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第二章 代弁者は裁く、語る、色々と

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 待つこと数分。ロッドは過去の注文リストとおすすめの商品を用意して部屋に戻って来た。

 すぐさまリストを手に取り、目を通し始めた藍音は愕然とした。

 ーーな、なに……この金額!?

 目玉が飛び出さなかったことが奇跡だと思うほどの高価な宝石類が延々とリストに記載されている。

 ーーちょっと待て待て待て。待ってよ。これ高級外車何台分なのよ!?

 見た目は侯爵夫人だけれど中身はド庶民の藍音は、気を抜いたらリストを持つ手がブルブルと震えてしまいそうだ。

「夫人、いかがなされましたか?」

 ポーカーフェイスを貫こうと思ったけれど、やはり動揺を隠せなかったようで、ロッドは不安げに問い掛けてくる。

「あ……えっと……自分の記憶力の無さに呆れちゃって……ふふっ。驚かせてしまって、申し訳ないわ」
「いえいえ。ご夫人のような高貴な方なら、全ての宝石を覚えておくのも難しいことでしょう。どうぞ、お気になさらず」
「そう?ありがとう」

 覚えているものも何も、アイネの記憶を探ってもリストに載っている宝石は手元に無い。ヒューイは一体全体、何の為にこんなにも買い占めたのか。やはり売る為か。
 
 悶々と考えた結果、藍音は心の中で聞き込み調査リストに質屋と格下の宝石店も加えることにする。次いで、テーブルの上にずらりと並べられた宝石に目を向ける。

 すぐさま胸やけしそうになった。

「ねえ、ロッド卿。一応確認ですけれど……おすすめの商品ってこちらになるの?」
「はい。夫人の美しさに負けない選りすぐりの品を選んで参りました」

 自信満々に言い切るロッドに藍音は「ないわっ、ないない。絶対に無い!!」と心の中で吐き捨てる。

 それほどにロッドが勧めた商品は、アイネの容姿に似合うとは言い難い品だった。

 まるでチャンピオンベルトのようなネックレスに、鉄アレイ代わりのようなブレスレット。無駄に大きい宝石が輝く指輪は、指の骨を折りたいのかと問い詰めたい。

 ーーこんなのアイネには絶対に似合わない!!

 儚げな容姿のアイネは、大きな宝石よりこれ以上ないほど磨き上げた小さな宝石の方が合ってるし、太いチェーンではなく引っ掛けたらすぐにプツリと切れてしまう糸のようなチェーンの方が肌の美しさを引き立ててくれる。

 それがもし侯爵夫人として貧相だと言うなら、銀のチェーンをレースのように編んで小粒だけれど一級品の宝石をふんだんに使ったチョーカーを勧めるべきだ。

 などと藍音は真剣に考えているが、ロッドの眼には世間知らずの幼な妻がただただ目移りして選べないように映ったようだ。

 そしてネックレスを手に取るとおもむろに立ち上がり、藍音の背後に回った。

「奥様、一度身に着けていただければ、この品の素晴らしさがよりわかります。さぁ、わたくしがお付け致しますのでーー」
「触らないで」

 問答無用で下品なネックレスを首に巻き付けようとしたロッドの手を、藍音は勢いよく払った。

「お、奥様?」
「よく、こんな品の欠片も無いネックレスをわたくしに身に着けさせようとしたわね」
「ですが、これは当店一高級な」
「おだまりなさい」

 首を捻ってギロリとロッドを睨み付けた藍音は、わざと乱暴に立ち上がる。

「わたくしを誰だと思っているの?値段が高いからお勧めですって?一流の宝石店が聞いて呆れるわ。はっ」

 腕を組んで鼻で笑った藍音に、ロッドは信じられないものを見る目になった。

 きっとヒューイから、アイネは気弱なお飾り妻でちょっと強引な態度に出れば思い通りになるとでも聞いていたのだろう。その表情は笑ってしまうほど困惑している。それが無性に腹が立つ。

「わたくしは自分の容姿を引き立たせる宝石が欲しいの。ただ派手なものじゃ嫌。そして肩が凝るのも嫌。これまで誰も身に着けたことがないような宝石を探しにここに足を向けたはずですのに、出されたものは期待外れのものばかり。これでは無駄足だったわ」
「お、奥様……」
「もういいわ。わたくし帰ります」

 リストの束をしっかり抱えて藍音は部屋を出る。泣きそうなロッドの声が背中を刺すけれど、アイネの身分ならそれを無視できる権利がある。

 それから早足で階段を降り、正面ホールに出る。

 従業員が何事かと慌てた様子で駆け寄るが、藍音が厳しい表情を浮かべているのを見るや否や、事前に預けていたコートを素早く羽織らせ慇懃に出口にエスコートした。
 

 

「よし、余計な出費をしなくて済んだ」

 外に出た途端、ふんっと鼻息を荒くしながらそう言った藍音は、ちゃっかり持ち逃げできたリストを見てにんまり笑う。

 正直、値の張り過ぎる宝石を目にして、これを買わないといけないのかと焦った。しかしロッドの舐め切った態度のお陰で不要な経費を使わずに済んで何よりだ。

「ところで……ジリーはどこにいるのかしら……」

 ホッとしたのも束の間、藍音はキョロキョロと辺りを見渡す。見知らぬ光景にどれだけ目を凝らしても、見覚えのある人影は現れない。

「……うふ……ふふっ」

 不安が募りすぎて、笑いがこみ上げてくる。

 ジリーはアイネが藍音になったことを知らない。だから藍音が王都の地理なんてさっぱりわからないことなんて気付くわけが無い。

「まさか帰った……とかはないわよね?こんなことなら外で待っててって伝えておけば良かったぁ……どうしよーーあ、いた」

 途方に暮れてしゃがみ込みたくなったその時、ジリーが人混みの中を縫うようにこちらに向かって来た。

 ただジリーはなぜか口をもごもごと動かし、小脇に小さな紙包みを抱えていた。その姿は誰がどう見てもーー

「買い食いしてたの!?」

 女主人が一人死闘を繰り広げている中、侍女は呑気に買い食いとは。

 ゆっくり近付いてくるジリーを見て、藍音は彼女が食べているのはチュロスらしき菓子だと分析する。

 アラサー女子の藍音だって、甘い物は大好きだ。だから残りの菓子は全部食べてやろうと固く心に誓った。
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