交際ゼロ日からの、契約結婚 ~夫が抱える25の嘘~

当麻月菜

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だから菜穂子は、御曹司と結婚した

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 しばらくして、耀太は取り繕うような笑みを浮かべて口を開いた。

「菜穂子さ、ちょっと落ち着けよ……な?」

 この期に及んでもまだ己の非を認めない耀太に、菜穂子は侮蔑の視線を向ける。

「耀太さん、東京湾に沈むのと、富士の樹海に埋められるのと、高層ビルからダイブするのと、どれがいい?」
「え……?」

 キョトンとした耀太だが、見る見るうちに顔が青ざめる。

 冗談ではなく本気だと、菜穂子は言葉にせずとも指をポキポキ鳴らして宣言しているからだ。

「二択じゃなくって、三択にしてあげたんだから感謝して。さぁ、どれを選ぶ?」

 ふふっと花がほころぶような笑みを向けられた耀太は、視線で美紀に助けを求めるが、彼女はとっくに逃げ出していた。

「選べない?なら、私が選んであげようか?そうね、それがいいかも!耀太さん、食事の時、いっつも私のメニュー決めてくれてたもんね。俺の言う通りにすれば間違いないって言ってさ。私ねそういう耀太さんのこと、男らしいなって思ってたんだ。でも決められないこともあるよね。そんな時は私が決めてあげるべきよね。なんかこれこそ、男を立ててあげる女!ってかんじ。そういう子、好きでしょ?」

 菜穂子はわざとかがんで、下から上に耀太を見あげる。

 頼れる大人の男……だったはずの耀太は、今はブルブル震えるだけ。
   
 ──まったく。ちょっと素を見せたぐらいで、ビビるなんて……!

 自分の恋人が弱者に対しては強気に出るクズ野郎だったことを知った菜穂子は、己の男の見る目のなさにうんざりする。

 でもその気持ちを隠して、足元に転がっていた空き缶を拾い上げると、片手で軽々と握りつぶす。

 ちなみに空き缶は、アルミ製ではなくスチール製だ。

「ポイ捨てするなんて駄目だよね。ちゃんとゴミはゴミ箱に入れないと。リサイクルできないし、歩行者の邪魔にもなるし。私、許せないんだ。社会性の低い人って。そういう人って社会のゴミだよね。ゴミはちゃんと処分しないとね」

 道徳的な発言をしているが、菜穂子は耀太の臨終スタイルを本気で選ぼうとしている。

 この笑えない状況に、耀太は死を覚悟した。

「すまなかった!悪かった!俺が、全部、全部、全っっっ部、悪かった!!」

 行き交う人たちが足を止めるぐらい豪快に土下座した耀太は、アスファルトに額をこすりつけて菜穂子に命乞いをする。

 その無様な姿は、かつて恋した男の面影は微塵もなかった。

「……消えて」

 しばらくして、菜穂子は吐き捨てるように言った。

「え……?」
「二度と私の前に現れないでって言ったの!」
 
 カンッと、ヒールを踏み鳴らした途端、耀太は弾かれたように立ち上がり、そのまま振り返らずに駆け出した。

 人ごみを押しのけて走り去る耀太が、見る見るうちに小さくなっていく。

 足を止めていた通行人達は、菜穂子と目を合わさぬようそそくさとこの場から離れていく。

 ふぅっと一仕事を終えたような息を吐いた菜穂子は、視線を感じて振り返った。

 そこにはスマホ片手に、こちらを傍観している真澄がいた。

「弁護士を手配する必要はなかったようだな」
「警察じゃなくって?」

 思ったままを尋ねたら、真澄はニヤリと笑う。

「求婚した相手を通報する馬鹿がどこにいる?君が何かやらかしたなら正当防衛で無罪、最悪でも執行猶予を勝ち取れる弁護士を用意するのが筋だろう」
「はぁ……」

 曖昧に頷きながら、菜穂子は真澄を見つめる。

 ──この人、素の私を見ても引かない。それどころか無条件に味方になってくれた。

 そうできるのは、真澄が財力と権力を持っているからだ。でもその力を、迷わず自分に使おうとしてくれたのも事実だ。

「柊木社長、行きましょう」
「どこにだ?」
「100均!」
「……は?」
「認印、いるんでしょ?結婚届に。あいにく今日は印鑑持ち合わせてないんですよ、私」

 ポカンとしている真澄に、ニッと笑った菜穂子は上着からスマホを取り出すと、デザイン事務所に電話する。

「あ、社長!お疲れ様です。契約取れましたぁー。ってことで私、今日は直帰させていただきます。契約書は明日、持っていきますんで。では!」

 一方的に報告して通話を終えた菜穂子は、真澄に目を向ける。

「柊木社長、私の人生踏み台にするんですから、それ相応の幸せを手にしてくださいね」
「ははは……」

 片手で顔を覆って笑い声をあげた真澄は、そのまま俯き、動かない。

「あの……」
「望むところだ」

 顔を上げた真澄は、何かに挑むようなとても魅力的な顔をしていた。菜穂子は、思わず息を吞む。

「それじゃあ、行こう」

 差し出された真澄の手を、菜穂子はぎゅっと握る。

 失恋ついでの、契約結婚。しかも一年後には、バツイチ確定。

 ノリと勢いとはいえ、こんな選択は馬鹿げている。絶対に後悔する。

 そうわかっていても、自暴自棄になっている菜穂子は足を止めずに真澄の愛車に乗り込んだ。
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