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番外編 初めての……

初めてのお墓参り②

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 馬車は順調にカラカラと車輪を回して目的地へと進んでいる。

 けれど車内にいるティアは、こっそりと小さく息を吐く。

 向かいの席から漂う温室で育てられた花々の甘い香り。
 そして同じく向かいの席からは、グレンシスからの絶え間い甘い眼差し。

 それだけならケーキにハチミツをぶっかけたような、びっちゃびちゃに甘い空気なだけなので、いつものようにもじもじとすれば良いだけ。

 けれどそこに隠し味の域を超えたスパイシーな視線が横から届いている。

 その視線を敢えて言葉にするなら「おいおいおいおい、父もいるんですけどぉ。いるんですけど、ねっ」といった感じか。

 スパイスの利いたクッキーや甘いミルクティーは大好きだけれど、こういう空気はいただけない。

 ……世間一般の女性はこんな経験をして結婚というものをしているのだろうか。

 一生独身宣言をしていたティアだったけれど、紆余曲折の末グレンシスと共に人生を歩くことを決めた。けれど、これまで恋愛らしい恋愛などしたことがない。

 ましてティアは娼館生まれの娼館育ち。
 いわゆる世間一般の女性が過ごす環境とは程遠い生活を送ってきた。なので、こういう気まずさには慣れることができない。

 もちろんそことこに対して不満があるわけなどない。
 でも年頃の女の子と関わる機会がなかったがゆえに、こういうときの対処法がてんでわからないのも事実。

 そしてティアにとって唯一友と呼べる存在は異国に嫁いだアジェーリアだけ。

 最近その友から手紙が届くようになった。とても嬉しい。
 けれど現在異国の王族になった彼女にこういう相談をしていいのかどうか、ティアは判断に迷うし赤裸々に相談する勇気も今のところない。

 きっと……いや間違いなく、アジェーリアはそんな相談をティアから受けたなら喜んですぐさま返事を書いてくれるだろう。

 でも、その一歩が踏み出せないティアは、現在一人でうじうじ悶々と悩むだけ。

 それでも馬車はカラカラと車輪を回して目的地に進んでいる。
 ちなみに到着までは、あと少しの距離。

 なのだが───ここでスパイシーな視線が更に辛みを増した。ただ、それは別の種類のものに変わっていた。

「……ティア、取込み中悪いが、質問をしても?」
「何も取り込んでません。どうぞ続けてください」

 食い込みにティアが否定を込めた返答をすれば、ユザーナはコホンと咳ばらいをして再び問いを口にした。

「この馬車はどこに向かっているのかい?」
「母の墓です」
「……そうか。いやそうだな、そうなんだが……」

 当たり前の事を聞いてしまい恥じるユザーナだったけれど、なんだか歯切れが悪い。

 ふと視線を移せば、なぜかここでグレンシスもさっきまでのとろけるような表情が消えていた。

 ちなみにこの二人、これでもかとめかしこんではいるけれど肝心の墓の場所がどこにあるかは知らない。
 てっきりティアの母親の墓はいわゆる共同墓地にあると思い込んでもいた。

「ティア……今更聞くのもなんだが」
「はい」
「それはどこにあるんだ?」
「……っ?!」

 ここでティアも驚いて声を失った。

 ティアはグレンシスはともかく、ユザーナは母親の墓の場所を知っていると思いこんでいた。だから敢えて伝えてなかった。

 けれどこのユザーナの質問と、あからさまな挙動不審。

 自分のうっかりでユザーナが帰ると言いだしたらどうしようと、ティアは青ざめる。

 なにせ向かう先が彼にとって、とっても行きたくない場所であることを知っているから。

 でも、ティアは答えることにする。どうかこれを聞いて帰るとゴネないで下さいと祈りながら。

「えっと……母のお墓は、バザロフさまのお屋敷の敷地内にあるんです」
「……っ」

 瞬間、ユザーナはこの世でもっとも苦いものを口に含んだ顔をした。そしてぼそりと「私としたことが迂闊だった」と苦し気に呟いた。

 グレンシスも声にこそ出してはいないが、ユザーナとまったく同じ表情を浮かべていた。

 だが往生際の悪いユザーナは、ついつい一縷の望みをかけてティアにこんなことを聞いてしまう。
 
「ちなみにアイツは……ま、まさか、屋敷にいるとか?!」

 決してユザーナの声は荒々しいものではなかったが、切実な何かを秘めたものだった。

 グレンシスもどうか首を横に振ってくれと目で必死に訴えてくる。

 どうやらこの二人は、本日休暇を取ったのは自分達だけだと思い込んでいたようだった。妙なところで詰めが甘い。

 そんなことを思ったけれど、ティアは表情を消して答えることにする。

「そのまさかです。バザロフさまはお屋敷にて私達の到着を待っています」

「……」
「……」

 ティアが答えた瞬間、盛装した二人の目は死んだ魚のようになってしまった。

 けれど、ユザーナは決して帰るとは言わなかった。





 それから数分後、馬車は静かにバザロフの屋敷に停車した。

 そして3人は献花を抱えて馬車を降りる。と、同時に力強い足音がこちらに向かって来た。

 屋敷の中に居たバザロフが馬車の到着に気付いて、出迎えに来てくれたのだろう。ティアの口元が自然にほころんでいく。

 けれど、足音が近づくごとにティア以外の二人の表情がみるみるうちに曇っていく。

 ちなみにバザロフの服装は騎士服ではないが、めかしこんでもいない。いわゆる普段着だった。

 そしてバザロフが近づくにつれ、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているのがティアの視界にしっかいと映る。

 ああ……、ティアはほころんでいた口元から溜息が漏れてしまうのが止められなかった。

 けれどその程度では、バザロフのニヤニヤ笑いは止まらない。そして、とうとう3人の元まで到着すると───

「ぶっあははっははっはっは」

 バザロフはグレンシスとユザーナを指さして、庭の木々の梢で一休みしている鳥たちが一斉に羽ばたいてしまう程の大爆笑をした。

 そしてひぃひぃと苦しそうに息継ぎをしながら、こんなことまで口にした。

「お、お前らなんだその恰好?!あははっは、こりゃーおかしい。───……どうした?いい年して今からデートか?ん?ん?」

 バザロフの後半の問いかけは、ユザーナに向けられているものだった。

「……」 

 ユザーナは大人である。そして父でもある。

 今、娘がすぐそばにいる。だから大人げなく声を荒げるなんて、その矜持が許さない。

 それに今日は長年会うことができなかった(書面上では)妻と再会できる日。心穏やかに彼女の元へ向かいたい。……だから堪えろ。

 そうユザーナは必死に自分に言い聞かせている。けれど、その額には絵に描いたような青筋が立っていた。
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