4種族9人の主人公の運命が絡み合い、凍える大陸を目覚めさせる!王道ファンタジー『オルダニアの春』

武濤大洋@鴻鵠ブラザーズ

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第5章 囚われた者たち

第2話 奴隷

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 アーロンは手足を拘束されたそいつを左右に振った。

「まず目立った外傷はないかを確認する。手を見せてみろ。そうだ。いいか、爪を見れば健康がわかる。多少汚れているのは仕方ないが、爪が悪い奴はだめだ。それから目。充血や黄ばみはないか。次に舌と歯だ。口を開けろ。嫌な作業だが、必ず確認する。よし。いいぞ。もしも相手が女なら」

 兄が女性の腕を引こうとしたのに対して、ギャランは「ああ」と、口を挟んだ。

「最初から女性を手元に置くつもりはなかったので。働かせるなら男のほうが気楽です」
「そうか? そばに置くなら女のほうが見た目にいいぞ」

 下品な笑いも当然の場所だ。アーロンが周囲をぐるりと見回すから、衛兵も許可を得たとばかりに声を立てて笑った。
 ギャランは愛想笑いを顔の上に置いて、それから奴隷商人を振り返った。

「いくらですか?」
「私が払おう」と、長兄が懐を探った。「これは十六の誕生日祝いだ」
「ではありがたく、兄にはオディを買っていただくとして、それ以外は?」

 虚を突かれた商人の男が、日に焼けてシワだらけの顔をギャランに向けた。

「他とおっしゃいますと?」
「オディ以外の、彼ら全部でいくらだ?」
「全部ですか?」
「全部だ。申し訳ないが何度も同じことを言わせないでほしい」

 十六といえども立派な王子である。商人は恐縮して、すぐに人数を数え始めたが、相場はあっても言い値の商売だ。さっと計算できない。
 その場にいる全員が目を白黒させている間に、ギャランは懐から金貨の入った小袋を差し出した。

「これでどうだ? 数えていいぞ。それに私の馬をつけよう」

 金貨はあらかじめ用意していたのだが、相場から言えば足りない。馬をつけたのは咄嗟の判断だった。
 そこまで言われて、一介の仲買人が王子に値段の交渉をできるはずがない。彼はただ頭を下げるばかりだった。

「しかし、ギャラン様、こんなにたくさんの奴隷をどうされるおつもりですか?」

 それは兄弟も知りたいところだった。下手なことをされて家名を汚されるのだけは勘弁だ。
 ギャランは采配した。

「農園に人手が足りない。彼と彼、あと、えーっと、ここからここまでの人たちは農家へ」と、次々指名する。「こっちの彼は鍛冶屋へ。弟子を取りたい職人がいる。そっちの彼女が妻か恋人だな? 一緒に行きなさい。他の女性と十四歳以下の子は教会へ。他に割り振ってないのは……」

 列に希望の光が灯る。ギャランは残った数人にも行き場をあてて、感謝の言葉を受け取る間もなく、不本意な売買を終わりにした。

 部屋に戻っても、ため息しか出ない。
 しばらくは着替えるのも億劫で、窓辺の椅子にだらりと座っていた。今日の行いが父に知れたらなんと言われるか。正義の行いか、自己愛に溺れた独善か。
 何も考えたくない。

 ドアがノックされ、下男が新しい奴隷を連れてきた。水浴びで汚れを落とし、最低限見栄えのする麻の服に着替えさせられている。
 一人で部屋に置いていかれ、彼は硬直していた。

「オディ」
と、名を呼んでから、ギャランは座り直した。不安や威圧感を与えないように、きちんと背筋を伸ばしながらも向かい合いすぎないように。

「なぜ歩み出た?」

 質問に、色素の薄い瞳が泳ぐ。追い詰めるつもりはなかったが、ギャランも疲れていて、奴隷に気を使うことができなくなっていた。

「後から解放された連中を見て、『しくじった』と思ったか?」

 そんなことはないはずだ。あのとき、彼が安堵の表情を浮かべているのを目の端に捉えていた。
 オディは体の横につけていた拳を軽く握った。

「わ、私の、村は」と、そこで咳払いして言い直す。「私の生まれ育った村は、『木枯らしの岩』という、本当に何もない、岩だらけの場所で、私と両親の家族と、教義の違いで破門になったクルセナ教の神父一家と、訳あってアルバ系の村にいられなくなったもう二家族しかいませんでした。とても小な場所で、毎日祈って、小さな田畑を耕して、山羊と乳牛と羊を飼っていました。私たちはアルバ人ですが、父の父もオルダニアで生まれ、アルバとしての国への思いは薄いのです。だからといって、私がオルダール人であるとは思っていませんが……」

 青年はこわばった唇を必死に動かし続けた。

「私は日々の仕事であちこちの村へ行きます。そこで耳にしたのです。エドワード陛下の三男ギャラン様は素晴らしいお人だと。王族や騎士たちの利益ばかりではなく、庶民の側に立って国を見ることのできる人だと」

 ギャランは椅子から立って窓に寄った。
 命のかかった場面で咄嗟に出た世辞だとしても、これだけ打てるのなら大したものだ。

「こっちへ来て、あれを見ろ」
と、母屋を繋ぐ回廊を指した。

 オディは素直にやってきて首を伸ばした。隣に立つと、頭ひとつギャランより大きい。鍛えれば強くなりそうだ。

「あの下は空洞だ。昔、平民の女に恋をした王が密かに出入りするために作った、秘密の抜け穴がある。多少暗く狭くて苦労するだろうが一本道だ。そこの明かりか庭の松明を取って進めばいい。『竜の大河』のほとりに出る」
「なぜ、そんなことを?」
「さあ、わからん。ただ万が一、生死をかけても逃亡すべき時が来たら使え。奴隷に必要な、最初の知識だと思って覚えておくといい」

 ギャランは、自分でも憎たらしいと思う笑みをオディに向けた。
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