オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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2.龍の髭を狙って毟れ!

竜門を登ったその先に 3

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「……おい」
 うちゅちゅ、と篤志に犬猫にやるようなキスの雨を降らせている浮かれ野郎に向かって俺は声をかける。

「は、はい! なんでしょ!」
「浮かれてんじゃねえ。まだ完全勝利ではないだろうが」

 俺が鼻で笑って腕を差し出せば、しばらく怪訝そうな顔で首を傾げた後、ようやく思い至ったようで目を見開く。
おいおい、あそこまで『打倒龍宮』を掲げておいて、いざ目の前にすると忘れるなんて薄情すぎるだろう。あるいは猪突猛進の馬鹿ともいうのだろうか。

「あ、その、えっと……。俺たちは篤志が捕まらなければそれでいいというか、その、会長を捕まえよう、とは」
「ここまで来て獲物を見逃すとは。随分と舐められたものだな?」
「いえいえそんな! ……あ、外に! 外に烏丸がいるはずです。アイツは俺に脅されて協力してくれた被害者なんです。捕まえるのならアイツを」
「ハッ」

 凛寿が聞いていたら憤死しそうなことを平気で言いやがる後田に少し苛立つ。アレは自分で決めて選択したことを誰かに捻じ曲げられることが一番嫌いな人間だ。凛寿と同じクラスに居て、取引をしたのならそれくらい分かることだろうに。

 しどろもどろになりながら視線を泳がせる後田を、篤志が複雑そうな顔で見ていることに気づいた。確かにこれは根が深そうだ。

 いざ『龍宮虎徹を捕まえられる』という状況に至ってこんなに尻込みをしているのには、己に対する自信の無さが関係しているのだろう。
 『自分などが王手をかける訳には行かない』『これら全ては自分以外の人のおかげ』『自分は何一つだって役に立てていない』。恐らくそんな自己肯定感の低さから、後田は俺にロックをかけることを躊躇っている。


 確かに、篤志の隣で過ごせば自ずと分かってしまうものだろう。篤志のカリスマ性に寄ってくる人間の輝かしい才能と、それに太刀打ちできない己の平凡さ。
 ごく普通の子供である後田にとって、その様々な輝きは己への自信を養分に劣等感を育て上げてしまう悪質な光でしかなかっただろう。

 それは決して後田自身に非があるわけではない。むしろ哀れだとさえも思う。いくら前野の血に引き寄せられる人間は特別なんだと諭したところで、成長期に間近で見てきてしまったある意味の敗北体験はこの男の根幹に染みついている。

 その刷り込みは後田宗介という男を必要以上に自分に期待しない人間に育て上げてしまったのだろう。まるで四角い箱に入れて育てられた歪な西瓜のように。

 だが、そんなものは俺に一切関係がない。俺は後田の過去を全く知らないし、現在俺はこの男が指揮を執る集団に食らい付かれ、そしてしっかり負けたのだ。それは決して変える事の出来ない確固たる事実だ。


 故に。故に、腹が立つ。ここまで俺と張り合ってくれた人間が、自分自身を卑下し己の力を誇らず、勝った相手に留めさえも刺さずにいる。

 俺を追いかけている時のあの獰猛な目はどうした。俺にペットボトルをフルスイングした時の行動力はどうした。篤志の前に立ちはだかって噛みつかんばかりに吠えるあの声はどうした。それらは全て、誇るべきお前の強さではないのか。


「お前がお前を認めないなら、お前に負けた俺はどうなる」
「え……」
「勝者は与えられた王冠を誇らしげに掲げる。それが負けた者への誠意ある弔いで、勝者としての果たさなければならない義務だ」

 後田の腕を掴む。ブレスレットの片方の留め具を外して、そのまま俺の腕へと引っかけさせた。カチャン、と音がしてロックがかかる。後田のブレスレットは発光して数秒だけデータをロードすると、甲高い電子音が教室に鳴り響いた。

「あ…………」
「俺様が直々に迎えに来てやったんだから断るのはなしだぜ、ハニー」
 目を見開いて光るブレスレットを見つめる後田と、そんな後田を見つめながら酷く泣きそうな、でも少しほっとした表情を浮かべる篤志。

 これでいいか、篤志。お前がやりたかったのはきっとこういう事なんだろう。

 俺という強大な敵を打倒し、少しでも後田の中に自己肯定感を芽生えさせる。前野篤志という人間が居なくても己には価値がある人間だと自覚させる。篤志はこの親睦会を通して後田にそういう感覚を覚えさせたかったのだろう。

 そうじゃなきゃ、こんな馬鹿げた大掛かりな作戦なんて立てないはずだ。きっと篤志は親睦会も後夜祭も、さらに言うならばこの学園生活だって、心底どうだっていいだろうから。

 人よりも人の心が理解できてしまう俺には、分かる。

 篤志が後田以外の奴に何の希望も抱いていないことも、そしてその後田に向ける狂おしい執着にも似た感情を必死で押し殺そうとしていることも。
 後田に自分の傍以外の居場所を与えたいことも、沢山の価値を与えたいことも、その一方で自分の隣以外に居場所を作ってほしくないことも、篤志が与える価値以外を得てほしくないことも、何となくわかる。分かってしまうんだ、篤志。

 俺たちの『これ』は、きっと神が与えたハンデなのだろう。
 分かりたくもない他人の心の機微に気づいてしまう。相手がどんな言葉と理想を欲しているか、分かってしまう。
 本能で察知してしまったのなら、それに応えるしかない。何故ならば応えないといずれ殺されるからだ。俺達はそうやって、世界との間に空いた溝を埋めていかなければならない。

 与えすぎてしまったから、慌てた神に後から追加された重たすぎる足枷。この枷が外れる事は一生無いだろう。ならば、俺達はこの他人の気持ちを分かりすぎてしまう嫌な勘の良さとも、一生付き合って行かなくてはならない。


 何故ならば、俺達は『恵まれているから』。嗚呼、有難くって反吐がでそうだ。


「――ねえ、龍宮先輩」
「なんだ」
「すごいでしょ、俺のそーすけ」
「…………ああ、最高だ。こんなに全力をあげて行事に参加したのは久々だったな。感謝する、後田宗介」
「あ……いえ、あの、頑張ったのは、皆で」
「でもその先頭で走って僕らを導いてくれたのは君だよ、宗介君」
「あぇ……」

 方々から称賛の言葉を貰った後田は、しかめっ面になったり口をもにもに動かしたりと落ち付かない様子だ。居心地悪そうに身を捩る後田がいじらしくって笑えてきてしまう。


 篤志、俺の数少ない大切な友人。お前が望むなら俺はどんなことでもやろう。『分かりすぎてしまう』俺が唯一同じ痛みを分かち合える相手だから。


 遠くでタイムアップを示す鐘が鳴り響いた。十二時ピッタリ、魔法が解ける。灰かぶりは捕まえられなかった。だが、魔法にかけられたひと時は味わえた。それだけでもう十分だ。




 親睦会が、幕を下ろした。





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