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波乱の王立学園
リリー様、動く
しおりを挟むそれからしばらくは何事もなく日々が過ぎた。
しかし、卒業があと2ヶ月に迫った頃、事態は動き出した。
事の発端はアルフレッド様だ。
リリー様との結婚を夢見るアルフレッド様は、卒業パーティーをリリー様をパートナーにして出席するべく、国王陛下と王妃陛下にリリー様との婚約を願い出た。
結果はお察しの通りだ。
あんなろくでもない男でも王子は王子。
男爵令嬢であるリリー様とは家格が違いすぎて、婚約者としては選択肢にも入らないのだ。
前回の人生でリリー様が王太子だったアルフレッド様と婚約できたのは、リリー様が癒しの聖女だったからに他ならない。
まあ、わたくしは未だに癒しの聖女が何なのかわかっていないのだけどね。王家の秘匿事項なのかしら。
どうしても婚約したいなら王族をやめろと言われたが、アルフレッド様はこれを拒否。
王城を出て、聞き分けのない子どものように癇癪を起こしていたところ、一緒に居たリリー様がとんでもないことを言い出したという。
『ジゼット様の協力があればわたくしは聖女になれます。そうなればわたくし達の結婚を反対されることはありません。どうかわたくしをジゼット様に会わせてください』と。
「それで、アルフレッド様はわたくしをリリー様に会わせようとしていたのですね」
「その通りです。兄上とリリー嬢の会話は私が実際に耳にしたことですから間違いありませんよ」
「そうですのね……」
最近、毎日のようにアルフレッド様が教室にやってくるようになった。
授業を受けるためではない。わたくしに用があるからだ。
アルフレッド様はなぜかわたくしをリリー様に会わせようとしており、わたくしはなんとか理由をつけてこれを回避していた。
アルフレッド様が突然このような行動を取る理由がわからず途方に暮れていたところ、コーネリアス様が王城での婚約騒ぎについて話してくれたというわけだ。
コーネリアス様の話を聞いたことで、アルフレッド様の突然の奇行については理由がわかった。
すべてはリリー様の差し金だったわけだ。
リリー様は聖女になることをまだ諦めていなかったようだ。
そして、聖女になるためにはわたくしに階段から突き落としてもらわなければならないと本気で考えている。もはや狂気に近い。
わたくしがリリー様に会えば、なし崩し的に階段へと連れていかれることだろう。
リリー様の話が本当であれば、彼女はそれで聖女とやらになれるはずだが、聖女を階段から突き落としたわたくしは、またしても聖女殺人未遂の罪で断罪されることになる。
それがわかっているからこそ、わたくしは絶対にリリー様に会うわけにはいかないのよ!
わたくしの目の前で心配そうな顔をしているコーネリアス様を見つめる。
彼はリリー様の妄言をその耳で聞いたのよね。聖女という聞き慣れない言葉に何も疑問を感じなかったのかしら。
もしかして、コーネリアス様は聖女がどういった存在か知っている?
「あの、コーネリアス様」
「なんだい、ジゼット嬢」
「聖女、とはいったい何なのですか?」
わたくしの質問に、コーネリアス様は一瞬『失敗した』という表情を浮かべた。やはりこれは王家の秘密だったのかしら。
コーネリアス様はすぐに表情を取り繕い、『これから話すことは他言無用』と前置きした上で聖女について説明してくれた。
「これは王家に残る言い伝えでね。『心清らかなる乙女が生命の危機に陥るとき、その身に眠る癒しの力覚醒し、乙女は聖女として目覚めるであろう』という一文が残っているんだよ」
「心清らかなる乙女……」
「はは、笑うしかないよね。リリー嬢が心清らかなる乙女であるはずがないよ」
「聖女が覚醒した場合、どうなるのですか?」
「ん?……そうだね。万が一聖女が覚醒したならば、その地位は国王陛下に並ぶとされているね。なにせ、あらゆる病気や怪我を癒す奇跡の女性だそうだから」
「それは……」
「ね。眉唾ものの言い伝えだよ。私は最初から信じていない。リリー嬢がどこで聖女の話を知ったかは気になるけれど、聖女を騙るつもりであれば厳しい処罰が待っているはずさ」
「そう、ですか……」
「兄上がしつこいようなら私に頼るといいよ。兄上は私が苦手だから」
「少し、ひとりで考えてみますわ」
「そうかい?あまり思い詰めてはいけないよ」
「はい。お心遣い痛み入ります」
わたくしはコーネリアス様との会話を終わらせ、教室のいつもの席に着いた。そして、これからの自分の行動について考える。
コーネリアス様は信じていないようだったが、聖女は確かに存在する。いや、存在した。
前回のリリー様は確かに聖女と呼ばれていたのだ。それはつまり、癒しの力が発現したということなのだろう。
『心清らかなる乙女が生命の危機に陥るとき』という一文にある通り、前回のリリー様はわたくしに階段から突き落とされたことで生命の危機に陥り、それによって聖女として覚醒したのだと思われる。
リリー様に前回の記憶があるとすれば、同じことをすれば聖女になれると思い込むのも無理はないのかもしれない。
「でも……」
おそらく、今回のリリー様には聖女の資格はないと思う。最初の一節からして彼女には当てはまらないのだから。
今のリリー様は心が清いとは到底思えないし、多分もう乙女ではないと思う。
今回の彼女の性格が何故これほどまで違うのかはわからないけれど、こうなったのは誰のせいでもない。彼女自身が選んだことだ。
今さらわたくしに階段から突き落とされたところで、リリー様の現状は何も変わらないのだ。だから、わたくしはこれからもリリー様に関わる必要はないわ。
問題は、いつまでアルフレッド様から逃げ続けていられるかわからないということなのよね……。
「おい、ジゼット!今日こそはリリーに会ってもらうぞ!!」
「……はぁ」
教室に入るなり大声でわたくしの名を呼ぶアルフレッド様に、わたくしは重いため息をこぼすのだった。
「──というわけなのです。先生、どうにかなりませんでしょうか」
「うーん……誰かに会ってほしいというのは処罰の対象ではないかな。その相手も女生徒なのだろう?」
「……はい」
「力ずくでどうこうされるようなら問題だが、今のところそういった暴力行為も受けていないのだろう?」
「……はい」
「それなら俺は役に立てそうもない。悪いな、ジゼット君」
「……お騒がせいたしました。失礼します、カムラン先生」
「おう、すまんな」
放課後、わたくしはアルフレッド様の迷惑行為について担任のカムラン先生に相談した。
結果は見ての通りだ。
誰かに会ってほしいというお願いは生徒同士でもよくあることで、これを処罰していては学園が回らなくなるそうだ。
正直、先生には失望した。
しかし同時に、仕方のないことだとわかってもいる。
わたくしの切迫した状況などカムラン先生の知るところではないし、聖女の話や階段から突き落とす話をするわけにもいかない。
わたくしはひとつため息を落とし、無言のまま寮へと戻ったのだった。
それからというもの、アルフレッド様たちのせいでわたくしの生活は大きく変わってしまった。
一番の変更点は、わたくしが授業に出なくなったことだろう。
朝、わたくしは寮を出て、授業に出る…と見せかけて、図書館で自主学習をしている。
図書館にはもう行かないつもりだったのだが、教室以外で落ち着ける場所が他に思い付かなかったのだ。
昼食時は食堂に行くが、コーネリアス様がいる時は彼と一緒に食事をするようになった。もちろんアルフレッド様対策である。
他にもハリス様やメアリー様などのいつものメンバーもいるため、問題はないと信じたい。
昼食後は再び図書館で自主学習。
放課後になると真っ直ぐ寮に帰る。最近は毎日その繰り返しだ。
授業に出ないなら寮で過ごせばいいと思うかもしれないが、そうすると学園生活に問題が起きたことをアンナとスージーに知られてしまう。
できることなら彼女達には心配をかけたくない。
ゆえにわたくしは普段と変わらない態度で寮を出て、授業を受けているように装っているのだ。
はあ。1日も早くアルフレッド様が諦めてくれることを切に願っているわ。
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