きっと幸せな異世界生活

スノウ

文字の大きさ
4 / 21
初めての異世界

私は人族です

しおりを挟む

 「《浄化の光》!!」


 私が言い終えた瞬間、鏡台の周りを淡い光が薄っすらと覆った。

 それはわずか数秒のことで、光が消え去ったあとには埃ひとつない鏡台が鎮座していた。 

 年代を感じさせるアンティーク調の趣はそのままに、職人が丁寧に磨き上げたかのように隅々まで本来のツヤと木目の美しさを取り戻している。

 うん、これは凄い魔法だ。

 勢いづいた私はついでにずっと気になっていた床をきれいにすることにした。

 気づいている人もいるかもしれないけれど、今の私、裸足なんだよね。…………この分厚い埃の積もった床の上で。

 私は無言のまま床に視線を落とし、「床の埃を取り去る」「ついでに足の裏を含めた私の体もきれいにする」と念じながら魔法を発動した。


「!!んん!?……わ、凄い」


 床から埃が消え去り、下に隠れていたベージュの絨毯が姿を現していた。
 ペルシャ絨毯みたいに芸術的で繊細な模様が丁寧に織られていて、見る者の目を楽しませてくれる。

 そのことも十分凄いのだが、私が驚いたのは自分の体の変化に対してだ。

 おそらく病み上がりだったであろう私は、あまり言いたくはないが体が汗でベトベトだった。

 それが呪文ひとつで髪も肌も入浴後のようにしっとりすべすべの手触りになるなんて。
 …それだけではない。
 おそらく身につけている衣服もきれいになっていると思う。
 汗を吸ってかなりベタついていたはずだったが、洗濯して乾かした後のような清潔さだ。

 …無意識にベタついた服もなんとかしたいって考えてたのかな……

 なんだか気分までスッキリしたように感じる。

 確かゼスさんの説明では《浄化の光》を自分に使った場合、汚れ以外にも体内や体の表面についた有害なものを浄化して消し去る……だったかな。

 ……有害なものってなんだろう。毒?毒キノコを食べたり毒ヘビに噛まれたりしてもこの魔法があれば助かるってことかな。
 …あとは毒を盛られた場合とか。

 それ以外に思いつくのは病原菌とかウイルスとか?
 体内に巣食った病巣とかも摘出しなくても浄化して消し去れるってこと?

 そうだとしたら、この世界の人間…人族は余程のことがない限り病気にはならないし、たとえ病に罹っても浄化をすれば即座に快復できるってことになる。

 私が感じているこのスッキリ感は汗のベタつきがなくなったからだけではなく、体内のウイルスや病原菌が浄化されたことによるものかもしれない。

 ………これはヒトが与えられるには過分な加護なのではないだろうか。
 私が地球の価値観を引きずり過ぎているのだろうか。

 私はゼスさんに訊ねた。


「この世界の人族は滅多に病気に罹らないのですか?」

「ん?……その言い方から察するに、カノンがいた世界では病気に罹るのは珍しくない事のようだな。……まぁ大凡は君が想像している通りだ。すべての人族は《浄化の光》が使える。《浄化の光》を常用する人族達はまず病気には罹らない。人族よりも頑強な我々魔族の方が病に罹る確率は遥かに高いだろう。」


 そう言って皮肉げに笑ったゼスさんはその後真面目な表情になり、こう言った。


「《浄化の光》が使えたな。やはりカノンは人族で間違いないようだ」

「はい。私は人族です」


 大真面目に答える私。

 でも、人族…人間であることはお互い薄々分かってたよね。

 魔族特有だという紅い魔眼も無いし、変な角とか尻尾とかも生えてない。
 だからこれはお互いが納得するための事実確認だ。


 それから私は看病してもらったことへのお礼や客人として迎えてもらえたことがどんなに有り難かったかなど、色々話し込んでいるうちに窓の外が薄暗くなってきた。


「もう日暮れ時か。人族は何か腹に入れねば活動できぬのだったな。ふむ、何か食材があったかな。少し見てこよう」

「!?」


 え、今なんと?

 今のゼスさんの言い方だと、魔族は何も食べなくても活動できるみたいじゃないですか。

 食材を探しに今にも扉から出ていきそうなゼスさんの背中に声をかける。


「あ、あの……魔族は食事…………」

 なんだか混乱してちゃんとした言葉にならないよ。

「食事?ああ、心配せずとも良い。確かに魔族は人族のように食事でエネルギーを補給したりしない。だがカノンが床(とこ)に伏している間に馴染みの行商が商いに訪れてな」

 その行商人に頼んで人族が食べる食材などを見繕ってもらい、若い娘が身につける衣服や靴なども買い求めたという。
 「そうだ、靴も買っていたな」とベッド下にひっそりと置かれていた靴を渡される。
 私が履いていたブーツはボロボロだったので処分したそうだ。

 ゼスさんの足もとを見る。
 うん、靴を履いている。
 この世界は土足の文化が主流なのか。

 靴のサイズは偶然にもピッタリだった。

 でも日本人だった私は部屋の中で土足というのがどうにも不衛生な気が…………と思いかけたが、これも《浄化の光》があれば解決することに気づく。

 そう、どんなに雨に濡れてビショビショだったり泥だらけの靴でも《浄化の光》を使えば汚れひとつない状態になるのだから。
 これなら土足の文化が人々の間で定着するわけである。

 何だか《浄化の光》が万能過ぎて怖い。これに慣れたら前の生活に戻れなくなりそうだ。

 それにしても私の靴や着替えなどを購入した時点では私はゼスさんにとって不審者でしかなかったはず。
 それなのにここまで細かく気を配ってくれていたなんて。

 ゼスさんは私の返答次第では殺していたと言っていたけれど、そうは思えなくなってきた。

 もし彼が私を信用の置けない人物だと判断していた場合でも、「次に会ったら殺す」とか言って脅した上で開放してくれたのでは、と思う。……私の想像でしかないのだが。

 ゼスさんの行動は彼の優しい内面を表しているようで、何だか心が温かくなった。
 
 話は逸れたが、結局ゼスさんは食事をしないらしい。
 ならばどうやって生命活動を維持しているのだろう。知りたい。


「魔族は何をエネルギー源にしているのですか?」

「魔素だ。分かるか?大気中に含まれる魔法の源だ。我々魔族や魔獣は人族とはまったく異なった体のつくりをしている。魔族である私は魔素を取り込むことで消費したエネルギーが補充されるのだ」


 かといって人族のような食事ができないわけではないらしい。
 現にこれまでも行商から紅茶の茶葉や茶菓子などを購入し、よく嗜んでいたそうだ。
 食べなくても死なないのが人族との違いだ。

 私はまじまじとゼスさんの姿を見つめた。
 
 なんというか……ファンタジーだな、と思う。

 体が魔素を吸収することで、人族のような食事を必要としない。
 魔眼で嘘や悪意を見破る。
 人族より体が丈夫……でも病気には罹るらしい。

 そしてスルーしたけど魔獣も存在するらしい。もう頭がパンパンです。情報過多。


 魔獣というワードをスルーした私は気を取り直し、食材庫へ向かうゼスさんに同行を願い出た。

 理由はいくつかある。

 先ず、食事を必要としているのが私自身であること。

 次に、<食材>という言い方からして調理が必要である可能性が高く、食事が必要な張本人が作るのが筋だろう、という理由。
 私は料理が得意と言える程の腕前ではないので、できればそのまま食べられるパンやフルーツなどがあってくれればと思う。

 最後に、これからお世話になるこの家?お屋敷?を自分の目で見てみたいから、という理由だ。


 特に同行を断られることもなく一緒に部屋を出る。

 食材庫まではそこそこ距離があった。
 そこに辿り着くまでに部屋の扉をいくつも通り過ぎた。

 なのに、誰ともすれ違わない。

 部屋の扉の前を通り過ぎる時も生活音が聞こえなかった。

 メイドさんみたいな人を雇っていないのだろうか?
 結構な規模のお屋敷で?家族もいないのかな。

 少し訊くのを躊躇ったが、結局質問した。


「このお屋敷に住んでいるのはゼスさんだけなのですか?」

 特に気にした素振りもなくゼスさんが答えた。

「ああ、その通りだ。屋敷の裏に馬が一頭いるが、同居人という意味ではいないな。人を雇おうにも魔族と人族は敵対しているから余程の物好きでないとここへは来ないだろう。使用人を募集して、もしやって来るとしたら偵察か諜報目的での工作員だろうな」

 魔眼があれば直ぐ見破れるがな。と不敵に笑うゼスさん。

「魔族の使用人は雇わないのですか?」

 ゼスさんは私の質問に意表を突かれたような顔になり、「そうか、カノンは何も知らないのだったな」と言って言葉を続けた。


「魔族は現在この世界に5人しかいない」


 え………たった5人!?








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

うり坊、浄化で少女になった

秋の叶
ファンタジー
山の中、餌を求めて歩いていた猪親子が罠にはまる。 唯一助かったうり坊が走った先で浄化の魔道具に触れ、人間の少女になった。 衣服が無いピンチ状態から少女の日常が始まる。 「召喚されたけれど、夫を捜しに出奔します」の20年後の話になりますが、前作を読んでいなくても問題ありません。  読んでくださる方に感謝を。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。 黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。 私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと! 薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。 そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。 目指すは平和で平凡なハッピーライフ! 連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。 この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。 *他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】

リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。 これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。 ※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。 ※同性愛表現があります。

処理中です...