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書籍化記念SS
まだ知らない君がここにいた
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風光る空と、柔らかい風。新緑に彩られた街の中を歩く人々の足取りは、心なしか弾んでいるようだ。
でもそう感じるのは、きっと自分がウキウキしているからなのだろうと由依は冷静に思う。
新学期まであと3日。高校生活最後の年を迎えた昼下がり。少し濁った川のせせらぎに耳を傾けながら、由依は真と並んで手入れが行き届いていない芝生に座って、柴犬キナコの大きなあくびを眺めている。
「キナ、眠そうだね」
「ああ」
「寝不足なのかなぁ」
「いや」
「まさか、どっか具合悪い……とか」
「いや。一昨日、健康診断に連れてったけど異常なしだってさ」
「そっかぁー。良かった」
「ああ」
素っ気ない真の返事で会話が締めくくられ、沈黙が落ちる。気まずい。なんか、ソワソワする。
「あ、あのさ、キナさ、今度は尻尾振ってるね。なんかいいもんあったのかな。なんだろう──」
「由依」
「ん……ん?」
「無理にしゃべんな」
呆れ笑いをした真を見て、由依は自分の気持ちを見透かされたような気持ちになる。
「だって、なんかさ」
「変に意識するなよ。いつも通りでいいじゃん」
「いつも通りがわかんない!」
余裕たっぷりの真に得も言われぬ苛立ちを感じて、由依はつい声を荒げてしまう。すぐにキナコにビクッと怯えられ、由依はしゅんと肩を落とす。
「……ごめん」
「いや」
真はまったく気にしていないようで「やっぱ暖かくなったなぁ」と呟き伸びをする。それがまた癪に障る。
──マコトは、ドキドキとかしてくれないのかなぁ。
ほんのひと月ほど前にこの河川敷で告白され、由依と真は晴れて恋人同士になった。
由依の人生にとってそれは大きな変化である。毎日、真のことばかり考えてしまうし、一緒にいるとドキドキソワソワが続いて落ち着かない。
しかし気持ちに反して、恋人同士になっても特にこれといった変化はない。
同級生が語る恋人同士のエピソードは、聞いているこっちがドキマギしてしまう内容だけれど、いざ自分がその立場になってみるとどうしていいのかわからない。
手を握っていいのかな?
もっと近くに座っていいのかな?
マコトは今、何を考えているのかな?
一緒にいて楽しいって思ってくれてるかな?
不安はどこまでも続いて、声に出して訊きたくなる。でも返ってくる答えが望まぬものだった時、自分はどれほど傷つくのかわからない。
「……なんか、難しい」
ため息交じりに呟けば、ポンッと頭に何かが乗った。遅れてそれが真の手であることを知る。
「受験の準備、もう始めてんのか?あんま、無理するなよ」
「……ちがうもん。難しいのは……ま、真のこと」
「俺?」
「そう」
まさか、と言いたげに目を丸くする真は、自分の不安なんかぜんぜん気づいてくれない。そう、思っていたけれど──
「俺は、お前が思ってるより、結構単純。お前がいて、キナがいて、時間が空いてる時に一緒にここに来れたら十分。それ以上は、あんま深く考えてない……っていうか、考えるとわけわかんなくなるから、ゆっくりでいいんだと思ってる」
ゆっくり慎重に語ってくれた真の手を、由依はギュッと握った。
「なんだもうっ、同じこと考えてたんじゃん!」
「……みたいだな」
呆れたというより安堵に近い息を吐いた真は、握られている手を動かして指と指を絡める。
いわゆる恋人つなぎになった手のひらから真のぬくもりが伝わって、由依の頬がじわじわと熱くなる。
「照れるし、恥ずかしいけど……いいね、こういうの」
「ああ」
口調こそ素っ気ないけれど、真の耳は赤くなっていた。
それを見付けた途端、心の中を占領していた不安とかモヤモヤが一気に消え去り、由依は小さく声に出して笑う。
川の流れは変わらず穏やかで、キナコは雑草をクンクンするのに忙しい。由依はちょっとだけ勇気を出して、真の肩にもたれ掛かる。
服越しに伝わる真の身体は、思った以上に筋肉質で硬い。彼が異性であることを改めて実感した由依は、やっぱ無理!と姿勢を戻そうとした。その時、
「おーい、由依! お前こんなところにいたのかよぉー」
キナコが怯えを通り越してフリーズするほどの若い男の大声が、河川敷に響き渡る。聞き覚えのあるその声に、由依は考える間もなく振り返った。
──な、なんでいるの!?
昭和のチンピラみたいな格好をした和樹が、ケーキ箱を手にしてこちらに駆け足で向かってきている。
「……最悪」
吐き捨てるように呟く由依に、真は「誰?」と小声で尋ねる。
「琴子さんの弟。和樹っていうの」
「ふぅん」
気のない返事をした真だが、和樹がこちらに到着するのとほぼ同時に立ち上がった。
「はじめまして和樹さん。俺、小林真です」
ペコリと礼儀正しく頭を下げた真に、由依は面食らった。和樹はというと、一瞬だけ「おっ」という顔をしたけれど、すぐにニンマリと笑う。
「そっか。じゃあ、マコトでいいな。俺は和樹。由依は俺の妹だから、お前も──」
「ちょっと待って。和樹は私の義理の弟になるじゃん」
「は?いいじゃんか、そんなのどっちでも」
「良くない!」
強く否定すれば、和樹はなぜかしょげた顔になる。しかしすぐに笑顔になり、手にしていたケーキ箱を由依に押し付けた。
「ま、そう怒るなって。コレ食って機嫌直せ。親父が駅前のケーキ屋で新作のシュークリームが出たからお前にプレゼントだってさ」
「え?あ……ありがとう」
「俺に言うんじゃなく、礼は親父に言ってやれ。金出したのも、買いに行ったのも親父なんだし。俺はちょっとこの近くに用事があったからついでに届けただけだしさ」
「うん。すぐに連絡しとく」
素直に頷いた由依に満足そうな笑みを浮かべた和樹は「んじゃ、俺、用があるから」と軽く手を上げ背を向ける。本当に急いでいるようだ。
──なんか……悪いことしちゃったな。
用事を後回しにしてシュークリームを届けに来てくれたのに、ちょっとデート現場を見られたからって冷たい態度を取っちゃって。
罪悪感が胸を刺す。せめて「気を付けて」のひと言ぐらい伝えようと思ったその時、和樹は突然身体を反転させると真と向き合った。
「マコト、その……悪かったな。気が利かなくて」
「え?な、なにが、ですか」
「あそこのワンコ、お前のだろ? ワンコのおやつも一緒に買っとくべきだったな。すまん」
てっきりデートの邪魔をしたことへの謝罪と思いきや、まさかのキナコへの気遣い。予想外の展開に真は目を丸くする。
「……い、いえ。キナはその……あんまりおやつとか食べないんで」
しばらく思い悩んで捻りだした真の言葉に、和樹は半分だけ納得した顔になる。
「そっか。ま、でも、おやつはワンコと飼い主との大事なコミュニケーションの一つだから、たまにはあげてやれよ」
「は、はい!」
「よし」
元気に返事をした真の肩を2回叩いた和樹の顔は、無駄に兄貴面をしていた。
それにイラっとしてしまった由依は、「気を付けて」とは言えたけれど引きつった顔を元に戻せないまま、和樹を見送った。
「……いい人だな、和樹さんって」
小さくなっていく和樹を見つめながら、真はしみじみと呟き目を細める。
「うん……そうでもないところもあるけれど、やっぱいい人だと思う」
「そっか」
「うん。でもあの格好は良くはない……って、マコトどうしたの?」
食い気味に同意してもらえると思いきや、真はとても複雑な顔になっている。どうしてそんな顔をするのかわからない。
そんな由依の不安を感じ取った真は、ひどく言いにくそうにこう言った。
「和樹さんの格好さぁ、俺的にはいいって思うけど?」
真の衝撃的な発言に、由依はくらりとめまいを起こしそうになった。
*
それから数時間経って、日が沈み時刻は夜。
今日も橋坂家のダイニングテーブルは由依の手料理で彩られている。
「──っていうことが、あったんです」
「それはまぁ……なんていうか……その、ごめん」
夕食を食べながら由依が昼間の出来事をかいつまんで語り終えたと同時に、琴子は箸をおいて深々と頭を下げた。
「あ、いえっ。琴子さんが謝ることなんて何も!仕事中なのに琴子さんのお父さんの連絡先を教えてもらって感謝してるし、和樹のことは聞いてもらえただけで十分です。あ、シュークリームなんですが、琴子さんの分も取ってあるんで食べます?美味しかったですよ」
「うん、食べる」
酒豪だけれど甘党の琴子は、食後のデザートの誘惑に即時に乗った。
夕食はほとんど食べ終えた。空いた皿を適当に重ねて、由依はシュークリームを置くスペースを作る。
「コーヒー飲みます?それとも紅茶の気分ですか?」
「んー……今日は、敢えてのルイボスティーで」
「あ、じゃあ、私もいただきます」
重ねた皿を持ってシンクに移動した由依は、手際よくお湯を沸かしながら汚れた食器を洗う。その間、琴子は奈良漬をつまみに残ったビールと美味しそうに飲んでいる。
「それにしても、マコト君、立派だったね。あんな弟にちゃんと頭を下げるなんて」
「あ……はい。私も驚きました」
真は不良じゃないけれど、愛想がいいわけではない。でも和樹を前にした真は、絵に描いたような好青年だった。
自惚れていいなら、自分のために礼儀正しくしてくれたのかも。そんなことを思ったら頬が熱くなり、由依は食器洗いに専念する。
その甲斐あっていつもより早く片付けを終えた由依は、二人分のルイボスティーとシュークリームを持って、ダイニングテーブルに戻る。
「お待たせしました。あの……琴子さん、食べながらでいいんで相談に乗ってほしいんですが……いいですか?」
「いいも何も、むしろ光栄!で、なにかな?」
ニコニコ顔でシュークリームを頬張る琴子に、由依は先ほど伝えられなかった一件を語りだす。
「実は……マコト、和樹の服装を見て”俺的にはいいって思う”って言ったんです」
「う、嘘」
「嘘だと思いたいんですが、本当……なんです」
「それはヤバいわ」
「……はい」
ほっぺたにクリームをつけたまま固まった琴子は、この世の終わりのような表情をしている。由依も似たり寄ったりの顔だ。
「それで、相談なんですが、マコトがあの服を着だしたら……私、どうしたらいいんでしょう?」
好きも嫌いもはっきり口にしない真が、珍しく”いい”と口にしたのだから否定したくないし、真がどんな格好をしても幻滅しない自信はある。
でも、いざ昭和のチンピラ風の格好をした真を前にした時、はたして自分は「似合ってるね」と言ってあげられるだろうか。申し訳ないが、それに対しては自信がない。
「……これは、かなりの難題ね」
ふむっとあごに手を添えて呟く琴子は、働く大人の女性の顔をしていた。でもクリームはほっぺたに付いたまま。
そのちぐはぐさに由依がつい噴き出せば、琴子も釣られて笑う。
それから二人は夜遅くまでアレコレと語り合い、出た答えは「なるようになる」。
不安な気持ちはまだ少し残ったままでいるけれど、意外な真の一面を知ることができたのも事実。
──だから今日は、これでいいことにしよう。
そう結論付けた由依は、ベッドにもぐりこむとあっという間に眠りに落ちた。
<おわり>
でもそう感じるのは、きっと自分がウキウキしているからなのだろうと由依は冷静に思う。
新学期まであと3日。高校生活最後の年を迎えた昼下がり。少し濁った川のせせらぎに耳を傾けながら、由依は真と並んで手入れが行き届いていない芝生に座って、柴犬キナコの大きなあくびを眺めている。
「キナ、眠そうだね」
「ああ」
「寝不足なのかなぁ」
「いや」
「まさか、どっか具合悪い……とか」
「いや。一昨日、健康診断に連れてったけど異常なしだってさ」
「そっかぁー。良かった」
「ああ」
素っ気ない真の返事で会話が締めくくられ、沈黙が落ちる。気まずい。なんか、ソワソワする。
「あ、あのさ、キナさ、今度は尻尾振ってるね。なんかいいもんあったのかな。なんだろう──」
「由依」
「ん……ん?」
「無理にしゃべんな」
呆れ笑いをした真を見て、由依は自分の気持ちを見透かされたような気持ちになる。
「だって、なんかさ」
「変に意識するなよ。いつも通りでいいじゃん」
「いつも通りがわかんない!」
余裕たっぷりの真に得も言われぬ苛立ちを感じて、由依はつい声を荒げてしまう。すぐにキナコにビクッと怯えられ、由依はしゅんと肩を落とす。
「……ごめん」
「いや」
真はまったく気にしていないようで「やっぱ暖かくなったなぁ」と呟き伸びをする。それがまた癪に障る。
──マコトは、ドキドキとかしてくれないのかなぁ。
ほんのひと月ほど前にこの河川敷で告白され、由依と真は晴れて恋人同士になった。
由依の人生にとってそれは大きな変化である。毎日、真のことばかり考えてしまうし、一緒にいるとドキドキソワソワが続いて落ち着かない。
しかし気持ちに反して、恋人同士になっても特にこれといった変化はない。
同級生が語る恋人同士のエピソードは、聞いているこっちがドキマギしてしまう内容だけれど、いざ自分がその立場になってみるとどうしていいのかわからない。
手を握っていいのかな?
もっと近くに座っていいのかな?
マコトは今、何を考えているのかな?
一緒にいて楽しいって思ってくれてるかな?
不安はどこまでも続いて、声に出して訊きたくなる。でも返ってくる答えが望まぬものだった時、自分はどれほど傷つくのかわからない。
「……なんか、難しい」
ため息交じりに呟けば、ポンッと頭に何かが乗った。遅れてそれが真の手であることを知る。
「受験の準備、もう始めてんのか?あんま、無理するなよ」
「……ちがうもん。難しいのは……ま、真のこと」
「俺?」
「そう」
まさか、と言いたげに目を丸くする真は、自分の不安なんかぜんぜん気づいてくれない。そう、思っていたけれど──
「俺は、お前が思ってるより、結構単純。お前がいて、キナがいて、時間が空いてる時に一緒にここに来れたら十分。それ以上は、あんま深く考えてない……っていうか、考えるとわけわかんなくなるから、ゆっくりでいいんだと思ってる」
ゆっくり慎重に語ってくれた真の手を、由依はギュッと握った。
「なんだもうっ、同じこと考えてたんじゃん!」
「……みたいだな」
呆れたというより安堵に近い息を吐いた真は、握られている手を動かして指と指を絡める。
いわゆる恋人つなぎになった手のひらから真のぬくもりが伝わって、由依の頬がじわじわと熱くなる。
「照れるし、恥ずかしいけど……いいね、こういうの」
「ああ」
口調こそ素っ気ないけれど、真の耳は赤くなっていた。
それを見付けた途端、心の中を占領していた不安とかモヤモヤが一気に消え去り、由依は小さく声に出して笑う。
川の流れは変わらず穏やかで、キナコは雑草をクンクンするのに忙しい。由依はちょっとだけ勇気を出して、真の肩にもたれ掛かる。
服越しに伝わる真の身体は、思った以上に筋肉質で硬い。彼が異性であることを改めて実感した由依は、やっぱ無理!と姿勢を戻そうとした。その時、
「おーい、由依! お前こんなところにいたのかよぉー」
キナコが怯えを通り越してフリーズするほどの若い男の大声が、河川敷に響き渡る。聞き覚えのあるその声に、由依は考える間もなく振り返った。
──な、なんでいるの!?
昭和のチンピラみたいな格好をした和樹が、ケーキ箱を手にしてこちらに駆け足で向かってきている。
「……最悪」
吐き捨てるように呟く由依に、真は「誰?」と小声で尋ねる。
「琴子さんの弟。和樹っていうの」
「ふぅん」
気のない返事をした真だが、和樹がこちらに到着するのとほぼ同時に立ち上がった。
「はじめまして和樹さん。俺、小林真です」
ペコリと礼儀正しく頭を下げた真に、由依は面食らった。和樹はというと、一瞬だけ「おっ」という顔をしたけれど、すぐにニンマリと笑う。
「そっか。じゃあ、マコトでいいな。俺は和樹。由依は俺の妹だから、お前も──」
「ちょっと待って。和樹は私の義理の弟になるじゃん」
「は?いいじゃんか、そんなのどっちでも」
「良くない!」
強く否定すれば、和樹はなぜかしょげた顔になる。しかしすぐに笑顔になり、手にしていたケーキ箱を由依に押し付けた。
「ま、そう怒るなって。コレ食って機嫌直せ。親父が駅前のケーキ屋で新作のシュークリームが出たからお前にプレゼントだってさ」
「え?あ……ありがとう」
「俺に言うんじゃなく、礼は親父に言ってやれ。金出したのも、買いに行ったのも親父なんだし。俺はちょっとこの近くに用事があったからついでに届けただけだしさ」
「うん。すぐに連絡しとく」
素直に頷いた由依に満足そうな笑みを浮かべた和樹は「んじゃ、俺、用があるから」と軽く手を上げ背を向ける。本当に急いでいるようだ。
──なんか……悪いことしちゃったな。
用事を後回しにしてシュークリームを届けに来てくれたのに、ちょっとデート現場を見られたからって冷たい態度を取っちゃって。
罪悪感が胸を刺す。せめて「気を付けて」のひと言ぐらい伝えようと思ったその時、和樹は突然身体を反転させると真と向き合った。
「マコト、その……悪かったな。気が利かなくて」
「え?な、なにが、ですか」
「あそこのワンコ、お前のだろ? ワンコのおやつも一緒に買っとくべきだったな。すまん」
てっきりデートの邪魔をしたことへの謝罪と思いきや、まさかのキナコへの気遣い。予想外の展開に真は目を丸くする。
「……い、いえ。キナはその……あんまりおやつとか食べないんで」
しばらく思い悩んで捻りだした真の言葉に、和樹は半分だけ納得した顔になる。
「そっか。ま、でも、おやつはワンコと飼い主との大事なコミュニケーションの一つだから、たまにはあげてやれよ」
「は、はい!」
「よし」
元気に返事をした真の肩を2回叩いた和樹の顔は、無駄に兄貴面をしていた。
それにイラっとしてしまった由依は、「気を付けて」とは言えたけれど引きつった顔を元に戻せないまま、和樹を見送った。
「……いい人だな、和樹さんって」
小さくなっていく和樹を見つめながら、真はしみじみと呟き目を細める。
「うん……そうでもないところもあるけれど、やっぱいい人だと思う」
「そっか」
「うん。でもあの格好は良くはない……って、マコトどうしたの?」
食い気味に同意してもらえると思いきや、真はとても複雑な顔になっている。どうしてそんな顔をするのかわからない。
そんな由依の不安を感じ取った真は、ひどく言いにくそうにこう言った。
「和樹さんの格好さぁ、俺的にはいいって思うけど?」
真の衝撃的な発言に、由依はくらりとめまいを起こしそうになった。
*
それから数時間経って、日が沈み時刻は夜。
今日も橋坂家のダイニングテーブルは由依の手料理で彩られている。
「──っていうことが、あったんです」
「それはまぁ……なんていうか……その、ごめん」
夕食を食べながら由依が昼間の出来事をかいつまんで語り終えたと同時に、琴子は箸をおいて深々と頭を下げた。
「あ、いえっ。琴子さんが謝ることなんて何も!仕事中なのに琴子さんのお父さんの連絡先を教えてもらって感謝してるし、和樹のことは聞いてもらえただけで十分です。あ、シュークリームなんですが、琴子さんの分も取ってあるんで食べます?美味しかったですよ」
「うん、食べる」
酒豪だけれど甘党の琴子は、食後のデザートの誘惑に即時に乗った。
夕食はほとんど食べ終えた。空いた皿を適当に重ねて、由依はシュークリームを置くスペースを作る。
「コーヒー飲みます?それとも紅茶の気分ですか?」
「んー……今日は、敢えてのルイボスティーで」
「あ、じゃあ、私もいただきます」
重ねた皿を持ってシンクに移動した由依は、手際よくお湯を沸かしながら汚れた食器を洗う。その間、琴子は奈良漬をつまみに残ったビールと美味しそうに飲んでいる。
「それにしても、マコト君、立派だったね。あんな弟にちゃんと頭を下げるなんて」
「あ……はい。私も驚きました」
真は不良じゃないけれど、愛想がいいわけではない。でも和樹を前にした真は、絵に描いたような好青年だった。
自惚れていいなら、自分のために礼儀正しくしてくれたのかも。そんなことを思ったら頬が熱くなり、由依は食器洗いに専念する。
その甲斐あっていつもより早く片付けを終えた由依は、二人分のルイボスティーとシュークリームを持って、ダイニングテーブルに戻る。
「お待たせしました。あの……琴子さん、食べながらでいいんで相談に乗ってほしいんですが……いいですか?」
「いいも何も、むしろ光栄!で、なにかな?」
ニコニコ顔でシュークリームを頬張る琴子に、由依は先ほど伝えられなかった一件を語りだす。
「実は……マコト、和樹の服装を見て”俺的にはいいって思う”って言ったんです」
「う、嘘」
「嘘だと思いたいんですが、本当……なんです」
「それはヤバいわ」
「……はい」
ほっぺたにクリームをつけたまま固まった琴子は、この世の終わりのような表情をしている。由依も似たり寄ったりの顔だ。
「それで、相談なんですが、マコトがあの服を着だしたら……私、どうしたらいいんでしょう?」
好きも嫌いもはっきり口にしない真が、珍しく”いい”と口にしたのだから否定したくないし、真がどんな格好をしても幻滅しない自信はある。
でも、いざ昭和のチンピラ風の格好をした真を前にした時、はたして自分は「似合ってるね」と言ってあげられるだろうか。申し訳ないが、それに対しては自信がない。
「……これは、かなりの難題ね」
ふむっとあごに手を添えて呟く琴子は、働く大人の女性の顔をしていた。でもクリームはほっぺたに付いたまま。
そのちぐはぐさに由依がつい噴き出せば、琴子も釣られて笑う。
それから二人は夜遅くまでアレコレと語り合い、出た答えは「なるようになる」。
不安な気持ちはまだ少し残ったままでいるけれど、意外な真の一面を知ることができたのも事実。
──だから今日は、これでいいことにしよう。
そう結論付けた由依は、ベッドにもぐりこむとあっという間に眠りに落ちた。
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