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第4章 オルダニアの春
第13話 再会
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一瞬にして覚醒した四人は、互いに背を預けて一つに固まった。
どのくらい眠ってしまったのだろうか。そして目の前にいる、馬上の連中は何者なのか。
フードの奥の顔は見えないが、いきなり襲いかかってこないということは、盗賊ではないようだ。話し合いの余地がある。そう思ったウォルターは、思い切って粉をかけた。
「あ、あなた方は、どなたですか?」
自分らを囲んだ相手に言うには丁寧すぎるが、向こうもそれで警戒を解いたようだった。
先頭の男が雪に紛れるほど真っ白な馬から降りると、スッとフードに手をかけ、それを外した。
スラリと高い背、寒風になびく黄金の髪、透き通るアイスグリーンの瞳、先のとんがった三角形の耳。
「エ、エルフ!」
アーノルドとルートが同時に声を上げた。
「いかにも」
と、返事をした男の声は、白樺のように凛として、張り上げたわけでもないのに、雪原の向こうにまで届きそうだった。
「私はイシリベール。『白鷹の森』の奥に棲まうエルフ族の代表として、そこにおられるヒルドリア女王をお迎えに上がりました」
「ヒルドリア?」
「女王?」
四人の声が二つに分かれた。
「それが、私の名前……?」
目の前で起きていることが現実に思えない。ヒルダはただ目を丸くして、イシリベールの顔を見ていた。
よく見れば、どうしようもなく懐かしい気がしてくる。
視線を感じて、彼は微笑んだ。
「よくぞ人間族の世界からお戻りになられた。詳しい話は私の兄、あなたの父上からお聞きになるがよい。さあ、エルフの古き友、ギアルヌの青年たちよ。あなた方も馬へ乗って。ロバ殿も。我々はあなた方を歓迎します」
四人ともいきなり殴られたかのような衝撃に混乱しながら、エルフの集団に導かれて雪原を渡った。
距離の計れなかった雪原も、彼らの馬なら一跨ぎのようだった。そして森の中は木々に守られて、心なしか暖かいような気がした。下生えも、霜に覆われてはいない。
「しかしここも、今にも冬に侵略されようとしていました」
と、こちらの心を読んだのか、イシリベールが言った。
「それというのも、我が兄、イシオルドの具合が芳しくなく」
「父が?」
思わず口を挟んでしまったヒルダに、叔父は悲しげな顔を向けた。
深い森の切れ目から眩い光が差し込んできた。一瞬目が眩んだ後に彼らが見たものは、まるで桃源郷だった。
象牙の塔のように白く輝く屋敷が、優美な曲線を作りながら連なり、その背後には滝が落ちていた。行く手の道には北の果てとは思えない七色の花が咲き乱れ、木々が生い茂る。暖かい空気に、馬上のエルフたちはフードを外し、ウォルターたちも外套を脱いだ。
さっそく屋敷に案内されると、待っていたのは大広間での手厚い歓待だった。アルベールとルートは飛びついたが、ヒルダはイシリベールに呼ばれ、父の待つ執務室を訪ねることになった。
「ウォルター……」
と、不安げに振り返ると、ウォルターはイシリベールを見上げ、彼は許可を与えるように一つ頷いた。
回廊は明るく、流れ落ちる清涼な滝の様子が見えた。流れ落ちる水が虹を作り、ついさっきまで雪原を渡ってきたことを忘れさせる。深い森の奥だというのに、どうしてこんなに光が溢れているのだろう。
「春だ……」
と、ウォルターが呟くのを、イシリベールが優しく微笑んで返した。
案内された先も大きな飾り窓から柔らかい明かりがいっぱいに取り込まれていた。一枚岩の縦長の机に揃いの椅子が設えてあり、その奥に、少し離れて一際立派な装飾が施された、背もたれの縦に長い椅子が置かれ、彼は、そこにいた。
ちょうど椅子の後ろにも窓があって、まるで後光がさすように設計されている。しかしそのため部屋に入った時には逆光で、顔ははっきりと見えなかった。
バタンと、ヒルダとウォルターの背中で扉が閉まった。
一瞬の静寂の後、「こちらへ」と呼びかけてきた声は、容態が芳しくないとは思えない若々しいものだった。
怖気づくヒルダの後ろから、ウォルターが促して、二人は歩調を合わせてテーブルの前へ歩みでた。
「もっと、こっちへ」
手が、彼の目の前を指す。
イシリベールはスタスタと兄の横へついた。
ヒルダも、覚悟を決めて足を進める。
そして、彼を見た。
黄金の髪は艶を失い、肌は岩山のようにシワを刻んでいる。しかし目はヒルダと同じく赤い、燃え盛る炎のような色をしていた。
その瞳が、激しく揺れ動いた。
「おお……」と、感嘆と共に、弱々しく両手が差し出される。「娘よ……」
ヒルダは迷わずその手を取った。
「お父さん……!」
何の証明をせずとも、ヒルダにはわかった。彼は父だ。間違いない。『崖の町』で暮らしていた頃の疑問や迷いは一切浮かばなかった。本物だ。心がそう確信するのだ。
「お父さん。ただいま戻りました」
「よく戻った。ヒルダ。ヒルドリア。私の娘。もっとよく顔を見せてくれ」
しかし父の目には涙が溢れ、その姿をはっきりと捉えることはできなかっただろう。
長くこの時を待っていたのは父だけではない。イシリベールも涙していた。ウォルターももらい涙を滲ませている。
どのくらい眠ってしまったのだろうか。そして目の前にいる、馬上の連中は何者なのか。
フードの奥の顔は見えないが、いきなり襲いかかってこないということは、盗賊ではないようだ。話し合いの余地がある。そう思ったウォルターは、思い切って粉をかけた。
「あ、あなた方は、どなたですか?」
自分らを囲んだ相手に言うには丁寧すぎるが、向こうもそれで警戒を解いたようだった。
先頭の男が雪に紛れるほど真っ白な馬から降りると、スッとフードに手をかけ、それを外した。
スラリと高い背、寒風になびく黄金の髪、透き通るアイスグリーンの瞳、先のとんがった三角形の耳。
「エ、エルフ!」
アーノルドとルートが同時に声を上げた。
「いかにも」
と、返事をした男の声は、白樺のように凛として、張り上げたわけでもないのに、雪原の向こうにまで届きそうだった。
「私はイシリベール。『白鷹の森』の奥に棲まうエルフ族の代表として、そこにおられるヒルドリア女王をお迎えに上がりました」
「ヒルドリア?」
「女王?」
四人の声が二つに分かれた。
「それが、私の名前……?」
目の前で起きていることが現実に思えない。ヒルダはただ目を丸くして、イシリベールの顔を見ていた。
よく見れば、どうしようもなく懐かしい気がしてくる。
視線を感じて、彼は微笑んだ。
「よくぞ人間族の世界からお戻りになられた。詳しい話は私の兄、あなたの父上からお聞きになるがよい。さあ、エルフの古き友、ギアルヌの青年たちよ。あなた方も馬へ乗って。ロバ殿も。我々はあなた方を歓迎します」
四人ともいきなり殴られたかのような衝撃に混乱しながら、エルフの集団に導かれて雪原を渡った。
距離の計れなかった雪原も、彼らの馬なら一跨ぎのようだった。そして森の中は木々に守られて、心なしか暖かいような気がした。下生えも、霜に覆われてはいない。
「しかしここも、今にも冬に侵略されようとしていました」
と、こちらの心を読んだのか、イシリベールが言った。
「それというのも、我が兄、イシオルドの具合が芳しくなく」
「父が?」
思わず口を挟んでしまったヒルダに、叔父は悲しげな顔を向けた。
深い森の切れ目から眩い光が差し込んできた。一瞬目が眩んだ後に彼らが見たものは、まるで桃源郷だった。
象牙の塔のように白く輝く屋敷が、優美な曲線を作りながら連なり、その背後には滝が落ちていた。行く手の道には北の果てとは思えない七色の花が咲き乱れ、木々が生い茂る。暖かい空気に、馬上のエルフたちはフードを外し、ウォルターたちも外套を脱いだ。
さっそく屋敷に案内されると、待っていたのは大広間での手厚い歓待だった。アルベールとルートは飛びついたが、ヒルダはイシリベールに呼ばれ、父の待つ執務室を訪ねることになった。
「ウォルター……」
と、不安げに振り返ると、ウォルターはイシリベールを見上げ、彼は許可を与えるように一つ頷いた。
回廊は明るく、流れ落ちる清涼な滝の様子が見えた。流れ落ちる水が虹を作り、ついさっきまで雪原を渡ってきたことを忘れさせる。深い森の奥だというのに、どうしてこんなに光が溢れているのだろう。
「春だ……」
と、ウォルターが呟くのを、イシリベールが優しく微笑んで返した。
案内された先も大きな飾り窓から柔らかい明かりがいっぱいに取り込まれていた。一枚岩の縦長の机に揃いの椅子が設えてあり、その奥に、少し離れて一際立派な装飾が施された、背もたれの縦に長い椅子が置かれ、彼は、そこにいた。
ちょうど椅子の後ろにも窓があって、まるで後光がさすように設計されている。しかしそのため部屋に入った時には逆光で、顔ははっきりと見えなかった。
バタンと、ヒルダとウォルターの背中で扉が閉まった。
一瞬の静寂の後、「こちらへ」と呼びかけてきた声は、容態が芳しくないとは思えない若々しいものだった。
怖気づくヒルダの後ろから、ウォルターが促して、二人は歩調を合わせてテーブルの前へ歩みでた。
「もっと、こっちへ」
手が、彼の目の前を指す。
イシリベールはスタスタと兄の横へついた。
ヒルダも、覚悟を決めて足を進める。
そして、彼を見た。
黄金の髪は艶を失い、肌は岩山のようにシワを刻んでいる。しかし目はヒルダと同じく赤い、燃え盛る炎のような色をしていた。
その瞳が、激しく揺れ動いた。
「おお……」と、感嘆と共に、弱々しく両手が差し出される。「娘よ……」
ヒルダは迷わずその手を取った。
「お父さん……!」
何の証明をせずとも、ヒルダにはわかった。彼は父だ。間違いない。『崖の町』で暮らしていた頃の疑問や迷いは一切浮かばなかった。本物だ。心がそう確信するのだ。
「お父さん。ただいま戻りました」
「よく戻った。ヒルダ。ヒルドリア。私の娘。もっとよく顔を見せてくれ」
しかし父の目には涙が溢れ、その姿をはっきりと捉えることはできなかっただろう。
長くこの時を待っていたのは父だけではない。イシリベールも涙していた。ウォルターももらい涙を滲ませている。
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