ」
画面を見つめたまま、
反射的に聞いた。
「それ、カロリー高くないですか?」
⸻
「高い」
即答だった。
「でもな、
カロリーだけ見てたら
一生痩せない」
強い言葉なのに、
突き放す感じはなかった。
⸻
「油には種類がある」
「オメガ3、6、9」
私は正直、
数字を聞いただけで頭が疲れた。
「覚えなくていい」
先生はすぐに続けた。
「大事なのは二つだけだ」
「オメガ3と、9」
「6は?」
そう聞くと、
あっさり返ってきた。
「気にしなくていい」
「どうせ勝手に摂ってる」
⸻
「オメガ6はな」
「揚げ物、加工食品、外食」
「ほぼ全部に入ってる」
「だから不足しない」
「むしろ多い」
思い返せば、
今までの食事は
そればかりだった。
⸻
「オメガ3は、
体の“炎症”を抑える油だ」
「魚」
「亜麻仁油」
「えごま油」
「これが入ると、
体が落ち着く」
「むくみ」
「イライラ」
「急な甘いもん欲」
「それが
静かになる」
⸻
「オメガ9は、
使いやすい油だ」
「オリーブオイルな」
「血糖値を乱さない」
「腹持ちがいい」
「食べ過ぎを止める」
「ダイエット中に
一番味方になる油だ」
⸻
「量は決める」
先生はそこだけ、
はっきり書いた。
「オリーブオイルは
小さじ1~2」
「ナッツは
手のひらに軽く一杯」
「増やすな」
⸻
その夜、
私は味噌汁に
小さじ一杯のオリーブオイルを垂らした。
見た目は、
ほとんど変わらない。
でも、口に含むと
少しだけコクがあって、
意外と悪くなかった。
次に、素焼きのナッツ。
正直、
味しないと思っていた。
一粒噛む。
……意外と、いける。
塩も砂糖もないのに、
噛むほどに香ばしい。
「これ、普通に食べられる」
そう思った瞬間、
もう一粒、
また一粒と手が伸びた。
⸻
その日の報告で、
私は正直に送った。
「ナッツ、
意外と行けます」
返事はすぐ来た。
「だろ」
でも、
次の一文で釘を刺された。
「だから
食べ過ぎ注意だ」
「うまい=安全
じゃない」
「ナッツは
少量で効く」
「袋から直接食うな」
「量を決めて、
それ以上は閉じろ」
⸻
私は、
袋を持ったまま食べていた自分を思い出して、
少しだけ苦笑した。
油を足す。
それは、
太るための行為じゃなかった。
自分を暴走させないための、
ブレーキを足す行為だった。
油を足してから、
また二週間が過ぎた。
朝のたんぱく質。
水か麦茶。
味噌汁に少しの野菜。
そこに、
オリーブオイルと、決めた量のナッツ。
特別なことはしていない。
ただ、言われたことを続けていただけ。
そして、
久しぶりにちゃんと体重計に乗った。
……増えてる。
数字を見た瞬間、
思わず声が出た。
「増えてるじゃん!」
一瞬で、
今までの努力が全部無意味に思えた。
我慢してない。
減らしてない。
むしろ、
ずっと足してきた。
そりゃ増えるでしょ、
って頭の中で誰かが言う。
⸻
そのまま、
私はオジサン先生に送った。
「体重、増えてます」
少し間が空いた。
「それはな」
返ってきた言葉は、
意外と落ち着いていた。
「最初の三つを足して、
油も足して、
それをちゃんと続けてたからだ」
怒りも、
驚きも、
一切ない。
⸻
「今までのお前は、
足りない状態が
“普通”だった」
「そこに、
材料を入れ続けた」
「体はまず、
“溜め直す”」
「安全だって
確認する」
私は、
少しだけムッとした。
「でも、
ダイエットなのに
増えるのは……」
最後まで書かなくても、
先生は察したみたいだった。
⸻
「それをな」
「“太った”って
呼ぶ人が多い」
「でも俺は、
“戻った”って言う」
戻った。
その言葉に、
引っかかった。
⸻
「水分量」
「腸の中身」
「筋肉の張り」
「今まで削ってたもんが、
元に戻ってるだけだ」
「脂肪なら、
そんな短期間で
そんな増え方しない」
先生は、
数字を見ずに
体の中を見ていた。
⸻
「それに」
少し間を置いて、
続きが来た。
「腹の減り方、
前と同じか?」
そう聞かれて、
私は考えた。
確かに、
前みたいに
急に甘いものを
欲しくならない。
夜中に、
何かを探す感じもない。
⸻
「増えた数字に
耐えられたら、
次に行ける」
「ここで
減らし始めたら、
全部台無しだ」
強い言葉だった。
でも、
今までのどのダイエットより、
筋が通っている気がした。
⸻
体重は、
確かに増えている。
でも、
二週間前の私と、
同じ場所には立っていない。
私はスマホを置いて、
もう一度だけ
体を感じてみた。
重い、というより、
安定している。
その感覚を、
初めて信じてみようと思った。
何度も繰り返してきたリバウンドとは、違う。
あれは、
減らして、
耐えて、
我慢して、
ある日ふっと切れて、
一気に戻る。
戻るというより、
跳ね返る。
体も、気持ちも、
制御できなくなる感覚。
⸻
でも、今回は違った。
焦っていない。
隠れて食べてもいない。
「失敗した」とも思っていない。
ただ、
増えている数字を
そのまま見ている。
それだけなのに、
不思議と怖くなかった。
⸻
食べることを
止めていない。
水を飲んでいる。
朝にたんぱく質を入れている。
味噌汁の中に、
少しだけ野菜がある。
オリーブオイル。
素焼きのナッツ。
「カロリー高いんじゃない?」
って思いながらも、
やめていない。
前なら、
数字が増えた瞬間に
全部投げ出していた。
⸻
今回は、
壊れていない。
食欲も、
生活も、
気持ちも。
体重だけが、
少し先に動いている。
⸻
「これは、
リバウンドじゃない」
そう思えたのは、
減っていないからじゃなくて、
戻ろうとしていないからだった。
私は、
前に進んでいる。
ゆっくりだけど、
確実に。
0
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