8 / 96
1.オム・ファタールと無いものねだり
オム・ファタールはねだる
しおりを挟む「本当に心配症ですよねえ、平気だって言ってんのに」
少年は苦笑いをしながらスマホを仕舞う。先程通話口で話していた緩やかな空気とは少し違う、大人びた声だ。意識的か無意識的かは分からない。だが、この少年は電話口の彼の前では、少し幼く振舞う様だった。
「——彼が、寵愛者か」
私がそう問いかければ、頬に大きなガーゼを貼った少年——前野篤志は、眉をハの字にして微笑んだ。肯定も否定もしない。
「何故だ? 色々と探らせてもらったが、彼自身に飛びぬけた才能は無いだろう。頭脳も身体能力も優れてはいるが、所詮は『それなりに』だ。君の元に集う人間の中には、彼の上位互換の性能を持つ者は沢山居るだろう」
確かに従者としては有能だ。ここ二週間の振舞いからしても、前野に関する周囲の感情を察知しては全て上手くいなしている。だが、所詮はその程度だ。
頭脳に関しては龍宮や巳上や兎和が。身体能力に関しては衣貫や沙流川兄弟が、圧倒的に彼を上回っている。彼らと共に居れば、トラブルに巻き込まれはすれど大事にはならないだろう。それなのになぜ、頑なに後田宗介の傍から離れようとしないのか。
私は、その非効率さが不思議でならなかった。
「………………俺ね、大丈夫なんですよ」
前野がキイキイと椅子を軋ませて、ぽつりぽつりと喋り始める。窓から差し込む夕日が、少しだけ少年の表情を分からなくさせた。
「何があったって最終的には大体大丈夫なの。それが前野の血で、呪い。どれだけピンチになったって、最後はラッキーで何とかなる。俺とつるんでるうちに、大体の奴らは理解するんです。『アイツは巻き込まれがちだけど、運がいいから大丈夫。今回もきっと大丈夫だ』って。そうして、心配はしてくれるけど、焦りはしなくなる」
それは当たり前だろう。偶然が何度も重なれば、それはいつか必然に変わる。必然的に起こりうることに心を砕くほど、人々の心に余裕はない。無駄なリソースは省いていく。それが効率的に生きる上で最も重要なことだ。
「でも、宗介だけそうならないんです。ずっと。俺がどんなに大丈夫だって言っても、実際問題大丈夫だったとしても、『次が大丈夫だとは限らない』って、いつもいつも。いつも、心配して、焦って、色んな行動をしてくれる。それで大丈夫だったら、『無事ならいいんだ』『良かった』って心底安心したように笑ってくれる。『無駄に心配した』とか、『動き損だ』とか、そういうことは一切言わないんです」
後田宗介。何一つ特別な血筋も家柄も持たない、本来ならこの学園に足を踏み入れる資格さえ持たなかった者。特別の特別になってしまったからこそ、いずれ潰える運命が決まってしまった哀れな人間。
「宗介だけが、ずっと俺を一人の人間として扱ってくれる。『最後にはきっと上手くいく』呪われた前野の血を引く人間じゃなくて、『もしかしたら上手くいかないかもしれない』ただの前野篤志として。それが、それが堪らなく——嬉しい」
嬉しいのが、苦しい。少年はぎゅ、と拳を握りしめて吐き出した。
「でも、特別じゃない。『寵愛者』なんかじゃない。そんな風にラベリングしない。だから、もうちょっとだけ、夢を」
「………………」
「夢を、見たいんです。この三年が、最後で、いいから」
懺悔するようなその言葉に、私はどう返せばいいのか全く分からなかった。誰かを特別に思うことなど無かったし、その想いで苦しむことも到底無かった。
きっとこの先も、彼が持つ崩れ落ちそうな相反する感情を理解することなど出来ないだろう。
「……面白いな。私には微塵も理解できない」
「風紀委員長様、ひど~」
「だが、興味深い。君の在り方、君と後田宗介の関係。君は使える人間だ。私は有能なものが好きだから、行動の全てに興味がある。だから観察させてくれ。有能な君が、この学園で何を得て何を失うのか」
「……趣味、悪」
うげ、と舌を出す前野が不敬で笑ってしまう。仮にも先輩で、その上風紀委員長の役職を持つ人間に対してその態度。やはり外部生は新しい風をもたらしてくれる。
「~~~~篤志!!」
バン、と激しい音がして、保健室のドアが開け放たれる。前野は一度だけ目を閉じて、それから目を開ける。その栗色の双眸は、先程茜色に彩られて見せた憂いを帯びたものとはまるっきり違うものになっていた。
「そーすけ~~~!!」
「おまっ、そのほっぺ!」
「後田宗介、ドアは静かに開けるように」
「げぇっ、鳳凰院……先輩!」
風のように走って来た後田に抱きしめられ、なすが儘にされている前野。彼はちらりと私を見て、しー、と唇に指をあてた。
「……ふっ、面白いな。前野篤志、君の今後に期待しよう」
「はあ?! お前まった厄介なの釣って……!」
「鳳凰院先輩は助けてくれたんだって~! お礼言わないと!」
「ッ…………ありがとう、ござい、マシタ…………」
「カタコト!」
じゃれ合う二人を尻目に立ち上がる。この空間に私は不要だろう。けらけら笑う前野を見た。先程の表情を、目の前の彼に見せる日は来るのだろうか。もしもそんな日が来たとしたら、それはきっと——。
「そーすけ、カフェテリア行こうよ。お詫びに甘いモン奢ってあげる」
「! …………それ、お前が食べたいだけだろ」
「へへ、バレた?」
二人の決別の時なのだろう。私はそう結論付けて、保健室のドアに手をかけた。
46
あなたにおすすめの小説
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
ビッチです!誤解しないでください!
モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃
「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」
「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」
「大丈夫か?あんな噂気にするな」
「晃ほど清純な男はいないというのに」
「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」
噂じゃなくて事実ですけど!!!??
俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生……
魔性の男で申し訳ない笑
めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!
全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話
みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。
数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品
【完結】我が兄は生徒会長である!
tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。
名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。
そんな彼には「推し」がいる。
それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。
実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。
終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。
本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。
(番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)
才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる