交際ゼロ日からの、契約結婚 ~夫が抱える25の嘘~

当麻月菜

文字の大きさ
75 / 99
涙があるからこそ、前に進めるのだ

1

しおりを挟む
 真澄と言い争いをしてから、菜穂子は後悔の日々を送っている。

 どうして、あんなにも感情的になってしまったのだろう。無理にでも真澄の気持ちを知りたいと思ってしまった自分を思い出しては、消えてしまいたくなる。

 しかし、菜穂子がどれだけ後悔しても、消えたいと願っても、世界は残酷だ。

 無情にも時間は流れ、命を維持しようと身体は空腹と睡眠を訴える。

 仕事に行き、智穂の手料理を食し、晩酌をしながら真澄の帰宅を待ち続け寝落ちして──そんな生活を続けていれば、気づけば桜も散って、ゴールデンウイークも過ぎてしまった。

 でも真澄とは、会話らしい会話ができるどころか、まともに顔すら合わせていない。

 沖縄はとっくに梅雨入りして、関東地方もそろそろだ。

 傘が手放せず、ジメジメした毎日が続くことを考えると、うんざりというより憂鬱になる。

 せめて仲直りとはいかなくても、あの日の出来事を真澄に謝罪したい。

 そう願う菜穂子だが、真澄は器用に避けやがる。平日は遅くまで残業で、休日も仕事。出張もやたらと多い。

 結婚した当初、真澄は多少の残業はあるものの、毎日マンションに帰宅していた。週末だって、しっかり休んでいた。

 しかし祝賀会でこじれてしまった後は、ブラック企業に務めるサラリーマンみたいに仕事人間に変わってしまった。

 庶民の菜穂子とて、大財閥の御曹司が忙しいのはわかっている。だがこの変化は、あまりにも急激だ。真澄が自分を避けていると考えるなという方が、無理がある。




 梅雨入りした、とある休日の昼間──

「ねぇーえー、菜穂子さぁーん。訊いてもいーい?」

 リビングで、デザイン学校のパンフレットを読んでいた菜穂子に、智穂がキッチンカウンターから身を乗り出して尋ねた。

 パンフレットを持つ菜穂子の手が、ビクッと震える。

「も、もちろん……い、いいです……よ?」

 智穂が何を知りたいか察した菜穂子の頬は、見事に引きつっている。

 できることなら、質問を受ける前に逃げ出したい。

 しかし、逃げるわけにはいかない。智穂は、真澄の想い人である以前に、菜穂子の胃袋を掴んでいるからだ。

 手に持っていたパンフレットを閉じてテーブルに置いた菜穂子は、立ち上がってキッチンカウンターに向かう。智穂は、手早く紅茶を淹れてくれている。

 ダイニングテーブルに二人分のティーカップが置かれた頃には、互いに聞く体制と、話す覚悟ができていた。

「じゃあ、さっそくだけど、菜穂子さん……真澄さんと何かあった?」

 ドストレートかつ、容赦ない質問に、ティーカップを持ち上げようとした菜穂子の手が止まる。

「……ええ、ありました」
「それ、ここ最近の話?」
「いいえ、ゴールデンウイークより前の話です」
「そっか」

 さも初めて知った顔をする智穂に、菜穂子は心の中で「嘘つき」と呟く。

 智穂は、真澄との付き合いが菜穂子よりはるかに長い。きっともっと早くこのこじれた状況に、気づいていたはずだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa
恋愛
今まで虐げられ続けて育ち、愛を忘れてしまった男爵令嬢のミレー。 彼女の義妹・アリサは、社交パーティーで出会ったオリヴァーという公爵家の息子に魅了され、ミレーという義姉がいることを一層よく思わないようになる。 そこでミレーを暴漢に襲わせ、あわよくば亡き者にしようと企んでいたが、それを下町に住むグランという青年に助けられ失敗し、ミレーはグランの家で保護され、そのまま一緒に暮らすようになる。 そしてそのグランこそがアリサが結婚を望んだオリヴァーであり、ミレーと婚約することになる男性だった。 やがてグランが実は公爵家の人間であったと知ったミレーは、公爵家でオリヴァーの婚約者として暮らすことになる。 だが、ミレーを虐げ傷つけてきたアリサたちを許しはしないと、オリヴァーは密かに仕返しを目論んでいた。 ※アリサは最後痛い目を見るので、アリサのファンは閲覧をオススメしません。

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

処理中です...