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第4章 今世の貴方と私の掛け違った恋に終止符を
1
気まずい別れをした翌日、セーデル家の別荘にイクセルの部下──イエルが馬に大きな荷物をくくりつけてやってきた。
「受け取ってくださらなければ、自分は北方の雪山で生涯を過ごす羽目になります」
全てイクセルからの贈り物だと知ったフェリシアは、頑として受け取ろうとしなかったが、半泣きのイエルからこう懇願されてしまった。
それから数回の押し問答の末、結局フェリシアはイクセルからの贈り物を受け取った。押し付けられたともいう。
贈り物はドレスが2着と、それに合わせた小物と封筒。
封筒の中身は、明日、砦で開催される慰労会の招待状だった。
==================
特別な夜になることを期待しています。
イクセル・アベンス
==================
イクセルが、王都に戻るフェリシアを引き留めた理由はわかった。けれど、あんな別れ方をしたのに、ドレスを送り付けてくるイクセルの神経がわからない。
そう首を傾げながらドレスが入った箱のふたを開けた途端、フェリシアの顔が引きつった。
一着目のドレスは、夏の空を生地に映したような真っ青なエンパイアライン。装飾が少なく一見シンプルだが、デザインはかなり凝っている。着こなしが難しそうだ。
もう一着のドレスは、萌黄色のストライプ柄が愛らしいバッスルスタイルのドレス。こちらは控えめなデザインで、着るものを選ばない。
この2着のドレスが、誰と誰に贈ったものなのか──それを尋ねるほどフェリシアは野暮ではない。
このドレスは贈り物なんかじゃない。イクセルからの挑戦状だ。
「へぇ……なるほど……」
着れるもんなら着てみろ、とでも伝えたかったのかもしれないが、生憎ここには凄腕侍女と、その侍女を産んだ母親がいる。
今のフェリシアには、着こなせないドレスなどこの世にない。
そんなふうに目をギラギラさせる一方で、いそいそと鏡の前でドレスを身体に当ててしまう自分がいる。
そして本当は挑戦状ではなく、綴られた文字のまま、最後に特別な思い出を作りたいのでは?という淡い期待を持ってしまっている。
「……馬鹿みたい……私……」
もう期待して、裏切られるのはこりごりなのに。
それなのに望みを捨てきれない自分に、ほとほと嫌気がさしてしまう。
*
雨でも降ってくれれば、断ることができたものの、約束した今日は雲一つない晴天だった。
イクセルとの待ち合わせは、夜。別荘に来てから何度も会ってきたけれど、遅い時間に顔を合わせるのは初めてだ。
「フェリシア様、ニドラ、お迎えの馬車がみえましたよ」
玄関に一番近いサロンで、互いに衣装の最終チェックをしていたフェリシアとニドラは、部屋に顔をのぞかせたモネに頷いた。
「……それでは行きましょうか。覚悟はよろしくて?ニドラ」
「まるで戦場に向かうかのようですね」
ふんすっと鼻息を荒くしたフェリシアに対して、ニドラはまるで近所にお遣いにいくような顔つきだ。
「ニドラ、もっと気を引き締めなければ駄目よ。社交界は女の戦場なのですから」
「スウィーツ目当てで夜会に出席されていたフェリシア様から、よもやそんな大人びた忠告をいただくとは驚きでございます」
嫌味ではなく真顔で返されたフェリシアは、うっと言葉に詰まる。
ニドラの言う通り、フェリシアにとって、これまでの夜会は父と兄の庇護の下、新作のデザートを食べる場でしかなかった。
しかし今日だけは違う。軽い気持ちで向かえば、絶対に痛い目を見る。まかり間違っても、華やかな会場でボロ泣きするなどという醜態を晒すことなどあってはならない。
何事もなかったかのように振舞い、いつも通りの自分をイクセルに見せつけてやる。
もしその姿を見たイクセルの表情がちょっとでも動いたら、この勝負フェリシアの勝ちだ。
「絶対に、負けるもんですか……!」
気合を入れるためにフェリシアは自分の頬を叩く。すぐにニドラとモネが悲鳴を上げたが、フェリシアはそれを無視して廊下に出た。
「お待ちしておりました、フェリシア嬢。そしてニドラ殿」
馬車の扉の前で二人が出てくるのを待っていた御者は、慇懃に腰を折った。
その洗練された所作は、明らかに警護隊の者ではない。用意された馬車も、見慣れた武骨なものではなく、王都で日常的に目にする貴族用のそれだ。
「……えっと……これは?」
戸惑いを隠せないフェリシアに、御者は顔を上げて微笑む。
「盛装されたお二人に相応しい送迎にしろとイクセル様からのご命令で、アベンス家に仕えるわたくしがお迎えにあがりました」
再び御者が一礼したと同時に、フェリシアとニドラは同時に顔を見合わせた。二人の顔は「あの人がそんな気が利くようなことをする!?」とありありと書いてある。
「ま、まぁ……今日は慰労会だし、他の方が動けなかっただけかもしれないわ」
「確かにその可能性は高いですね」
可能性というより、それ以外の理由が見つからないというほうが正解だ。
だが、ここで真相を突き止めるより、イクセルに会って直接真偽を確かめた方が早い。
そう結論を下したフェリシアは、御者に馬車に乗ると指先で合図を出す。すぐさま御者の手で馬車の扉が開くが、ここでフェリシアは目を丸くした。
「まぁ……!」
馬車の窓がカーテンで閉ざされていたので気づかなかったが、馬車には既に先客がいた。ニドラの教え子であるディオーナだ。
「こんばんは。フェリシア様、ニドラ先生。お二人とも、とてもお綺麗です!!」
盛装姿のディオーナは、フェリシア達が同乗することを知っていたのだろう。驚き顔のフェリシアとは対照的に、ただただ嬉しそうだ。
「夜会で憧れのフェリシア様と、恩師のニドラ先生とご一緒できるなんて夢みたいですわ。さぁ、早くお乗りになってくださいませ」
キラキラと目を輝かすディオーナの口から、エイリットの名が紡がれないことが実に残念だし、フェリシアだけが、夢は夢でも悪夢に片足突っ込んでいる状態だというのが切ない。
それでも眩しいほどの笑顔を向けてくれるディオーナに向けて、曇った顔など見せてはいけないし、見せたくもない。
フェリシアは微笑みを浮かべると、御者の手を借りて馬車に乗り込む。続いてニドラが乗り込むと、馬車の扉は静かに閉まった。
それから馬車は滑るように動き出し、車内ではお喋りに花が咲く。
しかし走り出した馬車が向かう先は砦ではなく──どこか知らない土地だった。
「受け取ってくださらなければ、自分は北方の雪山で生涯を過ごす羽目になります」
全てイクセルからの贈り物だと知ったフェリシアは、頑として受け取ろうとしなかったが、半泣きのイエルからこう懇願されてしまった。
それから数回の押し問答の末、結局フェリシアはイクセルからの贈り物を受け取った。押し付けられたともいう。
贈り物はドレスが2着と、それに合わせた小物と封筒。
封筒の中身は、明日、砦で開催される慰労会の招待状だった。
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特別な夜になることを期待しています。
イクセル・アベンス
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イクセルが、王都に戻るフェリシアを引き留めた理由はわかった。けれど、あんな別れ方をしたのに、ドレスを送り付けてくるイクセルの神経がわからない。
そう首を傾げながらドレスが入った箱のふたを開けた途端、フェリシアの顔が引きつった。
一着目のドレスは、夏の空を生地に映したような真っ青なエンパイアライン。装飾が少なく一見シンプルだが、デザインはかなり凝っている。着こなしが難しそうだ。
もう一着のドレスは、萌黄色のストライプ柄が愛らしいバッスルスタイルのドレス。こちらは控えめなデザインで、着るものを選ばない。
この2着のドレスが、誰と誰に贈ったものなのか──それを尋ねるほどフェリシアは野暮ではない。
このドレスは贈り物なんかじゃない。イクセルからの挑戦状だ。
「へぇ……なるほど……」
着れるもんなら着てみろ、とでも伝えたかったのかもしれないが、生憎ここには凄腕侍女と、その侍女を産んだ母親がいる。
今のフェリシアには、着こなせないドレスなどこの世にない。
そんなふうに目をギラギラさせる一方で、いそいそと鏡の前でドレスを身体に当ててしまう自分がいる。
そして本当は挑戦状ではなく、綴られた文字のまま、最後に特別な思い出を作りたいのでは?という淡い期待を持ってしまっている。
「……馬鹿みたい……私……」
もう期待して、裏切られるのはこりごりなのに。
それなのに望みを捨てきれない自分に、ほとほと嫌気がさしてしまう。
*
雨でも降ってくれれば、断ることができたものの、約束した今日は雲一つない晴天だった。
イクセルとの待ち合わせは、夜。別荘に来てから何度も会ってきたけれど、遅い時間に顔を合わせるのは初めてだ。
「フェリシア様、ニドラ、お迎えの馬車がみえましたよ」
玄関に一番近いサロンで、互いに衣装の最終チェックをしていたフェリシアとニドラは、部屋に顔をのぞかせたモネに頷いた。
「……それでは行きましょうか。覚悟はよろしくて?ニドラ」
「まるで戦場に向かうかのようですね」
ふんすっと鼻息を荒くしたフェリシアに対して、ニドラはまるで近所にお遣いにいくような顔つきだ。
「ニドラ、もっと気を引き締めなければ駄目よ。社交界は女の戦場なのですから」
「スウィーツ目当てで夜会に出席されていたフェリシア様から、よもやそんな大人びた忠告をいただくとは驚きでございます」
嫌味ではなく真顔で返されたフェリシアは、うっと言葉に詰まる。
ニドラの言う通り、フェリシアにとって、これまでの夜会は父と兄の庇護の下、新作のデザートを食べる場でしかなかった。
しかし今日だけは違う。軽い気持ちで向かえば、絶対に痛い目を見る。まかり間違っても、華やかな会場でボロ泣きするなどという醜態を晒すことなどあってはならない。
何事もなかったかのように振舞い、いつも通りの自分をイクセルに見せつけてやる。
もしその姿を見たイクセルの表情がちょっとでも動いたら、この勝負フェリシアの勝ちだ。
「絶対に、負けるもんですか……!」
気合を入れるためにフェリシアは自分の頬を叩く。すぐにニドラとモネが悲鳴を上げたが、フェリシアはそれを無視して廊下に出た。
「お待ちしておりました、フェリシア嬢。そしてニドラ殿」
馬車の扉の前で二人が出てくるのを待っていた御者は、慇懃に腰を折った。
その洗練された所作は、明らかに警護隊の者ではない。用意された馬車も、見慣れた武骨なものではなく、王都で日常的に目にする貴族用のそれだ。
「……えっと……これは?」
戸惑いを隠せないフェリシアに、御者は顔を上げて微笑む。
「盛装されたお二人に相応しい送迎にしろとイクセル様からのご命令で、アベンス家に仕えるわたくしがお迎えにあがりました」
再び御者が一礼したと同時に、フェリシアとニドラは同時に顔を見合わせた。二人の顔は「あの人がそんな気が利くようなことをする!?」とありありと書いてある。
「ま、まぁ……今日は慰労会だし、他の方が動けなかっただけかもしれないわ」
「確かにその可能性は高いですね」
可能性というより、それ以外の理由が見つからないというほうが正解だ。
だが、ここで真相を突き止めるより、イクセルに会って直接真偽を確かめた方が早い。
そう結論を下したフェリシアは、御者に馬車に乗ると指先で合図を出す。すぐさま御者の手で馬車の扉が開くが、ここでフェリシアは目を丸くした。
「まぁ……!」
馬車の窓がカーテンで閉ざされていたので気づかなかったが、馬車には既に先客がいた。ニドラの教え子であるディオーナだ。
「こんばんは。フェリシア様、ニドラ先生。お二人とも、とてもお綺麗です!!」
盛装姿のディオーナは、フェリシア達が同乗することを知っていたのだろう。驚き顔のフェリシアとは対照的に、ただただ嬉しそうだ。
「夜会で憧れのフェリシア様と、恩師のニドラ先生とご一緒できるなんて夢みたいですわ。さぁ、早くお乗りになってくださいませ」
キラキラと目を輝かすディオーナの口から、エイリットの名が紡がれないことが実に残念だし、フェリシアだけが、夢は夢でも悪夢に片足突っ込んでいる状態だというのが切ない。
それでも眩しいほどの笑顔を向けてくれるディオーナに向けて、曇った顔など見せてはいけないし、見せたくもない。
フェリシアは微笑みを浮かべると、御者の手を借りて馬車に乗り込む。続いてニドラが乗り込むと、馬車の扉は静かに閉まった。
それから馬車は滑るように動き出し、車内ではお喋りに花が咲く。
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