ほら、こんなにも罪深い

スノウ

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ほら、こんなにも罪深い




「……姉さんはあの女を生かしたいですか?」

「サフィール……?」


 ……妙な言い回しをするわね。

 普通は『あの女に生きていてほしいですか』ではないだろうか。これではまるで、私達がお母様の生死を決められるかのようではないか。
 私達は神ではないというのに。

 でも、お母様に生きていてほしいかと言われれば、即答は難しいかもしれない。


「……お母様のした事を思えば、生きていてほしいとはとても言えないわね」

「……」

「でも、今にも死にそうなお母様を見ていると、どうしても心がざわつくの。これが『親子の情』だというなら、これほどままならないものはないわね」

「……」


 サフィールは何も言わない。
 私は少し考えたあと、さらに言葉を続ける。


「……やっぱり私はしばらくここに残るわ。サフィールも私と一緒に行くなんて言わず、代官に仕事を教わったほうが有意義だと思うわよ」

「……」

「せっかく自由になれたんだもの。あなたを虐げていた私と一緒に行動する必要なんてないでしょう?」

「……どうして?」

「どうしてって…私は何の罪もないあなたにひどいことをした女よ。自由になれたなら、私なんかと関わりたくはないでしょう」

「何の罪もない……?ははっ」

「……サフィール……?」


 サフィールは無言で椅子から立ち上がり、ベッドに座る私のほうへと近づいた。私はただ呆然とそれを見ている。

 サフィールはそのまま私をベッドに押し倒し、自分もベッドに乗り上げてくる。

 私達は至近距離で見つめあった。


「僕はね、とっくに罪を犯しているんですよ。それを今から教えて差しあげます」

「……」


 私はサフィールの変貌ぶりに気圧され、ただ彼の言葉を聞くことしかできないでいる。

 サフィールはそんな私をあざ笑うかのように、秘めていた真実を私に語った。


「僕が使える魔法は、転移魔法だけではないんですよ。本当はね、毒魔法も使えるんです」

「毒……魔法……」


 聞いたことのない魔法だ。
 名称通りであれば、自由に毒を生み出す魔法だろうか。


「毎日毎日虐げられていた僕は、あなた達に強い憎しみを抱いていた。そんな中で発現したのがこの『毒魔法』です」

「……」

「僕は喜び、早速ふたりに魔法を使おうと思いました。でも、あなた方が不審な死に方をすれば、僕が疑われるのは避けられない」

「私達を殺すだけの……動機があるから……?」

「そうです。だから、僕は機会を待ちました。毒魔法を使ってもバレないような機会を」

「……」

「そんな時、噂を耳にしたんです。流行り病の噂を」

「っ、まさか──」

「そうです。姉さんの病気は流行り病などではなかったんです。流行り病の症状に似せた、僕の毒魔法だったんですよ」

「……っ」

「僕は、あなたを殺そうとしたんですよ。姉さん」

「あ……あああ……っ」


 頭がうまく働かない。いいえ、違う。
 理解したくないんだ。この事実を。

 呼吸が浅くなる。息がうまく吸えない。
 私は、サフィールに───

 
「苦しみ抜いて死ぬ毒をイメージしたはずなんですが、姉さんは死にませんでした。次に会った時、まるで別人になったかのように態度が変わっていたことには驚きましたが」

「……っ」


 違うよ、サフィール。
 死ななかったんじゃない。死んだんだ。
 きっと以前のルディアは、あの日、あなたの毒で死んだのよ。

 だから、前世の……私の人格が表れた。
 私の中にルディアとしての人格が見当たらないのは、ルディアがすでに死んでいるからだったのね。

 サフィールのターゲットだったルディアが死んだことで、体内の毒は消滅したのかもしれない。毒とはいえ、魔法で生み出されたものだから。

 ああ、苦しい。胸が引き裂かれそう。
 この気持ちは何?
 悲しみ?怒り?それとも絶望?

 
「……これでわかったでしょう?僕は、何の罪もないきれいな人間なんかじゃない。こんなにも罪深い人間なんです」

「サ……フィール……」


 サフィールが私の目元を拭った。
 私は泣いていたらしい。

 私はビクリと肩を揺らす。無意識だった。

 サフィールはそんな私を見て、目元を拭っていた指を私から遠ざける。傷ついたような彼の瞳と目が合った。
 私の中に、言葉にできない感情が湧きあがる。


「……っ」


 私は考えるより先に手が動き、サフィールの身体を引き寄せる。そのまま彼にすがりつくかのように、彼の身体を抱き締めた。
 自分が何故こんな行動を取ったのかはわからない。
 ただ、自分の中の激情を抑えるには、こうするしか方法がなかったのだ。


「う……グス、ひっく」

「……姉さん……」


 サフィールは、私に体重がかからないように配慮しながら私を抱き締め返してくれた。

 しばらく、無言で抱き締め合う。
 痛くて、苦しくて、なのにあたたかい。
 そんな抱擁だった。


 私の涙が落ち着いた頃、サフィールがゆっくりと身体を離し、ポツリとつぶやく。


「姉さんが罪深いというなら、僕だって相当なものです。あなた自身が思うほど、あなたはひどい人間ではない。僕はそれを伝えたかったんです」

「……そのために、隠していた秘密を打ち明けてくれたの?」

「はい。……姉さんに軽蔑されることも覚悟していましたが──」

「私がサフィールを軽蔑することなんて絶対にないわ。そもそも私の命を狙ったのだって、自分の身を守るためじゃない。悪いのは私よ」

「姉さんはそう言ってくれるんですね。でも、そうやって何でも自分のせいにするのはやめてください。いつか背負いきれなくなりますよ」

「でも……サフィールの件は本当に私のせいで──」

「それでもです。あなたは全てを背負いきれるほど強くはありません。僕の罪まで背負おうとしないで」

「……私、そんなに弱い?」

「はい。よわよわです」

「よわよわ……」


 ヨボヨボみたいに言わないでほしい。

 ──でも、そうか。
 私、もっと強くならなければいけないのね。今のままでは、サフィールのすべてを受け止めることはできないみたい。

 私は、変わらなければ。


 今後のことが頭をよぎり、連鎖的にお母様のことが思い浮かぶ。
 そこで私は、考えたくもない可能性に思い当たってしまう。

 流行り病、毒……まさか──


「……サフィール、お母様の流行り病は──」

「ええ、僕の毒が原因です」


 サフィールは事も無げにそう言った。
 私の時と違い、罪の意識も感じられない。

 ……お母様はサフィールを虐待してきた加害者だもの。同じく加害者の私がサフィールを責めることはできないわ。でも──


「……お母様は、もう助からないの?」

「逆に聞きたいくらいですよ。何故あの女を助ける必要があるのかと」

「……っ」

「僕が動いたのは、自分の恨みを晴らすためじゃありませんよ。そうしないと姉さんが変態に売られるところだったからです」

「あ……」


 ──そうだ。
 お母様はお父様の印章を複製し、私を売り渡す契約を勝手に交わしていたんだった。
 
 もしお母様が流行り病で倒れていなければ、近いうちに私は変態のもとに嫁がされていたことだろう。

 今回お父様が帰ってきたのもお母様が倒れたからだし、本来であればお父様はここにいなかったことになる。
 つまり、お父様の助けは期待できない状況だったということだ。


「偶然流行り病が重なってくれて良かったですよ。そうでなければ、僕か姉さんが疑われる可能性がありましたから」

「……」


 サフィールは私のために動いてくれた。
 彼に感謝を伝えることはあっても、その罪を責めることはできない。私にはその資格がない。

 私は…どうしたら──


「……ねえ、サフィール。私を助けるためだと言うなら、もう十分ではないかしら。お父様は帰ってきたし、私の結婚は白紙になったもの」

「……」
 
「サフィール……」


 途中で心を入れ替えた私とは違い、お母様は最後までお母様のままだった。サフィールにとってみれば、お母様を赦す理由がひとつもないのだろう。





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