34 / 105
2.龍の髭を狙って毟れ!
竜門を登ったその先に 3
しおりを挟む「……おい」
うちゅちゅ、と篤志に犬猫にやるようなキスの雨を降らせている浮かれ野郎に向かって俺は声をかける。
「は、はい! なんでしょ!」
「浮かれてんじゃねえ。まだ完全勝利ではないだろうが」
俺が鼻で笑って腕を差し出せば、しばらく怪訝そうな顔で首を傾げた後、ようやく思い至ったようで目を見開く。
おいおい、あそこまで『打倒龍宮』を掲げておいて、いざ目の前にすると忘れるなんて薄情すぎるだろう。あるいは猪突猛進の馬鹿ともいうのだろうか。
「あ、その、えっと……。俺たちは篤志が捕まらなければそれでいいというか、その、会長を捕まえよう、とは」
「ここまで来て獲物を見逃すとは。随分と舐められたものだな?」
「いえいえそんな! ……あ、外に! 外に烏丸がいるはずです。アイツは俺に脅されて協力してくれた被害者なんです。捕まえるのならアイツを」
「ハッ」
凛寿が聞いていたら憤死しそうなことを平気で言いやがる後田に少し苛立つ。アレは自分で決めて選択したことを誰かに捻じ曲げられることが一番嫌いな人間だ。凛寿と同じクラスに居て、取引をしたのならそれくらい分かることだろうに。
しどろもどろになりながら視線を泳がせる後田を、篤志が複雑そうな顔で見ていることに気づいた。確かにこれは根が深そうだ。
いざ『龍宮虎徹を捕まえられる』という状況に至ってこんなに尻込みをしているのには、己に対する自信の無さが関係しているのだろう。
『自分などが王手をかける訳には行かない』『これら全ては自分以外の人のおかげ』『自分は何一つだって役に立てていない』。恐らくそんな自己肯定感の低さから、後田は俺にロックをかけることを躊躇っている。
確かに、篤志の隣で過ごせば自ずと分かってしまうものだろう。篤志のカリスマ性に寄ってくる人間の輝かしい才能と、それに太刀打ちできない己の平凡さ。
ごく普通の子供である後田にとって、その様々な輝きは己への自信を養分に劣等感を育て上げてしまう悪質な光でしかなかっただろう。
それは決して後田自身に非があるわけではない。むしろ哀れだとさえも思う。いくら前野の血に引き寄せられる人間は特別なんだと諭したところで、成長期に間近で見てきてしまったある意味の敗北体験はこの男の根幹に染みついている。
その刷り込みは後田宗介という男を必要以上に自分に期待しない人間に育て上げてしまったのだろう。まるで四角い箱に入れて育てられた歪な西瓜のように。
だが、そんなものは俺に一切関係がない。俺は後田の過去を全く知らないし、現在俺はこの男が指揮を執る集団に食らい付かれ、そしてしっかり負けたのだ。それは決して変える事の出来ない確固たる事実だ。
故に。故に、腹が立つ。ここまで俺と張り合ってくれた人間が、自分自身を卑下し己の力を誇らず、勝った相手に留めさえも刺さずにいる。
俺を追いかけている時のあの獰猛な目はどうした。俺にペットボトルをフルスイングした時の行動力はどうした。篤志の前に立ちはだかって噛みつかんばかりに吠えるあの声はどうした。それらは全て、誇るべきお前の強さではないのか。
「お前がお前を認めないなら、お前に負けた俺はどうなる」
「え……」
「勝者は与えられた王冠を誇らしげに掲げる。それが負けた者への誠意ある弔いで、勝者としての果たさなければならない義務だ」
後田の腕を掴む。ブレスレットの片方の留め具を外して、そのまま俺の腕へと引っかけさせた。カチャン、と音がしてロックがかかる。後田のブレスレットは発光して数秒だけデータをロードすると、甲高い電子音が教室に鳴り響いた。
「あ…………」
「俺様が直々に迎えに来てやったんだから断るのはなしだぜ、ハニー」
目を見開いて光るブレスレットを見つめる後田と、そんな後田を見つめながら酷く泣きそうな、でも少しほっとした表情を浮かべる篤志。
これでいいか、篤志。お前がやりたかったのはきっとこういう事なんだろう。
俺という強大な敵を打倒し、少しでも後田の中に自己肯定感を芽生えさせる。前野篤志という人間が居なくても己には価値がある人間だと自覚させる。篤志はこの親睦会を通して後田にそういう感覚を覚えさせたかったのだろう。
そうじゃなきゃ、こんな馬鹿げた大掛かりな作戦なんて立てないはずだ。きっと篤志は親睦会も後夜祭も、さらに言うならばこの学園生活だって、心底どうだっていいだろうから。
人よりも人の心が理解できてしまう俺には、分かる。
篤志が後田以外の奴に何の希望も抱いていないことも、そしてその後田に向ける狂おしい執着にも似た感情を必死で押し殺そうとしていることも。
後田に自分の傍以外の居場所を与えたいことも、沢山の価値を与えたいことも、その一方で自分の隣以外に居場所を作ってほしくないことも、篤志が与える価値以外を得てほしくないことも、何となくわかる。分かってしまうんだ、篤志。
俺たちの『これ』は、きっと神が与えたハンデなのだろう。
分かりたくもない他人の心の機微に気づいてしまう。相手がどんな言葉と理想を欲しているか、分かってしまう。
本能で察知してしまったのなら、それに応えるしかない。何故ならば応えないといずれ殺されるからだ。俺達はそうやって、世界との間に空いた溝を埋めていかなければならない。
与えすぎてしまったから、慌てた神に後から追加された重たすぎる足枷。この枷が外れる事は一生無いだろう。ならば、俺達はこの他人の気持ちを分かりすぎてしまう嫌な勘の良さとも、一生付き合って行かなくてはならない。
何故ならば、俺達は『恵まれているから』。嗚呼、有難くって反吐がでそうだ。
「――ねえ、龍宮先輩」
「なんだ」
「すごいでしょ、俺のそーすけ」
「…………ああ、最高だ。こんなに全力をあげて行事に参加したのは久々だったな。感謝する、後田宗介」
「あ……いえ、あの、頑張ったのは、皆で」
「でもその先頭で走って僕らを導いてくれたのは君だよ、宗介君」
「あぇ……」
方々から称賛の言葉を貰った後田は、しかめっ面になったり口をもにもに動かしたりと落ち付かない様子だ。居心地悪そうに身を捩る後田がいじらしくって笑えてきてしまう。
篤志、俺の数少ない大切な友人。お前が望むなら俺はどんなことでもやろう。『分かりすぎてしまう』俺が唯一同じ痛みを分かち合える相手だから。
遠くでタイムアップを示す鐘が鳴り響いた。十二時ピッタリ、魔法が解ける。灰かぶりは捕まえられなかった。だが、魔法にかけられたひと時は味わえた。それだけでもう十分だ。
親睦会が、幕を下ろした。
70
あなたにおすすめの小説
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
百合豚、男子校に入る。
揺
BL
百合をこよなく愛する男子高校生・眞辺恵。
母の歪んだ価値観により共学への進学を断たれ、彼が入学させられたのは――
男同士の恋愛が“文化”として成立している、全寮制男子校《私立瑞嶺学園》だった。
この学園では、生徒会長は「抱かれたいランキング」で選ばれ、美貌こそが正義とされる世界。
それでも眞辺は決意する。
生徒会長になり、この学校を“共学”に変え、間近で百合を拝むことを。
立ちはだかるのは、顔面至上主義の学園制度、性に奔放すぎるイケメンな幼馴染、そして彼らに憧れ恋をする生徒たち。
さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。
百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。
君に不幸あれ。
ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」
学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。
生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。
静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。
静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。
しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。
「好きになられるからあいつには近づかない方がいいよ。」
玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。
それから十年後。
静は玲に復讐するために近づくが…
和を以て貴しと為す
雨宿り
BL
"山奥に閉ざされた男子校"に入学した平凡な高校生の蓮水和は、周囲の異質さと距離を保ちながらもそれなりの日々を送っていた。
しかし、ひとつの事件に巻き込まれたことを境にその環境は一変する。
問題児の"転校生"と同室になり、クラスの"学級委員"に世話を焼かれ、"生徒会役員"と関わりができ、挙句"風紀委員"に目をつけられてしまう。
乗り越えたい過去と、目まぐるしい今に向き合いながら、和は様々な愛情を向けられるようになり...?
・
非王道学園を目指しながらも、数多の美形たちに振り回されたり振り回したりするひとりの平凡によってお送りするぐちゃぐちゃとした群像劇をお楽しみいただけたらな、という感じのお話。
長くなる予定ですがのんびり更新して行きますので、気に入って頂けたら嬉しいです。
初投稿の為、なにか不備がありましたら申し訳ございません。
2026.01.21▶10話を更新。次は和の視点に戻ります。個人的にとても好きな朔間兄弟を出せてうきうきが止まりません。2章を終えたら近況ボートを書いてみようなどと思っている次第ですが、終わり所を正直まだ悩んでおります。11話も個人的に好きなキャラクターが初登場なんですよね。楽しみ。
僕のポラリス
璃々丸
BL
陰キャでオタクなボクにも遂に春が来た!?
先生からだけで無く、クラスカースト上位の陽キャ達も、近隣に幅を効かせる不良達からも一目置かれるまるで頭上の星のようなひとだ。
しかも、オタクにまで優しい。たまたま読んでいたボクの大好きなコミック「恋色なな色どろっぷす」を指差して、「あ、ソレ面白いよね」なんて話しかけられて以来、何かと話しかけられるようになっていった。
これだけだとたまたまかな?と思うけど距離も何かと近くて・・・・・・コレ、ってボクの勘違い?それとも?
・・・・・・なぁーんて、ボクの自意識過剰かな。
なんて、ボクの片思いから始まる甘酸っぱいお話。
みたいなBSS未満なお話。
笑って下さい、シンデレラ
椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。
面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。
ツンデレは振り回されるべき。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる