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第4章 オルダニアの春
第4話 秘密の相談
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「なんだって!」
と、イーディスは声を荒らげた。
着替えるリチャードの方を向かないように気遣ってくれているが、それでもその瞬間は思わず首をめぐらせてしまって、慌てて椅子に座り直した。
リチャードの部屋で、新妻は自室に下がった後だった。彼は『神吹の湖』の守護神、大蛇のジャナワルと交わした約束をイーディスに打ち明けたのだ。
「なんでそんな大事なこと」と、イーディスは仰天してリチャードを責め立てた。「今まで、隠してたのか? 隠しおおせるとでも思ってたのか?」
「隠してたわけじゃないが、その……」
「忘れてたとか? もっと悪いぞ」
「そうじゃない!」
と、リチャードも必死になった。誤魔化すつもりはないが、なぜ今まで言わないでいたのか、自分でもわからないくらいなのだ。
「あれからここまで、いろんなことがありすぎて、なんだか遠い記憶に思えるというか、夢だったかのような心地になってしまって」
なんとも説明がしにくい。
馬に跨って山を登っていたときも、もちろん船頭に言って湖の近くまで運んでもらっていたときだって、結婚の誓いの最中だって、忘れていたわけではない。常に頭の片隅にこの重要事項はあった。あったはずなのだ。イーディスと、アクシデントとはいえ、唇を重ねた時だって。
「そりゃ確かに、色々ありすぎたけど……」
と、彼女も納得してくれたようで、簡易的な正装に着替え終えたリチャードを、上から下まで眺める。
そして不意をつくかのように言ってきた。
「キスして悪かったな」
それがあまりにも急で、しかしずっと気になっていたことで、リチャードものけぞるほど動揺した。
「な! なんで今そんな事を言うんだ!」
すると今度はその反応に、イーディスが勘ぐりを入れる。
「まさか初めてだったのか?」
「ば!」
馬鹿なことを言うなと反論しようとしたが、図星をさされたリチャードの口が回らなくなる。
そこへタイミングがいいのか悪いのかタイレルがドアをノックした。
「おーい、もう行けるか?」
着替えると聞いていたので、いきなりドアを開けるような無粋はしない。
イーディスが立ち上がって、顔だけ廊下に突き出した。
「なんだかお前、すっかりここの御用聞きだな」
「いやー、居心地よくてな」
「お前、ここに残るか?」
室内のリチャードにまで、彼が「ははは」と呑気に笑っているのが聞こえた。そんな場合じゃないと言いたいところだが、彼を責められない。ここまでその問題を放置していたのは自分だ。
首を引っ込めたイーディスは、改めて一城の主人となったリチャードを眺めた。
「そうやって着飾ると見違えるな。もう少し背があったら、立派な美男子に見えるぞ」
タイレルにあてられたのか悠長なイーディスに、リチャードは、照れを感じながらもため息をついた。
「イーディス、魔法でなんとかならないのか?」
「ならないよ。女を男にするなんて」
「は?」
「ほんのちょっとの間だけ誤魔化すことはできるかもしれないが、一生は無理だ」
「違う違う、何言ってるんだ!」
リチャードは頭を振って否定した。
「そうじゃなくて、凍った湖を!」
「ああ、そっちか」
と、イーディスは天を仰いで、それから顔の前で手を振った。
「それも無理」
「魔法で氷を溶かせないのか?」
「できないね」
「ちっとも?」
「魔法っていうのは、そういうもんじゃないんだ」
あっさり言い放つイーディスに、リチャードはつい悪態をついた。
「なんだよ。全然なんにもできないんじゃないか」
まるで昔からの友達同士のような軽い言い方に、リチャードは親さえ感じたのだが、言われた方は面白くない。
「言ってろよ。お前の思いもしないようなところで、もう私は力を発揮しているかもしれないんだぞ」
「『かもしれない』って」
「だから言っただろう? 魔法使いの能力は、『何をすべきかはわかっても、なぜすべきかはわからない』。だから神秘的なんだ。私は私の能力に従って、今ここにいる」
リチャードには、まだそれを飲み込むだけの理解力も寛容さもない。魔法使いを頭ごなしに役立たずとまでは思わないが、彼女がどこにどう作用しているのか目に見えない限りは、「力」とやらは信じきれない。
だが、彼女自身についていえば、不思議な共鳴を感じているのは確かだ。それを「力」だというなら、なるほど、自分はもしかしたら、今も魔法にかかっているのかもしれない。
「これから湖に行くんだから、何か直接ヒントが得られるかもしれないぞ」
「対岸も遥か彼方の湖の、一面の氷を、一夜にして溶かすヒント、か……」
ジャナワルの威嚇を遠く感じる。今日の月が登り、沈むまでの間に氷が溶けなければ、『東の鉄壁城』が大水に飲まれる。そんなことが本当に起きるのだろうか。
トントンと、再び扉がノックされ、「なんの話をしてるんだ?」とタイレルの催促する声が飛んでくる。
「いや……」と、返事したイーディスは、リチャードを振り返って嗜めた。「とにかく、湖に行くなら早く手紙を書け!」
リチャードは、弾かれたようにデスクへ向かった。
と、イーディスは声を荒らげた。
着替えるリチャードの方を向かないように気遣ってくれているが、それでもその瞬間は思わず首をめぐらせてしまって、慌てて椅子に座り直した。
リチャードの部屋で、新妻は自室に下がった後だった。彼は『神吹の湖』の守護神、大蛇のジャナワルと交わした約束をイーディスに打ち明けたのだ。
「なんでそんな大事なこと」と、イーディスは仰天してリチャードを責め立てた。「今まで、隠してたのか? 隠しおおせるとでも思ってたのか?」
「隠してたわけじゃないが、その……」
「忘れてたとか? もっと悪いぞ」
「そうじゃない!」
と、リチャードも必死になった。誤魔化すつもりはないが、なぜ今まで言わないでいたのか、自分でもわからないくらいなのだ。
「あれからここまで、いろんなことがありすぎて、なんだか遠い記憶に思えるというか、夢だったかのような心地になってしまって」
なんとも説明がしにくい。
馬に跨って山を登っていたときも、もちろん船頭に言って湖の近くまで運んでもらっていたときだって、結婚の誓いの最中だって、忘れていたわけではない。常に頭の片隅にこの重要事項はあった。あったはずなのだ。イーディスと、アクシデントとはいえ、唇を重ねた時だって。
「そりゃ確かに、色々ありすぎたけど……」
と、彼女も納得してくれたようで、簡易的な正装に着替え終えたリチャードを、上から下まで眺める。
そして不意をつくかのように言ってきた。
「キスして悪かったな」
それがあまりにも急で、しかしずっと気になっていたことで、リチャードものけぞるほど動揺した。
「な! なんで今そんな事を言うんだ!」
すると今度はその反応に、イーディスが勘ぐりを入れる。
「まさか初めてだったのか?」
「ば!」
馬鹿なことを言うなと反論しようとしたが、図星をさされたリチャードの口が回らなくなる。
そこへタイミングがいいのか悪いのかタイレルがドアをノックした。
「おーい、もう行けるか?」
着替えると聞いていたので、いきなりドアを開けるような無粋はしない。
イーディスが立ち上がって、顔だけ廊下に突き出した。
「なんだかお前、すっかりここの御用聞きだな」
「いやー、居心地よくてな」
「お前、ここに残るか?」
室内のリチャードにまで、彼が「ははは」と呑気に笑っているのが聞こえた。そんな場合じゃないと言いたいところだが、彼を責められない。ここまでその問題を放置していたのは自分だ。
首を引っ込めたイーディスは、改めて一城の主人となったリチャードを眺めた。
「そうやって着飾ると見違えるな。もう少し背があったら、立派な美男子に見えるぞ」
タイレルにあてられたのか悠長なイーディスに、リチャードは、照れを感じながらもため息をついた。
「イーディス、魔法でなんとかならないのか?」
「ならないよ。女を男にするなんて」
「は?」
「ほんのちょっとの間だけ誤魔化すことはできるかもしれないが、一生は無理だ」
「違う違う、何言ってるんだ!」
リチャードは頭を振って否定した。
「そうじゃなくて、凍った湖を!」
「ああ、そっちか」
と、イーディスは天を仰いで、それから顔の前で手を振った。
「それも無理」
「魔法で氷を溶かせないのか?」
「できないね」
「ちっとも?」
「魔法っていうのは、そういうもんじゃないんだ」
あっさり言い放つイーディスに、リチャードはつい悪態をついた。
「なんだよ。全然なんにもできないんじゃないか」
まるで昔からの友達同士のような軽い言い方に、リチャードは親さえ感じたのだが、言われた方は面白くない。
「言ってろよ。お前の思いもしないようなところで、もう私は力を発揮しているかもしれないんだぞ」
「『かもしれない』って」
「だから言っただろう? 魔法使いの能力は、『何をすべきかはわかっても、なぜすべきかはわからない』。だから神秘的なんだ。私は私の能力に従って、今ここにいる」
リチャードには、まだそれを飲み込むだけの理解力も寛容さもない。魔法使いを頭ごなしに役立たずとまでは思わないが、彼女がどこにどう作用しているのか目に見えない限りは、「力」とやらは信じきれない。
だが、彼女自身についていえば、不思議な共鳴を感じているのは確かだ。それを「力」だというなら、なるほど、自分はもしかしたら、今も魔法にかかっているのかもしれない。
「これから湖に行くんだから、何か直接ヒントが得られるかもしれないぞ」
「対岸も遥か彼方の湖の、一面の氷を、一夜にして溶かすヒント、か……」
ジャナワルの威嚇を遠く感じる。今日の月が登り、沈むまでの間に氷が溶けなければ、『東の鉄壁城』が大水に飲まれる。そんなことが本当に起きるのだろうか。
トントンと、再び扉がノックされ、「なんの話をしてるんだ?」とタイレルの催促する声が飛んでくる。
「いや……」と、返事したイーディスは、リチャードを振り返って嗜めた。「とにかく、湖に行くなら早く手紙を書け!」
リチャードは、弾かれたようにデスクへ向かった。
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