ゴムよりだるいその距離で

信長三世

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沈黙と音のあいだ

沈黙と音のあいだ

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第二章:音と沈黙のあいだ

夜の「モノログ」は、誰かが吐いた独り言の残響で満ちていた。
DM通知がひとつ鳴って、ぼくの手元のスマホが震える。

「ぺっと、今日もしてくれるの?」

こむぎこからのメッセージだった。
文字列の最後には、ブタの絵文字がぶら下がっている。
最近のお気に入りらしい。
プレゼントアイテムの“クッキー”より、彼女はこうした小さな癖で、ぼくを巻き込んでくる。



通話のボタンを押すと、ジリッとしたノイズの後に、空気の揺れるような音が届いた。
彼女の部屋の空調の音。
コンビニの袋が擦れる音。
そして、咳払いにもならない小さな息。

「…ねえ、今日、どんなふうにされたい?」

声が低い。けれど甘い。
こむぎこはいつも、ぼくに“飼われているふり”をしながら、どこかで舵を握っていた。

「きりんざむらいは、命令されたほうが…好きだよね?」

そう囁かれたとき、喉の奥が詰まるような感覚になる。
返事をするタイミングさえ、彼女のテンポに支配されていた。



布が擦れる音のあと、微かに聞こえる呼吸。
彼女がマイクに近づいたのが分かる。
その音がリアルであればあるほど、ぼくは「こっち側の存在」になっていく。

「声、出しちゃだめだよ?」

彼女はそう言うけれど、自分の吐息は止めない。
むしろ聞かせるように、静かに、でも確かに漏らしてくる。

「……ふぅ……んっ……あ、ぁ……」

ただの音のはずなのに、鼓膜に残って、意識の端を焼く。

「きりんざむらい、聞こえてる? いま、どうしてるか、分かる?」

答えられない。言葉にすれば壊れる気がした。
その“気配”だけで、こっちはもうどうしようもなくなっていた。



こむぎこは、ぼくを「ペット」と呼びながら、時折ふっと距離を取った。
「この距離、好きなんだ」と彼女は言う。
リアルじゃ近づけない。
でも、画面越しなら、声の温度でつながれる。

「ほんとは、画面越しが一番気持ちいいんだよ」

そんなことを言いながら、彼女はときどき笑った。

その笑い声が、いちばん危なかった。
どんな裸よりも、どんな喘ぎ声よりも、リアルだった。



いつのまにか、通話は無言のまま続いていた。
でも切られない。
そして、「終わり」も告げられない。

それが、この関係の本質だった。

「飼い主とかペットとか、ほんとはどうでもいいんだと思う」

彼女はふいに、そんなことを呟いた。

「ただ、あんたとじゃなきゃ、こういうことしたくないだけ」

こむぎこの、その一言だけで、ぼくはしばらく何も言えなくなった。



その夜も、“なにか”は起こった。
でも、その正体はわからないまま、声と沈黙のあいだに落ちていった。
喘ぎ声の裏に、泣いてるような声が混じっていた気もするけど、たぶん気のせいだ。

だってこむぎこは、いつも最後にこう言う。

「きりんざむらい、今日もいい子だったね」

それだけで、ぼくはまた、ペットでいられた。
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