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妻の矜持
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完全に美佐枝と純玲の気配が消えたのを確認した菜穂子は、あはははっとお腹を抱えて笑い出す。
我慢してた分、無駄に声が大きくなり、おっさんみたいな笑い声だ。それがツボに入って更に笑うという謎の現象に、菜穂子は上手く息ができない。
「ひぃ、ぅ……っ……あはっ、あははっははっ……!く、苦し……!」
「菜穂ちゃん、落ち着け。とりあえず水飲め」
「う、うん……あはっ……っ……!」
冷たい水が入ったグラスに口をつけた瞬間、また噴き出した菜穂子を、真澄は軽く睨む。お陰で笑いがおさまった。ありがとう。
「……ふぅ、死ぬかと思った……」
水を一気飲みして落ち着きを取り戻した菜穂子は、真澄に視線を向ける。
彼は何かに耐えているような表現を浮かべていた。
「あ、まあ君……怒ってる?」
やらかした自覚がある菜穂子は、おずおず真澄に尋ねる。
「まさか」
「そう……?でも……なんかさ……」
「うん?」
「私に言いたいことがあるような気がして、さ……」
先の言葉を紡げなくなった菜穂子は、真澄から逃げるように、空になったグラスをシンクに置こうと身体の向きを変える。その瞬間──
「逃げないで、菜穂ちゃん」
「っ……!!」
腕を掴まれたと思った次には、真澄に息もできないくらい強く抱きしめられていた。
驚いた菜穂子の手からグラスが滑り落ちる。
幸いグラスが落ちた先はカーペットの上なので、トンッコロコロ……とくぐもった音を立てただけだった。
割れなくて、良かった。いや、良くはない。この状況が。
「……ま……まあ君、くるし……」
「ご、ごめん」
慌てて真澄は腕を緩めるが、菜穂子を自分の胸から開放する気はない。
「菜穂ちゃん……」
「なあに?」
「ありがとう」
耳に注ぎ込まれた5文字に、真澄のたくさんの想いが凝縮されていて、菜穂子の胸が震える。
「俺、さ……」
「うん」
「今日のこと死んでも忘れない」
「っ……!」
「絶対に忘れない」
心に深く刻むように言った真澄は、そのまま菜穂子の肩に頭を乗せる。
「菜穂子ちゃん……ごめん。少しだけこのままでいてくれ」
嫌と言ったら、死んじゃうような声でお願いするなんて、ずるい。
こっちは、真澄の髪が頬に当たってくすぐったいし、落ちたコップを今すぐに拾いたいし、智穂への罪悪感で胸がズキズキと痛むのに。
──もうっ、どうなってもわからないからね!
踏みとどまるなら今しかないのに、菜穂子はブレーキをかけずに真澄の背に腕を回した。
「いいよ。好きなだけどーぞ」
菜穂子のわざとらしい明るい口調は、最後の予防線だ。真澄がそれに気づいたかどうかはわからない。
ただ真澄は、しばらく菜穂子の肩に顔を埋めたまま動かなくなった。
真澄が顔を上げたのは、コーヒーがすっかり冷めてから。そして菜穂子の片側の肩は、しっとりと濡れて冷たくなっていた。
我慢してた分、無駄に声が大きくなり、おっさんみたいな笑い声だ。それがツボに入って更に笑うという謎の現象に、菜穂子は上手く息ができない。
「ひぃ、ぅ……っ……あはっ、あははっははっ……!く、苦し……!」
「菜穂ちゃん、落ち着け。とりあえず水飲め」
「う、うん……あはっ……っ……!」
冷たい水が入ったグラスに口をつけた瞬間、また噴き出した菜穂子を、真澄は軽く睨む。お陰で笑いがおさまった。ありがとう。
「……ふぅ、死ぬかと思った……」
水を一気飲みして落ち着きを取り戻した菜穂子は、真澄に視線を向ける。
彼は何かに耐えているような表現を浮かべていた。
「あ、まあ君……怒ってる?」
やらかした自覚がある菜穂子は、おずおず真澄に尋ねる。
「まさか」
「そう……?でも……なんかさ……」
「うん?」
「私に言いたいことがあるような気がして、さ……」
先の言葉を紡げなくなった菜穂子は、真澄から逃げるように、空になったグラスをシンクに置こうと身体の向きを変える。その瞬間──
「逃げないで、菜穂ちゃん」
「っ……!!」
腕を掴まれたと思った次には、真澄に息もできないくらい強く抱きしめられていた。
驚いた菜穂子の手からグラスが滑り落ちる。
幸いグラスが落ちた先はカーペットの上なので、トンッコロコロ……とくぐもった音を立てただけだった。
割れなくて、良かった。いや、良くはない。この状況が。
「……ま……まあ君、くるし……」
「ご、ごめん」
慌てて真澄は腕を緩めるが、菜穂子を自分の胸から開放する気はない。
「菜穂ちゃん……」
「なあに?」
「ありがとう」
耳に注ぎ込まれた5文字に、真澄のたくさんの想いが凝縮されていて、菜穂子の胸が震える。
「俺、さ……」
「うん」
「今日のこと死んでも忘れない」
「っ……!」
「絶対に忘れない」
心に深く刻むように言った真澄は、そのまま菜穂子の肩に頭を乗せる。
「菜穂子ちゃん……ごめん。少しだけこのままでいてくれ」
嫌と言ったら、死んじゃうような声でお願いするなんて、ずるい。
こっちは、真澄の髪が頬に当たってくすぐったいし、落ちたコップを今すぐに拾いたいし、智穂への罪悪感で胸がズキズキと痛むのに。
──もうっ、どうなってもわからないからね!
踏みとどまるなら今しかないのに、菜穂子はブレーキをかけずに真澄の背に腕を回した。
「いいよ。好きなだけどーぞ」
菜穂子のわざとらしい明るい口調は、最後の予防線だ。真澄がそれに気づいたかどうかはわからない。
ただ真澄は、しばらく菜穂子の肩に顔を埋めたまま動かなくなった。
真澄が顔を上げたのは、コーヒーがすっかり冷めてから。そして菜穂子の片側の肩は、しっとりと濡れて冷たくなっていた。
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