オム・ファタールと無いものねだり

狗空堂

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2.龍の髭を狙って毟れ!

豚の貴公子

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「お、お疲れ~。こっちがリカちゃん先輩ね」
「……こんにちは。リカルド・ルビオ・豚座です。よろしくね」

 戻ると、篤志の部屋の光度が上がっていた。なんてことはない、件の先輩が居たのである。

 陶器のように真っ白な肌、シルクのようにサラサラと流れる金の髪、鮮やかな蒼の双眸。視界に入れるだけで目がシパシパする。本当に、御伽噺に出てくる王子様の様だ。


「……鹿屋、ッス」
「後田宗介です。よろしくお願いします」
「ああ、篤志君から話はよく聞いているよ。力になれたら嬉しいな」
 にこり、と微笑んだ顔は宗教画の様。学園中がプリンスだと持て囃すのもうなずける。どうしてこの学園はこんなに顔面偏差値が高いのだろう。
 買ってきたお菓子とジュースを配って座る。豚座先輩はちゃっかりと篤志の隣を陣取っていた。コイツ……。


「一年の自室までわざわざご足労頂きありがとうございます」
「いいや、むしろ一度篤志君の部屋に上がってみたかったんだ。役得、ってやつだね」
「……今回は、ご協力いただけるということでよろしいですか?」
「勿論。こんな僕でも役に立つのなら」
 にっこりと完璧で美しい顔で微笑まれて寒気がする。何がこいつは大丈夫だ、十分ヤバそうな雰囲気じゃねえか。

「……分かりました。でしたら、どうぞよろしくお願いします」
 裏切るなよ、の想いを込めてじとりと視線を送れば、またもや絵画のような完璧な微笑みを賜った。食えない男である。

「作戦としては三つ。篤志と豚座先輩——」
「リカルド」
「え?」
「これから一緒に戦うんだ。是非下の名前で。それに、名字はあまり好きじゃないんだ。豚が悪い訳じゃないんだけれどね」
 困ったように微笑む豚座先輩。まあ確かに豚座なんてガキの頃なら弄られるに決まってる。こんな美しいご尊顔の男が、そんな低俗な揶揄われ方をするとは思えないが。

「……それでは、失礼して。篤志とリカルド先輩の合流が第一目標。こればっかりはスタート位置のクジ運による。だから最初はとにかく、二人を守り抜くために近い奴で固まって合流を目指す。リカルド先輩も倍率高そうだしな」
「リカルド先輩は去年追われまくった末に生き残ってる実力者だぜ!」
 砂盃が元気よく注釈を入れてくる。コイツ本当に詳しいな、去年高等部に居なかっただろうに。

「去年はまぐれだよ。今年はもっと気を引き締めていかないと。篤志君を捕まえられるなんて大役、誰にも譲れないからね」
 リカルド先輩がくすくすと楽しそうに笑って篤志の頬を突く。そのじっとりとした目がちらりとこちらを見て、臓腑の奥がざわりとした。

 コイツ、もしかしてわざとやってるのか? まるで俺を試すかのように篤志に触れる男に対して、要注意人物のラベルを張り付けて睨む。
 鹿屋と猪狩も不審な目でリカルド先輩を見つめていた。砂盃は相変わらずニヤニヤしている。篤志はアホ面で頬を膨らませていた。

「……んで、後は他の奴らの妨害。理想としてはこの手で捕まえたい……が、なかなか厳しいとは分かってる」
 特に生徒会長。アイツは一発この手で殴らないと気が済まない。だが相手はあの龍宮だ。俺ごときがどうこう出来る相手ではないだろう。

「だからまずは、二人が追手から逃げ切れるように校内地図を頭に叩き込んで、合流地点の確認をする。後は篤志の体力育成。たかが二週間、されど二週間だ。少しでも逃げ延びられるように、体育会系組はビシバシ鍛えてやってくれ」
「よし来た」
「役に立てそうだね」
「覚悟しろよ」

 猪狩とリカルド先輩と鹿屋に目配せをすれば、頼もしい表情を浮かべて頷く。凸凹コンビと先輩を組ませれば相互監視にもなるだろう。今のリカルド先輩の振舞で凸凹コンビの警戒心も上がったはずだ。当面はタッグを組んで護衛してくれるに違いない。


「え、待って俺何させられんの?」
「ランニングは必須として、障害よけの訓練もしておいた方がいいんじゃない?」
「校内使って鬼ごっこでもやるか!」
「飯も見直さねえとな」
 眉をハの字にして情けない声を上げる篤志。可哀そうだが仕方ない、これも全てお前の為だ。精々体育会系ブートキャンプで扱かれて来い。


「俺と砂盃と蝶木は情報収集をメインに動く。少しでも力を貸してくれそうな奴に当たってみよう」
「力を貸してくれるって…………、そんな人いるかな……」
「利害が一致してる相手じゃないと信用できない。となると、龍宮や鳳凰院に篤志を捕まえてほしくない奴、だな」

 利害が一致している奴は、よりよい利害関係を築ける相手が現れた時すぐ裏切るというデメリットがある。が、現状はほぼ敵しか居ないのだ。協力者をえり好みしている余裕はない。

「ん~、じゃあ会長の親衛隊とか、風紀の副委員長とかかね」
「親衛隊は分かるが、副委員長なんて居たか?」
「え、認識してない? 風紀委員副会長の鶴永先輩。いつも鳳凰院先輩の後ろに控えてるじゃん、塩顔のクールビューティー系イケメン。あの人家が鳳凰院の分家らしくて、本人も過激派信者ってことで有名だよ。だから前野に肩入れしてることも、親睦会に参加することにも納得いってないみたい」

 そう言われて確かにそんな奴が居たかもしれない、と思う。保健室での邂逅以降、鳳凰院はちょこちょこ篤志の前にやってくるようになった。その時、必ず鳳凰院の後ろに控えて物凄い顔で篤志を睨んでいるイケメンが居た。アレ副委員長だったんか。

「でも風紀って管理が厳しくって、詳しい情報はなかなか手に入らないんだよねえ。親衛隊もガチガチで滅多に近づけないし……」
「砂盃で難しいのか。蝶木は? S組だろ」
「いやいや、Sだからって役職持ちと気軽に話せるわけじゃないよ。学年も違うし」
「ううむ……」


 ふと過ぎったのは旧図書館のあの男。情報屋だと名乗るあの男なら、恐らく俺が望む情報を軽々と差し出してくるのだろう。その対価が前回のツケで支払いきれるかどうかは分からないが。


「……やれることは、やっておくか」
「そーすけ」
 わいわいガヤガヤ、改造メニューについて盛り上がるゴリラ共から抜け出してきた篤志が声をかけてくる。その声は少しだけ硬い。


「なんだ」
「なんでもいいけどさ、絶対無茶はしないでね。俺、別に誰に捕まってもいいんだぜ。そーすけが嫌な気持ちにならないなら何でも」
「分かってるって。まあぼちぼちやるさ。お前こそちゃんと猪狩たちに見て貰えよ」
「ん。…………砂盃、よろしくな」
「かしこまり~」
 篤志はそれだけ言うと、また「いやスクワット200回は無理だって!」と会話に戻っていく。


「いやはやこれは、過保護なのは宗介だけじゃない、と」
 にやにやした砂盃がそう言って、蝶木が苦笑いをしながら頷く。過保護ってわけじゃないだろう。篤志は相手が誰であったとしても同じことを言ったはずだ。

 彼らは誰もが特別であるかのような扱いをする。だから数多の人間が『己は彼にとって特別なのかもしれない』と舞い上がり、驕り、そして勝手に裏切られた気分になる。それが前野一族の質の悪い所だ。


「別に、あれが篤志の通常運転だ。俺じゃなくても同じように言っただろうさ」
「へえ~? ほーう? ふーん?」
「なんだよ」
「べっつに~。本日も美味しい主従関係を見せつけてくれて圧倒的感謝って感じ」
 未だにやにやと笑う砂盃の手の甲を抓る。痛い痛い、と響く悲鳴は無視だ。その笑顔が気に入らない。



 そう、誰にでも。篤志は誰にでも優しくて、誰にでも手を差し伸べる。だから、これは、特別じゃない。

 舞い上がる心臓を、驕りそうになる心を押さえつけてそう言い聞かせた。いつも通りに。





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