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穏やかに過ぎる時間
お屋敷の外
しおりを挟むトマスさんがこのお屋敷を訪れてから数日が経った。
今日はゼスさんに以前お誘いしてもらった馬とのふれあいを実行する日である。
誘われた日から何故こんなにも日が空いたのかといえば、私の寒がりが原因といえる。
以前、何かのきっかけで私が寒さに弱いことを知ったゼスさんが、「外に出るのは私の防寒着を買ってからにしよう」と言ったのだ。
風魔法で暖かい空気を生み出してもらえば良いように思うが、屋外、しかも私があちこち動き回ることが想定されるため、その方法をとるのは難しいとのこと。
私も急ぐ理由もないことからそれを承諾し、先日やってきたトマスさんからコートを購入できたことで、漸く話しが進んだというわけである。
「カノン、寒くないか?」
「大丈夫ですよ、ゼスさん。コートの下に重ね着しているおかげか、想像していたより寒くありません」
ゼスさんの気遣いがうれしい。
でも、本当に思っていたより寒くなかったよ。
今日はあまり風が吹いていないからだろうか。
ゼスさんの説明では、この周辺の地域は滅多に雪が降らないそうで、寒ささえ対策できれば屋外でも比較的過ごしやすい土地のようだ。
この地域が豪雪地帯じゃなくて本当に良かったと思う。
寒さの問題だけではなく、荷馬車で行商をしているトマスさんも、雪に阻まれてここまで辿り着くことはできないだろう。
そうなっていれば、食べる物を得られない私は餓死していたかもしれない。
そう考えると、ここで野菜を栽培することはかなり重要な意味を持つのかもしれない。
手元にあるのは大根と人参の種だけだが、これらが育てばトマスさんに頼り切った手段でしか食糧を得られない今の状態から抜け出せるかも。
……まぁ、この種もトマスさんから購入するしか手に入れる手段が無いのだけれど。
春になれば、川で魚を釣ったり獣を狩ったりできるかな。
……私が狩りを成功させるイメージが全く湧かないのだが。
ゼスさんの案内でお屋敷の裏手に回り、厩舎へと辿り着く。
途中、物珍しさもあり周囲をキョロキョロと観察しながら歩いた。
このお屋敷の周囲は拓けた場所のようだが、さらに向こう側は森が広がっている。
ここは森の深い場所だというから、上空から見れば、鬱蒼とした広大な森の中でこの周辺だけがぽっかりと空いているように見えるのだろう。
「着いたぞ。この中だ」
ゼスさんに続いて厩舎の中に足を踏み入れる。
「わぁ………っ、かわいい」
私達に気づいて近寄ってきた黒馬はかなりの大きさで、間近で見ると迫力があったが、穏やかそうなつぶらな瞳を見れば恐怖心など引っ込んだ。
「名前は『ポル』だ。大人しい性格なので、あまり大きな声で話しかけないよう注意して欲しい。ゆっくり近づいて、首のあたりを撫でてやると喜ぶ」
『ポル』……。魔族の言葉で『しっぽ』という意味ですね。
なかなか個性的な名付けだな。
『しっぽちゃん』か……。
何だか響きがかわいいね。
ゼスさんの注意に従い、驚かせないように優しく声をかけながらゆっくり近づき、恐る恐る首のあたりを撫でてみる。
「ブルルッ」
「気持ち良さそうにしているな。ふむ、ポルも君のことを気に入ったようだ。実は今から少し走らせようかと思っていたのだが、カノンも一緒にどうだ?」
「え?」
私も一緒に?
走らせるってポルをだよね。
本来であればゼスさん一人がポルに乗る予定だったところを私と一緒に相乗りするということ?
乗りたい!と言おうとして、慌てて口を閉じる。
いや、やめておこう。
私、乗馬経験なんてないよ。
それに、普段はゼスさん一人しか乗せていないんだよ?
二人乗りなんて、ポルに負担がかかり過ぎるよ。
そう思い、口を開こうとするのをゼスさんにやんわり止められる。
その顔は何故が優しげだ。
「ポルの負担を心配しているのか?カノンは優しいな。だが案ずることはないぞ。ポルは頑丈で力強い。しかし少しばかり運動不足なのだ。カノンもポルの運動に付き合ってはくれないか?」
こうまで言われては断る理由もない。私は笑顔で頷いた。
さて、先ずは厩舎の外に移動してポルを走らせる準備をする。
ゼスさんがポルに馬具を装着する。
そして、鐙に足をかけるとひらりと体を持ち上げ、鞍に跨がる。
その後、後方に体をずらして私のスペースを空けた。
鞍は一人用なので、私が占領することになる。申し訳ない。
そして、最後に私を引き上げてもらって準備完了である。
「高い………っ、いや大丈夫、大丈夫」
「カノン、前かがみになりすぎている。姿勢を正せ。……そう、その調子だ」
しばらくゼスさんの指導を受け、何とか様になってきた。
その辺をゆっくり歩いたが、これくらいの速さならゼスさんと会話できるくらいの余裕もある。
余裕が出てくると、余計な考えまで頭に浮かんでくる。
そういえば今の体勢って、後ろから抱きしめられているみたいな体勢だな。
日本の女の子ならキャーキャー言いながらときめく場面だよね。
残念ながら倉本カノンだった時は彼氏ができたことなど一度もなく、少女マンガみたいなイベントも体験したことがなかったので、この状況に妙な感動を覚える。
しかし、ドキドキはしていない。
どちらかというと、勝手に抱きしめられているなんて考えてしまったことへの申し訳なさを感じている。
「ゼスさん、ごめんなさい」と心の中で謝った。
「さて、そろそろ走らせようと思うが、カノンは行きたい場所はあるか?」
ゼスさんの声で頭を切り替えた私は、行きたい場所について考える。
考えるが、そもそも私が知っている場所なんてほとんど無い。
あるとすれば───
私はある場所へ向かうことを提案した。
「うーん………覚えがあるような、ないような………」
「私が初めてカノンと出逢った場所から推測すると、おそらくこの場所で間違いないだろう」
ポルに乗って森を移動して辿り着いたのは、私がこの世界で最初に目覚めた場所である。
そのはずなのだが、当時の私が極限状態だったために周りを冷静に観察する余裕などなく、ここがはじまりの場所だったのか確信が持てない。
ここは、森の浅い場所なのだが、最寄りの街から離れており、進入しづらい場所のため、浅い場所でありながらも人族の姿を見ることはほとんどないという。
ここから森の奥へ向かって少し歩き、魔獣と魔族の領域へ入った辺りでゼスさんと出逢ったようだ。
私の感覚では、かなりの距離を歩いたように感じていたのだが、実際はそう長い距離ではなかった。
朦朧とした意識で彷徨っていたので、歩みも遅かったのだろう。
無言のまま川のほとりまで歩き、川の上流を見上げる。
ゼスさんはポルの手綱を引いて後ろからついてきて、ついでにポルに水を飲ませている。
「この川の上流に人族の街はありますか?」
「ああ。かなり上流まで行くと、ルグルーダという街がある。この辺りの街を含めた西方一帯を治めるシュテルザームという国の首都だ。」
「……その街以外にはこの川は接していないんですね?」
「ああ、そのはずだ」
ゼスさんの返答を受け、しばし考えを巡らせる。
この体の私はルグルーダという街に住んでいたのだろうか。
そして、うっかり足を滑らせて川に転落し、仮死状態で流された。
そういうことなのだろうか。
………正直な話、よくあの程度の傷で済んだな、と思う。
途中で何かに引っかかったりぶつかったりしていたら、私の魂が入る前に肉体が死を迎えていただろう。
……それにしても、ルグルーダかぁ………。
そこへ行けば私のこの世界の両親に会えるのかな。
会えたとして、両親の記憶を一切持たない私には、どんな顔をして会えばいいのか分からないよ。
……それでもきっと、いつか過去と向き合わざるを得ない時がくるのだろう。
私はゼスさんに連れてきてくれた礼を言い、少し休憩してからポルに乗せてもらってお屋敷へと戻った。
頑張ってくれたポルには、お礼に《浄化の光》で体をきれいにし、《恵みの水》を飲ませて疲労を回復させた。
今後も機会があればお世話を手伝おうと思う。
ポルを撫でていると癒やされる。
そして、忘れないうちに畑作りをし、種も撒いた。
日本の農家の方が見れば「畑をなめてるのか」と言って激昂しそうな、素人丸出しの畑作り。
「《恵みの水》を撒けば元気に育つ」と豪語したトマスさんを信じるしかない。
……今日は初めてお屋敷の外に出たから疲れたなぁ。今夜はぐっすり眠れそうだ。
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