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国を救った聖女は、王子の心までは救えない

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『あのねサーシャ、よく聞いて。私達、聖なる姫巫女はね、この国の女王様に多大なる恩があるの。だから有事の際は、女王様を助けるのよ』

 代々伝わる竪琴と共に、サーシャは母からそんな言葉も受け継いだ。

 難しい言葉があって正直何言っているのかわからなかったけれど、とにかく元気よく返事をした。

 母が息を引き取る寸前だったから。
 そして、良い子でいれば母は死なないでくれるかもと一縷の望みを託して。

 でも、その後すぐにサーシャの母は土へと還った。
 天寿を全うしたと言うには、あまりに早すぎる死だった。




 聖なる力を持つ姫巫女──略して聖女は、かつて500年前に魔王を封印した。

 そして、その後は血を繋ぎ、王宮にて結界を守る役割を担っていた。

 けれど、国を脅かすのは魔王の存在だけではなかった。
 天災、蝗害、疫病、人災などが不意を付いて、この国を襲った。

 その度に民衆は聖女に浄化を求めた。人の手によって乗り越えられる危機でさえ、当然のように聖女に救いを求めた。

 神様から与えられた類まれな力を持つ聖女は、求められるがまま力を使った。その力には代価が必要だというのは承知の上で。

 そんなわけで、聖女は皆、総じて短命だった。
 歴代の女王は、その事実を知っていた。知っていながら見てみぬふりをし続けていた。

 万人を救うために一人の人間を犠牲にする。
 それは統治者としては、賢明な判断だ。

 聖女のおかげで、国は常に安寧を保つことができている。
 過去の一度も他国から占領を受けたことがないという事実がそれを証明している。

 でも、人間としては最低な行いだった。

 いつしか聖女は敬われる存在でありながら、国の奴隷と化してしまった。そしてそのまま黙認され続け、長い長い年月が過ぎた。

 そんな中、曾祖母の代の女王は違った。
 強欲なまでに聖女に救いを求める民衆に我慢ができなかった。

 当然のように身を削り続ける聖女に対しても歯がゆい思いを抱えて───ある日とうとう堪忍袋の緒が切れて、追放した。

 一方的に「お前の力なんぞ不要だっ」と言い放ち、聖女を深い深い森の奥へと

 そう。本当は、追放されたんじゃない。
 かつての女王は、追放のだ。 
  
 サーシャの曾祖母は、それをちゃんとわかっていた。
 人として扱ってくれた当時の王女に深い感謝の念を抱いた。

 そして、いつか本来の聖女の力が必要になる日がきっとくる。その時は、不要と言われても力を使わせてもらうと決めていた。 
 
 その決意は、曾祖母から祖母へ。そして母からサーシャへとしっかり受け継がれていた。

 ただ、追放されたとはいえ、聖女はどこにいても聖女だ。

 疫病が流行れば祈りを捧げ病魔を浄化し、蝗害の噂を耳にすれば同じく虫を追っ払った。

 そんなわけで、結局やっていることは王宮で過ごしていた頃と変わらない。だから短命なのは変わらなかった。好きな男の種を選べるという自由は得たけれど。

 付け加えると、聖女の力は穢れを浄化するだけではない。
 どんなに遠く離れた場所からでも、穢れを見つける目力を持っている。

 ちなみに聖女が持つ浄化の力は、とても強力なもの。だから現場に足を向けなくても、浄化することなど朝飯前なのだ。

 もちろんサーシャにも、その力は受け継がれている。

 一見、人里離れた森の中で呑気に暮らしているように思えたサーシャだったが、アズレイトが迎えに来るとっくの前から、瘴気に気付いていた。

 そしてあの日───アズレイトと出会った日に、サーシャは人知れず浄化の儀をするつもりでいた。
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