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【序章】宣戦布告をさせていただきますわ

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 目覚めたと同時に天蓋付きの豪奢なベッドから飛び起きて、目についた姿見に転がるように足を運んで自分の姿を写した時、全てを悟った。

 ーー私がのは、きっともう一人の私ができなかった全てを叶えてあげるため。

「それじゃあ、早速やりますか」

 何の因果かわからないけれど、賽は投げられたのだ。

 現世と黄泉の国の狭間で泣いていたあの子の代わりに、これまで散々蔑ろにしてくれた夫に別れを告げなくてはーー


【旦那様、ヒロイン交代につき2回戦を始めましょう】



 金の粉をまぶしたような日差しがクリークルン国の王都ラタネに降り注ぐ。秋風が木の葉をさわさわ揺さぶり、冬が近いことを知らせる。

 王都で三本の指に入る名門貴族レブロン家の邸宅では、今日から冬支度を始めるため、使用人達は慌ただしく持ち場に付く。

 時刻は朝。厨房では朝食の片付けに追われている。そんな中、我関せずと言った感じで部屋着の上に羽織ったガウンの紐を揺らしながら一人の女性が優雅に廊下を歩いていた。

「……えっと、多分こっちだった……そう、合ってる合ってる」

 頬に流れた桜色の髪を乱暴に耳にかけながらブツブツと呟く女性ーーアイネ・レブロンはとても美しい。

 陶器のような滑らかな肌、黄昏時を思い起こさせる大きな茜色の瞳。ほっそりとした体形に似合わないふくよかな胸。

 女神というより妖精のような愛らしい雰囲気を持つ彼女は2年前、16歳という若さでレブロン家に嫁いだ御年18歳の若き侯爵夫人である。

 しかしアイネとすれ違う使用人達は、女主人を前にして道を譲ることも、深々と腰を折ることもなく、異物を見るような目付きになるだけだった。

 無理もない。アイネは嫁いでから早2年。ずっとずっとずぅーっと部屋に閉じこもり、女主人としての責務を放棄してきたのだ。礼を尽くす相手ではないと見限られても仕方がない。

 そんな容姿以外に何の取り柄のない引きこもり奥様が独り言を呟きながら、しかも侍女すら連れずに廊下を歩いているのだ。首を傾げるのを通り越して、恐怖すら感じてしまう。

 ……という随分と失礼な態度を取られている当の本人アイネは、不機嫌になるどころか一向に気にする素振りを見せない。

 それは日頃から女主人としての自覚の無さを痛感しているから。というのもあるし、これからやるべき事で頭がいっぱいで、使用人達の視線なんか一々気にしていられないというのもある。

 でもそれは割合的にはとても少ない。一番の理由は、アイネの中身がアイネじゃないからだ。

 アイネ・レブロンは昨日死んだ。侍女のジリーが飲み物に混入した毒によって。今、アイネの身体に入っている別の人格ーー都築藍音だったりする。

 ちなみアイネが生まれ育った世界は、生前、藍音がドハマりしていたネット小説の世界である。

「よっし、無事にたどり着いた」

 他人の記憶を頼りに目的地に向かうのは人生初めての経験だったので、藍音はほっと安堵の息を吐く。しかしここからが本番だ。気を引き締めなければならない。

 コンコンと、お義理程度の雑なノックをした藍音は入室の許可を得ぬまま扉を開けて、執務机に鎮座している男の前に立った。

「おはようございます、旦那様。お話があるので、お時間を頂戴いたしますわ」

 知らない世界に、知らない人達。

 アイネから受け継いだ記憶が無ければ、右も左もわからないはずだけれど、藍音はこの男のことはそれなりに知っている。

 ライオット・レブロン。彫刻のような引き締まった身体に、眩しいほどに輝く金髪。エメラルドグリーン色の瞳は、正統なレブロン家の血筋を現すように宝石の如く美しい。

 そんなスタイル抜群で眉目秀麗のこの男は、御年25歳の侯爵家当主であり、アイネの夫でもある。

 ただ藍音が知っているのは、そんな情報ではない。

 元の世界で熱心に読んでいたネット小説【今宵、花になれるのは唯一人】のモブキャラ。国王の寵愛を受けるために側室が繰り広げる愛憎劇に、ヒーローよりもヒーローらしく絶妙なタイミングで登場し悪役を粛清するーーヒーロー泣かせの狡い男、だ。

 ちなみにヒーロー泣かせのモブキャラは、断りも無く入室した妻に対し、こんな態度に出た。

 ーーパサリ。

 意気込んで切り出した藍音に返って来たのは、夫の返事ではなく紙をめくる虚しい音だった。

「……なるほど。そうきたか」

 ライオットに聞こえない声量で呟いた藍音は、ギロリと彼を睨み付ける。

 妻をシカトした夫は刺すような視線に気付くことすらせず、書類に目を通しサインを入れるという行為を繰り返している。

 少しは罪悪感を覚えたほうが良いよと忠告したくなるくらい涼し気な表情を見せるライオットは、規格外に良い顔をしているし、苦労を知らずに生きて来た清潔な香りがする。だが、それを知らずして生きてきたせいで傲慢さを感じる。

 ここで藍音は、イケメンが正義ではないことを知った。もう容赦はしない。
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