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【序章】前世の私からの警告
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「俺さぁー、悪いけど……リコさんと結婚する気ないから」
季節外れの台風直撃のせいで外出できない週末の夜、井上莉子は自宅マンションで恋人の野崎俊也と二人で部屋呑みをしていた。
そしてフローリングの床に積み重なった雑誌の隙間から友人の結婚式の招待状を俊也が見つけた途端、こんな台詞を吐かれてしまった。
「え……?」
俊也の隣で間抜けな声を出すジャージ姿の莉子の頭は、混乱を極めている。
3つ年下の26歳になる俊也は、眼鏡男子の細身の体格。知的というより地味系の彼から告白され付き合い初めて早4年。気づけば莉子は29歳になっていた。
俊也とは職場恋愛。ほぼ毎日顔を合わせてきたけれど、これまで大きな喧嘩もなければ、浮気だってしたことがないし、された気配もない。
そりゃあ付き合い始めた頃より新鮮さは欠けてしまったけれど、恋愛ってそういうもんだし、今だってちゃんと俊也にときめく気持ちはある。
俊也だって自分と同じ気持ちのはずだ。だって台風なのに「心配だから」って家に来てくれたし。エッチだって雑になってない。
なのに、どうしてこんなことを言うのだろう。
(……あ、仕事で大ミスでもしたのか)
地元では名の知れた商社に勤務する莉子と俊也は、同じ営業部に所属している。
営業アシスタントの莉子は、俊也が営業部に配属された当初から何かとサポートしてきた。少し不器用なところがある俊也は、真面目だけれど思いつめるところがある。きっと将来を考えられないほどの失敗をしでかしたのだろう。
ここは年上の自分がフォローしてあげなければ。
「何やったの?」
「は……?」
「大丈夫、そんなに落ち込まないで。月曜日ちょっと早く出社してあげるから。主任も出張で、戻りは水曜日だし。二人で頑張れば何とかなるよ」
「え、ちょ……なに言ってんの?リコさん」
戸惑う俊也を見て、莉子はこれは相当なミスをしたのだと確信する。
「シュン、ごまかさないで。私たち何年付き合ってると思ってるの?あなたが変なことを言うときって、決まって仕事のミスをしたときじゃん。まったくもう、バレバレなんだから……っ!」
体を捻って俊也を覗き込んだ莉子は、小さく息を吞む。俊也が見たこともない表情で顔を背けたのだ。
「え、シュン……ねぇ」
どうしたの?そう問いかけようとしたけれど、それより先に俊也が口を開いた。
「仕事でミスなんかしてないよ。俺は普通に、リコさんと結婚できないって言ってるんだ」
「ふ……普通って、なによ……それ」
25歳から29歳までの4年は、とても貴重な年月だ。それをこんないいかげんな言葉で片づけられるなんて冗談じゃない。
そんなふうに憤る莉子に、俊也は更にひどい言葉を吐く。
「マ……ママがさぁ、年上は駄目だって言うんだ。リコさんは3つも年上だろ?だから結婚は無理。できない」
「そ、そんな」
唖然とする莉子だけれど、俊也との未来がないことと、4年も付き合った俊也がマザコンだったことを今更知ったことと、一体どっちにショックを受けたのかわからない。
わかることといえば、このまま会話を続ければ別れ話になってしまうということ。
「ごめん……私……ちょっとコンビニ行ってくるね」
ノロノロと立ち上がった莉子は、ベッドの上に置いてあったバッグから財布を取り出し玄関に向かう。
その間、俊也はずっと無言のまま。でも莉子がまさに玄関扉を開いた瞬間、口を開いた。
「あ、リコさーん。ビール買うならつまみも買ってきて。もうピスタチオしかないよー」
呑気な俊也の口調に、莉子は殺意を覚える。
だが一人になりたい気持ちが勝った莉子は「うん」と頷き、傘も持たずに外に出た。
青天の霹靂ですっかり忘れていたけれど、台風は莉子の住む街に上陸中。暴風と豪雨でひどい有様だ。一歩外に出れば、たちまちずぶ濡れになってしまった。
それでも莉子はコンビニを目指す。自宅マンションに戻れば恐怖の別れ話が待っているから。
「シュンはあんなこという人じゃないもん……。だから……悪い冗談だよね、きっと」
自分に言い聞かせるように呟く莉子は、これが全部悪い夢だと思いたい。けれど不快な風と雨の感触はリアルで、これが現実だと思い知らされる。
雨に打たれ、風に煽られながら、莉子の瞳から涙がポロポロあふれ出す。
(嫌だ!俊也と別れるなら、私……もう死んじゃいたい!)
その願いは完璧なフラグだった。
街頭だけが寂しげに揺れる人気の無い歩道で莉子が心の中で叫んだ瞬間、一際強い風が吹いた。
早々に店じまいをしたコーヒーショップの看板が風圧に耐えきれず軋み、金具が外れ──派手な音を立てながら落下した。
運悪く真下にいた莉子は、それを避ける間もなく下敷きになった。
それが井上莉子の人生の末路。
なんて愚かで滑稽で無様な終わり方なのかしら。
あの鉄の塊もどうせならわたくしにではなく、俊也様めがけて飛んでいけば良かったのに──
自分の前世を思い出したフェリシア・セーデルは、心の底からもう二度と会うことはない恋人に悪態を吐いた。
季節外れの台風直撃のせいで外出できない週末の夜、井上莉子は自宅マンションで恋人の野崎俊也と二人で部屋呑みをしていた。
そしてフローリングの床に積み重なった雑誌の隙間から友人の結婚式の招待状を俊也が見つけた途端、こんな台詞を吐かれてしまった。
「え……?」
俊也の隣で間抜けな声を出すジャージ姿の莉子の頭は、混乱を極めている。
3つ年下の26歳になる俊也は、眼鏡男子の細身の体格。知的というより地味系の彼から告白され付き合い初めて早4年。気づけば莉子は29歳になっていた。
俊也とは職場恋愛。ほぼ毎日顔を合わせてきたけれど、これまで大きな喧嘩もなければ、浮気だってしたことがないし、された気配もない。
そりゃあ付き合い始めた頃より新鮮さは欠けてしまったけれど、恋愛ってそういうもんだし、今だってちゃんと俊也にときめく気持ちはある。
俊也だって自分と同じ気持ちのはずだ。だって台風なのに「心配だから」って家に来てくれたし。エッチだって雑になってない。
なのに、どうしてこんなことを言うのだろう。
(……あ、仕事で大ミスでもしたのか)
地元では名の知れた商社に勤務する莉子と俊也は、同じ営業部に所属している。
営業アシスタントの莉子は、俊也が営業部に配属された当初から何かとサポートしてきた。少し不器用なところがある俊也は、真面目だけれど思いつめるところがある。きっと将来を考えられないほどの失敗をしでかしたのだろう。
ここは年上の自分がフォローしてあげなければ。
「何やったの?」
「は……?」
「大丈夫、そんなに落ち込まないで。月曜日ちょっと早く出社してあげるから。主任も出張で、戻りは水曜日だし。二人で頑張れば何とかなるよ」
「え、ちょ……なに言ってんの?リコさん」
戸惑う俊也を見て、莉子はこれは相当なミスをしたのだと確信する。
「シュン、ごまかさないで。私たち何年付き合ってると思ってるの?あなたが変なことを言うときって、決まって仕事のミスをしたときじゃん。まったくもう、バレバレなんだから……っ!」
体を捻って俊也を覗き込んだ莉子は、小さく息を吞む。俊也が見たこともない表情で顔を背けたのだ。
「え、シュン……ねぇ」
どうしたの?そう問いかけようとしたけれど、それより先に俊也が口を開いた。
「仕事でミスなんかしてないよ。俺は普通に、リコさんと結婚できないって言ってるんだ」
「ふ……普通って、なによ……それ」
25歳から29歳までの4年は、とても貴重な年月だ。それをこんないいかげんな言葉で片づけられるなんて冗談じゃない。
そんなふうに憤る莉子に、俊也は更にひどい言葉を吐く。
「マ……ママがさぁ、年上は駄目だって言うんだ。リコさんは3つも年上だろ?だから結婚は無理。できない」
「そ、そんな」
唖然とする莉子だけれど、俊也との未来がないことと、4年も付き合った俊也がマザコンだったことを今更知ったことと、一体どっちにショックを受けたのかわからない。
わかることといえば、このまま会話を続ければ別れ話になってしまうということ。
「ごめん……私……ちょっとコンビニ行ってくるね」
ノロノロと立ち上がった莉子は、ベッドの上に置いてあったバッグから財布を取り出し玄関に向かう。
その間、俊也はずっと無言のまま。でも莉子がまさに玄関扉を開いた瞬間、口を開いた。
「あ、リコさーん。ビール買うならつまみも買ってきて。もうピスタチオしかないよー」
呑気な俊也の口調に、莉子は殺意を覚える。
だが一人になりたい気持ちが勝った莉子は「うん」と頷き、傘も持たずに外に出た。
青天の霹靂ですっかり忘れていたけれど、台風は莉子の住む街に上陸中。暴風と豪雨でひどい有様だ。一歩外に出れば、たちまちずぶ濡れになってしまった。
それでも莉子はコンビニを目指す。自宅マンションに戻れば恐怖の別れ話が待っているから。
「シュンはあんなこという人じゃないもん……。だから……悪い冗談だよね、きっと」
自分に言い聞かせるように呟く莉子は、これが全部悪い夢だと思いたい。けれど不快な風と雨の感触はリアルで、これが現実だと思い知らされる。
雨に打たれ、風に煽られながら、莉子の瞳から涙がポロポロあふれ出す。
(嫌だ!俊也と別れるなら、私……もう死んじゃいたい!)
その願いは完璧なフラグだった。
街頭だけが寂しげに揺れる人気の無い歩道で莉子が心の中で叫んだ瞬間、一際強い風が吹いた。
早々に店じまいをしたコーヒーショップの看板が風圧に耐えきれず軋み、金具が外れ──派手な音を立てながら落下した。
運悪く真下にいた莉子は、それを避ける間もなく下敷きになった。
それが井上莉子の人生の末路。
なんて愚かで滑稽で無様な終わり方なのかしら。
あの鉄の塊もどうせならわたくしにではなく、俊也様めがけて飛んでいけば良かったのに──
自分の前世を思い出したフェリシア・セーデルは、心の底からもう二度と会うことはない恋人に悪態を吐いた。
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