ほら、こんなにも罪深い

スノウ

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ああ、世界はこんなにも

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 私の結婚話にそれなりの猶予があることはわかった。
 でも、それは手放しに喜べることではない。

 私はずっと監視生活が続くということだし、サフィールのほうも魔法学園に入る手立てがないということだ。


「お父様は今どこにいるのかしらね……」

「……」

「サフィール……?」


 サフィールの返事がないことを不思議に思った私は、彼の近くに顔を近づける。


「!!」


 サフィールは苦し気な顔で荒い息を吐いていた。

 もしかして、傷の影響で発熱してる?

 
「……っ」


 私は、サフィールに回復魔法を使わずにいたことを後悔した。

 理屈で考えれば、傷を治さないほうが賢い選択なのだと思う。
 お母様は今のところサフィールを殺す気はないので、傷が癒えないうちは彼を放置してくれるだろうから。

 
 もし傷を治してしまうと、私かサフィールのどちらかが回復魔法を使えることがお母様の中で確定的となる。

 そうなってしまえば、お母様は暴力を振るうことに躊躇がなくなるだろう。
 サフィールは、治ったそばから暴力を受け続けることになる。


「でも……っ」


 サフィールは今私の目の前で苦しんでいる。
 私が冷静に理屈をこねられるのは、自分が暴力を受けていないからだ。痛みを知らないからだ。

 痛くて苦しい思いをしているのは、目の前のサフィールなのだ。私は薄情にも彼に「我慢しろ」と言ったも同然だった。
 
 
「ごめん……ごめんなさい、サフィール……」


 私はサフィールに回復魔法を使うことを決意した。

 身につけていた寝衣をためらいもせずに脱ぎ捨て、ベッドに上がる。そして、苦労しながらサフィールの衣服を脱がす。

 サフィールの傷には間に合わせの包帯が巻かれていた。
 サフィールはお母様の前で気絶したように装っていたというから、この処置はお母様が使用人に命じたのだろう。
 私を追い出す以上、サフィールを死なせるわけにはいかないものね。

 包帯を取ると、下に当てられていた布は血でぐっしょりと濡れていた。

 サフィールはこんな状態で転移魔法を使ったの?無茶が過ぎるわ。

 ……ううん。サフィールは私に助けを求めて転移したんだ。それを私は──

 ──やめよう。反省はサフィールを助けてからだ。今は一刻も早く回復魔法を使うのが先だろう。

 サフィールの傷に当てられていた布を取ると、痛ましい傷があらわになる。
 

「……っ」


 サフィールの背中は、傷がないところを探すのが困難なほどに、ぐちゃぐちゃに痛めつけられていた。
 

「お母様……なんてことを──」


 私は溢れ出しそうな激情をこらえ、サフィールの背中に覆い被さった。できるだけ体重をかけないように注意する。
 傷がこすれたのか、サフィールが苦し気にうめく。


「うう……」

「サフィール、ごめんね。すぐ治すからね」


 私の声がサフィールに届いているのかは怪しいが、声をかけずにはいられなかった。

 私は意識を集中し、回復魔法を詠唱する。


『慈愛の女神ネーリエよ。我の魔力と真なる祈りを以て、かの者の傷を癒したまえ』


 回復魔法を乗せた私の魔力が、少しずつサフィールの中に入っていく。

 今回はサフィールの傷が塞がっていないからか、私の魔力が傷口からダイレクトに染み渡っていくような手応えを感じた。これが『感応型』の能力なのだろう。

 私の魔力がサフィールに染み渡り、ひとつになったような一体感を感じる。
 ああ、心地がいい。
 以前よりも強い一体感を感じる。
 まるで、はじめからひとつの個体だったかのような自然さだ。

 私はサフィールの中で溶けてしまったのかしら。……それもいいわね。





 やがて、水中から浮上するような感覚のあと、私は正気を取り戻した。急いでサフィールの容態を確認する。


「──よかった。ほとんど治ってる」


 うっすらと傷が残ってはいるが、ほぼ完治したと言っていいと思う。これなら痛みも感じないだろう。

 回復魔法の上達を実感する。『感応型』は傷口が塞がっていないほうが治しやすい性質なのだろうか。


「……」


 これを見たお母様はどう思うかしらね。
 私は部屋に閉じ込められているから、傷を治したのはサフィールの能力だと思うかしら。
 どちらにせよ、あとはお母様次第だろう。

 私は考えを打ち切り、サフィールの背中から身体を起こした。
 その瞬間、貧血に似た症状が私を襲う。


「……魔力切れね」


 私は残りわずかな魔力で身体やシーツについた血をきれいにすると、力尽きるようにサフィールの横に倒れ伏す。そのまま意識が薄れていった。





  ◇ サフィールside ◇


 夢をみていた。
 あたたかなぬくもりに抱かれる夢を。

 次第にぬくもりが離れていき、僕はそれを追いかけようと手を伸ばした。
 そこで目が覚めた。


「ここは──」


 月明かりが差し込む室内で、僕は急いで自分の状況を思い出そうとする。
 ここは見慣れた自室ではない。姉さんの部屋、それもベッドの上だ。

 ──そうだ、思い出した。

 僕は姉さんの部屋に転移したが、話の途中でだんだんと意識が曖昧になっていったはず。どうやら僕はそのまま気を失っていたようだ。

 おそらく、出血が多かったのと発熱が原因だろう。

 しかし、今は背中の痛みが嘘のように消えている。まだ少しだるさは残るが、それもじきにおさまるだろう。
 

「姉さん、回復魔法を使ってくれたんだ……」


 姉さんは僕がこれ以上痛めつけられるのを心配し、回復魔法を使うことを躊躇しているようだった。
 しかし、目の前で苦しむ僕を見ていられず、結局は魔法を使うことにしたのだろう。


「ふ、姉さんらしい」


 姉さんは自分を性悪令嬢と蔑むが、実際はかなりのお人好しだと思う。以前は本当に姉さんを性悪だと思っていた時期もあったが、ある日を境に姉さんは変わった。

 今は、以前とは別人のような言動をみせ、僕を助けることでいつも頭がいっぱいの様子だ。
 
 そんな姉さんを、いつしか僕は慕うようになっていった。


「……」


 状況確認のためにあたりを見回せば、僕の隣には裸の姉さんが寝ていた。いや、おそらく魔力が枯渇して気絶しているのだろう。

 あたりに血の痕跡がないことを考えると、後始末もすべて姉さんがしてくれたようだ。


「まったく……魔力が少ないのに無茶をする」


 僕は腕を動かし、姉さんの顔にかかる髪を自分の指で優しく払いのけた。


「ううん……」


 姉さんはくすぐったかったのか、むずがるような反応をみせた。自分の口元に自然と笑みが浮かぶ。

 僕は姉さんの寝顔を眺めながら、今後について考える。

 僕の傷が治っていることは、いずれ使用人からあの女に伝わるだろう。姉さんが自室に閉じ込められている以上、傷を治したのは僕の能力だと考えるに違いない。

 ……まあ、それはいい。
 僕があの女から暴力を受ける頻度が上がるだけだ。僕が耐えれば済むこと。何も問題はない。

 しかし、姉さんの結婚話についてはどうにかする必要がある。

 あの女のことだ。良縁など探してくるわけがない。姉さんは売られるようにして嫁に出されることだろう。

 最終決定権はエルドリッジ伯にあるとはいえ、断れない段階にまで話が進んでしまえば手遅れになる。


「僕が動くしかないな……」


 姉さんをろくでもない男に嫁がせるつもりはない。彼女には、ずっと僕のそばにいてほしい。

 僕は、姉さんのくちびるにそっと指を這わせた。


「ルディア……」


 僕と姉さんの影が重なる。

 哀れな僕達を、天上の月だけが静かに見下ろしていた。





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