オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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2.龍の髭を狙って毟れ!

演じる者

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「よし、んじゃさっさと戻るか」

 隣から返事はない。が、別に来たくて来たわけでもないだろうから気にしない。ビニール袋をがさがさと鳴らして購買ブースを出れば、男——鹿屋の無言でついてくる。


 買い出しじゃんけんで負けたのは鹿屋だった。不承不承、と言う体でついてきたくせに、しっかりと袋は持ってくれている。しかもジュース類が多い重い方だ。
 顔は厳ついし髪色は派手だしタッパもあるし態度もよろしくないが、いい奴ではあると思う。馬鹿馬鹿しいと切り捨てることも出来ただろうに、こうしてしっかりついてきてくれてるし。


「……信用、されてんだな」
「え?」
 ぽつりと零した鹿屋を見上げる。俺より随分と高い位置にある整った顔は、ぐっと深く眉間に皺を寄せていて、大分不機嫌そうだった。

「篤志に。じゃなきゃカードなんて渡さねえ」
 つ、と四角い爪先が俺の持つ篤志のカードキーを指さす。そうか、この学園だとカードキーは無くしたら終わりの一番の財産なのか。そりゃ確かに、ずっと学園で育ってきた人間からすれば、俺たちの気軽な扱いにはヒヤッとするのだろう。

「それに、信用もしている。俺は正直、まだそのリカルドとやらを疑ってる。役職持ちなのにわざわざ親睦会に参加する奴だぞ? 多少ネジが外れてる奴に決まってる」
 酷い言われ様である。もしかしたら普通にイベントごと大好きなお祭り男なだけかもしれないだろ。

「だが、お前は篤志の『大丈夫』の一言で納得した。普通だったら一番反対するであろうお前が、だ。……それだけ、信頼し合ってるってことだろ」
 鹿屋の声が尻すぼみになって消えていく。自分で言っていて恥ずかしくなってしまったようだ。長めの髪から見え隠れする耳がほんのりと赤い。



 ああ、要するに。
「嫉妬」
「うるせえ。違う」
 耳の先まで赤くしておいてよく言う。要するにこの男は、好いている篤志と俺の間に横たわる無言の信頼関係に妬いているのだ。え、何それ、可愛い。存外やきもち焼きなのか。

「おい。…………おい! ニヤニヤすんな」
「ああ悪い悪い、微笑ましくて。心配しなくても俺と篤志にそういうのはない。どちらかと言えば身内、家族みたいなもんだから。まあ、だからそんなに妬くなって」
「だから妬いてねえ!」
「どちらかというと姑ポジだな、俺は。お前らが篤志に相応しい奴かどうかを見極めてる」
 鹿屋が複雑そうに姑、と呟く。篤志を貰いたければ旦那様と奥様と使用人一同と俺を認めさせなければならない。かなり骨が折れるだろう。

「そ。お前のことも結構買ってるんだからな。割と面倒見いいし、家事も出来るし、喧嘩も強いし賢い。うんうん、かなり有望株。精々篤志のハートを射止められるように頑張るんだな」
 まあ、篤志に同性に対するピンク色のあれやそれは今のところなさそうだけれど。人生何が起こるか分からないものである。真摯に接していれば篤志の心も動くかもしれない。

「それにしてもリカルド先輩、か。悪いけど聞いたこと…………ん? 鹿屋?」
 伸びをしながら振り返れば、少し離れたところで足を止めている鹿屋が見えた。夕日が蕩けだして二人の影をじわじわと伸ばしていく。何か買い忘れたのだろうか。



「どした」
「お前は」
 小走りで戻って下から顔を見上げる。長く邪魔ったらしい前髪の下、栗色の瞳が俺を見下ろす。
「俺が、怖くないのか。もしくは腹立たしくないのか」
「あ……?」
「俺は最初、お前に強く当たったはずだ」
 そう言われてああ、と思い出す。そう言えば、コイツの初対面の印象はかなり良くなかった。

 編入して数日後、篤志の部屋を訪れた際に初めてエンカウントした際、俺を上から下まで値踏みする目で見た後に鼻で笑ったのだ。
『お前が、篤志の従者?』
 明確な言葉にはされなかったが、その声には確実に見下す色が含まれていた。

 その後篤志から『これは俺の家族同然の奴だからそんな風に接するのはやめろ』と叱られ、ぶすくれ、数日は目も合わなかった。多分存在ごと無視されてたのだろう。


「ま、態度は最悪だったな。腹も立ててた。でも、お前は篤志に対して優しかった。俺に対しても段々態度が軟化してっただろ。警戒心が高い猫を懐柔した気分だった」
「……テメェは時々本当に怖いもの知らずだよな」
 ひく、と口角を引き攣らせる鹿屋に対して、心の中でほら、と思う。文句は言いつつも怒りはしないだろう。多分、認めた相手には随分と甘い質なのだ。

 入学してから少しして、風の噂で鹿屋は不良の問題児なのだと聞いた。その風貌と態度、喧嘩の腕で崇拝されると同時に恐れられているとも。その噂に違和感を覚えたのは、多分篤志も同じ。


「これは自論なんだけどさ、怖い人ってのには三種類のタイプがあると思うんだ。一つ目、ガチでヤバイタイプ。二つ目、そうならざるを得なかった人。三つ目、自分でそう言う人を演じてる人。俺の養父は二番目と三番目のタイプだった」

 養父——十兵衛さんは、無口で無骨でめちゃくちゃ厳つい。もう五十を過ぎているというのに毎朝の稽古とランニングを欠かさない、前野家に居なくてはならない鉄壁の男だ。
 だけど十兵衛さんは本当は優しくて、忠誠心に厚くお人よしだ。感動系のドラマや映画は開始三十分で耐えきれず、山のような体を震わせてずびずび泣いてしまう。

 それでも十兵衛さんは毎日顔を顰めて、『何が起こってもすぐ動けるように』鍛錬する。いざとなれば人を殺せるように、感覚と技術と覚悟を磨く。いわゆる抑止力。
 己の大きな体躯も、人を捩じ伏せられる力も、いかつい顔も、それが誰かを護る為の武器になると知っているから利用する。怖い人を演じている。


「お前も多分三番目だろ。養父と似てるもん」
「何を知った風に」
「知らん。から、勝手に自己解釈して勘違いしておく。知った風な口利くなって思うんなら、知ってもらう努力でもするんだな」

 学園一の不良なんていうからどんなもんかと思ったが、コイツ全然楽しそうじゃないもんな。人殴ってる時も睨みを利かせてる時も。そうせざるを得ないから、自分をそう言う人間だと思わせたいから、乱暴なフリをしているように見える。

「……篤志にも、同じようなことを言われた」
「へえ、なんて?」
「『悪いことはもっと楽しくやるもんだぜ。向いてないよ、お前』って」
「はははっ、篤志らしいな」

 とぼけた顔で、本当に何でもないように言う篤志が簡単に思い浮かぶ。彼らはそうやって、日常の延長線上みたいな気軽さでさっさと人を救う。救われた側は心に焼き付いたその言葉を、その瞬間をよすがに生きていくというのに、当の言った本人たちはけろりと忘れていたりするのだから本当に厄介な生き物だ。

「……俺は」
「ん」
「俺が相応しくないと証明する為に、ここに居る。理解されなくてもいいと思ってる。弁明する気も全くない。だから、精々好きに扱え」
「おう、そうする」
「それで、姑のお前にもしっかり認めさせて、篤志をぶんどってやるよ」

 にやり、と笑った男の破壊力はやばかった。普段不機嫌な男のニヒルな笑み程衝撃的なものは無い。流石イケメン、いいものを見せてもらった。


「楽しみにしてる」
 二人で顔を見合わせてから、共に歩みを早くした。篤志が待ってる。





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